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「しんとうさん、あれは触れたものを自身と同じねこに変化する能力を持っています。だから
「ですねぇ、これはどうしたもんかと」
ヒイロとのうしんとう。
ねこには触れたアイテムと、発動者であるスワンのステータスの10分の1以下の生物を同じくねことする能力を持つ。
故に、武器は軒並み意味を持たず、配下モンスターさえも合計ステータス約30000を上回らなければ、ねこと化してしまう。
本来であれば【ねこ化】により、武器の使用を禁じ、相手からイニシアチブを取るだけのスキルであったそれは今、くさばの、身体の全てが低ステータスのモンスターによって作られているという特性によって覆されていた。
「僕はデバフとバフを担当します。しんとうさんはスキル効果が切れるまでねこを遠ざけてください。“精神最強”の【ねこ化】が切れたときに最大をぶつけます」
「了解しました!」
対人戦に特化しているが故に、戦闘をのうしんとうに任せ、デバフとバフを行う事にしたヒイロ。
とはいえ、ヒイロのスキル、《
やはり、ねこに変化したことによってカルマ値も変化したのだろう。
「じゃあもう初っ端から飛ばして行きますよー!」
のうしんとうが両の手を地面に付ける。
「《
──空気が重くなった。比喩ではなく、物理的に空気の密度が上がり、それはさながら水中のようであった。
この場で通常と同じように動けるのは、密度を軽減する特典武具に身を包んだヒイロと、《
「久しぶりのソロアタッカーですね! 腕がなります!」
肩をぐるんぐるんと回し、自身を鼓舞するのうしんとう。
対する
「うわぁ、ねこを使いこなしてる……」
「大変気持ち悪いですね! 《プレッシェンド》!」
のうしんとうが前方の圧力を引き上げ、【ゲゴニュニュ】を押し潰そうとする。しかし、そのようなことを許すくさばではなかった。
「《エクソスケルトン》」
【血肉術師】の魔法により【ゲゴニュニュ】の皮膚を強化することで圧力を無効化したくさばは、今度はこちらの番だとばかりに《詠唱》を始める。
「「「「「血肉を糧に、災厄を齎します。覆します。わたしです。ねこです。失いません。弔います。おわりません。始まりません」」」」」
その《詠唱》は常人には理解できなかった。しかし、それはくさばの激情だった。
「──《スプラッシュ・ゴア》」
現れたのは、赤。
同時多数による詠唱。ある種の《ユニゾン・マジック》となったそれは、大量の血液と内蔵となって、ヒイロとのうしんとうに降り注いだ。
「ふぉう! やっばい!」
「なんだこれ……」
ヌメリのある触感、鼻をつく臭い、そのどれもが五感を刺激し、二人は確かに恐怖を覚えた。
そして、
だが、そんな事で止まるようであれば、初めからこんな場所に来ていない。二人は確かな決意と共にスワンの願いをのんだのだから。
「モンスターはあんまりカルマ値反応しないんだよなぁ……」
「《
特典武具によって軽減はしているものの、やはり通常に比べて動きにくいのに変わりはない。
故に、ヒイロがアタッカーとして十全に戦闘をするのであれば《水没時代》を解いたほうがいいだろう。
「いや、あれくらいならこのままでも大丈夫。僕は蟲の方を対処するから、しんとうさんはねこの妨害を頼みたい」
「おっけーです! 《ジャミング・ブラインド》!」
「座標5-6、《マッスル・ボディ》」
「座標6-4、4-6、《ブラッドアッド》」
くさばは、今まさにヒイロが切りかかろうとしていた区画の【ゲゴニュニュ】達に筋肉増強の魔法を唱え、剣による一撃を受け止めさせると、その近くの区画の【ゲゴニュニュ】達に速度アップの身体能力向上の魔法を唱えた。
