さすが不条理主人公
「少尉、刹那さん、次はオフ会であいましょう」
「おぉ、それまで死ぬなよ大将」
「仕事が急に入らなければ行く」
予定の時間を過ぎても終わらない運営のいい加減さにモモンガは苦笑すると、別れの言葉を口にし、ログアウトをしようと右手を振ったがコンソールは出ない。反応が悪いのかと何度も繰り返すが、見なれた画面は出てこないままだ。
「おかしいな?」
「どうかなさいましたか、モモンガ様」
疑問を声を出せば、誰もいないはずの右隣から声が掛けられた。
俗な言い方になるがまるで女性アナウンサーのような、落ち着きはらった耳通りのよい静かな声に聞き覚えはない。いぶかしみ睨んでいた自分の手から、声をかけられたへと視線を移せばそこには王座の脇に佇みこちらを見つめてくるアルベドの姿があった。
かすかに首を傾げて、ネコのように縦に長い瞳孔をした金色の瞳にシャンデリアの光を映し、薔薇色の薄い唇に微笑みをのせた表情は、設定を変更する前にじっくりと眺めた時の人形の模られた微笑みとはまるで違い、心から自然と浮かべたようなぬくもりのある人間じみたものだった。
だからこそ、モモンガもまるで人間を相手にするように尋ねていた。
「コンソールが開かないのだ」
「こんそーる、ですか? 申し訳ありません。私には”こんそーる”が理解できません。必要であれば、すぐに調べいたしますが」
問いかければ、微笑みから一転、申し訳なさそうに眉尻を下げる様も、リアルと変わらない。
固定されたいるはずの表情が動くことや、NPCが自主的に言葉を発したことで、ユグドラシルのサービス終了は嘘で、サプライズで大型アップデートがされたのかと思いはしたが、現実と同じように感じる椅子の座り心地や握っている杖の感触、それにプログラムではありえない自然な反応をするNPCに、ゲームではありえないと頭を振り考えを振り払う。
「そうだ、少尉と刹那さんは!?」
別れの挨拶を交わした時と同じ場所で未だに話し合っている、黒髪の真面目と不真面目の二人に、なにか変ったことはないかと意識を強く向ける。
「まだ相棒はミッキーマウスかァ? オフ会の後に店でも行こうぜ、モモンガも誘っ………プレッシャー!?】
「俺の相棒はガンダムだ。そして俺もガンダムーーーッ!?」
その途端に、スラング混じりにからかっているルーツも、生真面目に返事をしている刹那も、ほぼ同時に身構え、すぐに戦闘形態へと転じた。ルーツは目を光らせ18mもの本体へ、刹那は人間形体のままであるが全身がメタル色の金属生命体に変わる。
天井が高い部屋とは言っても、さすがにガンダムにとっては狭い部屋だ。だけど狭さを気にすることなくALICEは器用に柱に当てること無く武装を展開する。
バックステップで距離を取った刹那は武器を取り出すことはなかったが、体を開き腰も落として、なにがあってもすぐに動き対応できるように構えている。
突然の戦闘態勢への移行に、話しかけたモモンガは目を大きくして驚くだけだった。
「えっ、えっ、二人ともどうかしましたか?」
「すまない、反射的に構えてしまった」
【強い……プレッシャーを感じたの】
「はあ、プレッシャー……ですか?」
「ああ、死のプレッシャーだ」
武器を収め、元の省エネ仕様に変わりながら二人はそれぞれ説明をしてくれたが、ピンとはこずモモンガは訳が分からないと顎の下に手を当て、しばし考え込む。一人では解けそうにない疑問だが、肝心のルーツと刹那は当り前のことを話す調子なので、もしかしたら自分が知らないだけで常識的なことかと一度思ってしまえば、聞くことはできなかった。
「ううむ、プレッシャーか……」
「さしでがましいことを申し上げますが、おそらくはプレッシャーとはモモンガ様の死のオーラを指しているかと思われます。本来の姿ではなく力を抑えた人間形態では、強い力に対して過敏気味に反応してしまうことがあります」
口の中で唸るモモンガを気にかけて、膝まづいた格好で進言してきたのはセバスだった。軽く目を伏し、主たちを直接見ないようにしながら喋る白髪の彼もルーツたちと同じく普段は人間形態でペナルティを受けている存在だ。ならばこそ、その気持ちがわかるのであろう。
意識して死のオーラを抑えると、誰からともなく安堵の息が漏れた。
目に見えて辺りの緊張が緩まったのを知り、特にレベルが低いプレアデスたちにはきつかったことだろう申し訳ないと、モモンガは罪悪感で存在しない心臓がチクチクと痛むのを感じ、思わず胸を手で押さえた。
(しかし同じギルドに所属しているものには<死のオーラV>は効かないはずなのだが、ゲーム終了と時を同じくしてフレンドファイヤが解禁されているのか?)
そこまで考えて、先ほどまで空を焦がすほどの激しい銃撃戦を繰り広げていた地上のものたちのことが浮かぶ。胸に当てたままの手に力を込めれば、肋骨の固く乾燥した感触を指に感じ、握りしめられた骨が軋みながら鋭く痛んだ。それは確かに現実と遜色なく同じほど”リアル”な感覚だった。
もしリアルと同じだけの痛みある状況で、もしフレンドファイヤが解禁されて仲間の攻撃が通じるようになったと知らないで、もし互いに銃の引き金を引いたら?
