ここはイシュガルの大陸に位置するフィオーレ王国。
人口が約千七百万人、ギルド総数はイシュガル全体で約五百。
そんな数あるギルドの中でも特に騒がしく、フィオーレ王国最強と謳われる魔導士ギルドが存在した。
そのギルドの名は、妖精の尻尾《フェアリーテイル》
今日も今日とてこのギルドは騒がしい。
ギルド内の備品を破壊するなど日常茶飯事であり、依頼先でも問題を起こすことばかり。
それはララバイ事件の翌日も変わりなかった。
マスターマカロフを除いては。
「むぅ…」
「どうされたんですかマスター?今日はお酒も飲まれてないみたいですけど」
普段とは違う雰囲気に違和感を示したのはフェアリーテイルの看板娘、ミラジェーン。
かつては魔神・ミラジェーンなどと呼ばれていたが、それも少し前の話。
柔和な表情で微笑む姿からは、魔神などと言う言葉を連想すら出来ない。
「昨日の件で気になることがあっての…」
「昨日というと、定例会のことですか?」
「その後のことじゃ。ゼレフ書の悪魔を一撃で葬った少女、そして…」
「やっぱじーちゃんも気になってたんだな!」
「うおぉ!ナツ!?」
マカロフの目の前に飛んでくるようにして現れたのはこのギルドの問題児の一人、ナツ。
その後ろには昨日の件に同じように関わったグレイ、エルザ、ルーシィ、そしてハッピーが続いていた。
「あいつめちゃくちゃ強かったよなー、今度会ったら勝負してー!」
「あい!でもララバイを一撃で倒せたのは、ナツたちが痛手を与えてたからじゃない?」
「それもそうだな!やっぱ俺も強くなってるってことか!」
「ララバイにダメージを入れたのは主に“俺の”攻撃
だ。己惚れるんじゃねーよ、ナツ」
「んだと変態パンツ!?」
「やんのかクソ炎!」
これまたいつも通りにナツとグレイは、ギルドを巻き込んだ喧嘩を開始した。
そしてこの争いを止めるのは(止められるのは)、大抵エルザの役目となるのだが…。
今回はそれよりもマカロフの話の興味が勝ったようだ。
「マスター、あの少女に覚えがあるのですか?」
「いや、無い。だからこそ不気味でな…」
「不気味って、何がですか?」
次にマカロフの話に興味持ち始めたのは、最近ギルドに入ったばかりのルーシィ。
ナツとグレイの喧嘩を止めようとしたものの、彼女にその役は重すぎたようだ。
疲れた顔で、逃げるようにエルザたちの会話に混ざる。
「あれほどの魔力を持ちながら無名の存在であることが、ですね」
「そ、そんなに凄い魔力だったの?私はあまり分からなかったな…」
「あのように鏡を作り出す魔法も、今まで見たことがない」
「鏡?それは私も見たことがない魔法ね…」
「それだけではないわい…」
マカロフの声は小さく、辛うじて三人の耳に届く程度のもの。
だがその重い声音は三人の会話を止めるのに十分だった。
「あの少女の魔力は…聖十大魔導に匹敵するかもしれん」
「なっ…!?」
「えっ!?」
「せいてん…だいまどう?それって凄いんですか?」
「凄いどころの話じゃない!」
聖十大魔導、通称・聖十。
このイシュガルの大陸の中でも特に優れた魔導士の上位十人に贈られる称号。
言うなれば、魔導士の頂点に立つような存在である。
「聖十の称号を持つマスターにそう言わしめるなんて…」
「しかもあの子はマスターと違ってまだ幼かった。あの歳で聖十など信じられん…!」
「そんなに凄い子だったなんて…。どうしよう、私めちゃめちゃ失礼なこと言っちゃったんじゃ…」
「可愛いとか言ってたもんね、ルーシィ」
「それは私じゃないわよ!」
エルザたちが驚きを隠せずに盛り上がっているのを余所に、マカロフは一人考える。
ララバイを破壊した後、少女と親しげに話していた悪魔のような姿の女性。
彼女も少女と同じような魔力量を持っていると見てまず間違いない。
事実、彼女はあの場にいた者全てを魔法で眠らせたのだ。
正規ギルドのマスター数十人を一瞬で眠らせるなど、並みの魔導士では到底出来ない。
ミストガンの魔法により耐性が付いているマカロフでさえ、最終的には眠りに落ちた。
そして、彼女の言うマスターの存在…。
「あの者たちは一体…」
マカロフがそう呟いた瞬間、閉じられていたギルドの扉が勢いよく開かれた。
「全員その場を動くな!!」
その言葉に騒がしかったギルド内が一気に静まる。
ある者は立ったまま、ある者は殴り倒されたまま、ナツとグレイは互いの頬に拳をめり込ませたまま硬直していた。
「おいおいあの服装、評議院の奴らだ…!」
「しかもただの役人じゃねえ、検束魔導士部隊の…」
あちこちからヒソヒソと声が上がる中、部隊の代表であろう、物静かな雰囲気をまとう青年が前に出る。
そしてマカロフの元へと真っ直ぐに歩を進めた。
「なんだおめー、評議院の連中が何のようだ?」
「…どけ」
「んだとコラ…!」
「下がるのじゃ、ナツ」
「でもじっちゃん…!」
「ナツ、下がれ」
「…分かったよ」
ナツ以外にも突っかかりそうな者は多数いたが、マカロフの隣に控えているエルザの睨みにより口を紡ぐ。
「あなたがマスターマカロフですね?」
「そうじゃ。それで、評議院が何のようかの?検束部隊まで引き連れて」
「私は評議院、検束魔導士第一部隊隊長、サム・リッチェルと申します。今日ここに出向いたのは他でもありません」
