夏休みの後半っていったら、家族で鎌倉の祖母の家へ……。分かる人いるかなぁ?
青い海、白い砂浜、吹き抜ける風が潮の匂いを運んでくる。目の前を走るは――
「お兄ちゃん! 早く~!」
海に来たことで何割増しかでテンションが上がっている妹。
そして、俺の手には、ビーチパラソルとレジャーシート、肩にはクーラーボックスとその他荷物。
空から照りつける太陽と、砂浜。ダブルの熱さに加え、砂に足を取られ、歩きにくいことに苛立ちをおぼえる。
もっとも、苛立ったところで何かが変わるわけでもないのだが……。
「どうしてこうなった」
俺の呟きは蝉の合唱にかき消された。
~~昨夜~~
「未希、なんだって?」
電話を切ったのを確認して、おじさんが尋ねる。緊急事態だと思ったのだろう。
「ん~……分かんない。なるべく早く帰ってこいってだけ……」
「緊急事態ではないみたいだな」
「一応、母さんに連絡してみるか」
プロデューサーさんに断りを入れてから電話をかける。俺から連絡が入ると予想していたのかすぐに出た。
「もしもし、母さん。なにかあったの?」
『夏休みも半分終わったのに、お兄ちゃんが帰ってこない~って騒いでるのよ』
あぁ、そういえば、前に来たときにそんなこと言ったような言ってなかったような……。
「お、お盆には帰るから……」
『それだと海で遊べないじゃん!』
『とのことよ』
スピーカーホンにしてたのね……。
「分かった。とりあえず近々帰るようにするよ」
『帰る時には連絡してね』
「分かった。じゃあ、お休み~」
「何かあったのか?」
電話を切ったことを切ってから、おじさんが尋ねる。なにかあったのか心配なのだろう。
「いや、俺が帰ってこないから未希が騒いでるだけだとさ。なんでも海であそびたいとかなんとか」
「帰ればいいじゃないか」
サラッと言いますねえ。その分あなたが大変になるんですけどね。
「まぁ、そんなに長く帰られたら困るけど、2泊3日ぐらいなら大丈夫じゃないか? 家族サービスだよ。家族サービス」
「まだそんな年でもないんだけどなぁ」
「まぁまぁ、親孝行、したいときに親はなし……はちょっと違うか。マスターさんも言ってくれてるわけだし、顔を見せてくるのもいいんじゃないかな?」
俺の呟きにプロデューサーさんがなだめる。
「プロデューサーさんはご実家には?」
「うーん。自分の実家にはなかなか帰れてないなぁ。アイドルのご実家には報告のために何度か伺っているけど……」
五十嵐さんは鳥取、小日向さんは熊本……島村さんは都内だっけ?
「優也。俺、今からでもプロデューサーになろうと思う」
「あなたは喫茶店のマスターって仕事があるでしょ」
――小学生の将来の夢じゃないんだから、そう簡単に転職を考えないでください。
「おめでとう、お前をcloverの2代目店長に任命する」
「バカ言ってんじゃないよ。免許持ってないから営業出来ないし」
「それに日本各地に行けると言えば聞こえはいいですが、営業と保護者への報告、イベントに追われて観光どころじゃありませんし、休みも不定期です」
プロデューサーさんからの援護射撃を得たことで、おじさんにトドメを刺しに行く。
「そもそも、姐さんをどう説得するの?」
「やはり、俺にはマスターしかないな」
腕を組み、ウンウン頷くおじさん。
姐さんには頭が上がらないからね。
「それはそれとして……。明日にでも帰ってやれよ」
「まぁ、おじさんが言うなら……」
~~数時間前~~
「明日とは言ったが、朝一とは言っていない」
腕を組みふんぞり返るマスター。顔には満面の笑み。
――殴りたい。その笑顔」
「心の声、漏れてるぞ?」
「はっはっはっ」
誤魔化すように笑いながらランチタイムの準備をする。
「カレーって良いよね。四季通して食べられるし、具材変えればバリエーションはいくつでもあるし。シーフードと夏野菜、どっちにします?」
「ドライカレーって手もあるよな? 玉子で包んでオムカレーって手もある」
「それとサラダで」
「それでいこう」
今日のランチは無事にカレー祭りに決まった。
「とりあえず、食材は足りますかね?」
洗い物を終え、冷蔵庫内の食材の確認をする。
「とりあえず、暑いからアイスは欠かさないようにして置けば大丈夫かな?」
「まぁ、無かったら買っとくわ。今日はこんくらいでいいぞ」
「じゃあ、明後日のディナーに間に合うように帰ってきますので」
「はいよー……おっと、電話だ。はい、cloverでございます。……えっ? 本当ですか?」
――? まぁいいか。
準備していた荷物を持って店を出た。
『今から帰るよ』
電話入れるほどでもないと思い、ラインを入れる。
ブブッ
『(渋谷凛の了解スタンプ)』
「ブフォッ!?」
こんなスタンプあったんだ、と思ったのと同時に母がこのスタンプを使っているということに衝撃を受けた。
「さて、残高あったかなぁ……」
スマホをしまい、S○icaを取り出す。今日は時間あるからいいけど、無いときだと急いで乗っちゃって、改札で引っかかったりするんだよな。
チャージを終えて、いざホームへ!
