「せーんぱいっ、私はギタギタに挑戦してみようと思います!」
「やめておけ、勇敢と無謀は違うぞ」
俺と一色は学校帰りに晩飯を食べに来ていた。
で、何の会話かって?
それはこれからの会話で分かるだろう。
「いえ!これは決して無謀などではありません」
「なんでそう言いきれるんだよ……」
「だって先輩に出来て私に出来ないこととかないじゃないですかー」
でた。
でたよ、一色の「じゃないですかー」。
相手のことなど何も知らないのに勝手に決めつける一色の奥義だ。
そもそも俺に出来てお前に出来ない事など山ほどあるだろ。
お前ステルスヒッキー発動できるのかよ。
なんて言うと「は?」と冷たい目で見られるのは簡単に予想出来るので言わない。
「まあ、いいんじゃねえの?じゃあ俺は気分的にコッテリにしようかな」
「決まりですねっ。では早速食券を買いましょう」
時間帯的にも来客がピークなはずなのだが、幸運なことにカウンター席が二席空いており、俺たちはスグに券売機で食券を購入した。
一色はとんこつラーメン。俺はしょうゆラーメン。
やっぱり、阻止した方がいいよな……
「ギタギタで!」
うん、普通に無理でした。
一色の分も合わせて言ってやろうと思ったが、席に座ったと同時に先に告げられてしまった。
俺も渋々食券を差し出しながら「コッテリで」と告げる。
ちなみに俺と一色が初めに会話していたことは、『背脂の量』のことだ。
この店は背脂と味の濃さが売りで、他のラーメン屋と比べて味が強い。注文時にも背脂の量を変えてもらえれるのがこの店の特徴だ。
もう三度目になる一色とのラーメン屋。
こいつとの初デート(と呼べるのかは分からないが)、あの時食べてからラーメンへの偏見は九十度ほど変わり美味しい食べ物と認識してくれたようで俺も嬉しい。
しばらく一色と雑談(適当に返事をしているだけ)をしていると、出来上がったラーメンが出された。
「「いただきます」」
冷めないうちに食べなければラーメンというものは美味しくないものだ。すぐさま食事に取り掛かる。……まぁ俺、猫舌だから少し覚まさなきゃいけないんだけどね。
ハフハフと熱さを堪えながらも、咀嚼する。やはり美味しいが、少し物足りなさも感じる。今日は我慢するとしよう。
「せ、せんぱぁい……」
……やっぱり、か。
二口三口目で一色が限界だとばかりに俺に目で訴えてくる。
それもそうだろう。とんこつにギタギタなど、俺の女性知り合いでも平塚先生くらいしか食べれるの知らないぞ。ラーメン食べるような女性知り合いなんて平塚先生しか知らないんですけどね。なんなら女性知り合いが全くいないまである。流石俺。
「ほれ」
俺はたまたま気分的に一色でも食べれる背脂の量がコッテリのしょうゆラーメンを彼女に差し出した。
間接キスになってしまうのが多少アレだが、この際構ってられないだろう。それに、この歳にもなればそういうことにも抵抗が薄れてくるものだ。
「い、いいんですか……?」
「いいもなにも、食べれないなら仕方ないだろ」
「ありがとうございます……ふふっ、これじゃ間接キスになっちゃいますね」
「お前な……ちょっと気にしてたことんだから言い出すなよ……まあこうなることは何となく想定してたし、許容範囲内だがな」
「…………」
「……?どうしたんだ?」
「い、いえ、その……何でもないです。…………ズルいですよ」
「なんか言ったか?」
「いえ、さあ早く食べちゃいましょ」
「そうだな」
顔を俯け、何かボソッと呟いていた気がする。
つい聞き返してしまったが、普通の対応をされたので本当に何も無かったのだろう。
こいつの声音もいつもと変わらなかったし、何よりご機嫌な様子だ。もはや、いろはす検定三級を取れるまである。
まぁそんなどうでもいいことは頭の片隅に置いておいて、ラーメンを食べるとしよう。
せっかくのギタギタだしな。やっぱり上手い。
一色が口づけしたことを無理にでも忘れて、俺は箸を進めた。
***
「先輩、送ってくださってありがとうございます」
「おう、気をつけて帰れよ」
「はいっ、それではまた明日です〜」
一色を駅まで送ると、電車の時間の都合でスグに別れの挨拶を交わした。
ちょこちょこと歩きながらも、彼女は途中で振り返り小さく手を振ってくる。そんな愛嬌のある一色を遠く見つめながら、彼女が視界から消えたところで俺も帰路へたった。
ふと思う。
一色いろはは『素敵な何か』を持っている。
それは俺の身近にいた彼女たちも持っているものだ。いや、
それはきっと、一色や俺の身近にいた彼女たちだけではなく、全ての女の子が等しく持っているもののだろう。
その何かとはいったいなんだろうか。
いや、その正体を俺は知っている。
だから、俺は無意識のままに、その何かを遠ざけようとしているのかもしれない。
少しだけ、そんなことを考えた。