第一話 出会いは渇きと共に
□黄河・龍都広場 シャボン
黄河帝国はまるで中華のファンタジーを思わせる様な国だった。いや、よく知らないんだけどね。
辺りには、所属する国を選択するときに見た、「幽玄な空気を漂わせる山々と、悠久の時を流れる大河の狭間」の概要の通りに、どこか神聖さというか、神秘さ? はたまた超自然的な何かを感じさせる独特な空気が流れていた。
辺りを見回すと、中華風のお城や、中華風の服を着込んだ人達を見ることができる。
そんなことを言っているわたしもチャイナ服を着込んでいる。
装備品は全てデザインが違うだけで性能は同じだと聞いたのでトゥイードルさん達に適当に見繕って貰ったのだ。
トゥイードルさん達は、わたしが黄河帝国に行くと聞いて、気を利かせてくれたんだろう。優しい人達だなあ。
さっき空から落とされた事は忘れてあげよう。
さて、と。
そろそろお水を探さなければ……。
身体がお水を求めているのが分かる。
もうどれくらい水を飲んでいないだろう。体感で軽く一日は越えているはず。
……あ、これ不味いかも。
これまで意識的に避けていたお水の事を思い出す、その途端にこれまで見ない振りをしていた渇きが波のように押し寄せて来た。
経口補水液では満たす事のできない、お水でのみ満たすことの出来る、まさに心の乾きを。
水が飲みたい。水に触れたい。それが駄目ならせめて見たい。
死ぬほどの欲求に襲われたわたしは、無意識のうちに、一番近くの近くのお店にふらふらと入っていった。
「いらっしゃいアルー」
「お、お水を……ぱたり」
「え、ちょっとお客さーん!?」
店員さんの悲鳴を聞きつつ、わたしの意識は途絶えていった。
◇
「お客さん急に倒れるからビックリしたアルよ」
「ごめんね。んく、もう限界だったからー」
気絶から蘇ったわたしは、わたしと同じくチャイナ服を着込んだ店員さんに感謝しながら、起きた時に貰ったお水を口にした。
気絶中も意識があるのには驚いたし、お水が飲みたくても飲めないのは地獄だったけど、こうしてお水にありつけて良かったね。
まさに九死に一生を得た気分。
そんなことよりも、黄河のお水、しっかり味あわなければ。
まずは舌で転がし、お水の風味を楽しむ。そしてその後、一気に喉に流し込む。
「──ぷはー、このお水おいしいね!」
この舌に残るような口当たりとしっかりとしたのど越しは硬水かな? いつも飲んでる日本の水よりマグネシウムの味がしてる。
黄河って中国四千年な感じするし、やっぱりミネラルをいっぱい溜め込んでるのかな?
今まで硬水より軟水派だったけど、これは考え方を変える必要があるかもしれない……。
「そうアルか? 水の味なんて考えた事も無いアルけど」
「そんな、もったいない! 飲食店なんだからお水までこだわらなきゃ!」
「いやここ飲食店じゃないから!」
あれ、違うの? あ、本当だ。色々なアイテムが店内に並べられている。
「いやー、ごめんごめん。こんなにおいしいお水を出すからてっきり飲食店かと……」
「別に普通の水だけどネ。気にしてないからいいアルよ」
「良かったー。それにしても、やっぱり黄河の人達ってアルとかいうんだね」
中国人が本当にアルって言うのかは知らないけど、何故かそういうイメージあるよね。
「いやいや、これ言うと<マスター>の人達に受けがいいから使ってるだけアルよ。普通の人はあんまり使わないネ」
「あ、そなの」
でもものすごく自然な感じがするな。
あ、そういえばまだ自己紹介してなかったっけ。
「お水ありがと! わたしは水樹……じゃないや、シャボンだよ! よろしくね!」
「私は
エセ中国弁を止めたリーランは店内に飾られているアイテムを手で指した。
【符】? なにそれ。
「【符】っていうのは、【
「ていうことはリーランも【道士】なの?」
「うん。私は【
《囮》の符というのは、モンスターなどに襲われた時に、囮になって注意を引いてくれる幻を生み出すものらしい。
「ちなみに、おいくら?」
「ざっと千リルほどネ! ……シャボンは友達だからお安くしといたよ」
千リルって一万円くらいか……ちょっと高いなあ。
「いやいや、これで自分の命が助かるんだから安いものアルよ」
そんなものかな。まあでも、買っておいたら便利そうだし、買っておこうかな。
「毎度ありー! この調子でどんどん買ってってネー」
「それは無理かなー。お金が無くなっちゃうよ」
現実のわたしみたいにね……さよならわたしの7300円とちょっと。
「……なんかごめんね」
「いやいや、別にいいよ。うん。全然」
わたしの表情に何かを察したリーランに言葉を返し、ふと自分がしなければならない事に思い当たった。
「ねえねえ、そんな事よりさ、わたしもジョブに就いてみたいな」
そう、ジョブに就くことだ。たしかれーちゃんもジョブには早く就いとけって言ってた気がする。
ジョブが職業だっていうのは流石のわたしでも知ってる。職にはちゃんと就いておかないと、お仕事が出来ないもんね。
お仕事をしないとお金が貰えないし、水も買えない。これは最優先でジョブに就かなければ
「ん? シャボンはまだジョブに就いてないアルか?」
「うん、わたしまだこの世界に来たばっかりだからさ。リーラン以外に知り合いも居ないし」
本当はれーちゃんがグランバロアにいるんだけど、まあ別に言わなくてもいいや。
「うーん……それじゃあこれを貸してあげるヨ」
そう言ってリーランは自分のアイテムボックスをごそごそと漁り始めた。
「あった。【転職診断カタログ】〜」
あれ、この間延びした口調はなんか聞いたことある気がする。……まいっか!