電車に乗って数分、バイトの疲れが出たのだろう。電車の揺れのせいで眠くなってきた。
目的地が終点じゃないので今寝てしまったら、起きられる保証が全くない。
――何とか眠気を覚まさないと……そうだ!音楽を聞こう!
スマホにイヤホンを差し、耳につけて音楽をかける。心地よい歌声が――
「ハッ!」
目が覚めた、というか、結局寝てた。よく考えたら、スマホに藍子さんの曲しか入ってないじゃん!
――むしろ逆効果だよ。今、どのあたりだろう?
乗車口の電光掲示板を確認しようとして、目の前にご老人が立っていたのに気がついた。
「す、すみません! どうぞ」
と慌てながら立ち上がる。
「疲れとるんじゃろう? 構わんよ」
「いえ、次の駅で降りますので……」
「そうかい? じゃあ遠慮なく」
そう言ってご老人が座ったのを確認して入り口の方へ移動する。
さて、ご老人にああ言った手前、次の駅で降りなきゃいけない。
まぁ、老眼で見えないということもあるだろうけれど、ご老人の目的地も分からない。
駅によっては俺の目的地の手前で降りるかもしれない。そうなった場合、自分に席を譲ったはずの人間がまだ居る。自分に気を遣ったのではないか……。と考えてしまうかもしれない。まぁ、考えすぎだろうが。
さあ、次の駅ははたして――
「おーす、春先ぶりだな」
「あ、お兄ちゃん! お帰りなさい」
改札をゆっくり抜けると、未希が待っていた。
「お兄ちゃん、改札抜けるときは本当にゆっくりだよね」
「なんもかんも改札機が悪い」
前に急いでいたので駆け込みながらS○icaをかざしたところ、うまく認証しなかった。ついでに改札が閉まる前に通り抜けてしまい、必死に手を伸ばしてかざしたことがあった。そんな経験があって、いまだにかざす際は慎重になってしまうのだ。
「そんなことより海行こ!」
「まず、荷物を置いてきたいんだけど……」
ついでにひと眠りしたいって言ったら怒られるよな。
「じゃあ、ダッシュだよ! ダッシュ!」
「バイトあがりに坂道ダッシュとか地獄なんですけど!?」
「口答えしない! はい、ダッシュ!」
言うが早いか未希はダッシュで行ってしまった。
「若いっていいなぁ~」
10歳の体力を羨む17歳の姿がそこにあった。
「たっだいま~」
「おかえりなさーい。暑かったでしょう?」
帰宅を出迎えてくれた母と――
「お兄ちゃん! おーそーいー」
ジュースを飲みながらこちらを責める妹。
「いや、お前手ぶら、俺荷物あり。オーケー?」
「お母さ~ん。クーラーボックスとかパラソルはぁ?」
――聞いちゃいねぇ~!
「準備してあるわよ」
「よし、お兄ちゃん、海へゴーだよ!」
「せめて荷物の片づけさせてください。おみやげもあるし」
「おみやげ!? 何!?」
――食いつきいいねぇ~。
「こないだのライブの戦利品……。だっけかな?」
「ふーん……ライブ行ったんだ」
「あ」
「先に行ってるから荷物よろしくね」
またもダッシュして行った……手ぶらで。
玄関には残されたクーラーボックスとレジャーシートとパラソル……。
「優也。悪いんだけどお願い出来る?」
「はいよー」
――ま、まずは海パン準備するか。
行ってから着替えると待たせることになりそうだから履いていくことにする。替えの下着は忘れない。
母さん? 戻ってきたら荷物増えてますよ?
