今回はヒロイン視点となります。
では、どうぞ
今日は優也くんが修学旅行から戻って来る日。
駅に着くのは夕方ごろって言ってたけど、私は朝からそのことで頭がいっぱいだった。。
私の地方ロケとか舞台の巡業とかで2、3日どころか1週間以上会わないことも結構あった。それでも、cloverに行けばいつも優也くんが笑顔で迎えてくれた。
それが今回はいつもと逆の立場。
1日目の夜は『疲れたかな?』と思って私から連絡しなかった。
結局、連絡は無くて朝から気持ちが沈んでしまった。
優也くんなら連絡くれるかなと心のどこかで期待していただけに肩すかしをくらったようだった。
未央ちゃんに相談したら、同じタイミングで奈緒ちゃんも修学旅行で京都に行ってるって聞いたし、そのあとで卯月ちゃんが優也くんと電話で話したとも言っていて、私は何とも言えない気持ちになった。
それでも昨日の夜、ラインが来てたみたいで少し気持ちが晴れた。
『来てたみたい』というのは、連絡しようか悩んでたら寝てしまって、今朝起きたら連絡が入っていた時には、嬉しいのとなんで寝ちゃったんだろうという後悔の気持ちがぐちゃぐちゃになっていた。
内容自体はシンプルなもので、昨日の出来事と、今日の夕方ごろに帰ってくること、一昨年連絡出来なかったことへの謝罪だった。
彼らしいとは思いながらも、クリスマスの朝に枕もとにプレゼントを見つけた子どものように嬉しかった。
※
「お、あーちゃん。良いことあった?」
「え、分かります?」
「だって、顔に出てるよ?」
「えっ!? 嘘!?」
未央ちゃんに指摘されて、顔に触れると、未央ちゃんがこちらを見てニヤニヤと――
「未央ちゃん!」
担がれたことに気づいた。
「まぁ、顔に出て無くても雰囲気がそんな感じだしねぇ」
ほらごらんよ、と未央ちゃんに言われて周りを見渡すと、ちひろさんを含め、何人かの温かい視線が――
「そんなに分かりやすいですか?」
「うん、いつもよりゆるふわ感が増してるかなぁ」
「大体1.8倍(当社比)ですね」
「うぅ~」
恥ずかしくて顔が赤くなるのが分かった。無駄だと分かっていても、両手で扇いでしまう。
というか、どうやって数値を割り出しているんだろう?
「あれ? 今日修学旅行から帰ってくるんだったっけ?」
さすがに公には出来ないので、少し濁した言い方をする未央ちゃん。
「はい、夕方頃に帰ってくるみたいですね」
「なるほどなるほど。じゃあ、未央ちゃんがそれまでの時間つぶしにつきあいましょう!」
「あ、そういうわけじゃ……」
「1人でいてもやきもきして、時間が長く感じちゃうもんね」
うんうんと頷く未央ちゃん。
「じゃあ、どこかにでも――」
「あれ? 未央ちゃん。レッスンあるんじゃないでしたっけ?」
事務仕事をこなしながらちひろさんが告げる。
「うぇっ!? そういえば今日はレッ……スン……!?」
未央ちゃんの顔が徐々に青ざめ、目が虚ろになり、ガクガク震え、あわあわ言いだした。
「未央ちゃん?」
「ヤバい! 今日マストレさんのレッスンだった!!」
――あぁ。なるほど。とりあえず体調不良じゃないようで安心しました……むしろこれから体調不良になりそうですが――
涙目……というか泣きながら大慌てで準備する未央ちゃん。
「ヤバいよ……遅れたらどうなるか……あーちゃん、ごめんね! また今度!!」
叫ぶように一言残して未央ちゃんは事務所のドアを開けて――
「未央ちゃん! 廊下は走らない!」
「ごめんなさーい!!!」
怒られてるね。
さて、私はどうしようかな……
※
「あ、藍子ちゃん。いらっしゃいませ~」
「こんにちは、菜々ちゃん」
来たのは、346プロダクション内にあるカフェ。
出迎えてくれたのは、ここでアルバイトをしている安部菜々ちゃん。
アイドルもしているのにここでアルバイトもしているスゴい人。でも、学校には行けているのかな?
