水無月水樹の水紀行   作:七草青菜

16 / 25
あ、お久しぶりです。

~これまでのあらすじ~

【マネー・イフェメラ】に巣食っていた【かお】というモンスターからドロップされた呪われてそうなアイテムを引き渡すべく<現幻原(シェンファンユェン)>へと旅だったシャボンとリーラン、あと護衛二人。

旅の途中で【クラムボン】なる<UBM>を討伐したりもしたがなんとか到着、おいしい水を堪能(重要)。
そして、そこで出会ったシンメイとはなんとリーランの幼馴染であり今回の尋ね人だった。

そんな事もあったりしたけど、裏では“精神最強”とかいうヤベー奴がやべーことしてるらしいですよ。



第八話 狂気の火種

 □【水質学者】シャボン

 

 あのあと、れーちゃんの質問責めから抜け出し、家に帰宅。その後入浴と昼食を経てデンドロにログインした。

 えっと、ログイン地点はシンメイの家……のはずなんだけど。

 

「……ここどこ?」

 

 わたしが降り立った地には何も無かった。いや、正確にはかつて家だったのだろう残骸がまるで虫にでも食い散らかされたかのように散乱していた。

 

「シャボン! 来たアルか」

 

 リーちゃんの声に振り向くと、そこには両手指に符を挟み周囲の警戒をするリーちゃんといつもの白衣姿のシンメイがいた。

 

「えっと、どうしたの? その……家とか」

「説明は後でするから、とにかく逃げるよ」

 

 リーちゃん達は相当焦っているようで、なぜか絶えず足元を確認していた。

 

「う、うん。わかったよ」

 

 まだ思考の整理が出来てないわたしだが、リーちゃんに言われるままについて行く。その途中でたくさんの家屋の残骸が目に入った。

 どれもさっきのシンメイの家のように何かに食い散らかされた跡があった。

 

「あんまり見ない方がいいよ、まだ途中(・・)のもあるから」

 

 途中とは何だろうか、とわたしが疑問に思ったその時、それは現れる。

 

 それは無数の小さな虫だった。虫は家屋の形に広がり、その壁や屋根なんかを貪るように食い散らかしていた。

 

 そんな光景を目に深く焼き付けてしまったわたしは、思わず口を抑える。

 

「ふむ、見てしまったか」

 

 シンメイが呟く。

 

「奴らは【トライポフ】。昨夜から突然この<現幻原>へと現れた極めて危険なモンスターだ」

 

 

◇◇◇

 

 

 □黄河帝国<現幻原>

 

 シャボンが向こうの世界へと向かった後、二人きりになったリーランとシンメイは机を囲んで思い思いに寛いでいた。その振る舞いに遠慮は感じられず、幼馴染である二人の仲が伺えるだろう。

 辺りはすっかり暗くなり、視界を確保する術は夜空に灯された月明かりとシンメイの部屋に取り付けた《灯花》の符の光を残すのみとなった。

 

 シンメイとリーランの二人に会話は無く、聞こえてくる音といえば、先程受け取った【かお】のドロップアイテムを調べる物音と、その光景に目を合わせないように本のページを捲る音のみだった。

 その熟年夫婦の様な振る舞いに茶々を入れるであろうシャボンは今この世にはいない。

 

「……それで、君の父にはもう会いに行ったのか?」

 

 ぽつり、とシンメイはそう呟くと、対面するリーランに視線を合わせる事なく自らが入れた茶に口を付ける。

 

「君が出ていってから、もう十年か……心配していたぞ」

「……知らないよ、あんな人」

 

 シンメイとリーランが幼馴染である事から分かるように、リーランは元々はこの現幻原で生まれ、そしてそこで育った。

 

 リーランは当時この現幻原でもトップクラスの才能を持っていたと言えるだろう。

 幼い頃からジョブに就く事が慣例のこの町にして、齢五才にして三つの下級職をカンストさせ、七歳になる頃には上級職である【幻道士】へと至っていた。

 

 それもそのはず、道士系統幻道士派生超級職の【大幻道士(グレイト・ビジョンタオシー)】でもあるリーランの父はこの現幻原において一番強く、町の長の様な役割をもって町民をまとめていた。

 

