“精神最強”VS【大番長】
□【大番長】
「それでいい、シャボン」
逃げゆくシャボンを見送った芽香は、拳を打ち鳴らし、自身に気合いを注入した。
【ゼボラボ・ペナトトトス】は
芽香としても、くさばと【ゼボラボ】を同時に相手するのは流石に厳しいので、【ゼボラボ】については璃潮に任せることにした。
彼もまた修羅、そして超級職に就きし者。なれば、あれくらいは相手出来るだろう。
芽香はそう判断した。
「あとはテメェをぶっ飛ばすだけだなぁ!!」
「いえ、違うのです。違うのです。違うのです」
同じ言葉を何度も繰り返す。それがくさばにできる最大の否定だった。
が、もはや芽香には届かない。彼が何を思って<マスター>の精神破壊を行ったのかなど芽香には関係の無い事だ。
芽香は事実しか見ない。その間に存在するものなど、芽香にとっては些細な事だ。
故に、芽香に容赦はない。
「《
芽香の就く【大番長】。
そのスキルは《部隊指揮》LvEXや《拳撃強化》LvEXなど多岐に渡るがそのほとんどがパッシブスキルである。
しかし、そんな【大番長】に存在する数少ないアクティブスキルのひとつ。
それが、《
「《雷拳》!!」
効果は単純。
自身のパーティ内の全ての非戦闘中の人物、そのステータスを僅かに借り受けるというもの。
《部隊指揮》により引き上げられた芽香のパーティ内に入る者は、<現幻原>に存在する【学者】などの非戦闘員である。
【大番長】のもうひとつのアクティブスキル《
ワン・フォー・オールである【将軍】や【総司令官】などとは違う、オール・フォー・ワンなジョブ。それが【大番長】である。
「やめてください」
《ヘッド・バーン》により引き上げられたステータスで繰り出す一撃に、流石のくさばも体制を崩し、後ろに後ずさる。
逆に言えば、ただそれだけの変化であった。
「嫌ですやめてください」
くさばは玉虫色のコートの腰の部分に取り付けている小さな壺を取り、逆さにする。
すると、ドボドボと黒いビーズのようなものが落ちる。それは、地に落ちると同時に蠢き、周りの落ち葉を貪り出す。
その壺こそがくさばの神話級特典武具、そよふたつ目である【億奇邪口 トライポフ】である。
「関係ねえ! 《雷火崩拳》!!」
【魔拳士】の《雷拳》と《火拳》、そして【気拳士】の《崩拳》。それらを混ぜ合わせた芽香オリジナルの拳撃スキル。
トライポフを無視してくさばへと放たれるその一撃。しかし、くさばを倒す程の威力は無かった。
「くっそ! やっぱダメージ押し付けてやがるな。【トライポフ】を先に叩かねーと」
そう、くさばの就く超級職、【蟲将軍】には《コロニー・フォー・ワン》という《ライフリンク》の超強化とでも言うべきスキルがある。
その効果により自身の配下にダメージを押し付けているのだろうと芽香は読んでいた。
しかし、それは間違いである。
「ん? ダメージを押し付ける?」
突如真顔になったくさばは、芽香の言葉に疑問を浮かべた。
「はぁ? 調べはついてるぞ【蟲将軍】。《コロニー・フォー・ワン》で配下にダメージを押し付けてんだろ?」
「ああ、それなら、スキルをオフにしてると言えますね」
くさばは事も無げにそう答える。
「私の大切なものたちに、私を背負わせるはしない事なのです」
しみじみとそう語るくさば。
そしてその言葉が事実である事に芽香は気づく。
当たり前だ。
《コロニー・フォー・ワン》により配下にダメージを肩代わりしているのならば、当然近くの【トライポフ】が対象になるはずであるし、《一寸の虫にも五分の道ずれ》が発動すればすぐに分かるはずである。
だが、それがない。つまり、くさばは《コロニー・フォー・ワン》を使用していないのだ。
要するに、これまでくさばが芽香の拳撃に対して涼しい顔をしていたのは、スキルによる効果ではなかったのだ。
その事実に芽香は容易くキレた。
「嘗めてんのかクソ野郎がァ!!」
「い、いえそうではないのです」
突如怒りを露わにした芽香に、くさばは泣きそうな顔で否定する。
「死ねェ!!」
幼子が聞けばあまりの恐ろしさに泣いてしまいそうな程の言葉を吐き、芽香は自らの切り札。すなわち必殺スキルを発動する。
「《
スキル宣言と共に、黒い渦を纏う拳。その拳を力任せに叩きつける。
だが、その対象はくさばではない。【トライポフ】でもない。
床だ。芽香は自身の渾身の一撃を、他でもない、床に使用した。
床に亀裂が走る。
