水無月水樹の水紀行   作:七草青菜

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あ、お久しぶりです(二回目)。

〜これまでのあらすじ〜
なんやかんやで“精神最強”と戦う事になってしまったシャボン。しかし“精神最強”の配下に為す術もなくその心を折られてしまう。そんなシャボンを庇い、矢面に立った【大番長】芽香。<超級>相手に奮闘するも、“精神最強”の持つ神話級特典武具を一つ使用不可にし敗北。そしてシャボンの行方は……。




第十二話 愛するものの為に

 □<現幻原──避難区域>

 

「璃潮様! 強大な敵の反応を感知しました!」

 

 それは不吉の一報。

 強大な敵……十中八九“精神最強”の手先だろう。璃潮はそう判断した。

 

「……俺が出る」

 

 故に、自身の出陣を決める。なぜなら、彼こそがこの町の最大戦力。唯一の超級職である【大幻道士(グレイト・ビジョンタオシー)璃潮(リーチャオ)なのだから。

 

「な、璃潮様!?」

 

 防衛の要である璃潮の出陣宣言に、部下の者達が一様に驚き、止めようとする。が、璃潮に迷いはない。

 

 璃潮はアイテムボックスを掴み、そのままひっくり返す。

 ドサドサと、千……いや、万を軽く凌駕する幻符が屋敷の床を満たす。

 

 と、璃潮が足を上げ、空手の構えを取るように力強く振り下ろす。

 

「《真霞真透……蜃龍──」

 

 ──衝撃。

 

 震える床から幻符が離れ、宙を舞う。

 

 同時に璃潮が掌底を放つように手を勢いよく前に放つ。

 

「──覇ッ》!!」

 

 璃潮を起点に衝撃が起こり、より一層幻符が舞う。そして、それは遂に天井や床をすり抜けると、溶けて消えいってしまった。

 

「一晩は持つだろう。後は頼んだ」

 

 《真霞真透蜃龍覇》。それは結界内の者を無限回廊に閉じ込める、【大幻道士】の奥義。

 本来は敵を結界内部に捕らえるためのスキルであるそれは、味方に使用すれば外界からの干渉を断つ絶対の守護結界と化す。

 何ヶ月と貯め続けた符の大半を解放し、もたらされた期限は数時間。

 自身のみが抜け出せるその回廊に<現幻原>の民を残し、璃潮は異形の元へ独り向かった。

 

 ◇

 

 目の前の小宇宙に、気圧されたのはほんの一瞬。

 すぐさま正気を取り戻し、璃潮は符を構える。

 

「【ゼボラボ・ペナトトトス】……? ふざけた名だ」

 

 常人ならばすぐさま気を違える程のおぞましさを見せる【ゼボラボ】。しかし、璃潮にはそのようなものは効くはずもない。

 

 何故か。

 

 それは一時の精神の緩みにより、自らの二つの最愛を失った過去があるため。

 

「まぁいい、一瞬で葬ってくれよう!」

 

 ──駆ける。

 

 

 ◇

 

 

 □白鳥レーラ

 

「……え?」

 

 水樹の唐突な引退宣言に、私は驚きを隠せなかった。

 

「ちょ、どういうことよ……あれ、水樹?」

 

 どうすれば、そう私が思考を巡らせているうちに受話器からはツー、ツー、と音が流れてきた。

 

 しばらく受話器の通話口を呆然と眺め続ける。

 

 ──辞める、ってどうして。

 ──一体何があったの。

 

 様々な思考が溢れてくるけど、今私がやらないといけないのは考えることじゃない。

 

 水樹の家へと急いだ。

 

 ◇

 

 私と水樹の家は近く、それこそ数分もあれば辿り着く。

 

 呼び鈴を鳴らす。

 

 出ない。

 

 ……この時間帯は両親が居ないんだっけか。

 

 ドアノブを回す。開いた。

 

 水樹が開けといてくれたのか、それともただの閉め忘れかは分からないけど、この家の防犯対策はなっていないということは分かった。

 

「水樹!」

 

 靴を脱ぎ捨て水樹の部屋へ向かう。階段が少し湿っていて軽く転けかけた。

 水樹お風呂入ったわね。んで絶対ちゃんと拭いてないわ。

 