サムは懐から一枚の書状を取り出すと、彼らにとっては予想だに出来ない内容を語り出した。
「マスターマカロフ並びにエルザ・スカーレットを殺人の関係者として、一時的に拘束させて頂きます」
「「「…えっ?」」」
「…そうか、ではさっさと行くとするかの。エルザよ、行くぞ」
「あ、はい、すぐに…」
「それでは行きましょう」
衝撃的過ぎる内容に誰も理解が追いつかない中、マカロフはさも当たり前のようにサムへついて行く。
エルザもただ反射的に言葉が出ただけのようで、状況を全く理解出来ていない。
だがこのギルドが、仲間が連れて行かれるのを黙って見過ごすはずがなかった。
「お、おい意味分かんねえぞ!何だよ殺人って!?」
「人殺しという意味ですが?」
「そういうこと聞いてんじゃねぇんだよ!マスターとエルザが殺人なんて起こす訳ねぇだろうが!」
「そうですよ!何かの間違いでしょう!?」
「それは我々が判断することです」
「…てめえ、さっきからふざけたこと言ってんじゃねぇぞ!!」
火竜の子の腕に怒りの炎が灯り始める。
我慢の限界なのか、ナツに続いて他の者も臨戦態勢を取り始め、検束部隊も身構えた。
正に一触即発の状態。
「よさんか、ナツ」
「っ、何でじっちゃんはそんなに落ち着いてられんだよ!人殺しにされかけてんだぞ!?」
「安心せい、わしらはすぐに戻る」
「だから何でそんなことが…」
「わしらは“されかけている”だけであって、“された”訳ではない」
ナツは思わず腕に纏っていた炎を消して首を傾げた。
それに何か違いがあるのか、と。
一方、当初は動揺していたエルザはマカロフの意図を掴めたようだ。
「ナツ、皆、私たちは必ず戻る。…信じて待っていてくれ」
「エルザ…」
「わしらが不在の間のギルドは、ミラジェーン、お主に任せる」
「…分かりました」
そして連行されるような形で、エルザとマカロフはギルドを後にした。
「…だー!やっぱり納得いかねーぞコラーッ!」
「だから暴れないでよナツ!エルザも言ってたでしょ?すぐ戻るって!」
「いや、ナツの言う通りだ!無罪の仲間が連行されるのを黙って見るだけとは…!それでも漢か!?」
「私女なんですけどぉ!?」
ナツが黙っていたのも束の間、エルザたちが連れて行かれて五分も経たずに怒りが爆発した。
いや、ナツだけではない。
ナツをなだめるルーシィでさえ、内心では納得出来ていないのだ。
ただ一人、ギルドを任されたミラだけは落ち着いていた。
だからこそ、余計にナツは分からない。
「ミラも何であっさりと行かせたんだよ!このままじゃエルザたちが…」
「ナツ、これを見て」
「…これって、あの評議院の男が持ってた紙か?」
目を通すと、そこには事件の情報が走り書きされていた。
殺された者は鉄の森の筆頭エリゴールと、ギルドに所属していた魔導士の男二人。
どちらも鋭い刃物で斬殺された跡があった。
たが特にエリゴールは体中に鏡のような破片が突き刺さっており、体中も切り傷で埋め尽くされていた、と。
そこでララバイ事件に関与していたと思われる妖精の尻尾の魔導士を関係者として連行しろ、と書かれている。
「エリゴールが殺されたのか…!?でも、これがなんだってんだ?」
「なるほどな…」
「グレイ?」
ナツの横から覗き込むようにして文書を読んでいたグレイが呟く。
「ここには“関係者として”と書かれている。本当に殺人犯としてマスターたちを捕まえに来たなら、わざわざこんな言い回ししないはずだ」
「あのサムって人も“一時的に拘束”って言ってたわ。つまり、マスターたちが殺した証拠なんてないのよ」
「…?」
「はぁ…、簡単に言うとマスターたちが犯人の確率は限りなく低くて、だからこそすぐに戻るだなんて明言出来たんだよ」
「じゃあ、評議院の奴らもそれを分かってて連れて行ったのか?」
「じゃなきゃもっと大人数で来るし、うちのギルドだって活動停止処分を受けてるだろうよ」
「…結局あいつらが悪いってことだな!よし今からぶん殴って来る!」
「なんでその結論に辿り着いたの、あんたは!」
ナツは未だに理解出来ていないようだが、彼以外はグレイたちの説明によりようやく安心出来たようだ。
口々に安堵の声をもらすギルドメンバーの中で、ミラとグレイは苦笑いしながらも、再度文書へと目を落とした。
それは、鏡のような破片、と書かれた一文章。
「…ミラちゃんも気になるか、この部分」
「ええ、エルザが言ってたの。鏡の魔法を使う少女がいたって」
「俺も見たんだ、その女の子。ララバイを一撃で倒した時点で普通じゃないとは思ってたが…」
二人の考えていることは同じ。
その少女が殺したのではないか、と…。
「…その鏡の破片って、昨日の女の子のことだよな」
「うおっ、ナツ、戻って来たのか。いやまあ、あくまで可能性の話だ」
「許さねぇ、うちに罪をなすり付けていきやがって…」
炎を揺らめかせながら、両手の拳と手の平を打ちつける。
パシン、と小気味良い音が響いた。
「次会ったら一発ぶん殴ってやる」
妖精の子と呪われた不死の子が会する時は、そう遠くない。
感想、アドバイス等もお待ちしております。
最後までお読み頂きありがとうございました。