その亀裂は渦のような形をしており、吸い込まれそうな程の黒だった。
その、吸い込まれそうな程の黒。それに触れた【トライポフ】は、一瞬のうちにその身を崩壊させ、爆散した。
◇
芽香の<エンブリオ>、【受送接続 ベル】の必殺スキル、《倍流》とは、殴ったものを起点にし、その周囲に等倍ダメージを伝達させるというものだ。
その効果により、床や壁などのオブジェクトやモンスターなどを殴ると、それに与えたダメージと同じダメージが周囲のモンスターにも与えられ、纏めて死に絶えていくのである。
コストに使用されるのは現時点でのMPとSPの全て。
普通に考えれば、上の効果に対するコストとしてはいささか大き過ぎるように思えるかもしれない。
だが、このスキルの真価はここにある。
「《倍流》! 《倍流》! 《倍流ゥゥゥ》!!」
自らの最大であるはずの必殺スキル。
そのはずの必殺スキルを、芽香はあろう事か連発しているのである。
《倍流》とは現時点で存在するMPとSPを全て犠牲にして放つ。
そう、
つまり、それが半分であろうと、残りわずかであろうと、
そして、消費したMPSPに関係なく効果は平等に現れる。
さらに言えば、このスキルにクールタイムは存在しない。
これがどういうことか。
「オラオラァ! 《倍流》! 《倍流》! 《倍流》! 《倍流ゥゥゥ》!!」
スキルの宣言と共に徐々にその数を減らしていく【トライポフ】。
無論、くさばの方も継続して【億奇邪口】を起動し続けている。
だが、間に合わない。
【トライポフ】の供給に対して、芽香の猛攻が勝っている。これではじきにくさばまで辿り着いてしまう。
──否。
芽香はすでに辿り着いていた。
くさばに、その背後に。
「なっ」
一度きりのMP回復スキルを持つ装備を使用した芽香は【ベル】のスキルである《ポート》を使用し、くさばの背後に短距離転移する。
そして、そのまま拳を突き出した。
「むぅ!」
対するくさばは、芽香の拳にも勝る速度によって振り向き、自身の腕をクロスさせることにより、ガードを狙う。
が、刹那の時間にくさばは思い出す。
芽香には《倍流》があり、自身のガードなど全く意味がないことに。
故にくさばは飛び退く。後ろへと。
くさばであったから、【カニバル・カーニバル】があったから思考が間に合い、行動が間に合った。
だが、くさばがくさばであるが故に、それは致命的だった。
「読んでるよんなこたぁ!」
前方に芽香の腕は無かった。
肩から先にあるのは、黒い渦だけだった。
「あたいは最初ハナからそっち狙いだよ!!」
そして、芽香の腕はくさばの生命線。【億奇邪口】に届きうる。
くさばの思考は目まぐるしく回る。だが、肉体は追いつかなかった。
芽香の神速の拳と、くさば自身が後ろに飛び退いた事による慣性により、その一撃は、とてつもない威力となってくさばの、【億奇邪口】へ襲い掛かる。
いくら神話級特典武具であろうと、その渾身の一撃には耐えられずに全く破壊されてしまうだろう。
だが、それだけ。【億奇邪口 トライポフ】が無くなろうとも、くさばにはなんのダメージも無い。
それならば、まだ出来る。
芽香を抑えることができる。
そう、それだけだったならば。
「だがついでに死ねぇ!! 《倍流ゥ》!!」
その言葉に、くさばは恐怖した。
が、間に合うはずもない。
「ああっ」
パリン、という小気味の良い音と共に、壺が、【億奇邪口 トライポフ】が砕け散る。
と、同時に、【億奇邪口】を起点として空間に黒い渦のような亀裂が一瞬にも満たない時間のうちに発生する。その亀裂に触れたものは【億奇邪口】同様、全く破壊せしめるであろう。
もちろん、その対象にはくさばも、そしてくさばの中身も含まれていた。
──剥がれていく、くさばという前提が。
◇
「あ、ああ……ああああ」
くさばは<マスター>である。
<マスター>とは、人間範疇生物であり、その身体構造も普通のティアンのそれと何ら変わらない。
<マスター>が不死身であるのは、ひとえにアバターの再構築が可能であるからであって、死なない、傷つかない、といった意味の不死身ではない。
が、くさばは不死身である。
芽香の拳が何度刺さろうと、その拳に纏われた魔法が何度直撃しようと、彼は死なない。
しかし、それは彼が死なないのであって、彼の中身が死なない訳では無い。
くさばの中には様々な生物が存在する。
【い】【かんぞう】【ひふ】【かみ】【め】【しんぞう】などの様々な生物は、くさばの一部となるために生まれた。