 そして水樹の部屋に入ると、無地のパジャマを着てタオルを首に巻く 、まるで病人のような水樹が居た。

 

「……あ、れーちゃんごめん。お迎え行けなくて」

 

 そう言って手を振る水樹にいつもの溌剌さは無く、少し押しただけで崩れてしまいそうだった。

 

「……一体何があったの。話せることだけでいいから話して」

「……うん。……あのね──」

 

 水樹は話してくれた。

 

 デンドロで何があったのか。

 

 “精神最強”のことも。

 

 辛そうに、何度も詰まらせながらも、私に全てを語り切った。

 

 言葉が詰まる。……いや、ダメだ。水樹はちゃんと話してくれたんだ。私がしっかりしないと。

 

「……まずは、ありがとう。全部話してくれて」

「……うん」

 

 弱々しく頷く水樹。そんな水樹、見てられなかった。

 まずは、なんて前置きを吐いてしまったけれど、もう自分を待ってられなかった。

 

「水樹!」

「はい!?」

 

 いきなり声を荒らげた私にびっくりする水樹。

 

「一日、デンドロ内時間で一日だけ待ってて!」

 

 ごめん、先にぶつける。

 

「私が、助けに行くから」

「……え?」

 

 きょとん、と水樹がこちらを覗き込む。

 

「で、でも、れーちゃんがいるとことわたしがいるところってすごい離れてるし……無理だよ」

「何とかする」

「何とかって……」

「何とかは何とかよ。……大丈夫、伝手はあるから」

 

 これは本当。車掌さんなら間に合う。きっと間に合う。間に合ってもらう。

 

「でも、れーちゃんすぺりおるユニークなんちゃらを倒すんだってすごく楽しみにしてたし……」

「いいの」

 

 素早く答える。この問いへの答えに迷いを含ませたら、水樹はもう私に遠慮する。それはだめ。絶対。

 

「……でも」

「私がいいって言ったらいいの!」

 

 感情がとめどなく溢れ出る。

 

「私は、水樹の親友だよ?」

 

 勢いよく流れる水のように、言葉は止まらない。

 

「親友が泣いちゃうくらいに思い詰めてるのに、手を貸さないわけが無いでしょう?」

 

 当たり前のことを当たり前に言う。それだけで救われてくれると信じて。

 

「水樹のピンチに比べたら、<SUBM>だろうが何だろうがどうでもいいわ」

 

 言い切った。これはほんとにほんとの事だ。私にとって、水樹はそれほど大切な存在だ。

 

「れーちゃん……」

 

 水樹は目に水をいっぱいに溜めながら、くしゃくしゃな顔をこちらに向けた。

 

「あり、がと」

「どういたしまして!」

 

 力いっぱい抱き締める。絶対に離れないように。絶対に離さないように。

 しばらくそうしていたが、水樹には、いや、私達にはやらないといけないことがある。

 

 水樹をそっと引き離すと、私は携帯端末を取り出し、家の固定電話へと繋げる。

 

「あ、お母さん? 私今日は水樹のうちに泊まるから……うん……うん……ありがとう、じゃ」

 

 二つ返事でOKしてくれたお母さんに感謝しつつ通話を切る。

 さて、そうと決まったら早く入ろう。ここにいるとデンドロの三倍の速さで時間が進んでしまう。

 

「じゃあ今からデンドロに行くから」

「え、今からって、ヘルメットは?」

「ヘルメット……? ああ、ヘッドギアね。あるわよ、ここに」

 

 私は鞄からデンドロのヘッドギアを取り出す。

 

「なんで持ってきたの……」

「気が動転してたのよ、でも丁度良かったでしょ?」

 

 ヘッドギアを被り、デンドロに向かう準備は整った。

 いや、まだだ。私は水樹の手をそっと握る。

 

「私がずっと手を握っててあげる。デンドロの中では遠いけど、辛くなったらログアウトすれば、ここにいるから。私は絶対離れたりしないから」

 

 同じくヘッドギアを被り終えた水樹へと声をかける。

 水樹も手を握り返してくれた。

 

「じゃあ水樹、頑張って!」

「うん、わたしがんばる!」

 

 私も頑張るから。

 

 ◇

 

「はーいみんな集合ー!」

 

 オーナーの手を叩く音に、クランメンバーの皆がゾロゾロと集まってくる

 

