「よっこいしょ…っと。」
ベイルがローバウルに誘われ(脅され)て、この無名のギルドに入ってから一週間が経つ。
言い換えればすでに一週間もこのギルドに滞在してしまっていた。
彼としては目的を果たして、翌日にもこの地を去るつもりだったのだが、そこでローバウルからの止めが入る。
幻を作り出したとは言え、ここが更地であることに変わりは無い。
せめてウェンディが生活出来る程度のギルド施設を作り上げて欲しいと追加注文されたのだ。
ここのギルドメンバーはその都合上むやみやたらと出かけることも出来ないため、なし崩し的にギルドの建設はベイルの担当となった。
ベイルは今しがた切ってきたばかりの木材をゆっくりと降ろす。
とは言え、ベイルも建築やらの知識は皆無な訳で…。
「そこで私に白羽の矢が立ったという訳か…。」
「わざわざ悪いな、ライドウ。」
ベイルの後に続いて木材を降ろす大男の名はライドウ。
不老不死のギルドメンバーだが、元は大工として働いていたためにベイルから召集されたのだ。
元々寡黙な性格で人とのコミュニケーションが苦手な彼だが、今は何時にも増して喋らない。
いや、何か言うことを躊躇っているようだ。
「ライドウ、何か言いたいことがあるんだろ?」
ベイルに促されたからか、ライドウは意を決したように口を開く。
「正規ギルドに入るなど、正気の沙汰ではない。」
ベイルは彼を召集すると伴に、ギルドメンバー全員へ今回の事の顛末を話した。
その結果、全員一致で反対。
なぜなら。
「私たちは闇ギルドだ。」
正規ギルドに所属などすれば、評議院に干渉される危険が増す。
そんな危険を冒さずとも、力尽くで情報を取り出せばいい話である、と。
ベイルは、このギルドが幻で構成されたものであり、知名度も皆無な過疎地域にあるから問題はないと弁明した。
彼らは最終的にはしぶしぶ納得したが、ライドウだけは納得出来なかった。
「お前は考え無しに行動しすぎではないか?」
「…何?」
「先日、遺跡調査に関係の無い少女を同行させたそうだな。」
「…。」
「出来る限り無駄なトラブルを避けて行動することがギルドの方針だろう。少女の同行は、マレバラントに近づくための必要事項だったのか?」
ベイルは答えない。
そんな彼にライドウは追撃する。
「それともレーリアのことを忘れ、今さら光の世界を歩きたいとでも…。」
「黙れ。」
刹那、喉元に突き付けられる血液。
ベイルの眼光は、ひどく冷たい。
「その妄言を続けてみろ。首を跳ね飛ばす。」
「…その顔を見れて安心した。」
「光の世界を歩く気などさらさら無い。“血の池の惨劇”から、ずっとな。」
ベイルは魔法を解き、ライドウを睨み付ける。
やがて大きな溜息をつくと、魔法を向けたことを謝罪した。
ベイル自身、最近の己の行動が軽はずみであることは認めている。
だからこそライドウの言い分には反論出来なかった。
「次からは意識して行動するよ。」
「ベイル-!」
遠くからウェンディがその小さな手を目一杯振りながらベイルの名を呼ぶ。
太陽の下にいる彼女は、なぜかベイルにはとても眩しく見えた。
「俺は正規ギルドに所属しても闇だ。だから呪いを解くためなら何でもする。」
そのためなら、ウェンディを殺すことも厭わない。
そう告げると、彼は太陽の下を歩き出す。
彼の黒い影を伴って。
「…本当に、それが出来ればいいのだが。」
「薬草採集?」
「なぶら、そうじゃ。」
ウェンディに呼ばれた彼はそのままローバウルの元へと連行された。
「このギルドは主に織物や自然の特産物を売って生計を立てていくじゃろう。そのためにはこの森の安全性と特産物の需要を確保せねばならぬ。」
「それでまた俺な訳か…。」
ウェンディにはまだ難しい話だったのか、理解できていないようだ。
しきりに首を傾げながら、どういうこと?とベイルの服の裾を引っ張る。
「つまり、俺とウェンディは今から森にお出かけに行くんだよ。」
