「まあ、なんだ……助かった、ありがとう」
「いえ、別に礼を言われるほどのことではないので」
時刻は七時過ぎ。
放課後から動き始めて、よく準備がここまで上手く出来たものだと自負する。
会場内の飾りつけ、舞台上の演し物の小道具、パーティーのためのテーブル並べ。
客観的に見ても、どれもが完璧に整っている。
参加した生徒は解散となり、俺は手助けをしてくれた彼女に礼を言った。
「そうか。まあ、お前がいなきゃここまで早く終わらなかったし、感謝はしてる」
「はい。それとお前じゃなくて、雪風雪菜です。名前でちゃんと呼んでください」
「あ、ああ……雪風な、覚えとく」
名前まで似ているとはな……
正直、ここまで来ると偶然とすら思えなくなる。
「じゃあ比企谷先輩、私は帰ります。お疲れ様でした」
「おう、お疲れさん。気を付けて帰るんだぞ」
「ありがとうございます」
これは運命か、神様のいたずらか。
それは俺にはわからない。
そう。
ただ、彼女の帰る様を見届けた後——パンチを食らうことしか出来なかった。
「なんだよ一色……」
なんで後ろから意味もなく殴ってくるのか……若干痛い……
「何でもないですよ。何でもないです」
「なんで二回言ったの……それと痛いからまた殴るのやめようね」
「先輩が悪いんです」
「今何でもないって言ったよね? だから殴るのやめようね」
「むぅ…………」
如何にも不満そうな顔をし、一色はしぶしぶと手を収めた。
「今の子、先輩のお知り合いですか?」
「逆にお前は知り合いだと思ったのか?」
「いえ、全然。あんな可愛い子がこんな先輩に好意を抱くわけありませんから」
「……まあ、そういうことだ」
好意と知り合いかどうかは意味が異なるし、俺のことを呼ぶ際に『こんな』を強調しなくてもいいんじゃないですかね……それと、初めからわかってるなら聞くなよ…………
「で、どうするんだ?」
内容の乏しい質問をしたが、今までの流れからしてこの後どうするのかという意味になるのは、流石の一色でもわかるだろう。
「今日はもう少し残るつもりです」
「そうか……じゃあ早く終わらせるぞ」
「いえ、先輩は先にあがって大丈夫です。小町ちゃん達にも先に帰ってもらいましたし、先輩に申し訳ないですよ」
突然だが、人の一生は重荷を負うて遠き道を行くが如し、ということわざがある。
人生は長く苦しいもので、努力と忍耐を怠らず一歩一歩着実に歩むべきという意味のことわざだ。
今の一色はきっと、人生の中で特に重荷を背負っているのだろう。
であれば、俺に出来ることはただ一つ。
その重荷を一緒に背負ってやることである。
「らしくないな、そんなこと気にするなんて。まぁあれだ。もう暗いし、どうせ少し遅くなるかどうかの違いだ。気にするな」
「らしくないってなんですかー。私って色んなことに気が回るし、誰にだって優しくしますよー」
「はいはい、そうですね。ほれとっとと行くぞ」
ふくれっ面になっている彼女をスルーしながら俺は体育館から生徒会室へと移動を始めた。とことこと歩いて付いてくる一色も、なかなか愛嬌があるものだ。
小町と似ているせいか、妹のように接してしまうことだけは気を付けなければならない。なんせ、お兄ちゃんスキルが発動して頭でも撫でようものなら罵倒を浴びせられることは目に見えている。
「さて、と……始めるか」
生徒会室にたどり着いた。
中には副会長や書記ちゃんがいると思ったのだが、どうやら他の場所で仕事を進めているらしい。
俺達の仕事はいつものこと。莫大な量の書類確認である。
「はい!」
彼女は笑って相槌を打った──。