「今日はスワンちゃんから話があるそうです! はいどうぞ!」

 

 前置きも何もなしに突然話を振られる。恐らく一刻を争う私に配慮しての事だろう。

 少しドキッとしたけど問題は無い。

 

「えと、あの……こほん。実は、私のリアルの友人が今すごく危ない状況なんです。具体的には、あの“精神最強”に狙われてるって」

 

 “精神最強”。その言葉に、部屋中がにわかにざわつく。

 そんな敵相手に、私は一日持たせろと言ったんだ。心臓がキュッと痛くなる。

 

「だから、皆に助けて欲しい。場所は黄河帝国、<現幻原>」

 

 事前に話を伝えているのは、クランオーナーとサブオーナーである車掌さんだけ。

 他の人は未だ理解が追いつかないようで、困惑している。私が事を急ぎすぎて録に説明もしなかったからだろう。

 

「お願いします、どうか、助けてください」

 

 でもなりふり構ってる時間なんてない。

 

 頭を深く下げる。必要なら土下座だってなんだってする。……水樹を助けて。

 

 静寂が辺りを包む。

 

「……僕は行きますよ」

 

 初めに口を開いたのはヒーロー……ヒイロだった。

 

「ヒーロー……」

 

 ヒイロは何時だってそうだった。他人の為に、いや、正義の為に自分も仲間(・・)も犠牲にするような、そんなやつだった。

 

「困ってる人を放っておけないとかそういうやつー?」

 

 オーナーが、茶化すように、でも、真剣な目で問いかける。

 

「そんなんじゃないですよ……ただ、僕は……ただ、理不尽が嫌いなんです」

 

 ヒイロは言葉を見つけたようにほぉっと呟く。

 

「ひゅー、主人公だねぇ」

「茶化さないでくださいよ……それにここは人助けクランなんでしょう?」

「それもそだねー。……いいよ、行っといで。どうせ君は戦力に換算してなかったし」

「え、それってどういう……」

 

 オーナーの衝撃のカミングアウトがあったりもしたが、ヒイロは一緒に来てくれる。それだけが事実だ。

 

「ヒイロ、ありがと」

「……うん、どういたしまして」

 

 と、オーナーが手をパンパンと叩き、自分の方へと注目を集める。

 

「はーいはいはい。あと車掌さんは了承も得てるしいいとして……うーん、ネネさんと、あとは……しんちゃんもいいかな。これがこっちが出せる戦力だよ。もちろん、本人達がいいって言ってくれたらだけどね。みんなどう?」

 

 それは、私達のクランにおいて、特に強者だと言える者達。

 必殺スキルを使用すれば超音速をも出すことが可能である【疾風操縦士】車掌さん。このクラン内において最多戦力である【深海術師】のうしんとう、そして唯一の回復手である【大牧師】シスターネネまでもを派遣するという至れり尽くせり。

 

「もちろん、皆さんを安全かつ迅速に運ばせて頂くであります!」

「そうねぇ、スワンちゃんがこんなに思い詰めてるんだもの、おばあちゃん頑張っちゃおうかしら」

「いきますいきます! 純粋に“最強”ってぇやつをこの目で見てみたいって気持ちもありますし、なによりスワンちゃんがこんなに大切にしてるお友達ってぇ人にも会ってみたいです! あ、もちろん戦闘も頑張りますよ! っていっても頑張るのは私じゃぁないんですけどね! えへへ!」

 

 三者三様の返答。でもそれは全て肯定の返答。みんなには本当に感謝してもしきれない。

 

「ありがとう、ございます」

 

 あらためて、深く、深く頭を下げる。

 

「いいのいいのー。私は派遣するだけだしー。それよか、お友達によろしく言っといてねー」

 

 オーナーが気さくに声を掛けてくれる。

 

 車掌さんは既に自身の<エンブリオ>。【天空列車 タカラブネ】を呼び出し、準備をするべくその場から離れている。

 他の人達も、それぞれ準備をするべく散っていく。

 

 待ってて、水樹。

 

 ──必ず私が助けるから!!

 




璃嵐のお父さんの璃潮さんと水樹(シャボン)の親友のレーラ(スワン)でした。親愛と友愛です。

一章がティアンとの友情なら二章は<マスター>同士の友情です。
それとは別に二章のテーマはありますけどね。

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