どこまでも広がる大海原の上を一隻の大型船が進んでいる。
ここに頭がリーゼントのキザなナルシストがいれば、この光景を青い草原などと表現するだろうか。
時刻は正午、太陽の光が空から降り注ぎ、それを隔てる雲は一つとしてない。
「こういう天気を絶好の航海日よりって言うのかもな」
その大型船の甲板には、太陽の眩しさに目を細めるベイルの姿があった。
彼にとって最近は船に乗る機会もあまりなく、空飛ぶ戦艦にばかり乗っていたため、海上を走る船の揺れや潮のにおいが新鮮に感じられる。
しかし、彼らの乗っている船はただの大型船ではない。
「天気は良いかもしれませんが、この船自体は良くないですね」
「我が儘言うな。ボスコに行くにはこれが一番手っ取り早い」
所謂、奴隷船である。
ベイルも最初は正式に許可を取り入国しようと考えていたのだが、手続きをする前の段階で門前払いされたのだ。
そこで探りを入れたところ、国自体が人身売買の地であることが発覚し、奴隷船での潜入を余儀なくされた。
「ですが入国後はどうするのですか?小国といえど、一国を私たちだけで相手取るのは難しいかと…」
彼女の言う通り、この船には倉庫で縛られた女奴隷が五十人程と奴隷商人が数十人、そしてベイルとアルファの二人しか乗っていない。
他の不老不死メンバーも各々の仕事に出向いており、不在である。
ロガーはデリオラ確保のため、ガルナ島に。
ナーキュはクローバーの街で行われるギルドマスター定例会への潜入。
ライドウは呪いの情報を集めるべく、大陸を巡っている。
「別に今は国に喧嘩売ろうなんて考えちゃいない。奴隷商人の男共の体内に、俺の血液を入れ込んで脅せば済む話だ」
ベイルの魔法は自らの血液を自在に操るというものだ。
強度も形も変幻自在、遠隔操作も何のその。
それを生物の体内に仕込み、そこで血液を固めてしまえば、突然体内に異物が流れ込むような激痛が走る。
血管を中から引き裂くなど造作もない。
…もちろん、心臓も。
「隔離されている奴隷の方々はどうしますか?」
「放置。向こうの連中に怪しまれないための囮になってもらう」
「了解しました」
彼らにとって今回の奴隷は、自分らを感付かせないための隠れ蓑としてなくてはならない存在。
解放するなど、論外である。
「てか、今はそれよりもメロが心配だなぁ…」
風に吹かれて乱れた前髪を直しながら、ベイルがポツリと呟く。
「彼女の実力であれば問題なく遂行すると思いますが…」
「その実力とあいつの性格が心配なんだ」
メロはギルドの中でも好戦的な性格であり、加減を知らない。
加えて彼女はまだ十四歳と幼く、直感で行動してしまうことがしばしばあった。
先日のハデスやザンクロウとのやり取りが良い例である。
「…確かに、彼女は命を奪うことに躊躇いも何もないですからね」
「それはアルファも同じじゃ…」
「何か?」
「ナンデモアリマセン」
ベイルは、今日の晴天にはふさわしくない大きなため息を付く。
その姿はまるで、子供の世話に手を焼く親のような雰囲気であった。
「もう既に鉄の森《アイゼンヴァルト》崩壊、なんてことになってないといいが…」
「オラァー!笛、笛はどこだぁ!」
鉄の森、メロの蹴りによりギルド玄関が崩壊。
しかしギルド内からは突然現れたメロに対する驚愕の声も、扉を破壊されたことによる怒りの声も聞こえない。
「…なんで誰もいないのよ?」
正にもぬけの殻である。
行方を知るために何か手掛かりはないかと、ギルド内を荒らしまわるが、めぼしいものは無かった。
メロは舌打ちしながらも、これ以上ここにいても仕方がないと判断し、八割方崩壊したギルドを後にする。
「どうしよう、どこ行ったんだろ?」
彼女がベイルから任された仕事は、鉄の森という闇ギルドがララバイを所持しているから、それを横取りしろという内容である。
だからこそ、鉄の森の本拠地を今こうして強襲しに来たのだが、肝心のララバイどころか人一人いない。
そのため今のメロには作り出した大きめの鏡に乗って、空中をふわふわと漂うことしか出来なかった。
「とにかく探し回る…?でもそれじゃ時間がかかりすぎるし…ん?」
メロの視界に入ったのは、メロの位置から遥かに下、崩壊しかけたギルドへと走っていく二人の男の姿。
その肩には…鉄の森のギルドマーク。
「…ははっ♪」
メロの口が、歪んだ。
「いや~、案外早く口を割ってくれたから助かっちゃった」
乗っている鏡に付いた返り血を上機嫌に、適当な布で拭き取っていく。
メロは二人の男が関係者であると理解するやいなや、一人の男を鏡を用いて斬殺。
もう一人を鏡の破片を使って地面に縫い付け、件の情報を全て吐かせた。
男の話によると、自分たちのギルドが評議院から活動停止処分を受けたので、その腹いせに正規ギルドのマスターを呪殺するつもりらしい。
そのためにララバイを持ち出した、と。
…つまらない。
くだらない。
「さすが、弱小闇ギルドって感じよね。相手が小さいというか…、すぐに同僚を売った時点で大したことない理由だとは思ったけど」
なぜ相手が正規ギルドなのか?
復讐なら、処分を下した根本である評議院に行えばいい。
それが出来ないのは、評議院には敵わないとどこかで察しているから。
自分たちが弱いと理解しているから。
そんな奴らが闇ギルド?
