サイドアビス   作:こねこ

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第1話

 アビス、約1900年前に南ベオルスカの孤島で発見された直径約1000メートル、深さ不明の縦穴。

アビスは特異な生態系を持ち、また現世人類のそれを遙かに超える技術で造られた人工物である「遺物」を数多く眠らせている。

 穴中に特殊な力場が存在するため地上からの観測は困難である。

縦穴は途中で何度か横に大きく広がっており、深界二層、四層、五層の広がりはアビスの入り口のある島自体より広く、五層に至っては果ての見えない広大な海のようになっている。

さらに、深層と地上では力場の影響で時間の流れすらも異なることが確認されており、深層での数年が地上での十数年の時間の経過となりうると予測されている。

 アビス下底部からの上昇を試みる探窟家は「上昇負荷」、あるいは「アビスの呪い」と呼ばれる事象の影響を受ける。

比較的浅い深度においては、上昇負荷の影響は軽い目まいや吐き気などに留まるが深層に行くほど帰路にかかる負荷は重く激しいものになり、七層以深において上昇負荷は探窟家に「確実な死」をもたらす。

 上昇負荷には「呪い」の効果に隠れているが「祝福」と呼ばれる効果があり、何らかの方法で「呪い」を回避すると、新たな感覚の獲得や肉体の強化(獣化)、不老不死、「呪い」の軽減など探窟を進める上で有利に働く変化を得られる。

 

 ◆ ◆ ◆

 

 全身に激痛が走る、目から耳から鼻の穴から、穴という穴から血を垂れ流す。平衡感覚は狂いに狂い、後ろに向かいながら右に向かっているのかもしれない不快な状況。深界四層からの上昇負荷、全身に走る激痛と流血。三層に近い為、平衡感覚の異常と幻覚、幻聴を併発している。

 探窟隊は全滅して、生き残ったのは私のみ。運がいいのか悪いのか、持ち帰れる遺物だけを鞄に詰めて亡骸となった同僚達の笛だけを持ちオースへと向けて上がっていく。

月笛の際に何度も通ったが、この上昇負荷は慣れれるものでない。

現に、私の横には死んだはずの同僚が私を呼んでいる、眼前には2年前に流行り病でしんだ家族が微笑んでいる。

 

「糞ッ……」

 

 悪態を吐きながら、口内に溜まった血を吐き出す。

ようやく月笛から黒笛へと昇格したというのに、こんな所で土塊の染みになるわけにはいかない。何度でも何度でも、このアビスに挑まなければならない。この大穴に潜らないといけない、それが何を失ってもしなければならない。止められない好奇心が私の背中を押すのだ。

 しかしながら、今回は運が悪かった。タマウガチの縄張りに安易に踏み込んでしまったのが敗因。私は後方で詰めていたのでタマウガチが気づく前に離脱ができたが。

 悪態をつきながら思考を巡らせていると、前に進んでる筈であった身体は地面へと倒れていた事に気づく。指はどれも動かず、瞼でさえも半開きで閉じる事もできない。上昇負荷の血涙の為、視界は真っ赤に染まり意識が落ちていく。

ここで私の冒険は幕を閉じるのだろう。このまま横になっていれば生物達の餌となり、そこらに散らばる髑髏の一つとなって風化していく。

 嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ。死にたくない、まだ全然調べたい事がある。まだ、見ていない物や触ったことも無いことに触れたい。嫌だ、嫌だ。

 

(死、に……たく、な、い)

 

 意識が落ちていく、深淵の中に消えていく。

私という黒笛の探窟家の冒険はここで終わるのだ、後悔しかない。何一つ、何一つ、満足していない。

仲間たちの笛を持って帰れず、私の笛も消える事なんて許せない。

 誰か、悪魔でも、何でもいいから。

 

「た、す……けて」

 

 掠れた声はアビスの風の中へと消えていく。ここにまた一人の探窟家の笛が穴へと還っていく。

何時、肉は腐って自然の中へと消えていくかは分からないが魂はアビスへと還るであろう。

 踏みしめる足音が物語を運ぶ。

 

 ◆ ◆ ◆

 

 濛々と煙が上がる、暖かな火は心や身体を癒やしてくれる。固まった血が閉じた瞼を開くのを阻害するが、強引に固まった血を剥がしゆっくりと瞼を開く。最後に見た風景は地面の土臭い香りと自分の血の鉄臭さだった。しかし、今は焚き火の前で横たわっている。

自分の知らない誰かが、偶然私を見つけて介抱してくれたのだろうか?

