学校と怪談と人。   作:蒼書生

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※呼子桜


第三夜

 桜の木を見上げながら、あの時のことを思い出す。とても悲しい、それでいて止めたかった後悔の話。

 桜と校舎の中間、指定された位置に立つ。筆とパレットを持って、キャンバスの前で溜息をする。

 

「先輩、後はよろしくお願いします。私が吊れば、完璧な構図になるのでちゃんと描いてくださいね」

「……君は後悔しないんだね。分かったよ、後は任せて」

 

 あの子は完璧を拘って、最後を託していった。それだけでも綺麗に描けているのに、その中に自分を描き入れてほしいと言って、首を吊る。それを見届けて、キャンバスにあの子を描き加えた。完成した絵を見て、その場に崩れて泣く。どうして、自分に全部を託していくんだろう。心にとても重く伸し掛かってくる。

 

「君は――とても自分勝手だよ。後始末をさせられる身にもなってほしい。この絵は学校のどこかに隠しておく」

 

 道具を持って、その場を離れた。美術室で片付けたあと、絵を持って去る。薄暗い夜の廊下を歩いて、絵をどこかの準備室に隠すと離れた。

 

「今日は満月の夜か……。さて、帰るとしよう」

 

 その三十分後に、何者かに階段から突き落とされ、血溜まりの中で倒れた姿を翌朝に発見された。

 

   *

 

「美しく咲いた桜の下で、ひとりぼっちの少女が呼んでいる。彼女の声は一体、何を訴えようとしているのでしょうか」

 

 そう呟く四ッ谷を僕は見ていた。その内容をしているだけに、心が締め付けられるような感覚がする。あの桜は、どれだけの時間を見てきたのだろうか。いや、もう僕には語る資格はない。あの子は生まれ変わって、どこかで生きていると思うから。

 

『あ、そろそろ来るなぁ。あの桜は血を、死体を吸っていない』

 

 ドアを強く開ける音がして、思考はそこで終わった。来ることは分かっている、だから話を聞くことにする。

 

「四ッ谷先パァイ、あだじの花見を助けでぐだざいぃぃ」

「――きれいな桜の木の下には――死体が埋まっている」

「(いきなり始まったー!!)」

「――28年前、この学校で一人の生徒が行方不明になり、一人の生徒が階段の下で倒れたまま、結局死亡とされる事件があった。当時13歳、美術部所属の早乙女頼子という少女だった。春のある日、いつものように夜桜のスケッチに出たまま、彼女は戻らなかった。噂では、何かの事件に巻き込まれ、あの桜の下深くに埋められたと言われる。だから、少女の養分を吸ったあの桜だけは一際美しいのだ――と。以来、あの桜は年々大きく美しくなっていく。桜の咲く季節はあの木に近づいてはいけない。ひとりぼっちの少女が仲間を欲しがっている――見て――見て――こっちを、見て」

「ぎーっ!?」

「うひょーっ!!」

 

 やっぱり、真は気持ちのいい悲鳴を出してくれるね。聞いていて、とても冷静になれる。

 

「あれっ。でも今の怪談、前に聞いた事があるような……」

「今の怪談は、昔とある”聞き手”のために俺が創った怪談だからな」

「昔の……”聞き手”……。なんだ……やっぱり、先輩の創作……。埋まっているとか、勘弁してくださいよ……」

「全部が創作とは言っていない。当時の記事だ」

「えっ。じゃあ、本当にあった事件!?」

「そして、今またあの桜に怪奇が起こっている……。”呼子桜”怪談の第二幕が出来るかもな。ヒヒヒッ」

 

 この流れは聞かれるんだろうね。あの時のことを。まあ、特に隠すことでもないからいいのだけれど。

 

「ということで、お前28年前の事、もっと調べて来い」

「えぇ〜」

「この前”必死こいてネタ探してしまフ”って言ってただろ」

「言ってませんよっ」

「――あの見事な桜の下で団子でも食べたら――さぞウマいんだろうな?」

 

 その衝撃を受けた顔は、女の子がしていいものじゃないよ。後ずさるのは分かるけど、口を大きく開くのはみっともない。

 しかし、花見が出来るようになると分かれば、急いで階段を駆け下りていった。

 

「単細胞ほど、操りやすいものはない。俺の足となって走り回れ、ヒヒヒッ。――さて狗塚、28年前の事件――全部知っているんだなァ?」

『そうだね、知っているよ。階段の下で死んだ生徒は僕だから。それで、何が聞きたい?』

「――早乙女頼子は、お前に何を頼んだ」

『あの子の描いた絵に自分の姿を描き加えてほしい。それで、この絵は完成すると。誰かが見つけていないなら、ずっと絵は残っているよ』

「なるほどな。なら、この学校に長くいる先生がいるか?」

『美術教員の田中先生が確か、30年くらいこの学校に勤めているはずだよ』

 

 僕はそう答えると、当時の服装に戻す。まだ春の季節で、ブレザー姿が主だったとはいえ、あの時はワイシャツ姿で描いた。最後の共作はあの子の自殺を以って、完成されたのはなんという皮肉だろう。

 色んな考えが頭の中を駆け回り、気付けば放課後になっている。ドアが開き、真が戻ってきたことで、一旦は質問も終わりとした。その後、話を聞いていると田中先生もあの子の甥も、完璧な構図に拘っていることを知る。

 

