水無月水樹の水紀行   作:七草青菜

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ヒーローが遅れてやってくる。


第十三話 認識し、伝染する存在災害

 □【水質学者】シャボン

 

 戻ってきた。自分の意思で、わたしはここに戻ってきた。

 

 ここはログアウト地点。わたしが逃げ出したその地だ。

 

 怖い。恐ろしい。

 

 辺りの民家には黒くて小さい蟲がうしゃうしゃと蠢いている。

 いつあの小宇宙が来るかも分からない。

 

 怖いよ、れーちゃん。

 

 右手の親指を吸う。

 身につけた薄手のゴム手袋、【泡沈手套 クラムボン】から《貯水》を通してお水が染み出してくる。

 

 大丈夫。お水があれば大丈夫。

 絶対大丈夫。

 

 一日、一日耐えればいい。どうすればいいかもちゃんと考えたしれーちゃんにも相談した。いける。

 

 そう自分に言い聞かせながら、避難区域への道を急いだ。

 

 ◇

 

 途中、幾度と襲いかかる蟲に超純水である【オケアノス】をぶつけて溶かしたり誘爆させながら進んでゆき、遂に結界の近くまでたどり着いた。

 

 リーちゃんの友達……名前何だっけ……あ、デンハイ。デンハイの姿が結界越しに見える。

 

「おーい! デンハイさーん! 入れてー!」

 

 結界越しだから聞こえづらいかなと思い、大きな声を出す。

 普通に声を通す結界だったようで、特に何事も無く気づいてもらえた。

 

 だけだ、こちらを見たデンハイはなんとも微妙な顔をしていた。

 

「お前は……シャボンだったな」

「そうだよ! 開けて!」

 

 わたしの背後を囲うように【オケアノス】を配置しているから蟲が近寄る心配はとりあえずはないけど、いつまでもMPが持つわけでもないからとりあえず中に入れて欲しい。

 

「…………すまない、無理だ」

「えっ」

 

 返ってきた予想外の言葉に愕然とする。

 うぅ……やっぱりみんな怒ってるんだ……勝手に出てって何も出来ずに帰ってきて……。

 

「いや、今この結界は俺たちの制御下にないんだ。術者である璃潮(リーチャオ)様がお戻りになるのを待つしか……」

 

 どうやらわたしに対してどうこうという訳ではなく、単純に開けることが出来ないらしい。

 

 ……そういえば芽香(ヤーシャン)は無事なのかな。

 

「あの、芽香帰ってきてる……?」

「……帰ってきてねぇ。生体反応が途絶えたらしいから恐らく殺られたんだろうな」

「そっか……」

 

 絶対わたしのせいだ……わたしのせいだよ。

 なんとか、なんとかしないと……。

 

 ……よし、もう作戦を決行しよう! 本当は今の状況とかをちゃんと聞いてからにしようと思っていたけど、それじゃわたしのMPが持たない。

 

「あのね、わたしこの外の蟲なんとかする方法思いついたんだよ!」

「……本当か?」

「そうだ、リーちゃんは!? あとシンメイ!」

 

 わたしの後を追ったとか無いよね!? よね!?

 

「それは……」

点海(ディエンハイ)、交代だ。下がって休憩してろ」

 

 デンハイが何かを言いかけたけど、その言葉は後ろから来た男の人に遮られた。

 

 その声にはっと顔を強ばらせると、デンハイはそそくさとその場を去ってしまった。

 

 そして、この場に居るのはわたしと男の人の二人だけ。何故か少し緊張している。

 

「して、璃嵐(リーラン)様の友人殿。今の情報は本当か?」

「うん! わたしの<エンブリオ>を使えば蟲を全部纏めて倒せるんだよ! でもその代わり家が溶けちゃうけど……」

 

 【オケアノス】は超純水だから無機物も有機物も全部溶かしちゃう。最近自然魔力的なものも全く入ってないことが発覚したから魔法的なものも多分受け付けないはず。

 まぁ、ちゃんと戸締りしてて、隔離されてるって判定がでるなら大丈夫なんだけど、それも蟲が食い荒らしてたから多分効かないと思う。

 

「溶ける……?」

「そう! それをすると外の物が全部溶けちゃうから、外に人が出てるなら呼び戻して欲しいんだけど、リーちゃんとか外に出てないよね!?」

 

 リーちゃんは待ってるとは言ったけど、本当に待つような人じゃないのはわたしがよく知ってるし、出て言ってるのなら先に探さないと!