かなりの変わり者でなければ、死にかけている探窟家を助けたりはしない。ぼんやりと思考を巡らせていると焚き火の向かい側から声が聞こえてくる。

 

「目が覚めたかい?」

 

 綺麗な金の髪、小柄な体躯の女性。私はその姿に見覚えがあった。

探窟家なら憧れる最高峰の笛の色、白笛。その中でも特に有名で様々な事を成し遂げてきた英雄的存在。

 --殲滅のライザ(殲滅卿)

 

「ら、らららららららっら……ライザさん!?!?」

 

 後ろにキュウリを置かれた猫の様に飛び上がりながら、憧れの白笛の姿を今一度目に焼きつけようとする。

しかし、全身に走る痛みに耐えきれず着地に失敗、転がりながら近くの草むらに落ちた。

 

「っぷ……あはは!!何だ、何だ!結構元気じゃないか!!」

「あ、あはは……」

 

 豪快に笑う殲滅のライザ、私は痛みの走る身体に鞭をうちながら起き上がりなんとか元の場所へと戻る。笑い続ける彼女に冷や汗をかきながら、ゆっくりと思っていることを口にする。

 貴方が私を助けてくれたのか、何故私を助けたのか。生きたいことは確かに思っていた、しかし死ぬだけの探窟家を助けることにメリットは無いと私は思う。私だって、死ぬだけの探窟家を助けることはできない、それだけの能力も無い事を自覚しているからだ。

 予想している答えは、彼女の一言で破壊された。

 

「助けてといっただろう、だから助けてやった。それに、目が覚めれば黒笛のお前ならここから帰れるだろう?」

 

 やはり白笛、いや殲滅のライザは伝説級の英雄だ。

陳腐な考えの私には生涯を掛けても到達できない領域、しかしそこに至れなければこの穴の中で死ぬだけ。あの時、助けを乞う声を吐かなければこの魂はアビスへと還っただろう。

 地面に頭を擦り付け、今言えるだけの精一杯の言葉を告げる。

 

「ありがとう、ございます。」

 

 彼女は何も言わず、笑わず。頑張れと言って、私の頭を一撫でしてこの場から去っていく。

直ぐ様頭を上げて、去っていく彼女の後ろ姿に大声で問いかける。

 

「ライザさん!!」

「なんだ?」

「何時か、何時か……貴女のような探窟家になります!!いや、なる!!その時は、一緒に探窟してくれますか!!」

 

 馬鹿な問いかけにまた大きく笑われるのではないかと思いながら、必死に声を吐き出した。ゆっくりと振り返る彼女の笑顔は、とても綺麗で美しい、彼女は私に向けて一言だけ「ああ!」と返事をして奥へと進んで消えていった。

 何時か、必ず。貴女の様な探窟家になります。弱い心に決意を灯し、鞄を背負う。焚き火に砂をかけて消し上へ上へまた歩いて行く。今度は決して立ち止まらず、無駄な事を考えず。何時か追いつく目標の為に経験を積み重ねる。死んでいった、探窟家の糧を経験にしていく。

 

 ◆ ◆ ◆

 

 私がオースに戻ったのはそれから二ヶ月後の事、そして奮起した私は何度も何度もアビスへと潜る。

あの日見た、大きな背中に追いつくため。歩みを止めない。

 色々な事をくぐり抜けてきた、他の探窟家に襲われもした。

 様々な遺物を収集し、困難に立ち向かう為に血反吐を吐き続けた。どんな些細な事も耳に入れ、力を手に入れる為に奮起した。不動卿、動かざるオーゼンが使用している千人楔を手に入れる為に潜ったり市場で手に入れる為に走り回ったりもした。その際、不動卿に良いパンチをもらい何週間か生死をさまようことになったのは予想外であった。

 

 だが、私の目標は笛だけの帰還を果たし。死亡扱いを受け。英雄として奉られた。

 

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