私たちと同じ部類に入るギルド?
「笑えねぇ」
そんな雑魚の集まり、存在する価値など無い。
殺し一択だ。
「…オルゴールだっけ?弱小闇ギルドでもリーダーなだけあって、それなりの魔法は使えるみたいね」
捕らえた男の情報通り、オシバナの街にある駅へ向かったメロ。
…因みにオルゴールとは、今の鉄の森を束ねるリーダー、エリゴールのことである。
駅に着いたのはいいが、その駅自体が竜巻に飲まれている光景は中々珍妙だ。
中に何かを閉じ込めているのか、駅の周辺には強風が吹き荒び、入口は見当たらない。
しかし彼女からすれば何の問題も無かった。
竜巻が発生している源、つまり竜巻の最上部まで移動し、手鏡サイズの鏡を作り出す。
それを竜巻を押し潰すように押し出すとー
「…吸収完了♪」
駅を飲み込んでいた竜巻が、一瞬にして消失した。
空気を割く音も、吹き荒れていた強風も止まり、周辺には沈黙が広がる。
彼女は先程まで喧騒の中にいたせいか、この静けさが少し気味悪かった。
「あ~、こんなの耳がおかしくなるよ。両耳も鏡で覆っとけば良かった…」
『ちょ、なんでいきなり竜巻が消えちゃったの!?』
「…誰?」
竜巻が消えて静かにはなったものの、この静けさではちょっとした音や声もよく響く。
メロが駅の入口に目をこらすと、金髪の女性と黒髪の男性、そしてメイドのような恰好をした三人が騒いでいた。
どうやら駅の中から出て来たらしい。
「オルゴールの手下共か…?いや、ギルドマークが違う」
『エリゴールの野郎が解除したのか?』
「…関係者確定。ねえ!ちょっとい~い?」
「うおっ!?」
「わっ!?」
突然空中から降ってきたメロに対し、思い切り驚く金髪女性と黒髪青年。
メイド女性は驚きもしなければ、表情を全く変えなかったが。
「…子供?」
「なっ、失礼な!確かにまだ十四歳だけどそこらの大人よりよっぽど大人だっての!…って、そんなことはどうでもいいや。あんたら、オルゴールがどこかしらない?中にいるの?」
「オ、オルゴール?」
「そう。ここで竜巻作り出してた奴」
「ああ、エリゴールのことね。…なんであなたがそんなこと聞くの?」
「そりゃ勿論こr…じゃなくて、えっと…」
もしここで“殺すため”などと言ってしまえば、メロは危ない子認定待ったなしである。
とにかく話がややこしくなるのは避けたい。
「そ、そう!私これでも凄い魔道士なの!だからここで暴れてたオルゴールを捕まえる手伝いをしてあげる!」
「…」
「…」
「…何よその生暖かい目は。言っとくけどさっきのでかい竜巻消したのも私だからね!?」
「うん、頑張ってくれたんだね」
「可愛いですね、姫」
「ねぇもう面倒くさいから早く教えてよ!こっちも急いでるんだけど!?」
メロはその性格上、嘘や我慢が大の苦手である。
話が全く進まず、いっその事ぶん殴って吐かしてやろうか?と、彼女の思考が歪み始めた時、新たに駅の中から赤髪の女性が駈け寄ってきた。
「グレイ、ルーシィ!エリゴールはクローバーの街に向かった、私たちも行くぞ!」
「エルザ!」
クローバーの街。
メロはそれを聞いた瞬間に鏡に跳び乗り、上空へ飛び出す。
グレイ、ルーシィと呼ばれた二人は慌ててメロに声をかけるも、彼女にはもう届かない。
「…今の少女は?」
「さあ…?なんか急に空から降ってきて、竜巻を消した凄い魔道士だからエリゴールの居場所を教えてくれって…」
「何処のギルドだ?」
「分からない。ギルドマークも見えなかったから」
エルザと呼ばれた赤髪の女性は、メロの飛び出して行った青空へと目を向ける。
少女の姿は、既に影も形もない。
「んなことより、さっさと行こうぜ!ナツも先行っちまってるんだ!」
「姫、この大怪我したヒョロ男はいかが致しましょう。お仕置きですね?」
「ちょ、あんたいつの間に!」
「おい、エルザ!」
「…あぁ、すぐに行く」
あの巨大な竜巻を一瞬で消した少女…魔道士…。
…一体、何者なんだ?
「…クローバーの街ってどこー!?」
上空をぐるぐると旋回しながら、一人雄叫びを上げるメロ。
“場所の名前”は分かったが、肝心の“場所”がどこか分からないのである。
「名前は聞いたことがあるんだ…、思い出せ…!」
彼女にはクローバーという言葉には覚えがあった。
それもつい最近、身近な所で。
…付け足しておくと、駅を出てから既に一時間が経っている。
記憶力の無さも彼女の欠点の一つかもしれない。
「う~ん…痛っ!」
「うおっ!」
余程思考に耽っていたのか、不注意のせいで人と衝突してしまう。
「くっ、どこに目を付けてんのよ!」
だが少し待って欲しい。
ここは上空。本来なら、人とぶつかるなどあり得ない。
では彼女は何にぶつかったのか?
「それはこっちのセリフだ!ガキがなんで空飛んでんだよ!」
答えは簡単である。
「あんただって空飛んでんじゃな…い…?」
相手も空を飛んでいたから。
「俺はいいんだよ!俺は鉄の森のリーダー…」
ではその相手とは誰か?
「死神、エリゴール様なんだからよぉ!」
再度、メロの口が、歪んだ。