「今日はおひとりですか~?」
「はい。ちょっと時間を持て余しちゃいまして」
あははと苦笑いで返す。
「菜々、もうすぐ上がりなんですけど、お昼一緒にどうですか?」
思ってもみない提案に断る理由は無かった。
「喜んで」
「本当ですか!? よ~し、菜々頑張っちゃいますよ~!」
よほど嬉しかったのかさらにやる気をだす菜々ちゃん。
「あぁ~べぇ~ぃ、腰痛めんなぁ~よぉ~」
独特なしゃべり方で菜々ちゃんに注意を促すマスターさん。
「腰なんて痛めませんよ! 菜々はナウなJKですから!」
「このぉあいだぁ~、痛めたぁだるぉ~」
――ナウなJK……そもそもこの間痛めたんですね……。季節の変わり目ですし――
「大丈夫です! 今日はウサミンパワーに加え、藍子ちゃんのゆるふわパワーもありますから、元気100倍です!」
「それはぁ~、すごいぃ~なぁ~。おじさんにもちょいっとかけてはぁ~くれないかぁ~なぁ~?」
ゆるふわパワーとはなんだろう。少なくとも私にそんなすごい力はない。
私はごまかすべく苦笑いした。
「お待たせしました!」
ウェイトレス姿からパーカーにプリーツスカート、ピンクのニーソックスという装いに着替えた菜々ちゃんが反対側の席に座った。
「藍子ちゃんは何を飲んでるんですか?」
「ミルクティーです」
コーヒーはちょっと苦手なんですよね、と笑う。
コーヒーを飲めるようになったら大人っていう風潮がどこかであるけど、それで言ったら私はまだ子どもだなぁ。
「菜々も何か頼みましょうかね~」
うーん、と顎に指を当てる菜々ちゃん。
「あぁ~べぇ~ぃ、お前さんもぉ~頼むのか~ぁ~?」
「ダメですか?」
「地獄ぅ~のよぉ~に濃いくぉ~ひぃ~とぉ~ピーナツ和えしかぁ~でないぞぉ~?」
「ちょっ! なんでそのピンポイントでしか出ないんですか!? そもそも菜々はウサミン星出身ですから!!」
「じょ~うだんだぁ~」
店長さんの冗談に噛みつく勢いの菜々ちゃん。
私はサンドイッチ、菜々ちゃんはオムライスとカフェラテを注文する。
その光景を見ていると、行きつけの喫茶店のマスターさんと愛しの彼の言い争っている光景と重なる。
と、カフェラテを持ってきた店長さんが一言――
「オムライスぅはいいがぁ~、もえもえ~きゅんってぇ~のはぁ~、やらないぞぉ~」
「そこまではいりませんよ!!」
この店長がやると『も″え″も″え″ぇ~、ズッキュ~ン!!』って感じかな?
「それで、藍子ちゃんのご用事ってなんですか? あ、差し支えなければでいいんで教えていただけたらなぁって」
ぶんぶんと両手を前に出して振る菜々ちゃん。
話していいのやら……
「あ、あ~、どこぞのぉ~ウサギがオムライスぅ~食べたいって言うからぁ~換気扇の下でぇ~作業しなくちゃならぁ~ん。なぁんにも、聞こえないなぁ~」
大声で独り言……なのかな? を言いながら作業する店長さん。
「ふふっ。あんな見た目と声なのに、気遣いがしっかり出来るんですよ。不器用ですけどね」
ウインクしながら菜々ちゃんが教えてくれる。
「あぁ~べぇ~ぃ。特別にぃ~、特別にぃ~ぃ~ケチャップじゃなくてぇ~、チリソースぅ~にしてやるぅ~」
「聞こえているんじゃないですか!? あと、その特別は遠慮します!! 切実に!」
どうやらまだ換気扇を回す前だったようで、菜々ちゃんの言ったことがしっかりと耳に入っていたみたい。
チリソースは特別なのかどうなのか分からないところだけれど、照れ隠し、なのかな。
菜々ちゃんの抗議を換気扇を回すことで厨房内の空気とともに外に出したようで、店長さんは調理に取りかかっていた。
一応店内を見渡し、他の人がいないことを確認する。
「えっと、内緒にしてくださいね?」
テーブルに伏せるような低姿勢で右手を口元にあてて、小声で菜々ちゃんにお願いする。
あ、菜々ちゃんのリボンがウサギの耳みたいにピーン! て立った気がする。心なしか目がキラキラしてるし。
「今日……高校の先輩が修学旅行から戻ってくるんです」
さすがに『彼氏』と堂々と言うのは気が引けて――と言っても、それなりの人が知っていることだけど――『高校の先輩』ということで濁した。
「なるほど、藍子ちゃんの思い人ですね」
うんうんと頷く菜々ちゃん。
あっさりバレてるね。やっぱり分かりやすいかな?