 そんなリーランだったが、【幻道士】になって間もないある日、とある出来事から父親と離別、その結果町から出ていってしまった。

 

 その後のリーランは【幻道士】をカンストさせた後に、適正のあった【商人】系統の下級職三つ、上級職一つに就き、龍都にて<幻花>というマジックアイテム専門店を開店させるに至った。

 

「たとえ仕方の無かった事だとしても、あんな事をしたあの人を、私は許せないよ……」

璃嵐(リーラン)……」

 

 その時、部屋を照らす二つの明かりのうちの一つ、月が唐突に陰る。

 今日は雲一つない月の綺麗な夜だった筈では、とシンメイが疑問に思ったのも束の間、静寂だった夜闇にゴギョ、メギュ、ズギョ、っといった、およそ生きていく上で聴くことは無いだろう奇怪な音が響く。

 

「なんだ……この音は」

 

 ──鐘が鳴る。

 ゴン、ゴン、ゴン、ゴン、ゴン。と、小刻みに五つ。

 

「これは……警鐘、しかも、最高レベル?」

 

 ここ現幻原(シェンファンユェン)には警鐘という物が存在する。それは文字通り警戒の鐘であり、主に強大なモンスターの出現時に鳴らされる緊急速報だ。

 

 警鐘には段階があり、鐘を打つ数が多くなる程にその危険度は増していく。

 

 そして、五つとは最高警戒レベル、“住民総員でも叶わないと判断された”危機。これまでも警鐘の鳴らされたことは数あれど、五つの音が鳴ったのは数度しか無かった。

 つまり、ここ現幻原(シェンファンユェン)は未曾有の危機に襲われていると言えた。

 

「……私が去ってから警鐘の仕様が変わったの?」

「いや、変化はない。避難するぞ」

 

 リーランの現実逃避とも言える問いに手短に答えたシンメイは、緊急避難用のアイテムボックスに貴重品を放り込む作業に入る。

 そんな切り替えの早いシンメイにリーランはそっと呟いた。

 

「待って、シャボンがまだ帰ってきてない」

「……いつ戻ってくるかも分からない<マスター>を待つのか?」

「だって……私にシャボンを見捨てるなんて……」

 

 例え<マスター>が不死身だったとしても、きっとシャボンは寂しがるから。

 この世界に再び現れたシャボンが、誰も居ないこの地に立ったとき、リーランがいなかったら。

 

 リーランは無謀であると知りながらここに残るという選択を取った。

 

「…………家中に防御用の符を仕込む。君なら持っているだろう、全て出してくれ」

「もちろん……ありがと」

「ふむ、君からその言葉がまた聞けるとはな」

「茶化すな」

 

 リーランが自身の符専用のアイテムボックスより取り出した符により、防御用の符と隠蔽用の符を仕掛けた二人は、シャボンが現れるまで家に篭った。

 

 

 そして夜は深まる。

 

 

 ──最初にその音に気づいたのは、シンメイだった。

 

「……何か、聞こえないか?」

「何かって、どんな?」

「ふむ……グジュルグジュルといった、何かを貪る音だ」

 

 そう言われて、リーランも耳をすませる。なるほど、確かに虫か何かが何かを貪る音が僅かに聞こえる。

 

「……【マネー・イフェメラ】の幼生でも出たんじゃない?」

「この状況下でそれは冗談にしても楽観的すぎるぞ」

「う、うるさいアル!」

 

 ちなみに【マネー・イフェメラ】の幼生は確かにティアンの子供でも容易に潰せる程の弱さではあるが、水棲であるためこの場には出現しえない。

 

「場を和ませようとした事は伝わるが、今は些細な事でも聞き逃すべきではないだろう。……少し静かに」

 

 人差し指を顔の前に出し、リーランを黙らせた上で、シンメイは自身のスキルである《順風耳》の出力を上げる。リーランもその事は承知している用で、黙って動向を伺っている。

 

「……外だ。おそらくここではない別の家屋が喰われている」

 

 シンメイが窓掛けを開ける。

 

 はたして、そこには地獄の様な光景が広がっていた。

 

 うぞうぞと這い回る夥しい数の点は、その全てが小さな蟲だった。

 月明かりに照らされた地面のそこらに、まるで黒光りする絨毯のように敷き詰められたそれらは、新たな獲物家屋を発見するとすぐさまその方向へと蠢きだした。

 