「これはネ、このカタログが出す質問に答えていくと、その答えに合わせて自分に一番適しているジョブが分かるっていう優れものアル」
「へー、すごいね!」
「本当はお金を取りたいところなんだけど、シャボンは友達だからタダで貸してあげる」
「ありがと!」
【カタログ】を受け取ったわたしは早速質問に答えていく。
その間にも、<幻花>にはちらほらと<マスター>らしきお客が訪れ、リーランはその対応をしていた。
そして十分後、全ての質問に答えたわたしに、【カタログ】が示した最も適しているジョブは……。
「【水術師】?」
「えっと……【水術師】は【風水師】系統の地形操作魔法、その中でも川や湖なんかの「水」を操ることに派生したジョブだネ。水大好きなシャボンにはお似合いのジョブだと思うアルよ」
なにそれ! まさにわたしのために用意されたようなジョブだよ! すごい!
早速リーランに【風水師】系統の転職クリスタルがある施設を教えてもらい、すぐにそこへと向かった。
そこで【水術師】に就職し、ついでに風水師のギルドにも登録した。
そして、<幻花>に帰ってきた時には、辺りはすっかり暗くなっていった。
「【水術師】になってきたよ!」
「それはよかったアルけど、なんで戻ってきたネ。もう暗いから宿を取らないとまずいと思うヨ」
「あ、本当だ。ど、どうしよう」
なんにも考えてなかったよー。今日どうやって寝ようか。
あれ、ログアウトすればいいんだっけ? いや、どっちにしろ宿には泊まっておいた方がいいよね。
「はあ……今夜はここに泊まっていくといいアルよ」
「え、いいの?」
「まあ、別に部屋は余ってるしネ」
「やったあ! リーちゃん大好き!」
「リ、リーちゃん?」
「うん、リーちゃん。だめかなあ?」
「いや、だめじゃないけど」
若干ほっぺたを赤くしながらリーちゃんは答えた。
あれ、なんか可愛い。
といったところで、わたしのお腹がぐ〜となる。
「あはは、とりあえずご飯にしようか」
「恥ずかしい……」
悶えるわたしを微笑ましそうに眺めたリーランは、ご飯の準備を初めたので、わたしもその手伝いに向かった。
料理ってどうやるんだ? 全くわかんない……。
逆に足を引っ張ったかも知れない。
◇
「本当に、何から何までありがとうね」
食事を終え、お風呂も貸してもらい(流石に人の家で2時間もお風呂には入れないので、すぐに上がった)、そして水もちょいちょい飲み、まさにいたせりつくせりなもてなしを受けた後、わたし達はリーランのお店の裏にある生活用の部屋、そのひとつでくつろいでいた。
「いいよいいよー、ちゃんとお金は払って貰うからネー」
「え!? ……いや、当然の事だよね」
「あはは、冗談だって。私達友達でしょ? これくらい大丈夫だから」
「いや、でも悪いよ。せめて今日の食費くらいわたしが出すから」
お金の事で垣根を作るのはだめというのは、れーちゃんの言葉だ。
れーちゃんはお金持ちの家のくせに、いや、お金持ちの家だからこそお金にはすごくうるさい。
でも、れーちゃんの言う事はいつも正しいしのだ。
だから今回もれーちゃんの言う事を信じる事にする。
「そうアルか? じゃあ三百リルくらい貰っちゃおうかな」
「うん……はいどうぞ」
すぐに収納鞄から取り出したお金をリーランに渡す。ここでようやく一心地つく事が出来たわたしは、リーランの事を聞いてみることにした。
「リーランってさ、一人でこの店を切り盛りしてるの?」
「うん、そだネ。私が立ち上げて、私が経営してるヨ」
「すごいねぇ。わたしには絶対無理だよー」
「まあ、あんまりお客さんは来ないんだけどね」
「え、そうなの?」
たしかに、今日のお客さんは少なかったけど……説明聞いてる限り、【符】なんて絶対欲しくなると思うんだけどなー。
「マジックアイテムってのは高いしね。特に【符】はほとんどが使い捨てになるし、本職の【道士】が使うよりも効果が落ちたりすることもあるから、好き好んで買いに来る人はあんまりいないんだよね」
「そうなんだー。便利なのにねー」
使ったことは無いけど。
「だよネー。だから私は専ら討伐で稼いでるアルねー。<マスター>なら上空から見た事あると思うけど、あの大きな大河の周りにいい値段の素材アイテムをおとすモンスターがいるんだヨー」
あの大河! うむ、あれはいい水だった。うーん、出来ることならあそこの水を飲んでみたい。っていうか包まれたい。
ここは一か八か──
「──ねえ、今度わたしと一緒にその大河に行かない?」
「ええ、いや、確かにあそこのモンスターはあんまり強くないけど、シャボンってまだ戦い方も分からないんでしょ?」
「じゃあ、わたしを鍛えるという意味でも……お願い!」
わたしが必死に頼み込むと、リーランは少し考えるような仕草をして、答えた。
「うーん、無茶しないならいいアルけど……
「分かってるよ! まだ見ぬお水がわたしを待ってるんだ!」
「シャボンは本当に水好きネー」
「うん、大好きだよ!」
お水はわたしの生命の源だからね!
「おっと、そろそろ寝る時間ネー、私は自分の部屋に戻るけどシャボンはこの部屋を好きに使っていいからネー。おやすみー」
「おやすみなさいー」
欠伸をしながら扉を閉めていったリーランを見送り、わたしも布団に入ってログアウトした。
明日が楽しみだなあ。待っててね、まだ見ぬお水様。