「そうなの!?やったー!」
ベイルの大雑把すぎる説明に、ウェンディは満面の笑顔でピョンピョンと跳ね回った。
「ウェンディ、少し外で待っててくれ。すぐに行くから。」
「うん!早く来てね!」
ウェンディが出て行ったことを確認すると、ベイルはローバウルと向き合う。
「…随分と懐かれたようじゃの。」
「ほぼ毎日俺といるしな。それより…。
ローバウル、いい加減教えてくれないか?こう何度も追加で頼み事されるとなぁ…。」
「分かっておる。今から話そうと思ってたところじゃ。」
「いつまで経っても出発できな…って、本当か!?」
「うむ。じゃが、このギルドの完成と森の調査は必ず果たすと約束してくれ。」
「分かった、約束する。」
ベイルははやる気持ちを抑えきれない。
このために何十年も旅を続けてきたのだ。
「マレバラントじゃったな。わしの知る限り、それは神の名じゃ。」
マレバラント神。
四百年前、アルグナ族に崇められていた“衰退の神”。
“繁栄の神”ジャティス神と共に崇められ、破壊神と創造神として世界を創り出したと言われている。
「…その話はどこで聞いた?」
「何百年も昔、わしらニルビット族は他の部族とも交流があったのじゃ。アルグナ族は信仰を広めるためだけにわしらへ近づいたようじゃがの。」
「アルグナ族は今どこに?」
「彼らと出会ったのはその一度きりじゃ。滅んだのか生き残っているのかは知らぬ。」
「くそっ…。」
肝心な部分が分からないと言う歯痒さゆえに、思わず舌打ちを打つ。
しかし新たな情報を得られただけでも幸運だったと思うしかない。
…そう思い込まないと、やってられなかった。
「情報提供に感謝する、このことは他言無用だ。」
「…ベイルよ、なぜお前はマレバラント神のことを聴き回っているのじゃ?」
彼はこの数日でニルビット族であるローバウルを知っていくのに対し、ローバウルは彼のことを何も知らない。
だからこそ、ずっと気になっていた。
この若い青年が、神話に近いマレバラント神に固執し続けているのか。
単なる物好きか研究者?
否、それにしては彼の言動に時折焦りが見える。
まるで生命の危機に瀕した時のような焦燥が。
闇ギルドとして何かを引き起こそうと?
否、ならばあのような目は出来ない。
希望にすがるような、力強くも弱々しい眼には。
「…他言無用だ。あんたは俺の質問に答えればそれでいい。」
ベイルは部屋を出て行った。
彼の発した言葉はローバウルを突き放すような言葉のはずなのに。
ローバウルは、違う言葉を聞いていた。
それ以上来ないでくれと言う懇願を。
「ベイルと~、森の探険だ~♪」
「あまりはしゃぐと転ぶぞ。」
機嫌の良いウェンディを横目に、ベイルは見つけた薬草を網かごに入れながら種類を記録していく。
薬草だけでなく、キノコや木の実の記録もつけていった。
ウェンディがここで生活していくのならより安全に、確実に森の把握をしておいた方がいいだろう。
ー考え無しに行動しすぎではないか?ー
…違う、これはローバウルと結んだ交換条件に含まれる必要なことだ。
必要なことを行って、彼女が喜び、笑うのは、おまけみたいなものであって。
ー光の世界をー
「違う、違う!!」
ベイルは必死に頭を振る。
いつの間に、ここまで平和ぼけしてしまったのだろうか。
俺は、レーリアを救うために生きているんだ。
それ以外のことは考えるな。
考えてしまえば、それは…。
「…あれ、ウェンディ?」
ウェンディの姿が見当たらない。
ベイルのまわりを楽しそうに駆け回っていたはずなのに。
『キャアアァァ!!』
「ウェンディ!?」
突然、森の中に悲鳴が轟く。
その声は先程まで、ベイルの近くにあった声。
「考え無しどころか、考え過ぎて危険な目に合わせてるじゃねーか…!」
ベイルは声のする方へと全力で駆けだした。
「うぅ、あ…、来ないで…。」