「ひぃっ!? 気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い!!」

 

 リーランが勢いよく窓掛けを閉める。

 が、シンメイの手によってすぐに再度窓掛けは開けられる。

 リーランはその小さな蟲を視界に入れないように腕で自らの目を覆った。

 

「ふむ……【億奇邪口 トライポフ】、か」

「え、<UBM>? あれが!?」

 

 その命名法則から<UBM>だと判断したリーランはあの小さな蟲一匹一匹が<UBM>だと知って驚きの声を上げる。

 

「いや、ちがう。あれは特典武具により生み出されたモンスターだ」

 

 が、シンメイによりリーランの発言は否定された。

 

 【魔物学者】のスキルにより解析に成功した結果によると、あれは召喚スキルを持つ特典武具によって召喚されたモンスターのようだった。

 

【トライポフ】

・神話級特典武具【億奇邪口 トライポフ】によって召喚されたモンスター。

 

《群体》

《崩食》

《増食》

 

 

 神話級。それは唯一無二の存在である<UBM>、その極致であり、討伐された事例はあの三強時代の【覇王】と先々代【龍帝】が成し遂げたものを除けば数える程しかない。

 

「どうしてそんなモノがここに沸いてるのよ」

「それは定かではない。とにかく、ここに居るのはかなり危険だ。……今からでも避難しようとは思わないか?」

「……いや、残る」

「そうか」

 

 おおよそ尋常ではないリーランの発言に、しかしシンメイは短く答え、拠点の更なる強化に向けて準備を始めた。

 そんなシンメイに心中で感謝しつつ、リーランも防御と幻惑の符を貼る為に腰を上げた。

 

 ──そしてそのまま丸一日が経過した。

 

 外の様子で変わったことといえば、それは爆発音だ。外ではどこか一箇所から頻繁に爆発音が響いており、シンメイが《順風耳》で位置を探ったところ、それはどうやら住民が避難しているであろう避難区域から聞こえてきているということが分かった。

 

 そして、リーランのもつ防御の符の在庫が尽き幻惑の符に頼るしかなくなった頃、ついにそれは起こった。

 

「ふむ……遂に蟲に侵入されたようだ」

「……そう」

 

 常に神経を張り詰めていた二人。その精神は既に限界に近かった。

 無数に存在する神話級特典武具の召喚モンスターに認識されないように、いつ戻るかも分からない<マスター>を待つことは予想を越えた疲労となって二人に、とくにリーランにのしかかっていた。

 

「ところで先程から聞こえてくる爆発音、それはどうやら【トライポフ】を殺めた際に発生するものらしい」

「死なばもろともってわけ? 笑えないわね」

 

 乾いた笑いでもってシンメイの新情報に応じたリーランは、構えてあった迎撃用の符をしまい、新たに《透化》の符や《幻実》の符などの戦闘回避のための符を両指の間に挟んだ。

 

「いつもと同じなら今日の夜が明ける頃には戻って来るはず。それまでは私に待たせて」

「ふむ……この家にまで到達されてしまった以上、今から避難するのでは逆に危険だろう。待つさ」

「ありがと」

「ああ」

 

 ──そして夜が明ける。

 

 

 ◇

 

 

 □【水質学者】シャボン

 

「……そんな事があったんだね」

 

 わたしがログアウトしてから起こった出来事を聞き、申し訳ない気持ちになる。

 

「ごめんね、来るのが遅れて」

「いや、知らなかったんだから仕方ないよ。そもそもシャボンを待とうとしたのも私の勝手な行動だし」

 

 それでも、リーちゃんとシンメイに辛い出来事を味わわせた、その事実がやるせない。

 

「まあ、それはいいだろう。それよりも、見えてきたぞ。あれが避難区域だ」

 

 シンメイの指し示す先には、大きな屋敷を覆うように半透明の結界の様なものが貼られていた。結界の内側には、恐らく結界の術者であろう人達が指の間に銀色に輝く符をはさみこんであり、それよりも中に居るおそらく避難者であろう白衣の人達を守っていた。

