全てを捧げて   作:プラトン

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化け猫の宿

 

ミネルバと別れてから数週間後、ベイルは相も変わらず森の中を歩いていた。

 

しかし彼は一人でいる訳ではない。

隣にはベイルと同じくらいの背丈で整った顔立ちの、正に美女と言う言葉がふさわしい女性が歩いている。

 

彼女はベイルのギルドメンバー、サキュバスのナーキュ。

 

状態異常の魔法や付与魔法を得意とし、変身魔法もお手の物。

今の彼女が人間の姿に見えるのも魔法の効果で、実際の種族は悪魔に分類される。

 

いつもなら妖艶な笑みを見せる彼女だが、ベイルの隣を歩く彼女はふてくされたように横目でベイルを軽く睨んでいる。  

 

無論ベイルもそれには気づいており、仕方なく声をかけることにした。

 

「なあ、ちらちら睨むの止めてくれないか?」

 

「せっかく通信用魔水晶を持ってきてあげたのに~…。」

 

「それに関してはさっき礼を言ったろう。」

 

「不満なのはそこじゃないわよ!久しぶりに会えたと思ったら、何でいきなり怒られたの!?」

 

「お前は今さっき見たこの記事をもう忘れたのか!?」 

 

その紙は『痴女現る!』と書かれた記事。

ご丁寧に写真まで掲載されている。

写っている女性は今のナーキュとは違う姿ではあるが、ベイルはそれを見た瞬間に誰だか理解できた。

 

本当はギルドメンバー全員で説教をするつもりだったが、突然現れたニコニコ笑顔のナーキュに“こいつ反省してないな”と思ったベイルはその場でお説教を開始したのだ。

 

ナーキュとしては、ベイルが連絡出来るようにと魔水晶を持ってきたのだから、褒められこそすれ怒られるとは考えてもいなかった。

 

「この魔水晶大きいし、持ってくるの大変だったのよ~?」

 

「ああ、それに関してはご苦労様。」

 

「なのにいきなり地面の上で正座させられて頭を叩かれるなんて…。何、そういうのがお好みなの…?」

 

「いや全然。」

 

ナーキュは頬を赤らめ、潤んだ瞳でベイルを覗き込むが、彼は全く動じずに真顔で否定する。

そんなベイルの素っ気ない態度に、ナーキュはがっくりと頭を垂れた。

 

「あなたらしいわね。まあ、そこが素敵なのだけれど…。」 

 

「お前の本性知ってれば、この反応が普通になる。」

 

「そうね。あなたは私のことを隅から隅まで余すことなく理解しているものね…?」

 

「どんな頭してればそういう風に都合良く解釈出来るんだ?」

 

「あぁ、まだ私の口の中にはあなたの味が残っているわ。濃すぎておかしくなっちゃいそ…。」

 

「誤解を招く発言が多すぎる!それ以上なんか言ったら二度と血液は提供しないからな!!」  

 

「そ、そんな!?」

 

ニヤニヤと調子づいていたナーキュの顔が一瞬にして絶望の顔へと変わる。

 

ナーキュはサキュバスであり、人の血液を生命源としている。

自らの血液を自在に操れるベイルの存在は、数少ないナーキュへの食料提供者なのだ。

 

ナーキュの場合は男を魅了するなり、血液を得る方法があるのだが、ナーキュはそれをしない。

いや、していたが、しなくなったのだ。

 

「冗談だ、こうして今は道案内してもらってる訳だしな。」

 

「あなたの冗談は心臓に悪いわ…。それにしてもワース樹海だなんて、本当にこんな所にいるの?」

 

「恐らくな。今はいないだろうが、跡地だけでも見つかればラッキーだ。」

 

「そう、見つかると良いわね。」

 

それからまたしばらく移動すると、ナーキュは立ち止まって変身魔法を解く。

 

元の悪魔の姿に戻った彼女の背中からは薄紫色の蝙蝠のような翼と、先端がスペード状の黒い尻尾が生えた。

頭には冠を思わせる白い角が出現する。

 