 

璃嵐(リーラン)様は今璃潮様に代わり結界の維持をしている。杏苺(シンメイ)は新たなモンスターの対処法について研究中だ。どちらも忙しいから合わない方がいい」

「ほんと!?」

 

 良かった! これでいけるよね! ってあれ?

「そうだ、リーチャオさんって今居ないんじゃ無かったっけ? じゃあダメじゃん!」

 

 この作戦で誰かを犠牲にするのなんて絶対違うし、リーちゃんとリーチャオさんが仲直りする機会が無くなるのなんて絶対ダメだよ!

 

「……璃潮様は龍都へ応援を呼びに行かれた。あの蟲を掻い潜って<仙山>を降りることができるのは璃嵐様だけだ」

「……ほんと?」

「ああ」

 

 ……信じるよ!

 

「分かった! じゃあちょっといってくる! 絶対誰も外に出さないでね!」

「ああ、それぞれの見張りの者にも伝えておこう!」

 

 わたしは《水脈感知》の赴くままに走りだした。

 

 ◇

 

「言えるものかっ……! 生体反応の途絶えた璃潮様に代わり討伐に向かった璃嵐様と杏苺の生体反応もまた途絶えたなど……!」

 

 ◇

 

 【水術師】の《水脈感知》を使用し結界内にある水脈の粗方の場所を把握し、自然利用魔法によって移動させ、地面に手をつっこみ、水脈から直接大量のお水を《貯水》する。

 

 ここの他にも<仙山>には水脈が豊富にあるから少しくらい貰っても問題ないはず。

 

 よし、準備完了!

 

「お水様! 果てなき流転を! 唯一にして無限の奇跡を今一度この身元へ!! 《全き流転する果ての領域(オケアノス)》!!」

 

 瞬間、結界の外。わたしのいる空間にはお水が広がった。

 と、同時。

 

 あらゆるところで爆発音が鈍く響く。

 

 蟲達が溶けて、そしてその生命を終えているのだ。

 

 そして、わたしの渇きも爆発した。

 

 ひぃぃ! お水お水!

 

 親指を口に加え、先程溜め込んだお水を一気に喉に流し込む。

 足りない。足りない足りない足りない!

 

 息も出来ないくらいに一心不乱にお水を補給する。

 

 これは、これは初めてだよ!

 

 耐え難いほどの【渇求】がわたしを襲う。だめだ、意識が飛びそう。

 

 【原水源 オケアノス】の唯一のスキルにして必殺スキルである、《全き流転する果ての領域(オケアノス)》とは、わたしの紋章から【オケアノス】を出したり入れたりするっていう、言ってしまえばただそれだけのスキルだ。

 

 わたしの<エンブリオ>はアームズ。テリトリーなんかとは違って、空間に展開するものじゃない。

 だから、流体という特性もあって、【オケアノス】は通常は、紋章という小さい隙間から少しづつ引き出す必要がある。

 その過程をとっぱらって、わたしが視認できる点から一気に任意の量のお水を召喚する。これこそが《全き流転する果ての領域(オケアノス)》の全て。

 

 そして、その代償として、わたしは召喚するお水の量に応じた効果率の【渇求】という状態異常に侵される。

 

 【クラムボン】と戦ったときに使った必殺スキル。あの程度(・・・・)の召喚なら渇きは無いに等しかった。でも、今はこの<現幻原>、ひいては<仙山>全体をお水によって包み込んでいる。

 これは今のわたしの全力に近い。というかこれ以上やったらわたしの精神が持たない。お水とそこまで決別できない。

 

 でも、そこまでしたおかげで蟲はわたしの超純水によって一匹残らず爆散し、その爆風でさえお水様によって吸収してまった。

 

「がぼごぼ!」

 

 あれ?