 白衣の人達はというと、捕獲したのであろう蟲を試験管に入れたりよく分からない液体をかけたりして実験を行っていた。

 結界には所々蟲が群がっており、蟲から食われたところを術者が即座に修復するといったふうに、術者と蟲のせめぎ合いが行われていた。

 

 術者の一人、その人の近くに群がる蟲に怪しげな液体をかけて溶かし、安全を確保したシンメイは声をかける。

 その時に予想より凄い爆発が起こってすごくびっくりした。

 

「おい! 【魔物学者】の|杏苺《シンメイだ!」

「……おお! 杏苺お前一体どこにいやがったんだよ!」

「ああ、少し立てこもりをな……」

「……って、そっちはもしかして璃嵐(リーラン)か!?」

 

 術者の男の人はこちらへと視線を向けた。

 

「そう言うあんたは……点海(ディエンハイ)?」

「おお! 何だよ久しぶりだな!」

 

 男の人はとても友好的な感じでこちらに、というかリーちゃんに話かける。

 

「ちょっとまってろ! 今開けるから……っと、そこの嬢ちゃんは?」

 

 が、わたしに対しては警戒を怠る様子がない。どころか顔にヒレを付けた怪しい人物わたしを見た男の人は同時にシンメイとリーちゃんにも警戒しだした。

 

「おい……お前ら本当に杏苺と璃嵐か?」

「ふむ……君が三人パーティだということを忘れて【トリプレット】に挑んだのは傑作だったな」

「そうね、あれは酷かったわ。ステータスが五倍になってるのに気づかずに突っ込んで私たちに泣いて助けを求めたのよね」

「あー悪かった! やめろ! 掘り返すな! 死ぬ! 結界が解ける!」

 

 後で聞いた話だと、三人パーティの時だけステータスが五倍になる例のモンスターと対峙した幼少期のリーちゃんとシンメイ、あとディエンハイって人だったけど、定石であるパーティ解散からの討伐をド忘れしたディエンハイがパーティを組んだまま挑みかかり、そのまま逃げ回ったらしい。

 リーちゃんは、わたしシャボンと同レベルって言ってた。……え、わたしと同レベル?

 

 ともあれ、新たな蟲がこちらへとやってきそうだったので先に結界に穴を空けて入れてもらった。

 

 穴を無事塞いだディエンハイは視線は結界の向こうを見据えたままこちらへと話かける。

 

「で、そっちの嬢ちゃんは?」

「ああ、こっちはシャボン。ここ数年で増加した<マスター>で、私の友達アル」

「ほー、そうなのか……って“ある”?」

「……あー、あれだよ、都で流行してる語尾」

「そうなのか!?」

 

 あ、説明がめんどくさい時の顔してる。まあ今する話じゃないもんね。

 と、そこで爆発音を聞きつけたのか攻撃用の符を構えた男の人がこちらへと掛けてきた。

 

「点海、何があった!」

「あ、はい! 避難者がこちらへと来たため穴を開けました!」

 

 どうやら爆発音ではなく結界が空いたことを気にしてこちらへ来たらしい。

 

「避難者? あれから丸一日も経ってんのにか?」

「はい、あの(・・)杏苺と、あと璃嵐と<マスター>のシャボンです」

 

「璃嵐? ……ってお前璃嵐か!?」

 

 男の人はリーちゃんを見て驚きの声を上げる。

 

「帰って来てたのか?」

「ちょうど昨日ね……」

「そうだったのか……ちょっと待ってろ」

 

 そう言うと男の人は懐から《念話》の符を取り出し自身の頭に当てた。

 そうしてしばらく経った後に符をしまいこちらへと顔を向ける。

 

璃潮(リーチャオ)様は屋敷の中に居る。そこで話があるそうだ」

「え……」

 

 リーちゃんは口に手を当て、サーっと血の気が引いた様な顔をする。

 

「いやでも、私は【トライポフ】のことについて説明しないと……」

「ふむ……それは僕がしておこう。それが適任だ」

「え、いや私が残るよ」

「いいから、連れて行ってくれ」

「……ああ」

 

 リーちゃんは何やら苦い顔をしていたが、男の人に半ば強引に連れていかれてしまった。

 

「君も付いていくといい。璃嵐を支えてやってくれ」

「え、支える……?」

 

 んー、どゆことだ? まあ、もちろん着いては行くけどね。

 

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。