「空から見たときはこの先に廃屋があったわ。何か残ってるとすれば、一番可能性があるでしょうね。

 

「そうか、助かったよ、ナーキュ。」

 

「あなたもあまりトラブルを起こさないようにね。」

 

「お前には言われたくないな。」

 

ベイルが苦笑いをすると、ナーキュもクスリと笑って返す。

そして翼を優雅にはためかせながら宙に浮いた。

 

「次に会うときは、ギルドメンバー全員で。」

 

「楽しみにしてるよ。またな、ナーキュ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「この様子じゃ大したものは無さそうだな…。」

 

遠目に見たときから期待はしていなかったが、見事に何もない。

ヤクマ族のときのように大層な建造物があるわけでもなく、ここだけ地面がはげているだけの野ざらし。

 

「後調べてないのは、あの倒壊しかけた家屋か。」

 

期待半分、諦め半分の気持ちで入り口にかかっている布を掴み、中を覗き込んだ。 

 

すると、丁度出て行こうとしていたのか、派手な被り物をしている老人と至近距離で目が合った。

 

「うおお!?」

 

「な、なんじゃ!?」

 

驚きの余り、後ろへと飛ぶように双方は後退る。

しかしベイルはすぐに冷静さを取り戻し、若干の警戒をしながらも、大きめの声で中の老人へと訪ねた。

 

「…あんた、ニルビット族だったりするか?」

 

「っ!…どこでその名を聞いた?」

 

相手の反応にベイルはニヤリと笑う。

警戒を解き、相手に語りかけるように言葉を続けた。

 

「あんたに聞きたいことがあってここに来た。少し時間をくれないか?」  

 

「…そうか。なぶら、中に入ってくれ。わしも其方に頼みたいことがあるのじゃ。」

 

頼みたいこと?初対面の俺に?

ベイルは不審に思いつつも、自らの目的を果たすために相手の誘いを受ける。

さりげなく爪で左手に傷を付けながら中へと入ると、その老人はすでにあぐらを書いて座っていた。

 

同じようにベイルは老人の前に腰を下ろす。

 

「なぶら、自己紹介が遅れたの。わしはローバウルと言うものじゃ。」

 

「…聞き覚えはないが、あんたは俺を知ってるのか?」

 

「いや、其方と会ったのは今が初めてじゃ。」

 

「だけどさっき頼みたいことがあると…。」

 

「うむ…、わしの話は長くなる。其方の要件を先に教えてくれんかの?」  

 

「はぁ…、まあいいか。俺の名前はベイル・アウレリウス。改めて聞くが、あんたはマレ…。」

 

ベイルは話の流れがいまいち掴めなかったが、気を取り直してマレバラントのことを聞こうと話を切り出そうとした。

 

しかし…。

 

 

 

 

「すいません!!」

 

 

 

 

 

突然響いたその言葉がベイルとローバウルの動きを止める。

 

反射的に声が響いた方向に目を向けると、そこには少年の姿があった。

大海を思わせる青い髪に、右目には刺青のような赤い紋章。

ここまで走って来たのか、息を切らし大量の汗をかいていた。

 

そして次に目に入ったのが、その少年に抱きかかえられた藍色の髪の少女。

胸の辺りがかすかに上下に動いているのを見ると、眠っているだけのようだ。

 

少年は二人を交互に見やると、未だに呆然としているローバウルに大声で訴える。

 

「この子を預かってくれませんか!?」  

 

「き、君は…?」

 

「お願いします!!」

 

少年の真っ直ぐな目がローバウルを見据える。

するとローバウルは何を感じたのか、ゆっくりと頭を縦に振った。

 

「え…。」

 

「ありがとうございます…!」

 

次に少年はベイルを見ると、抱きかかえていた少女をベイルへと預ける。

するとベイルも何を思ってか、流されるままに少女の体をその腕に抱えた。

 

「勝手ではありますが、どうか、よろしくお願いします…!!」

 

「え、あ、ちょ。」

 