「うぇぇ、効かないんですが! が!」
「見えてますよ?」
「絶対嘘だー! おちゃめさんだー!」
《ブラッドアッド》によってスピードアップした【ゲゴニュニュ】が一斉にヒイロへと襲いかかる。
「《サイクロン・スラッシュ》!」
その猛攻を、片手で回し切りを行うことで何とか弾く。しかし、【ゲゴニュニュ】が傷を負うことはなく、くさばのバフがどれほどのものかを理解する。
「
【
そして、そんなことをしている間にも、半数以上の
そのどれもが、あまり強いとはいえない、くさば曰く“娯楽用”のモンスターではあったが、くさばのバフが入ることによって、それらは悪夢の大軍団と化した。
メインジョブに据えているのは【
しかし、【血肉術師】のバフとエサによる完璧なコントロールによって、くさばは不利な状況の中、上級二人と完璧に渡り合っていた。
事態は膠着状態。
ヒイロは【ねこ化】が解かれたときに攻撃を仕掛けるとは言ったが、上級2人の全力程度で“精神最強”が止まることは無いなんてこと、分かっていた。
《
「……うぅーん、いやぁ、出し惜しみはダメですね! 私やります!!」
ここでのうしんとうが動いた。
のうしんとうは地面、否、その下。地中へと手を突っ込み、何かを引っ張り上げるように虚空を引っこ抜いた。
「《
するとどうだろう。まるで地震でも起こったかのように地が大きく揺れ、のうしんとうの背後の地形が盛り上がる。
それは大陸のようであり、その地表には珊瑚やイソギンチャクなどの海洋生物が大量にくっつく、まさに海底王国のような様相を呈していた。
その隙間から現れるのは、十数匹の魚。まるでそこが海中であるかのように悠々と泳ぎ始めたそれらは、徒党を組んでいっせいにくさばのモンスター共を啄み始めた。
「これが【バーサーク・ピラルク】です!」
「ああ、わたしの、ああ」
常時【狂化】していることでグランバロアの【
「まだまだこれだけじゃないですよ!! これが私のとっておきです!!」
ずる、と自らの身体を引き摺るように珊瑚の影から現れたのは、マダラに濁った巨大なエイのような生物だった。
それはヒレをはためかせ、空中を優雅に泳ぐと、一直線に
「この前捕ってきた深海生物です! まだまだいますよ!!」
目の無いサメ、体表が完全に透明で中身が透けているタコ、カタツムリのようなからに身を包んだ大きくて長いダンゴムシのようなものなど、この世のものとは思えない異形が続々とのうしんとうの国から溢れ出てくる。
グランバロアの深海。
あるいは<UBM>になれたかもしれない個体がごろごろといるその地に単身足を踏み入れたのうしんとうは、その地に住む深海生物を片っ端からテイムし、こうして使役している。
これこそが、彼女の<エンブリオ>、【没解国家 ムー】の力であり、彼女が“深海淵国”のうしんとうと呼ばれる所以、その極一部である。
「蟲をなるべく減らしてください! 次に繋げましょう! がんばれー!」
「ああ、やめてください、ああ」
くさばのか細い声は、のうしんとうの耳には届かない。
故にくさばは言葉ではなく、行動によって抵抗する。
「《ハード・ミート》、《マッスル・ボディ》」
「《エクソスケルトン》、《ブラッドアッド》」
「《ハイエンド・ストロング・ハート》、《ハートビート》」
「《ハートビート》、《ハートビート》、《ハートビート》」
身体強化魔法を最も得意とする【血肉術師】、その本領が発揮される。
ただの娯楽用であるはずの【ゲゴニュニュ】が、ステータスだけでいえば純竜級にも劣らないほどに強く、大きく、強大になっていく。
「なんですかあれー! やばたにえん!」
「やば……なに? ……えーと、どうしようあれ……普通にやっても勝てそうにないんだけど」
