短いです。
□水無月水樹
──わたしはしばらくの間、ベッドから立ち上がる事さえ出来なかった。
身体中からどっと汗が吹き出てきて、ベッドに大きなシミを作る。
わたしから水分が、生命の源が無くなっていくのが感覚で分かった。
「……お水」
わたしはヘッドギアを外し、ゆらりと立ち上がる。
──目が眩み、受け身も取れずにその場に倒れた。
「痛っ……」
身体中が凄く痛い。
このまま床に溶けてしまいたかった。
が、何とか立ち上がると、手すりなどの手頃なものに掴まりながら、フラフラと冷蔵庫へ向かった。
◇
ごくごく、という音が鮮明に聞こえる程に喉を鳴らし、お水を流し込む。清涼感溢れるミネラルが口いっぱいに広がった。
けど、
「……足りない」
その場で服を脱ぎ捨てると、飲みかけの2リットルペットボトルは持ったまま、倒れそうになりながらも、なんとかお風呂場へと向かった。
◇
お風呂には最初から入るつもりだったので、既にお湯は張られていた。身体も洗わずに、とぷんと湯船に浸かる。
ほどよい熱を持ったお水が、冷め切っていたわたしの心を包み込んだ。
「あ゛ぁぁ……」
自然に声が出る。意図して出したものでは無い、自然な声が。
──これが良くなかった。
「…………う」
頬を伝い、溶けだした
「う……うぅ……怖い、よぉ……」
堰を切ったように溢れ出した涙を、止める術をわたしは知らないし、止めようとも思わなかった。
◇
ぬるくなったお湯に、追い炊きをする事すら億劫で、そのまま冷たくなっていくお水を感じていた。
芽香。デンハイ。リーチャオさん。シンメイ。…………リーちゃん。
色んな人の姿が頭に浮かぶ。けれど、そのどれもを思い出せない。まるで顔にだけマジックを塗りたくった様に、見えない。
なんとか思い出そうともがいているうちに、それらはシャボン玉みたいに飛んでいってしまった。
◇
さむい。
バスタオルで身体の水気を取り、突発的に入った時のために常備してある服を着る。
ドライヤー…………無い。
そういや昨日部屋で使って置きっぱなしだ。
ちゃんとかたしとかないと、お母さんに怒られちゃうな。
……さむいな。
◇
脱衣所を出たわたしは、それこそ瞬きをする様に、呼吸をする様に、感情の無い瞳でふらふらと歩き出していた 。
気づいたら固定電話の前にいた。何故こんなところに来たのかは分からない。
けど、ここで何をしないといけないのかは分かった。
受話器を取り、ピ、ピ、ピと数字を押していく。
プルルルル、と音が響く。
やがて、受話器の向こうから声がした。
「はい、白鳥です」
れーちゃんだ。
「れーちゃん……」
「あれ、水樹じゃん。どうしたの? 携帯に掛ければいいのに」
「……うん」
二言三言言葉を交わす。
それだけで、いつもと違うわたしの態度をれーちゃんは敏感に察知した。
「……どうしたの?」
「あのね、わたしさ──」
色々と考えた結果だった。
だから、その言葉は嘘でも偽りでもない。
無理だった。
わたしは心が折れてしまった。
「──デンドロ辞めよっかな、って思ってるんだ」
それは自然と口から出た。
後遺症。