「これ、浮き輪と空気入れとバナナボートね?」
浮き輪と空気入れは分かる。バナナボートだと?あんなの2人でどう楽しめと……いや、バナナボートはバナナボートでも、きっと食べる方のやつに違いない。つまりおやつだ。明らかに黄色いビニール製のなにかがあるけど、おやつのバナナボートなんだよな。
「はぁ、行ってきます」
現実逃避していても仕方がない。かなりの重装備をして海へ向かうのだった。
「つ、疲れた~」
空いている場所を見つけ、レジャーシートを敷いて、パラソルを設置する。
「お兄ちゃん、お疲れさま」
地獄の沙汰で天使の笑顔を見たと思ったら妹だった。
でも、その地獄の沙汰の元凶も妹なので、プラマイ0である。
「さ、泳ごう?」
「お前、水着は?」
「ふっふっふ~」
不敵に笑い、服に手をかける未希。
「ば、おま、ちゃんと更衣室で……」
「ちゃんと下に着てるよ~。何想像してんの?」
少しイラッときたのでチョップしてやった。
「いった~。何すんの?」
「自業自得だ」
涙目での訴えをバッサリ切り捨てる。
ふと、気になったことがあるので尋ねる。
「お前、替えの下着は持ってきたんだよな?」
俺の声にピシッと固まる未希。
――あれ? 未希さん? おーい。
「どどどどどうしよう!?」
頭を抱えてしゃがみ込んでしまった。
思わずため息が出る。
「母さんが荷物の中に入れてくれたから」
「さすがお母様!」
切り替え早いなぁ~。
「ところで、お前の友達って来るのか?」
「え? 来ないよ?」
「え?」
「え?」
じゃあ、このクーラーボックスとバナナボートはなんなのさ……。
「ねぇ、泳ごうよ~」
「いや、荷物とか見ておかないといけないから」
「え~、それは困るよ」
「本当です、困りました!」
「そんなこと言ったって、盗まれたら大事……ん?」
「え?」
ふと見ると、茶髪の小柄な女の子がいた。
――誰? でも、この子見たことある気が……
「あ、茜ちゃん!?」
あぁ~。そうだそうだ……って
「なんでいるんですか!?」
ごく自然にいたからびっくりした。
「それがですね! 今日はこちらでイベントがあったんですが! イベントが終わって自由時間になったんですが! はぐれてしまいまして!」
――うん、物事をしっかり伝えるのって大事だよね。耳痛ぇ……
「それで……連れの方はどんな方ですか?」
「同じアイドルの子と! プロデューサーさんです!」
――さすがにアイドルは待機させてプロデューサーさんが探してるんだろうな。
「プロデューサーさんの見た目とか教えてもらっていいですか?」
「ちょ、ちょっと待って!」
ここで未希が再起動した。
「なんでアイドルと平然と話せるの!?」
「いつものことだから」
「いつものこと!?」
「店の常連さんがアイドルというか、アイドルが常連さんというか……」
「もしかして! 喫茶店のお兄さんですか!?」
――アイドルの間で『喫茶店のお兄さん』で通っているのか……プロデューサーさん達も言ってたし
「では、改めてプロデューサーさんの見た目は?」
「クマみたいな方ですかね!」
クマ……大きくて、体格のいい優しげな人だろうか……。
ところで――
「日野さん」
「なんでしょう!?」
「近いです」
――なんでこの子は話しながらズイズイ近づいて来るの? 声が大きいから近付いてくる必要はないし、なにより……スタイルいいのよね、この子。しかも水着だし……。
「何でですか!?」ズイッ
――無自覚か!? しかもいい匂いするぅ~……じゃなくて!
「む、胸が当たりそうなんです!」
―――――
見る見るうちに日野さんの顔は赤くなっていき、未希の目は冷たくなっていった。
「はわわわ!」
日野さんが離れ、未希との心の距離も離れた。
最終的に日野さんの顔はトマトのように赤くなり、未希の目はゴミを見るような目に変わっていた。
――とりあえず、これで安s
グイッ
「へっ?」
急に肩を掴まれた。振り返ると――
「うちの日野に何か御用ですか?」
――日野さん……これ、クマはクマでも、ツキノワグマですやん。
『クマと遭ったら前を向いて逃げるか、距離が近かったら戦ってください』
テレビでクマと格闘した男性のコメントを思い出した。
『自分の首を守りながら、相手の鼻先を殴るといいです』
出来る気しないけど、やるしかないですかね。
まずは、肩を掴んでる手を振り払って……振り払えないんですけど!?
『脳筋』
『ゴリラ』
――クマじゃなく、ゴリラでしたね……。まずは誤解を
「プロデューサーさん?」
「茜ちんいた?」
「え?」
「え?」
聞き覚えのある声だと思ったら、本田さんと藍子さんが居た。
「何でかっしーがいるの?」
「えっ? 何? この人と知り合いなの?」
プロデューサーさんが尋ねる。
そんな中、藍子さんが現状を確認するように俺を見て、俺の肩を掴んでるプロデューサーさんを見て、顔を赤くしている日野さんを見て、微笑んだ。
『説明してくださいね?』
という意味をこめたであろう笑みは、女神のように美しく、氷の魔女のように冷たく、恐ろしかった。
フェス限、今回は蘭子でしたね。
案の定引けませんでした。