純竜級、それは例え一体であっても準<超級>には苦戦を強いられる相手である。
それが十数体、ともすれば数十体にも到達する勢いで量産されていく。
いかに<超級>であれど、大量の下級モンスターを純竜級に仕上げるのであれば、超級職の奥義、もしくは必殺スキル級のなにかが無ければなし得ないだろう。
しかし、くさばは“最強”。くさばの普段のメインジョブである【
さらに神話級特定武具である【脳糧災 カニバル・カーニバル】の第二のスキル、《
本来、ねこになったヒトになすすべはない。くさばだから、“精神最強”だからできた。
くさばに負けはない。
ただしく“精神最強”。
唯一無二。空前絶後。
それが“狂気”のくさば。
“
その無機質な目が覗くは、ヒイロ、そしてのうしんとう。
「うぇーっと……これ止めたら何とかする手立てありますか?」
「……正直、無いよ。“精神最強”に勝てるビジョンが、全然浮かばない」
勝てない。ただの準<超級>二人に勝てる相手ではない。
例え、これが総力戦……シャボン、スワン、ネネ、車掌が加わった全戦力だったとしても結果は変わらない。
この戦いにおいて、くさばは絶対に負けない。
「うーん……でも、対人で一番強いのヒーローさんですからねー……」
否、くさばは対人という領域には収まらな
い。
人型ではあるものの、分類的に言えばくさばはモンスターに偏っている。
全身をモンスターに変え、三つの神話級特典武具に身を包み、血肉を操るその様は、神に近い存在だと言っても過言ではない。
「ま、適材適所ですかね! あとヒーローさんなら何となくやってくれそうな気がしますし!!」
「そんな適当な……」
だが、それでも。
「信じてますよ! ヒーローさんのヒーローっぽいとこ!」
信じる。
のうしんとうはヒイロを、ヒーローを信じる。
【超水兵】を打倒したヒーローを。【死海塩藻 ソルティド】を討伐したヒーローを。
「《プレッシャー・コア》!」
圧力魔法に特化した【深海術師】。その奥義である《プレッシャー・コア》。
星の様な球体を起点に高圧力空間を展開し、周囲の者を地の底に堕とす魔法である。
だが、それだけでは狂気の軍勢は止まらない。
故に、のうしんとうも止まらない。
「沈め! 《
必殺スキル。【没解国家 ムー】の必殺スキルが発動される。
周囲の圧力が更に数倍化する。
空気の密度も更に濃くなり、呼吸をするのさえ辛くなっていく。
まずねこが真っ先に地に埋まり、そして【ゲゴニュニュ】がその外骨格を破壊されながら沈み込む。
「《
【死海藻衣 ソルティド】のスキルを発動し、周囲の密度を操作することによって何とか耐え忍ぶヒイロ。
だが、くさばがそれで終わるわけがない。
「──《グレート・ミート・ウォール》」
「──《群体結合》」
くさばのオリジナル魔法、《グレート・ミート・ウォール》により巨大な肉塊を召喚し、それを【血肉術師】の奥義によって、のうしんとうとくっつける。
「うぇ、口に、ガボ」
鼻、のど、眼窩。ありとあらゆる場所に肉がつまり、結合していく。
窒息はデンドロにおいて最も恐れられている状態の一つだ。なにせ窒息の苦しみは痛覚設定によってOFF出来ない。
それは恐れ知らずののうしんとうであっても、確かに脅威であった。
「おぇ、
故に、そう言いのこして、そう託して、のうしんとうは自害した。
「えぇ、ちょ、僕一人は厳しいって……あ、居ない……」
残されたのは、埋まったねこと、藻の衣に包まれたヒイロ。
──存在災害は、依然止まることは無い。
七人目、敗北
【
<エンブリオ>:【没解国家 ムー】
TYPE:ラビリンス
環境置換。
《
・周囲を海中と定義し、国民となった海のモンスターを水圧関係無しに泳げるようにする。
《
・海と定義した範囲の
《
・詳細不明。範囲内の圧力が数倍化する。