ウェンディの涙を溢す瞳に写っているのは、黒色の大蛇。
その口はうずくまっているウェンディはもちろん、大の大人でも簡単に丸呑みに出来るほど大きい。
「ひぃ!んぅ…!」
大蛇の口から出た舌がウェンディの顔をチロチロと舐める。
すぐに食べないのはウェンディの反応を楽しんでいるからか、それとも気まぐれか。
どちらにせよ、大蛇の光る目は彼女を正面から捉えており、逃がすつもりはないようだ。
ウェンディ本人はそんなことを考えている余裕はない。
頭を抑え、震える体を抱きしめる。
ー助けて、怖い、助けて…。ベイル…!ー
大蛇が不意に口を開けた。
大きな影が、小さなウェンディの体を覆う。
「血流・一線!」
その直後、大蛇の大きく開かれた口が赤い一線に貫かれ、強制的に閉められる。
大蛇は悲鳴を上げることも出来ず、体を無茶苦茶に地面や木へと叩きつけた。
「血流乱舞!」
その体さえも、ベイルは無数の赤い糸を繰り出して地面へと縫いつけた。
完全に動きを封じられた大蛇は、それでもなお抵抗しようと小刻みに動く。
「血球…!」
ベイルが大蛇の頭へ赤い弾丸を打ち込むと、大蛇は完全に動きを止めた。
「ふぅ…。」
大蛇の絶命を確認すると、ベイルは魔法を解いて血液を体内へと戻す。
「大丈夫か、ウェンディ?」
「べ、いる…、うわあぁぁーん!」
「うおっ!」
急に抱き付かれたベイルは体勢を崩して尻もちをつく。
抱きつくと言うより、しがみつくように泣きじゃくるウェンディを、ベイルはそっと撫で続けた。
翌朝の早朝。
ベイルとライドウはギルドを出る準備を進めていた。
ギルド施設の骨格は全て完成し、ギルドメンバーへ建築技術も与えた。
何かあっても、大抵のことは自分たちで修復出来るだろう。
薬草の補充や森の安全性もほぼ確定出来た。
ローバウルからの条件は完遂だ。
「あの子に挨拶はしなくてよいのか?」
「何年も出て行くなんて言ったら、ウェンディは泣くに決まってる。それに…。」
「ベイル…?」
「…言ってるそばから…。」
先日の大蛇の件もあるし、こんな早朝には起きて来ないだろうと予想していたが見事に外れた。
何かを察して起きてきたのか、不安げな顔でベイルに駆けより服を引っ張る。
「ベイル…?どっか行っちゃうの…?」
「ごめんなウェンディ、俺はこれからクエストに行かなきゃならないんだ。しばらくの間、戻れない。」
「やだ!ベイルもどっか行っちゃうなんて、そんなのやだ!」
先日のようにウェンディは泣きじゃくる。
彼女からすればグランディーネ、ジェラールと次々に大切な人がいなくなるのだ。
それに加えてベイルもとなると、彼女には耐えられない苦しみだろう。
「ウェンディ、よく聞いて。」
「なに…?」
「俺はまたここに帰って来る。だからそれまで、お前がマスターや皆を守ってくれ。俺の帰って来る場所を、守ってくれ。」
「でも私…ベイルみたいに強くない…。」
「ウェンディは優しいし、強い。天空の滅竜魔道士なんだ、ウェンディなら出来るよ。」
「…うん、分かった。私、頑張るから!」
そう言うと、ウェンディは精一杯の笑顔を作る。
涙でぐちゃぐちゃだが、とても美しかった。
「じゃあローバウル、後は頼んだぞ。」
「任せなさい、お前も気を付けるのじゃぞ。」
「頑張ってね、ベイル!」
一人の少女と一人の老人、そしてたくさんの幻に見送られながら、二人はその場を後にした。
「…悪魔の心臓から連絡があった。近々、本格的に活動を開始するらしい。」
「なら、俺らも呼ばれるな。評議院との衝突も避けられないか…。」
「いずれは隠れて動くのも限界が出てくる。私たちも目を付けられるだろう…。」
「返り討ちにしてやるさ。闇ギルド、不老不死のマスター、“血に飢える者”としてな!」
次回からは七年後、やっと原作開始です。
感想、アドバイスなどもお待ちしております。
最後までお読みいただきありがとうございました。