「だ、誰か<
「あァ? どっかにゃ置いてあるが、今ァ持ってねえな」
「無線に応答なし……様子をみてくる」
「刹那さん、状況がわからない中で単独行動は危ないので止めてください」
仲間たちが心配で今すぐにでも無事を確認したいが、ゲームがリアルになっているという不可思議なことが起きている現状でなにが危険でなにが大丈夫かも把握できていない状態で動くのは危険だと二の足を踏む。
「でしたら私が見てまいります」
「アルベド……」
どうすべきか迷うモモンガの前に、進み出たのはアルベトだった。段を降り、汚れ一つない白いドレスの裾を
確かにLV.100の守護者の中でも一番の防御力を誇る彼女ならば、ライフル弾やミサイルが雨嵐と飛び交う中でも、おいそれと倒れることはないだろう。だがモモンガは首を縦に振らなかった。
「御身を煩わせるよりも、どうぞ私をお使いください」
「アルベド駄目だ」
「なぜですか? 私が頼りないからでしょうか」
「まあ、しかたがないよなァモモンガさんよォ」
それでも食い下がるアルベドに、ニヤニヤ笑いのルーツが声をかける。
面白がっていることを隠そうともしないチェシャ猫笑いは、初めてみるはずなのにしっくりときた。るし★ふぁーやヘロヘロと一緒に悪さをしている時にも、きっと同じ表情をしていたのだろうと想像に難しくない。
「愛する女を一人で危ないとこに出したくは、ないもんなァ」
「ファッ!?」
「あ、愛する女なんて……」
なにを言われるかと身構えてはいたが、余りの驚きに変な声が出た。なぜか驚きは一瞬で沈静化したが、そのわずかな間に、固まるモモンガと耳まで真っ赤になったアルベドを置き去りにしてルーツたちは扉をくぐる。
「刹那ァ、上でドンパチしてた馬鹿共の様子を確認すんのは任せたぞ」
「ああ、セバス、プレアデス。行くぞ」
「はっ、畏まりました」
「俺ァ補給も兼ねて格納庫を確認してくる。ギルド長たちはふたりでゆっくりと各階に異常がないか、みてきてくれ。ふたりでな」
ふたりという部分を強調して、先に出ていった刹那たちを追い、ニヤニヤ笑いのルーツも転送して消えた。
あとに残された2人の視線が絡みあうが、気恥かしさから慌てて同時にそらされる。だけど再びそろりそろりと視線を合わせると、しかと互いにみつめあった。
パンッと頬を叩いて気合いを入れたモモンガが椅子から立ち上がると、アルベドの正面に立ち、おもむろに右腕を差し出した。
「手を握ってもかまわにゃいな」
噛んだ。
「はい、もちろんです」
照れてはいるが心底嬉しそうに微笑むアルベドが差しのべられて手を握り、そして彼らは歩き出した。
ようやく地上部に到着した頃には、ナザリック中にモモンガとアルベドの婚約は知れわたっていた。
いつもだとハロと鳴くNPCがいる格納庫も、今はその姿は見当たらず静かだ。
靴底が金属の床を打つ音が高い天井まで冷たく響く。部屋は片付いているのにごちゃごちゃしているように感じるのは、工具や機材がところ狭しと山となっているせいか。
鉄錆びと油の匂いが充満する空間はどこか落ち着く懐かしさがある。夕方になると窓の外から忍びよってくる近所の工場の匂いに似ているからだろうか。
「少尉、ここにいましたか」
積まれたコンテナに腰掛けてタバコを燻らすルーツは着替えたのか、先ほどまでの連邦の軍服を着崩した格好ではなくぴったりとしたパイロットスーツだ。動き易く環境適応力の優れた装備に変えたのはゲームが現実になり、今がどうなっているのか、これからどうすればいいのか、なにもかもわからない不安からだろう。モモンガが6階層で魔法を確めたりレメゲトンのゴーレムの設定を変えたりしたように。
身の丈よりも高いコンテナに身体能力の高さだけで飛び乗り、丸まった背中に近づく。
隣に立てば無言で差し出されたタバコの箱から一本頂戴し口に咥え、放ってよこされた擦れて色褪せた安っぽい金色のライターで火をつけると胸の深くまで煙を吸い込む。リアルでは仕事を円満にするための付き合いで仕方なく吸っていたが、肺の汚れを気にせず吸うタバコは少しだけ美味しかった。
なにかのイベントアイテムだったライターを返すと、格納庫の片隅で並んでぼんやりと紫煙を吐く。
「モモンガは帰りたいとかないのか」
「私は、……待っていてくれるような人はいないですから。リョウさんは?」
「何人か女はいたが、もう違うベッドに潜りこんでる頃だろうよ」
「ははは」
重く底に溜まっている胸のもやもやが、煙と共に消えないかと、吐き出す白い煙の先を目で辿る。
「でもま、一番一途で、一番……会いたかった女は、こんなトコまでついて着ちまったようだがなァ」
自嘲するようにも、穏やかに微笑むようにもみえる笑みを口の端に浮かべたルーツの瞳が、一瞬だけ蒼く輝いたように見えた。
それは宇宙の、はたまた地球の青に似ていた。