水無月水樹の水紀行   作:七草青菜

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 一人目の行方。

 短いです。


第十一話 認識未満

 □水無月水樹

 

 ──わたしはしばらくの間、ベッドから立ち上がる事さえ出来なかった。

 

 身体中からどっと汗が吹き出てきて、ベッドに大きなシミを作る。

 わたしから水分が、生命の源が無くなっていくのが感覚で分かった。

 

「……お水」

 

 わたしはヘッドギアを外し、ゆらりと立ち上がる。

 

 ──目が眩み、受け身も取れずにその場に倒れた。

 

「痛っ……」

 

 身体中が凄く痛い。

 このまま床に溶けてしまいたかった。

 が、何とか立ち上がると、手すりなどの手頃なものに掴まりながら、フラフラと冷蔵庫へ向かった。

 

 ◇

 

 ごくごく、という音が鮮明に聞こえる程に喉を鳴らし、お水を流し込む。清涼感溢れるミネラルが口いっぱいに広がった。

 

 けど、

 

「……足りない」

 

 その場で服を脱ぎ捨てると、飲みかけの2リットルペットボトルは持ったまま、倒れそうになりながらも、なんとかお風呂場へと向かった。

 

 ◇

 

 お風呂には最初から入るつもりだったので、既にお湯は張られていた。身体も洗わずに、とぷんと湯船に浸かる。

 ほどよい熱を持ったお水が、冷め切っていたわたしの心を包み込んだ。

 

「あ゛ぁぁ……」

 

 自然に声が出る。意図して出したものでは無い、自然な声が。

 

 ──これが良くなかった。

 

「…………う」

 

 頬を伝い、溶けだしたわたし(・・・)が、お水の上を薄く満たす。

 

「う……うぅ……怖い、よぉ……」

 

 堰を切ったように溢れ出した涙を、止める術をわたしは知らないし、止めようとも思わなかった。

 

 ◇

 

 ぬるくなったお湯に、追い炊きをする事すら億劫で、そのまま冷たくなっていくお水を感じていた。

 

 芽香。デンハイ。リーチャオさん。シンメイ。…………リーちゃん。

 

 色んな人の姿が頭に浮かぶ。けれど、そのどれもを思い出せない。まるで顔にだけマジックを塗りたくった様に、見えない。

 

 なんとか思い出そうともがいているうちに、それらはシャボン玉みたいに飛んでいってしまった。

 

 ◇

 

 さむい。

 バスタオルで身体の水気を取り、突発的に入った時のために常備してある服を着る。

 

 ドライヤー…………無い。

 そういや昨日部屋で使って置きっぱなしだ。

 ちゃんとかたしとかないと、お母さんに怒られちゃうな。

 

 ……さむいな。

 

 ◇

 

 脱衣所を出たわたしは、それこそ瞬きをする様に、呼吸をする様に、感情の無い瞳でふらふらと歩き出していた 。

 

 気づいたら固定電話の前にいた。何故こんなところに来たのかは分からない。

 

 けど、ここで何をしないといけないのかは分かった。

 

 受話器を取り、ピ、ピ、ピと数字を押していく。

 プルルルル、と音が響く。

 やがて、受話器の向こうから声がした。

 

「はい、白鳥です」

 

 れーちゃんだ。

 

「れーちゃん……」

「あれ、水樹じゃん。どうしたの? 携帯に掛ければいいのに」

「……うん」

 

 二言三言言葉を交わす。

 それだけで、いつもと違うわたしの態度をれーちゃんは敏感に察知した。

 

「……どうしたの?」

「あのね、わたしさ──」

 

 色々と考えた結果だった。

 だから、その言葉は嘘でも偽りでもない。

 無理だった。

 わたしは心が折れてしまった。

 

「──デンドロ辞めよっかな、って思ってるんだ」

 

 それは自然と口から出た。

 

 

 




 後遺症。

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