それらは《異常再生》というスキルを持っており、その効果とは、その名が示すとおり、“何かしらの異常が起こった際に、異常な程の速さで再生する”というものである。
もちろん、そのスキルを使用したところで、一撃でそのHPを全て持っていかれた場合は、全く意味の無いスキルだ。
だが、生物達は繋がっている。
上級職である【大蟲創師】の奥義、《ナーヴ・コネクト》、そして<エンブリオ>である【狂創造主】のスキル、《創造主特権》のひとつである
それにより生物達は繋がった。
HPを共有し、再生を共有した。
結果、何度拳を打ち付け破壊しようと、他の生物を起点に再生する。
例え魔法等により全身を燃やし尽くされようと、その魔撃は完全に同時ではない。
破壊される端から再生をして行き、最終的には元に戻る。一瞬のうちに。
そして生物達は、くさばの一部としてその役目を担い続けていた。
今日この時までは。
芽香の《倍流》の亀裂は須臾のうちに発生し、触れた全てに等倍ダメージを与える。
これがくさばの一部を起点にしていたのならば、その一部がまず破壊され、そして他全てを起点に再生。その後他の全てが破壊されても、初めに再生した一部を起点にして他全てが再生する。そのプロセスが一瞬のうちに行われるのだ。
だが、くさばの特性を知ってか知らずか、芽香は【億奇邪口】を起点にした。
故にくさばの全ては破壊された。
破壊、という言葉を使ったため分かりにくいかも知れないが、《倍流》はダメージを伝達するだけであるため、肉体が崩壊することは無い。
つまり、 今残っているこれは光の塵へと帰るまでの、くさばの残滓だ。
「ああ……喪失……《クリエイト・オルゲン》」
くさばは、くさばを作りそして変換するべくスキル名を口にする。しかし、スキルは発動せず、言葉は虚しく空に溶けた。
当たり前だ。くさばの口にしたスキル、《クリエイト・オルゲン》とは臓器を創り出すスキル。【血肉術師】固有の魔法スキルである。もちろん、【蟲将軍】のままでは使用出来ない。
くさばが溶ける。光の塵に変換されていく。
でも、くさばはそれが嫌だった。
「だめです……いやですだめですそんなの」
とどめを刺すべく口より先に手を動かし、芽香はくさばへと二撃目を繰り出す。が、届かない。
超音速で半歩退いたくさばはすんでのところで芽香の拳撃を躱す。
「違うんです減らないんです減ったらだめなんです」
蘇生可能時間は刻々と過ぎていく。
くさばはなくなるのが嫌だった。
「肉、肉です肉が必要です私はいやです生きていますこれからも生きますなので臓器が心臓が腸必要です血をください生きたいですお願いです行きたくないです私は私を──」
無意識のうちに《詠唱》を済ませたくさばは傍らの【ジョブクリスタル】を砕く。
くさばはくさばでいたかった。
「──やめたくないです」
いたかった。
「《クリエイト・オルゲン》、《クリエイト・スキン》、《クリエイト・スキン》、《クリエイト・スキン》、《クリエイト・ミート》、《クリエイト・ミート》、《クリエイト・ミート》、《クリエイト・ミート》、《クリエイト・ブラッド》、《ブラッド・アッド》、《ブラッド・アッド》、《ハートビート》、《ハートビート》、《ハートビート》」
くさばが【蟲将軍】から【血肉術師】へと変わり、魔法が行使される。
心臓が作られ、皮が張られ、肉が構築され、血が湧き、それが足される。そして、心臓が鐘を鳴らす。そうしてくさばの中身を入れ替える。
が、その程度では蘇生とは看做されない。
くさばの身体は依然すかすかであり、もっと中身を足さなければならなかった。
故に、くさばは
【なまこ】達はうぞうぞと蠢き、自らの生を主張する。
だが、そんな【なまこ】にくさばは酷く哀しそうな顔を向けると【換臓転布 オペルゲン】のスキルを発動する。
「《
【換臓転布 オペルゲン】。
くさばの持つ三つの神話級特典武具。その最後の一つである。
保有スキルはただ一つ。
《誤臓碌腑》。
それは生物を臓器に変換するものである。
【なまこ】が混ざり、固まり、“くさば”へと生まれ変わっていく。
やがて“くさば”へと変貌を遂げたそれはくさばと混ざりあっていく。
そして、そこにはくさばがいた。戦闘前とその姿は全く同じであり、芽香から与えられた傷は一欠片すら残っていなかった。
「あ゛ー!! ちょこまかと動くな!!」
