水無月水樹の水紀行   作:七草青菜

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・前回のあらすじ
迅羽なら、それでも迅羽なら何とかしてくれるクマ



第十七話 <超級>

 □【水質学者】シャボン

 

 大爆発。

 

 突如わたし達とくさばとの間に長い長い腕が挟み込まれ、その袖に仕込んであったのであろう符がバラバラっと宙を舞った。

 

「速い!」

 

 爆発に次ぐ爆発。ともすれば、わたし達だって巻き添えになりそうなくらいに至近距離での爆発。

 

 だけど、不思議とわたし達に被害が加わることは無かった。

 まるでわたし達を避け、くさばにのみ当たるように調節してるかの如く、爆発は的確にくさばだけを襲った。

 

 そして、腕が地面を叩いたかと思うと、上空から、腕と脚が異様に長くてゾンビみたいに青白い肌の人が降ってきた。

 

 長い脚を器用に使い、蹲踞のようなポーズでストッと音も立てずに降り立つと、それはこちらへと顔を覗かせた。

 

「ヨ、また会ったナ、シャボン」

「え、迅羽……さん?」

 

 “金食い虫”討伐の時に、気持ち悪いモンスターに襲われたわたしとリーちゃんを助けてくれた迅羽さんが、そこに居た。

 

「さんはいらねーヨ」

 

 照れ隠しなのかな? 迅羽さんはそう言うと、懐から一枚の符を取り出す。

 

 符はボッと燃え盛ると、一瞬にして灰となり、空に溶けていった。

 

「チッ、散らしてんのはココじゃねーナ」

 

 ある程度の検討はついていたのか、達観にも似た声色で吐き捨てる。

 

「散らす?」

「空間の成り立ちがおかしくて符が上手く機能しなかっタ。助けるのが遅れてスマン」

 

 返答は短く完結に。

 くさばの足音を敏感に察知した迅羽は、わたし達を庇うように背中を見せ、腕を広げた。

 

 長い腕と脚に反して、その背中はすごく小さいものだったのに、なぜかわたしはその背中が頼もしくて仕方がなかった。

 

 ◇

 

 □<現幻原>跡地

 

 先程の戦闘、シャボン、スワン(れーちゃん)ヒイロ(ヒーロー)によって行われたそれは、勝つことを目的としたものでは無い。

 

 ヒイロの作戦とは、“今こっちに急速に近づいている人が察知出来たから、その人が来るまで時間稼ぎをしよう”というものだった。

 

 もちろん、その人がくさばを倒せる程の実力かなんて分からない。ただ速度を出すだけならば、それこそ自身達をここまで乗せてくれた天空列車の主、車掌だって超音速くらいならば出せる。

 しかし、速いからといって強いという訳では無い。車掌も、戦闘能力はほぼ皆無に近いのだから。

 

 それでも、他に方法が無かった。

 くさばを倒すためには、一縷の望みに縋る他、方法が無かったのである。

 

 だからこそヒイロは、こちらへと近づく者がなるべく早くここに来ることができるよう、最大限の呼びかけを行った。

 

 先の戦闘にてシャボンの背後で発動されたスキル、《醜き心に天幕を(ブラインド・アグリーハート)》は、そのために放ったものだ。

 

 本来の使い方とは全く異なるが、そのスキルは対象にした者の目元に向かって闇を飛ばすという付属効果を持っており、途中でそのスキルを解除することによって、対象の視界を奪うことなく、逆算してこちらの居所を辿れるようにした。

 

 そうしてやってきたのが、彼女、【尸解仙(マスター・キョンシー)】迅羽である。

 

 彼女のことはスワンもヒイロも当然知っていた。何せ彼女は黄河帝国に於いて決闘一位にまで上り詰めたことのある猛者。

 ゲーマーである彼らが、その情報を調べていないわけもなかった。

 

「……お久しぶりです」

 

 爆風により吹っ飛ばされたくさばがこちらへと戻ってくる。当然の様に無傷であり、貼り付けたような表情も変わらず健在であった。

 

「ああ、会いたかったゼ、“精神最強”」

「わたしは、違います」

 

 くさばは迅羽が嫌いだ。それは、迅羽がくさばの事を嫌いだからだ。

 

「知るかヨ」

 

 返答は短い。

 

 そして、すでに体は動いていた。

 

 すさまじい速さでくさばの顔面へと迫る黄金の腕。

 対するくさばはその一撃を両腕で受け止める。

 その際に両腕が砕け散るが、それは瞬く間に再生してしまう。

 