 

 あ、そうか、いま水中だった。えーと【オケアノス】を紋章に戻……さないほうがいいか。

 わたしは【高位潜水士】のスキルで長時間の潜水ができるし、【クラムボン】の《泡沫生成》で酸素の補給もできる。

 それに、蟲達とちがってわたしは《水中適応》や《耐水》、あとは【オケアノス】の装備補正(・・・・)によって超純水の影響はほとんど受けない。

 

 この空間で、わたしだけが全力を、ううん、それ以上の力を出せる。

 

 この状態を維持していれば、きっと一日なんてすぐだ。

 

 すぐなんだから。

 

 ◇

 

 どれほど時間が経っただろう。

 水中から見る月は、朧にぼやけてとても美しい。

 でも、その美しさにさえどこか狂気を見出してしまい、寒気を覚えた。

 

 あれからかなりの時間【オケアノス】を展開していたけど、くさばさんが反撃に来たり、お水を何とかしようとしたりはしなかった。

 

 ほんとはもう倒してしまったんじゃないか、この世界に、くさばという存在はもう無いんじゃないか。なんて淡い期待がわたしの頭を過ぎる。

 そんなわけない。だってあんなにも恐ろしくて、悲しかったんだから。

 

 ……れーちゃんまだかな。

 

 あ。

 

 ──飛沫。

 

 遠くで、大きな何かが爆発した。

 

 怖い。怖いよ。

 

 自然と息が荒くなる。

 右手からは《泡沫生成》で絶えず泡が出ていて、それで口元を覆って呼吸をしている。

 

「ひぃっ、ひぃっ」

 

 でも、足りないかもしれない。余裕がない。何かが近づいている気がする。

 

 嫌だ。来ないで。

 

 ──来た。

 

 超純水であるはずの【オケアノス】の影響を全く受けることなく、水中故の抵抗なんて無いかのように歩みを進め、無傷のまま、くさばさんはわたしの前に現れた。

 わたしを見つけたくさばさんは何かを喋ろうと口を開く。でも、結果としてはガボゴボといった泡が漏れるだけだった。

 

 震えが止まらない。

 大丈夫。

 怖い。

 お水があるから大丈夫。

 

 れーちゃん、怖い。

 

 無理。

 

 あ、ログアウト出来ない。

 

 あ。あ。

 

 あ──

 

「《悪しき心に天罰を(パニッシュメント・イビルハート)》!!」

「む」

 

 声が、した。男の人の声だ。水中だから音がよく通る。

 そして、それを聞いたくさばさんの動きが鈍る。

 

 これって、もしかして……!

 

「水樹ぃ!!」

 

 れーちゃんだ! 来た! 早い!!

 

「《全き流転する果ての領域(ごべがぼぼ)!》」

 

 必殺スキルをもう一度発動し、オケアノスを今度は召還する。

 あれだけあったお水が、きれいさっぱり無くなり、辺りに乾いた風が吹く。

 

「れーちゃん!!」

 

 れーちゃんだよね! ね!?

 

 満天の星空には、輝く天空列車。

 その車両のドアから、ポールに捕まり扉から身体をを乗り出してこちらを見つめるれーちゃんが確かに居た。

 

 やった、助けに来てくれた。ほんとに来てくれた。

 心が嬉しさで溢れてくる。

 もう怖くない。

 震えも無くなった。

 

 いける、やれる。いや、やる!

 くさばさんを倒して、この事件を終わらせる!

 

 スタッと、列車から四人の人が飛び降りてくる。もちろん、その中にはれーちゃんも居る。

 

「待たせてごめん、水樹。助けに来たよ」

「ほんとに、ほんとに待ったんだから!」

 

 すごく寂しくて、でも約束したから、待たなきゃって思って、それで。

 

「うん。じゃ、さっさと終わらせるわよ」

 

 うん!!

 

 ◇

 

 ──存在を、肯定せよ。

 ──認識は、伝染する。

 

 ──存在災害が、塗り潰される。

 

「《認識し、伝染する存在災害(ネコデスヨロシクオネガイシマス)》!」

 

 ねこはいました。

 

 ずっと、ずっとあなたのそばに。

 

 ──よろしくおねがいします。

 

 




章タイトル回収。くさばじゃなくてこっちが本命です。
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