〜前回までのあらすじ〜
変なモンスターの変なドロップアイテムを
しかし、そこで待ち受けていたのは、“精神最強”くさばによる存在災害であった。
そんなくさばと相対し、心が折れてしまったシャボン──水樹を救ったのは、親友であるスワン──レーラ。
スワンは自らの仲間を引き連れ、遠く離れたグランバロアから、黄河帝国まで助けに来てくれた。
だが、その程度で何とかなるようでは、くさばは“精神最強”とは呼ばれていない。
事態はクライマックスへと向かおうとしていた。
□【水質学者】シャボン
音がする。
激しく戦っている音だ。
助けに行くべきだろうか。
いや、わたしに仲間と協力して戦うなんて出来ない。行っても迷惑になるだけだ。
わたしはわたしに出来ることをやろう。
「れーちゃん、大丈夫?」
「はぁ……大丈夫、心配かけてごめん」
だめだ、まだ辛そう。
握る手は離さない。
だってまだ震えてるから。
と、茂みががさがさと動いたかと思うと、そこから電車の運転手みたいな格好をした人が現れた。
警戒を込めて手を前に出す。いつでもお水を呼べるように。
「……水樹、あの人は味方だから」
れーちゃんが教えてくれる。
あ、そうなんだ。さっきの空飛ぶ列車の持ち主かな?
「皆さん無事でありますか?」
「ええ、今ヒイロさんとしんとうさんが抑えてくれてるわ」
れーちゃんの介抱をしているおばあさんが答える。
……そう言えば名前知らないな。
そう思い、意思疎通をしやすくする為にも名前を教えてもらおうとした。その時だった。
「逃げてくださいっ!」
さっきの人──ヒーローの声だ。れーちゃんの手は握ったまま、咄嗟に【オケアノス】を紋章から勢いよく召喚することによって、ジェット噴射のようにその場から離脱する。
どぉん、と凄まじい音がして、とんでもなく大きな肉の塊が降ってきた。
咄嗟に避けることが出来たのはわたしと、手を握っていたれーちゃんだけだった。
「ネネさん! 車掌さん!」
れーちゃんの、悲鳴にも近い叫びが耳に届く。
──大量のねこがいた。
さっきねこにされたくさばが、戻ってきた。
れーちゃんが震えてる。
大丈夫、大丈夫。手はぎゅっと握ったままだ。怖くない、怖くない。
わたしが何とかする。わたしなら何とかできる!
「《
必殺スキル。山を覆い尽くしたさっきとは違い、小規模な発動。前方のねこの軍団目掛け、全てを無に還すお水様を展開する。
ねこにHPはないからダメージはない。でも、その足は確実に鈍るはず。
「《
わたしが展開したお水様を突き破って、ヒーローが飛び出してきた。
ヒーローの装備は所々溶けていて、お水様の超純水的効果を完全には防ぎきれなかったことが分かる。
そうだ、ヒーローを巻き込んでたんだ。やってしまった。
「びっくりした……」
「ごめん……!」
まだ連携に慣れてない。他の人と息を合わせるってどうやるの? そんなのわたしできないよ。
思考が
違う。
わたし一人でやるんだ。わたしならやれる!
「巻き込まれないように下がってて! 《水源動地》!」
お水ごとねこを遠くへ飛ばす。
これでしばらくは帰って来れないはず。
どうする? ねこからくさばに戻った時が反撃のチャンスでもあり、わたし達の終わりでもある。
一撃で決めないと無理だろう。
どうしよう。どうしよう。
「……樹!」
お水様、わたしは一体どうすれば……!
「水樹!」
「はいっ!?」
びっくりした。れーちゃんがずっとわたしに呼びかけいたみたいだ。
聞こえなかった。いや、聞いてなかっただけかもしれない。
「れーちゃん?」
「一人でやろうとしないで」
一人でやろうとしないで。
どういうこと? みんなで力を合わせる?
無理だ。わたしにみんなと合わせることなんて出来ない。
「私はもう大丈夫だから。力を合わせるの」
れーちゃんが無事そうなのは嬉しい。
でも、でも無理だよ。
「わたし連携なんて……」
「私とヒーローが合わせる」
「僕も!?」
ほら、ヒーローも驚いてる。わたしみたいな人の事なんて知らないのに、合わせられるわけない。
「いや、まぁそれしかないね。うん」
いいの!?