そして少年は走り去ってしまった。

 

残されたのは呆然とした老人と、あたふたする青年と、眠り続ける少女。 

 

ふと、老人と青年の目が合った。

 

「どうしよう…。」

 

「いや俺に言うなよ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんで考え無しに引き取ったんだ!」 

 

「其方だって彼女を受け取ったろう!?」

 

「いや、それはそうだけど…。」

 

眠っている少女の前で言い合っている二人を第三者が見れば、どれほど醜く映っただろうか。

 

ベイルは溜息を付くと、こめかみを手で抑える。

 

「もう何が何だか…、とりあえずお互い状況を整理しよう。まずあんたは何だ、ニルビット族の末裔か?」

 

「…いや、わしは末裔ではない。わしはニルビット族じゃ。」

 

「…嘘だ。ニルビット族は何百年も前に滅んだはずだろう。」

 

それを聞いたローバウルは自嘲気味に小さく笑う。

 

「詳しいのぅ。なぶら、確かにニルビット族は滅んだも同然かもしれん。」

 

「…。」

 

「わしはニルビット族の最後の生き残り…、いや、その亡霊じゃ。」

 

「亡霊…?」

 

今から四百年近く昔、ニルビット族という古代人がこの地に栄えた。

彼らは自らの国を持っていた。

ニルヴァーナ、別名“平和の国”。

 

元々は世界の光と闇のバランスを保つために作られたが、それを抜きにしても彼らは争い無く、その名の通り平和に暮らしていた。

 

しかし、その大きな力は暴走した。

 

世界のバランスを保つために作られたはずの国は、世界のバランスを壊す兵器へ成り果てた。

 

「わしらは共に殺し合い、いつの間にかわし一人になってしまった。」

 

「…。」

 

「あれは人を、世界を破壊してしまう。わしはあの国を作った責任を果たさねばならぬ。」

 

しかし、とローバウルは続ける。

 

「わしの肉体はとうの昔に朽ち果て、今では思念体が残るのみ。情けない話だが、こんな老いぼれにあの国を壊すことは出来ん。」

 

「そしてニルヴァーナを破壊出来る者を待ち続けて、俺が来たってことか…。」

 

「其方の魔力は、思念体であるわしでさえ感知出来るほどに強大なものじゃ。だからここに招き入れた。」

 

「…で?結局、俺に頼むのか?」

 

ローバウルはベイルに視線を移すと、フッと息を吐き出して首を横に振った。

 

「最初はそのつもりじゃったが…、其方はきっと断るじゃろう?」

 

「ほお、何でそう思うんだ?」

 

「なぶら、感じゃ。」

 

ベイルは目をパチクリと数回瞬きをした後、気まずそうにローバウルから目をそらす。

 

事実、ローバウルの感は当たっていた。

呪いに関することと、ハデスに命令されること以外に何かを行うつもりは、ベイルには無かった。

 

「まあ、時と場合によってはあんたの依頼受けるよ。」

 

「それはうれしい申し出じゃ。なら、わしはもうしばらく待つとしようかの。」

 

「ん…、あれ…?」

 

「「!!」」

 

話が一段落し、何となく暖かい雰囲気になっていた二人を少女の声が引き戻した。

 

「おじさんたち、誰…?」

 

少女は段々と意識が覚醒してきたのか、キョロキョロと辺りを見回すと、目に涙を溜め始める。

 

ベイルはその光景にデジャヴを感じるとともに、おじさん扱いされたことに秘かにショックを受けた。

 

「おじさん…、確かに精神年齢的には…、でも、おじさん…?」

 

「あ、えっとじゃな…。」

 

「ジェラールが…私をギルドに連れて行ってくれるって…。」

 

今にも泣き出しそうな少女に対して、ローバウルの狼狽っぷりは頂点に達する。

 

「ギ、ギルドじゃよ!ここは魔道士ギルドじゃ!」

 

「おじさ…、は?」

 

