□【水術師】シャボン
「……これ何アルか」
「お水です! 正確には純水、いや超純水です!」
超純水とは、ミネラルや残留塩素などの物質がほとんど含まれていない酸素と水素のみで構成されている純H2Oの事だ。
その性質は“触れたものを溶かす”というもの。元々お水には食塩や砂糖などを溶かす力があるが、超純水はその性質が極端に高い。
大気に触れれば、その力で空気を溶かし、飲み込んでしまい、超純水では無くなってしまう。
だが、もし大気に触れてない超純水があるとしたら、それに一度でも触れれば皮膚がかぶれ、場合によっては溶けてしまうだろう。もし飲んだりしたら下痢は必須。もしかしたらわたしのようにナトリウム欠乏症、つまり水中毒に陥ってしまうかも知れない。
あの量だと空気に触れてないところもあると思うから、すぐに紋章に収納してなかったら多分皮膚とか溶けてたんじゃないかなあ。
「いや、そうじゃなくて、これがシャボンの<エンブリオ>アルか?」
「うん、【原水源 オケアノス】って言うんだって。それより、大丈夫? 身体痒くない?」
見る限り溶けては無さそうだけど、もしかしたらかぶれてるかもしれない。
「ああ、大丈夫アルよ」
「良かったー。ごめんね、水浸しにしちゃって」
「それは別にいいアルよ。もう全然濡れてないアルし」
どうやら【オケアノス】は水そのものであるらしい。戻れと念じたら、服に染み込んでいた水分も含めて全て紋章に収納された。
それにしても、お水かー。type:アームズ……
まあ、とにかくお水なんだよ。しかも滅多にお目にかかれない超純水。
……やっぱこのゲーム早くやってればよかったな。
過去の自分を抓りたい。
◇
「動けー! 纏まれー! 包み込めー! 《水源動地》!」
《詠唱》系列のスキルを使い、威力を上げたスキルに従い
お水は、人が走る位の速度で近くのモンスターを包み込む。
モンスターは突然の出来事に身を捩らせもがいたが、息をすることが出来なくなり、やがて窒息死した。
「どう? どう?」
「なかなかいい感じネ。あとはもう少し声を抑えてくれれば声に釣られてやって来たモンスターを私が倒す必要が無くなると思うよ」
「ごめんなさい」
リーちゃんの周りには頭部に符が貼り付けられたモンスターが大量に転がっていた。
呆れ顔でそんな事言われたら、もう謝るしかないじゃん。
「でもまあ、本当に今日が初めてにしては筋がいいと思うよ」
「きっとお水様の加護がついてるんだね!」
お水万歳。
あと多分窒息で倒してるおかげで血とか出ないからそこまで抵抗が無いからっていうのもあると思う。
やっぱりお水だよね。
戦闘後のお水もおいしいしね。ごくごく。
「歩きながら飲むとむせるアルよ……っと、着いたネ」
わたしは目の前の光景に目を奪われた。
そこに広がっていたのは、辺りに霧が立ち込め、そこはかとなく幽玄さをかもしだす大きな大河だった。
「うわぁ……すごい」
大河に駆け寄り、お水を掬ってみる。お水は驚く程に透き通っていて、まるで霞でも掬っているかのような抵抗だった。
そして、そのお水を口に含む。
途端、わたしはそのあまりの美味しさに腰が抜けそうになった。
なにこれ!? 今まで飲んで来たお水とは文字通り一味違う。
ミネラルが多分に含まれているのもそうだけど、それだけじゃない。
何かわたしが知らないミネラルの味がする。
「多分、自然魔力が溶けてるんだと思うアルよ」
自然魔力ってなに?
「んー、魔法の素、みたいな?」
つまり元素の魔法版って事かな?
……という事は、この世界にはわたしの知らないミネラルが!?
こ、これは……どうしよう。世界中を回ってお水を集めたくなってきた。
でも国家間を渡るのはかなり難しいってれーちゃんが言ってたし……。
「──おーい、シャボンー、なにトリップしてるアルかー」
「はっ!」
よし、決めた。強くなったらお水集めの旅に出る。
先立ってはこのお水を瓢箪に収めねば……。
「その大河の中にはヤバいモンスターが大量に住んでるからあんまり長くいない方がいいアルよ」
お魚は友達だよ!?
「そう思ってるのはシャボンだけだよ……いや、そのヒレってそういう事なの?」
「全然違うよ! 飾りだよ!」
「あ、そう」
また呆れられた。
素早くお水を収め、いよいよモンスターの探索に移ることにする。
「で、ここに高価な素材を落とすモンスターがでるアルよ」
リーちゃんの話によると、そのモンスターの名前は《
普段は見つからないように周囲の色に擬態し、探知系のスキルを妨害する電波を放っている。更には見つけたとしても硬すぎて攻撃が通らない。
でも倒すと、自身の体である黄金をドロップし、それを換金するとかなりの収入になるらしい。
「亜竜級だけど、まあ私がやるし、危なくなっても<マスター>だから大丈夫でしょ」
亜竜級と言うのはモンスターの強さを表す指標のことで、大体下級職のティアン六人分か上級職のティアン一人分程の強さらしい。
リーちゃんの【幻道士】は上級職であり、下級職も全て埋めているらしいので、亜竜級にも問題無く立ち回ることが出来るそうだ。
と、そこでリーちゃんは思い出したかのようにこちらを向いた。
「そうだ、これ、この間言ってた《囮》の符アルよ。作っておいたネ。使いたい時は、符を手に取って使いたいって念じるだけでいいから」
あ、もらうの忘れてた。
危ない危ない。ちゃんと覚えておかないと。ピンチの時に使うの忘れたらもう終わりだよ。
受け取った符を大事にアイテムボックスに仕舞い、《亜竜黄金》の捜索に入った。
◇
「あ、あれじゃない?」
電波によってリーちゃんの探知系の符が使えないので目視での探索を行い早一時間。
もう見つからないんじゃないかなあとか帰ってゆっくり大河のお水飲みたいなあとか思いながら、襲ってくるモンスターを頑張って対処したり、対処出来ずにリーちゃんに助けてもらったりしていると、不意に視界に歪みが出来た。
目を凝らしてしてよく見ると、確かに巨大な岩のような形状の塊と目が合った。
「うわ、気持ち悪い!」
「あ、それアル。お手柄アルよシャボン」
やった! それじゃあ早速倒しますか!
リーちゃんが何かの符を投げると、符は【亜竜黄金】に張り付き、その光り輝く体表があらわになった。
「《幻破》の符だよ。……ちょっと本気でやるからシャボンは周囲の警戒してて」
いつものエセ中国弁を使わずに、真剣な表情で【亜竜黄金】に対峙する。
リーちゃんは服の袖に仕込んである攻撃用の符を飛ばそうとした。
──その時、【亜竜黄金】の巨体にも劣らない大きさの蟲がどこからともなく現れ、その黄金の体躯に齧り付いた。
蟲はその固さを諸共せずに噛み砕き、これは自分の獲物だと言わんばかりにこちらをじっと睨みつけた。
「うわ、“金食い虫”! なんでこんな時に出るのよ!? シャボン、逃げるよ!」
「え? え?」
なになに? わかんないんだけど。ていうかあの虫すごく気持ち悪い!