みんなできるんだ。
わたしだけ出来ない。
でも、合わせてくれるならそれでいいか。まだ大丈夫。大丈夫。
「僕に作戦がある。上手く決まるかは正直分からない。でも、やらないよりはやった方がいいと思う」
「……どんな作戦?」
「えっと、まず──」
ヒーローは語ってくれた。
必勝でもなければ、定石でもない。継戦の為の策を。
◇
ザッ、ザッという足音が響く。ねこがくさばへと戻ったんだ。
れーちゃん曰く、身体のパーツがばらばらになっていたはずなのに、何故か普通に人型としてくさばは佇んでいた。
いや、もう驚かない。くさばはなんでもできる。だから、なにかする前に終わらせる。
「《水虎流々》!」
水の制御は得意だ。たとえ動き回る鳥にだって、ミリ単位で正確に輪郭を捉えるとこができる。
それに、くさばは止まっている。
わたしはくさばを、輪郭に沿って一縷の隙間も無く閉じ込めることに成功した。
お水は生きているみたいにくさばに纏わり付き、その流れを止めることなくギュルギュルと廻り続けている。
……溶けない。【オケアノス】は超純水なのに、絶対のはずなのに、くさばにはそんな常識は効かない。
でも、これは分かっていた。
あの時、<現幻原>全体を水没させた時もくさばは溶けなかった。だったら今も溶けないのはおかしい事じゃない。
わたしの目的はくさばの拘束。
【オケアノス】は超純水だ。
そして、現実で言うところの超純水と、こちらの超純水は、実は少し異なる。
こちらのお水には、自然魔力がミネラルのように含まれている。つまり、魔力は
【オケアノス】には、その自然魔力すらも全く含まれておらず、ミネラルと同じように魔力も吸い付くし、混ざる。
つまり、わたしがくさばを包み込んでいる限り、くさばは魔法を使えない。
そして、それは好機。大きな隙となってくさばを襲う。
「──《明鏡止水》、《死突・本能外し》」
背後。くさばにとっての完全な死角からの一撃。対人の中でも読み合いに特化した【心理剣士】に就くれーちゃんだからこそできる、頭を狙った渾身の一撃。
でも、防がれた。
腕だけで、完全に逸らされた。
見てる。くさばはわたしを見ている。
違う、わたしの目だ。わたしの眼球の動きから、れーちゃんの位置を割り出して、そこから剣筋を読んだんだ。
意味が分からない。でも、そうなんだ、と思わせるだけの圧がくさばにはあった。
無機質な目がこちらを覗き込んでいる。まるで蟲みたいだ。感情が分からない。怒ってるの? 笑ってるの? それとも……。
「泣いてる、の?」
「届け! 《
──すぐ後ろで闇が迸る。
振り向かない。予定通りだ。わたしはわたしにできることをやるんだ。
「っ! 《
れーちゃんがくさばの蹴りをギリギリで避ける。れーちゃんのスキル使用に加え、水の中でくさばの動きが鈍っていることによって、やっとの事で避けることができた。
多分次は無い。そう思っていた。
違った。
次は無いというか、もう終わっていた。
くさばの手のひらに付いている口がガパッと開き、くさばに纏わり付くお水を全て飲み干してしまった。
わたし達の抵抗は、ここで終わった。
◇
■<現幻原>跡地
「なんで、どうして」
くさばは顔に付いている方の口を開いた。
「悪いことをしたら、叱ってくれないのですか?」
くさばの言っていることは誰にも理解出来ない。ともすれば、本人も理解出来てないのかもしれない。
「私のことを、誰か知ってください」
でも、くさばは感情を知っていて、感情を
「私に私を見せてください」
いつの間にか手に持っていたジョブクリスタルを割る。
くさばが、本日幾度目かの転職を行う。
【
くさばは、自身の二つ目の上級職【
正直なところ、くさばは【蟲将軍】を使いこなせない。
彼は自身の作成した配下である蟲を愛しているし、死んだからといって爆発させるなんてことしたくない。
だから、《コロニー・フォー・ワン》は常にOFFにしているし、【億奇邪口 トライポフ】によって呼び出した蟲のみを呼び出しているときにしか《
故に、【トライポフ】が破壊された今、くさばに【
くさばが手を前に出す。
くさばの手のひらには地獄に繋がる大きな口が付いており、無数の蟲が犇めき合い、ギチギチと狂った音を奏でていた。
蟲達はくさばの願いに呼応し、三色の玉を押し出す。
「《
くさばが三色のうちの一つ、黒く照る丸い素を地面に叩きつけると、それが弾けて大量の黒光りするアレ──ゴキブリへと姿を変える。
「《
同様に赤と白の素を叩きつけると、丸い塊が解けるようにムカデとシロアリが大量にぶちまけられる。
「──《ナーヴ・コネクト》」
そして、【大蟲創師】の奥義を使用し、全ての蟲の神経を繋げる。
──繋がった。
細く白い糸──菌糸の様に張り巡らされたそれは、蟲の脳に寄生し、伸びきったゴムがそうするように、パチンと縮んでまとまった。
──クリスタルが割れる。
まだ終わらない。これは災害、存在災害である。
至った職は、【適応術師】。
常人にはただの下級職であるそれは、くさばの手にかかれば超級職を凌駕する戦略兵器と化す。
「《アダプテーション・リンク》」
それは、“対象一体の耐性を、自身と全く同じにする”という【適応術師】の固有スキル。そして、その対象とは、《ナーヴ・コネクト》によってスキル的に繋がった蟲の塊。
「《水脈解放》!」
もちろん、シャボン達も折れた訳では無い。必死の、決死の抵抗は未だに止むことは無い。
でも、足りない。
「《ミナマータ》」
もはや、何もかもが足りない。
くさばはもう隙を作らない。
そもそもの話をすれば、くさばの目的はここ<現幻原>を跡形もなく滅ぼすことだ。
そして、その目的は、他でもないシャボンによって果たされた。
故に、本当はもうくさばは戦わなくてもよかった。
ただ、未知に出会って、驚いてみたかった。
でも、沢山の未知に触れたくさばは、それでも、
「勝てない……」
くさばが未知を放棄した今、くさばに勝つ道筋は、完全に潰えたと言っても過言ではない。
「ヒーロー! まだなの!?」
「まだだ! でも近い!」
まぁ、シャボン側のそもそもの話をするのならば、
「──《真火真灯爆龍覇》!!」
そもそも、シャボン達は勝たなくてもいい。
ただ、勝てる者を呼べれば良かった。
◇
彼方伸ばした手、星天にも届こうとせん。
されど、今は怨敵へ。
助けに来てくれました。
そして、これで今章の登場人物は全員揃いました。