水無月水樹の水紀行   作:七草青菜

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第五話 気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い

 □【水術師】シャボン

 

 ただいま絶賛逃亡中。

 

 走りながらリーちゃんに話を聞くと、“金食い虫”とは、正式名称を【マネー・イフェメラ】といって、とんぼっぽい見た目の気持ち悪い奴だ。

 

「普通は水棲の幼体の時に大河の生物に食べられるか餓死するんだけど、たまーに成体になって陸に上がってくるんだよね」

 

 あれ? 元お友達じゃん。

 

「で、その成体ってのがまた厄介で、幼体の頃から餓死しないように色んなものを食べてきたから、凄い悪食に育つのね」

 

 なるほど。好き嫌いはしないと。

 

「だけど、どんな個体でも共通して“高価なもの”が好きなの。それは食べ物だけに拘らずに、アイテムやお金、果ては金持ちの商人なんかも好んで食べるの」

 

 おぉ、それはとても恐ろしい。

 

 ……それにしても……はぁ。疲れた。

 

「だから、“金食い虫”から逃れるためには自らの持つ高価なものを全て捨ててから逃げないと行けないんだけど……」

「はぁ……だけど?」

「私は自分の符を捨てられない」

 

 ……あー、符って高いもんね。

 

 話によると、リーちゃんは服の至る所に符を仕込んでいて、さらにアイテムボックスにも何百枚と符を入れているらしい。確かにそれは捨てられないね。

 全部捨てたらそれこそ全裸になるし、帰りにモンスターに襲われて終わりだよね。

 

「ということで、本当にやばくなるまで逃げるよ」

 

 リーちゃんは自分が被っていた中華帽を外し、地面に叩きつける。

 すると、帽子は衝撃でバラバラと崩れ、何十枚もの符へと変わった。

 

「──《幽幻誘花》」

 

 符は壁となって“金食い虫”と私達とを隔てた。

 そして、“金食い虫”がその壁を突き破ると、そのまま私達が逃げた方向とは反対の方向を飛んでいった。

 

「ふー、とりあえず巻けたかな。でも一時だけだから、また逃げるよ」

「えー、疲れたー。そのままどっかに行ってくれないの?」

「今の符は相手に私達の幻を見せるもの何だけど、【マネー・イフェメラ】には《価値感知》っていう金銭的価値を察知するスキルがあるから私程度の符じゃすぐに気づかれるの」

「じゃあ、さっきのモンスターをいつの間にか倒してたやつは使えないの?」

「ああ、《精神破壊》の符ね。あれは相手の頭部、正確には脳の近くに当てないと効果がないのよね。すばしっこいうえに危機を察知して避けるから符が当たらない」

「なるほど」

 

 攻撃は当たらない。しかも逃げたとしても、たどり着くのは街、被害は増えるのみ。

 まさに絶対絶命の状態かー。

 

 ……しょーがないなー。

 

「──じゃあ、わたしが囮になるよ」

「……何言ってるの」

「符が当たりさえすれば倒せるんでしょ?」

「それは、そうだけど……でも」

「大丈夫、わたしは死んでも生き返るらしいし、それに──」

 

 わたしはリーちゃんの目を真っ直ぐに見据える。

 

「死は怖くないよ。全て流転する万物のお水に戻るだけだから」

 

 そのわたしの言葉に、リーちゃんは少しだけ笑って、かつてと同じ言葉を紡いだ。

 

「……シャボンは本当に水好きネー」

「うん、大好きだよ! お水は私の生命の源だからね!」

 

 ──わたし達の反撃が始まる。

 

 ◇

 

「お水様の質量に潰れろー! 《水源同地》!」

 

 “金食い虫”が戻ってくる。リーちゃんからアイテムボックスを受け取っているので、わたしへと一直線に向かってくる。

 わたしは【水術師】のスキルを使い、【オケアノス】を高く持ち上げる。そして“金食い虫”へと向けて重力に任せるままに落とした。

 

 当然、避けられるけど、そっちには符を構えた“リーちゃん”が待っている。

 

 突然現れた“リーちゃん”に驚いた表情(?)を見せた“金食い虫”は、しかしそのAGIにて素早く背後に回り込むと、その臼のような歯で噛み砕こうと口腔を大きく開ける。

 

 そこで、“リーちゃん”の姿は掻き消えた(・・・・・)

 

「えっへへー、残念! それは《囮》でした! ばーかばーか!」

 

 わたしの陳腐な挑発に反応し、怒りをあらわにした“金食い虫”は、一直線にこちらへと向かおうとする。

 

 だけど、もう遅い。

 もう囲んだから。

 

 “金食い虫”の周りには一縷の隙間もなく大量のお水が浮かんでいた。

 

「纏まれ! 《水牢》!」

 

 そしてお水は徐々に“金食い虫”に近づいてゆき、やがて包み込んだ。

 

 幼体の頃ならいざ知らず、今の“金食い虫”にはその翅で水中をもがく事しか出来なかった。

 

「お水での生き方を忘れちゃったのかなー? 可哀想に」

 

 “金食い虫”は気門からゴボゴボと空気を吐き出しながら、徐々に前へ前へと進んでいく。

 わたしは《水牢》が途切れないように【MP回復ポーション】を頭から被りながら、それをじっと見つめていた。

 ……ん? いや、飲まないよ。お水じゃないし。

 

 やがて、“金食い虫”が《水牢》から頭を出す。

 

「──今だっ!!」

 

 お水から抜け出しわたしへと迫る“金食い虫”。だけど、そんな“金食い虫”に無数の符が飛来する。

 

 勢いがつき、バックが出来ない“金食い虫”は、たまらず上空へと逃げるが、そこには移動させた《水牢》があり、“金食い虫”はそれに思いっきり突っ込むことになった。

 

 その間に、符は《水牢》ごと“金食い虫”を囲み、渦を形成した。

 

「──《蜃龍》!」

 

 わたしが《水牢》を解除して【オケアノス】を紋章に戻すと、リーちゃんが放った符達は、“金食い虫”へと一直線に迫り、そして貼り付き、その精神を崩壊させた。

 

「よし!」

 

 やった! 当たった!