少女におじさん呼ばわりされたショックによりフリーズしていたベイルだが、ローバウルの発言によって復活した。

 

「ほ、本当!?」

 

「本当じゃ!外に出てみなさい、皆が歓迎してくれる。」

 

満面の笑顔でローバウルに返事をした少女はすぐに外へと飛び出した。

 

先程まで物音一つしなかった廃屋の周りにはいくつもの声と音が生まれ始め、心地よいざわめきが聞こえる。

 

あまりにも激しい環境の変化に、ベイルは動揺を隠しきれなかった。

 

「ローバウル、何をしたんだ…?」

 

「なぶら、人格を持った幻を作ったのじゃ。」

 

「人格持ちの幻…!?」

 

ベイルも幻を見せる魔法は聞いたことがある。

だがそれはあくまでも個人に対して見せる範囲の狭い魔法であり、空間に展開するような幻は経験がなかった。

 

加えて、大抵の場合は広範囲の魔法を使用すると魔力が分散してしまうため、同時に効果も薄く、雑になる。

 

にも関わらず一人一人に人格を付けるなど、どれほどの魔力が必要になるのか…。

 

「ベイルよ。其方は先程、時と場合によればわしの依頼を受けると言ったな。」

 

「あ、あぁ。」

 

すると突然、ローバウルはベイルに深々と頭を下げた。

 

「勝手な考えだと承知の上で頼みたい。このギルドに入ってはくれぬか?」

 

「…本気で言っているのか。」

 

ローバウルは、まるでこの空間だけが世界と切り離されたかのような冷たさを感じた。

外の少女の笑い声や喧騒が、やけにうるさく聞こえる。

 

「この願いを聞き入れてくれるのなら、其方が聞きたがっていたことにも答えよう。」

 

「それは脅しか?」 

 

ベイルの声が一段低くなる。

ローバウルの背中を、嫌な汗が伝う。

 

「…そう、受け取っても構わん。」

 

「俺はすでにギルドに属している。」

 

「時折様子を見に来るだけでもいい。わしの今の力だけでは、あの子を守り切れんのだ…!」  

 

「…俺は闇ギルドの一員だ。」

 

「っ!?」

 

ローバウルが顔を上げる。

嘘だ、信じられない、彼の驚愕に染まった顔はベイルにそう告げていた。

 

「そんな俺が、あの子を守れると、本気で言っているのか?」  

 

「…そうじゃ、其方にしか出来ぬ。」

 

「何の根拠で?」

 

「其方の目はさっきの少年のものと同じで、真っ直ぐだからじゃ。」

 

ローバウルは躊躇なくベイルに告げた。

彼はベイルから目を逸らさない。

ベイルも彼から目を離さない。

 

外のざわめきが、やけにうるさい。

 

「…分かったよ。どっちみち、聞きたいこと聞けないのは困るしな。」

 

「ほ、本当か!」

 

ただし、とベイルは興奮気味のローバウルを抑えつけるように付け加える。

 

「俺は他にやるべきことがある。ここに来れるのも数年に一度が限界だ。そして…俺はその目的を果たすためなら容赦なくお前らも切り捨てる。それを肝に銘じておけ。」

 

「…なぶら、分かった。」

 

そこに来てようやく、張り詰めた糸のような緊張が解けたのを感じる。

 

ローバウルにとって、こんな緊張感は実に四百年ぶりであった。

 

「(こんなことナーキュに言ったら、言わんこっちゃ無いわ、とか言われそうだ。)」

 

「ベイル!」

 

「ん?」

 

そんなことを考えていると、先程飛び出していった少女がベイルのことを見上げている。

いつの間にか戻って来ていたようだ。

 

なぜ俺の名前を知っているのかとも思ったが、ローバウルの作った幻が教えたのだろうと結論づけた。

 

「えっと、私はウェンディ!これからよろしくね!」

 

「…あぁ、よろしくな、ウェンディ。」

 

まあ、たまにはこんなトラブルも悪くないかな?

そんなことを、ベイルはどこで感じていた。

 

 

 




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