「恋は人を変えるって言いますしね。最近の藍子ちゃんの変わり様はこれだったんですね~」
「そ、そんなに変わりましたか?」
「それはもう、演技とか歌声に色気が出たとか、慈愛を感じたとかという報告が寄せられるほどには!」
「うぅ~」
面と向かって言われると恥ずかしい。顔が熱を帯びていくのが分かる。今日は照れてばっかりだ。
ごまかすようにミルクティーを一口。
「菜々からしたら、最近の藍子ちゃんはどこか寂し気に見えたんですけどね」
何かあったんですか? と真剣な眼差しを向ける菜々ちゃん。そこに先ほどのような興味本位な姿勢はなく、純粋に心配してくれているのが分かる。
少し愚痴になってしまいますが、と前置きをして菜々ちゃんに今の気持ちを吐き出した。修学旅行の初日の夜に連絡が来なかったことでの寂しさ、卯月ちゃんとは長電話していたという嫉妬、奈緒ちゃんと一緒に行動しているのではないかという不安と焦りと、うらやましさ。
説明にすらならず、思ったことをただただぶちまけるだけになっていた。
それでも菜々ちゃんはいやな顔1つせず聞いてくれた。
と、不意に菜々ちゃんが席を立った。
――あぁ、ここまで一方的に話しちゃって、呆れられちゃったかな――
怒って帰るのかと思ったら、私の隣に座り、
「藍子ちゃんは彼のことが本当に好きなんですね」
柔らかさを感じたと思ったら、菜々ちゃんに抱きしめられ、頭を撫でられていた。
「でも、藍子ちゃんが大好きな彼は藍子ちゃんをないがしろにしてどこかに――誰かのところに行っちゃう人ですか?」
責めるわけではない、諭しながらも確認するかのような声色。安心感を与えてくれると同時に核心をつく質問をしてくる。
――あなたが好きな人は信頼のおけない、最低な人なのかと――
「そんなことはないです!」
彼は、自分をアイドルとしてではなく、普通の女の子として見てくれた。
無理なお願いでも仕方ないなぁと笑いながらも受け入れてくれた。いつでも笑顔で迎えてくれるそんな彼。
「それを聞いて安心しました」
私の頭を撫でながら微笑む菜々ちゃん。
「藍子ちゃん。こんな時に言うことではないんですけど、『男は船、女は港』と言う言葉があるんです」
急に真剣な顔で話し出す。
「本当は浮気のことを言っているらしいんですけど、菜々は別な解釈をしているんです」
――え、浮気!?――
「あ、彼がそういう子ってわけではないんですよ!?
菜々の解釈としては、男の人って、社会とか自分のプライドとかと戦っているんです。
そんな人たちを周りを気にすることなく安心させてあげられる港。菜々はそんな港になりたいんです」
――菜々ちゃん――
「菜々にとっての船はファンの皆さんなんですけどね」
私とあまり変わらないのに達観した人生観……すごいなぁ。
「しんみりしちゃいましたね。店長まだですかね」
と、語ってくれたからかのどを潤すためにカフェラテを一口――
「あ″っま″っ!」
「菜々ちゃん!?」
日頃菜々ちゃんから出ないような声が出た。
「どぉ~したぁ~? マッカンはぁ~、お気にぃ~召さなかったぁ~ぁ~かぁ~?」
料理を持ってきた店長さんがニヤリ。
「菜々が頼んだのはカフェラテです!!」
「安心しろぉ~。俺のぉ~ぁ奢りだぁ~」
うがぁーと怒りを露わにする菜々ちゃんをのらりくらりとかわす店長さん。
「それとぉ~、嬢ちゃあん」
「は、はい!?」
「何かあったらぁ~、その男ぉ、連れて来なぁ~。おじさんグァツンっと言ってぇ~やんよぉ~」
「あ、はい」
咄嗟のことに返事をすると、店長さんはニヤリと笑って奥に下がっていった。
「えっ、これ、チリソースじゃないですよね!?」
疑心暗鬼に陥る菜々ちゃんを残して。
※
菜々ちゃんと別れて、駅の改札で帰りを待つ。
――忠犬ハチ公みたいだなぁ――
ちなみにちゃんと変装している。伊達眼鏡に髪はサイドテール。ロングスカートにブラウスとカーディガンという文学少女風のスタイル。
さすがにバレないと思うけど……バレないよね?
東京駅で各自解散らしいので、同じ学校の人に見られることは無いと思う。
日が落ちるのが早くなり、それに伴い、気温も下がってくる。もうしばらくすると、外灯にも灯がともるだろう。
「優也くん、まだかなぁ」
心の中で何度口にしたか分からない言葉が口をついて出てくる。電車を何本か見送り、改札から出てくる人を見送って、意中の人を探す。
「あ」
ボストンバッグを持って、周りの人にぶつからないように、急いでいる人の邪魔をしないように気を遣いながら歩いてくる彼。
こちらに気づいた彼に向かって私は走り出していた。
彼は荷物を降ろし、両手を広げ――
「おかえりなさい」
「船と港ねぇ……」
彼に道すがら
「混雑時に抱きついたら危ないでしょう」
と、諭され、寒かったでしょうと心配され、困った笑顔を浮かべながら、彼の家に招かれた。
カフェラテをごちそうになりながら菜々ちゃんとのお話を彼に話した。
「そう考えたら、俺が港、藍子が船だと思うんだけどなぁ~」
――私が浮気をするってことですか!?――
不満げに頬を膨らませると、笑いながら違う違うと否定する優也くん。
「藍子は世間の荒波や芸能界の荒波にもまれてくるわけだから、俺の前では普通の女の子でいて欲しいなぁってことだよ」
あぁ、そっちですか。
「ご心配なく。私は優也くんの元に帰ってきますから」
「お、おう」
「と、言うわけで今夜も停泊してかまいませんよね?」
「好きにして」
優也くんは困った笑顔で言った。