「ハッ、またあのインチキ再生カ」

 

 伸びきった腕をU字に軌道変更させ、返す腕で今度は背中を狙う。

 それには最小限の動きでジャンプすることによって回避するくさばであったが、その行動は読めていた。

 

 上に向かって直角に折れ曲がる腕、その先には飛び上がったくさば。

 

 首を振ることによって回避を試みるが、さすがに逃げ切ることはできない。

 

 迅羽の強靭な腕に串刺しにされたくさば。頭部だけは守り切ったが、頭部だけ保護したところで意味はない。なぜなら、仮に頭部が破壊されようと、それは等しく再生するからだ。

 

 一瞬の攻防。分は迅羽にある。しかし、くさばの再生力は絶対であり、何人たりとも崩すことはできない。

 

 そして、そんなことはお構い無しに迅羽の仕込みが発動する。

 

「《──》」

 

 もたらされたのは爆発。くさばに串刺しにしたままの腕から突如爆音が鳴り響き、辺り一帯を砂煙が覆いつくす。

 

 傍から見ているシャボン達には、一瞬にしてくさばが爆発したように映った。<超級>VS<超級>。まさに理外の戦闘。その戦闘はまさしく常人であるシャボン達の理解の範疇を超えていた。

 

 そして砂煙が落ち、視界が晴れる。

 

 結果としては、両者生存。ともに無傷。しかして、すでに勝敗は決していた。

 

「もう検討はついてル」

 

 迅羽は、その大きな手の中に何かを持っていた。

 

「コレだロ、お前の本命(・・)

 

 それは脳みそ。くさばが唯一モンスターに置換していない部位であり、くさばの神話級特典武具、かつてひとつの小国家を丸ごと操り、その血肉を貪っていた<UBM>の成れの果て、【脳糧災 カニバル・カーニバル】そのものである。

 

「お前は、頭への攻撃だけは避けるか防いでいタ」

 

 前回の戦闘、そして今回の戦闘でも共通していたこと。それは、くさばが自身の頭に触れられる事を恐れていたと言う点だ。

 爆発などに巻き込まれる分にはノータッチであるにも関わらず、手が触れることのみを警戒していた。

 

「もちろん、頭ごと燃やし尽くされようが再生するんだろうナ」

 

 そこに違和感を持った迅羽はずっと考えていた。くさばの弱点となりうる一点を、それを起点とした、くさばの攻略法を。

 

「でも、こうして奪ってしまったなら、再生出来ないんだロ? 何せ、これだけは替えがないからナ」

 

 先程の一幕。

 くさばを串刺しにした迅羽は、その後、袖に仕込んであった爆符を発動させ、それを目隠し、そして耳隠しとして利用した。

 その間、爆音の中で迅羽は自らの必殺スキル、《彼方伸びし手(テナガ)踏みし足(アシナガ)》を発動し、くさばの脳に当たる部分を毟り取っていたのだ。

 

「あ、あ、あ」

 

 くさばが、意味の無い言葉を呟く。

 

「あ、そうぞ、うしゅ、さま」

 

 脳はすでにない。だが、それはくさばのキーであっても、弱点ではなかった。

 

「■■■」

 

 創造主の長い触手が、くさばの後頭部に突き刺さる。

 

「──《不気味の谷》解除。《クリエイト・ブレイン》」

 

 創造主の言葉が常人に理解できるようになり、辺り一辺がもう一段回狂気に沈む。

 

「見えません。分かりません。使えません」

 

 創造主の手によって、くさばは新たな脳を挿し込まれた。

 だが、くさばの見えていた世界は一変していた。

 

 今まで見えていたはずのものが見えなくなり、脳の巡りが遅くなる。

 今この時より、くさばはくさばではなくなった。

 

 だから、だからこそ、結末はこうだ。

 

「《ボディ・オペレーション》」

 

 そう呟いたのは、くさばではない。

 

「なので、委ねます。申し訳がなりません」

 

 触手が細く、細くなっていく。そして、限界まで細くなったそれは、くさばの神経を侵していく。

 

 彼の<エンブリオ>──【狂創造主 フライング・スパゲッティモンスター】は、彼を巣食う。

 

 なぜなら、創造主は、くさばの守護者(ガーディアン)なのだから。

 

 存在災害は存在を否定された。だからこそ、自己の存在を定義しなおすのだ。

 

 




次回、決着。

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