 

 “金食い虫”は少しの間ビクンビクンとのたうち回っていたが、やがてそれも終わりを告げた。

 “金食い虫”、というか【マネー・イフェメラ】がゆっくりと消えてゆき、代わりに経験値が入ってくる。

 

「いやー、疲れたネ」

「そうだねー。お水飲む?」

「あ、ありがと。はぁー、結構符使ったアルねー。補充がめんどくさ──」

 

 わたしがアイテムボックスからお水入り瓢箪を渡そうとしたその時。

 消えていく【マネー・イフェメラ】の中。その体内から“何か”が飛び出し、わたしを突き飛ばした。ヌルっとした感触に鳥肌が立つ。

 

「きゃっ!」

 

 その“何か”は酷く醜悪だった。大きな目玉に口、そして脳。それらが全て神経の様なもので繋がれ、それ以外のものは何一つ無かった。

 それはパーツを極限まで削ぎ落とした大きな人の顔のようだった。

 

「リーちゃん! それヤバい! 逃げて!」

 

 気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い!! あれ絶対ヤバいやつだよ! リーちゃんが危ない!

 

「ひっ……」

 

 そのあまりのおぞましさに足がすくんでしまったらしく、リーちゃんはその場から動くことが出来ない。そして、かく言うわたしも【恐怖】でその場から動くことが出来なかった。

 

 顔はリーちゃんへと迫っていく。

 

「や、やめろぉ! リーちゃんに触れるな!!」

 

 わたしの叫びに耳を傾けることなく、顔はリーちゃんに近づき、その大きな口を開ける。

 

 このままじゃリーちゃんが! どうしよう。

 

 ──破裂音。

 

 突然の音にびっくりして耳を塞ぐ。

 

 顔はリーちゃんへたどり着く事無く爆散した。脳漿が辺りに飛び散って気持ち悪い。

 唖然とその場を見ると、どうやら自爆したのではなく、遠くから伸びて来た長い手が気持ち悪い顔の脳の部分を握り潰したらしい。

 手の伸びて来た方向を向いてみると、青白い肌に符を貼り付け、中華帽を被った身長4メートル程の怪物が立っていた。

 

「おイ、この辺の山は大将がいるからあんま近寄らねーほうがいいゾ……ってなんだこレ。死ぬほどきめエ」

 

 辺りには爆散した脳漿や眼球が散らばり、それをモロに被ってしまったリーちゃんは恐怖が限界を超えてしまい、気絶している。

 

「……ああ、なんダ、そノ。スマン」

「えへへ……」

 

 ……すごく気まずい。

 

 ◇

 

「助けて頂き、本当にありがとうございます!」

「ありがとうございます!」

 

 少女と気まずい時間を過ごしながら、リーちゃんの顔を拭いたり脳漿が見えない所に移動させたりしていると、リーちゃんが【気絶】から抜け出したようで、起き抜け一番に頭を下げた。

 突然でびっくりしたけど、わたしもお礼をしていなかったので、便乗した。

 

「通りかかりに見かけただけだシ、別に構わねーヨ」

 

 少女はすぐに顔を上げさせると、再び礼をしようとするリーちゃんを、手で制した。

 長い。

 

「あ、そうだ。わたしはシャボン、【水術師】だよ! あなたは?」

 

 わたしの言葉に、リーちゃんは慌ててこちらを向く。

 

「ちょ、シャボン! 知らないの!?」

「え、何を?」

「クク、俺は迅羽(じんう)。【尸解仙】ダ」

 

 しかいせん? なんじゃそりゃ。

 まあ、凄そうだということは分かった。

 

「じゃあ、俺はもう行くからナ」

「あ、ちょっと待って、これあげるよ」

 

 わたしはいつの間にか食べられていたのか、【マネー・イフェメラ】からドロップした【金塊】を取り出す。

 

「最終的に迅羽ちゃんがいないとわたし達はやばかったので、これは迅羽ちゃんが貰うべきだと思います!」

 

 隣を見ると、リーちゃんもうんうんと頷いている。

 

「あア? 別にいらねーからお前らにやるヨ」

「え、いいの?」

「いいっテ。重いし運ぶのめんどいシ」

 

 迅羽ちゃんはいらないと手で示した。別にアイテムボックスに入れればいいと思うけど、要するに本当にいらないってことかな。

 

 いいのか、いいならいいか。もらっとこ。

 

「ありがとう。じゃーねー!」

「それ以上深くには行くなヨ。危ねぇかラ」

 

 迅羽ちゃんは長い足を器用に使って去っていった。

 

「……シャボンって、本当に怖いもの知らずだよネ」

「何が?」

 

 後で聞いた話によると、迅羽ちゃんはこの黄河帝国の決闘二位という物凄い人物らしい。

 ひぇー。

 

 




次話で序章終わり。水樹はあくまでも普通の人なので、大物との血湧き肉躍る戦闘とかは無く、周りに助けてもらって普通に終了しました。
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