そんなくさばのやりとりの間にも、なんとかくさばに一撃を与えようとした芽香だったが、思考を加速させ、最適な動きで避け続けるくさばに、遂にその拳が届くことは無かった。
同様に、【なまこ】に対しても攻撃を与えようとした芽香だったが、こちらは《物理攻撃無効》でも持っているのか、ぶよんぶよんと纏まって吹き飛ばされるのみで効果は無かった。
「……ふりだしに戻るってか、クソッタレが」
悪態をつく芽香。
だが、その実彼女は焦っていた。
今、彼女のMP、SPは0。ただの少しも残っていない。
今彼女に発動できるのは《倍流》だけ。
戦闘はすでに終わろうとしていた。
──これより行われるのは、“最強”たるくさばによる蹂躙である。
紋章より<エンブリオ>が現れる。
「残りの全てです、創造主様。
「■■■■」
もちろん、その隙を逃す芽香では無かったが、もはやくさばに妥協は無かった。
くさばであった生物達はもう居らず、超音速は出せないくさばであったが、【血肉術師】の身体強化魔法、そしてレベル1000を超える【蟲将軍】のステータスにより《ヘッド・バーン》を使用した【大番長】と同程度の速度は得ていた。
それにより、叩けばすぐに消えるであろう【狂創造主】を守るくさば。
「読めてんだよォ! 《倍流》!」
だが、そんな事は百も承知であった芽香は、再度《倍流》を発動し、黒い渦の亀裂を発動させる。
そんな事、くさばも分かっていた。
「《ソフト・ミート》」
芽香の拳の直撃するはずの場所に、柔らかい肉の塊が発生し、ダメージが吸収されてしまった。
それにより、《倍流》の効果も酷く小さいものとなる。数ある《倍流》の弱点の一つだった。
普段の芽香であれば部分転移により避けることの出来たもの。しかし、今の芽香にはそれを実行するだけのコストが無かった。
「クソがッ!」
続く左手で二激目を繰り出す芽香。だが、それはくさばによって掴まれてしまう。
両手を取られた芽香は、くさばに抱き込まれる形で拘束されてしまう。
芽香はなんとか逃れようとする。しかし、STRで上回っているはずのくさばから逃れることはできない。
くさばの脳、【カニバル・カーニバル】は回転を続け、芽香の目線や筋肉の動きから、くさばは最適な拘束方を更新し続けていた。
そうして、【狂創造主】による生命創造がすぐに完了する。
しかし、解かれた触手の中から現れたのはただの肉塊だった。
まるで、ドロップアイテムである肉をそのまま固めたようなそれを、くさばは彩っていく。
「お願いします、【ネピルス】、【カニバル・カーニバル】、創造主様」
くさばの
「《
【脳糧災 カニバル・カーニバル】の二つのスキルのうちの一つである《脳災移植》が発動する。
立て続けに二度【ジョブクリスタル】が砕ける音が響き、くさばは【血肉術師】、【大蟲創師】それぞれの奥義を唱える。
「《群体結合》、《ナーヴ・コネクト》」
脳が継り、血肉が絡がり、神経が繋がった。
「《創造主特権──
そして、《不気味の谷》を解除した【狂創造主】により生きる自由を奪われる。そのクリーチャーはもはや生命ではない。その刹那の寿命が続く限り他の生命を冒涜し続ける存在災害である。
「キメえ!」
二度クリスタルを割ったため、今のくさばのジョブは【蟲将軍】。そしてクリーチャーの種族はデフォルトである魔蟲。もちろん《魔蟲強化》が乗る。
くさばは、そのクリーチャーの中に芽香を放り投げる。
芽香を受け取ったクリーチャーはうじゅうじゅとその肉体を蠢かせ、芽香を取り込んでいく。
何とか抜け出そうともがく芽香だったが、遂にそれが叶うことは無かった。
「クソっ、クソっ、あぁぁ!! チクショウがァァァァァァ!!」
──クリーチャーは、存在災害は冒涜する。
──それは、産まれることの出来なかった自身を慰めるかの如く。
二人目、敗北。
芽香は頑張りました。準<超級>にしては。
実際【トライポフ】を破壊出来たのはとても重要ですね。
あれなくなったら<現幻原>の修羅達が本格的に動き出しますので。
・【大番長】について
【
・くさばの神話級特典武具
【脳糧災 カニバル・カーニバル】、【億奇邪口 トライポフ】、【誤臓転布 オペルゲン】の三つ。
全て自身と配下による単独(?)討伐である。
・くさばの身体
要するにくさばの<アバター>としての部分はありません。全てをモンスターによって置換しています。擬似ボディです。
ややこしい説明なのは自覚しているのでなんかくさばやばいなぁってくらいに思ってください。
質問、指摘も大歓迎です。