「なるほど、”完璧な構図”ね……。それと一年B組早乙女くんか。……類は友を呼んだか……? フヒヒッ」

「(ちょっと変だけど)ハツラツとした若者でしたよっ。あと怪談好きでしたっ」

『呼子桜の怪談。中々に良い話だね、あの子は訂正するかもしれないけど』

「? どういうことですか?」

『いえ、後々分かると思いますよ』

「よしっ、それじゃあお前、靴貸せ。外のな」

「え、スニーカーなんて一体何に――」

「”スニーカー”!? 女学生と言えば”ローファー”だろ、信じられない!!」

「そんなの、個人の自由ですよっ。てゆーか、女学生て!!」

「ちっ、ヒナノちゃんはローファーだな?」

「ええ……まあ……」

「じゃあ、ソレを借りて来い。その後は――ソレを”呼子桜”にセッティングだ!!」

 

 そう言って、四ッ谷は輪の付いたロープを真に渡す。よくある首吊りには定番の品物で、成人男性の重さでも耐えられるほどの強度を持った最高の一品。まあ、大体予想はつくけど。

 

「――俺は、やっぱり”餡こ派”だが、お前らは?」

「ご、胡麻ッスかねェェ」

『僕はみたらしです』

「『呼子桜』怪談。今回の聞き手が決まったぞ!」

「”今回”の?」

「28年の時を経て――早乙女頼子が目を覚ます――行くぞ、いざ」

「えええっ、ちょっと待って」

「新たな怪談を創りに」

 

 夕焼けを背景に、四ッ谷は立ち上がり足を進める。

 

   *

 

 満月が浮かぶ夜、桜の枝には首吊りのロープが垂れ下がっている。それはまるで、誰かを誘い込んでいるかのような場面だ。月に照らされた美しい桜に釣られて、首を吊るのを待っているような。

 そこに一人の男が寄ってきて、首を吊ろうとする。それを止めるように真は茂みから出てきて、体当たりをした。

 

「うわあああ!!? たたたた、田中先生っ。な、な、なんで、こんなっ、こんなっ」

「私は――”描く”という欲求のためにとんでもない過ちを犯した……。生徒の死をモデルに絵を描き、28年ものうのうと生きてきた」

「じゃあ、あの絵は……やっぱり早乙女頼子……!?」

「この桜はこんなにも立派で美しいのに……足りないんだよ……。だが彼女が首を吊った瞬間、それは完璧な構図になったんだ」

「そんなっ……本気でそんな事――」

「でも今になって、彼女が私を呼ぶんだ……。こっちを見てって――ひっ」

「!?」

「許してくれ……許してくれ……」

 

 真の背後に見える人影を見て、怯え始めた田中先生。それに驚き、振り向いた先には――

 あの子――早乙女頼子が立っている。しかし、僕は知っている。あれは、あの子ではないと。何故なら、よく似ているがあの子はもう死んでいる。それ故に、ここには出るはずがない。

 

「――見て、見て、こっちを見て」

 

 そう言うなり、桜から出てきた。風が吹いて、花びらが舞い散る。不思議な雰囲気となり、誰もが神妙となった。

 

「よっ、四ッ谷先輩!」

「なかなか良い、演出をするじゃあないか。早乙女くん」

「早乙女……くん!?」

「あーあ、もうチョットだったのに」

 

 あの子を騙り、あまつさえ愚弄するとは許せない。似ているからと、それを利用して悪いイタズラをするとは関心しない。僕は気付かれないように実体化した。

 

「見たんですよ、僕。入学してすぐに”あの絵”を。直感しました、先生が一人の生徒を犠牲にして”完璧な構図”を創ったのだと。そしてそれが――伯母であると」

「それじゃあ……田中先生への復讐!?」

「復讐!? まさか! 会った事もないヒトのためにそんな下らない事しません! 僕もね、描きたいんですよ。あの桜を! 完璧な構図で!!!」

「は……?」

「でも殺人というリスクは冒せない。だから先生自身にね、伯母と同じ様になってもらおうと思ったんですよ。女のコの死体より見栄えは悪いですけどね! ハハハッ」

「アンタ!! 自分が言っている事わかってんの!?」

「わかってるに「決まってんでショ」

 

 完璧な構図。それは絵を描く者には、誰でもありうる悩み。それを生み出すのに、自分の手を汚さず、他人を殺して得ようなどと。いずれ、同じように追い込んでやりたい。

 

「”完璧な構図”に魅せられた人間が、こう何人も居るとはね。さぁ、語ってあげましょう。あなたのための怪談を……」

 

 ――見て、見て、こっちを見て

 

「僕、知ってますよっ。まあ、さすがに信じてませんけど。だって桜の下には死体なんかなかったし、28年も経つと風化しちゃうんですかね」

「ほぅ……。じゃあ、ここを掘り直したのは君ですか」

「そう! 演出ですよ!! 28年前、確かに埋めたはずの死体が、今になって這い出して来たら怖いでしょ!? ねェ、田中先生!?」

「? 死体が……這い出す……?」

「先生が埋めた死体ですよ! 全部、僕の演出。先生に首を括ってもらうための! 完璧な、構図のための!!」

「君は何か勘違いしている。死体が埋められた? 田中先生の手によって?? 何を言っているんですか。彼女ならばまだ、そこに居るじゃあないですか。28年前、早乙女頼子が埋められた事実などない」

「何?」

「あれは僕の創作です。怪談を創るのが大好きなもので」

 

 そう言って、四ッ谷は28年前の新聞を地面に落とす。そこには、女子中学生自殺と見出しで書かれた記事。首を吊った状態で発見、遺書は見つからずと書かれている。四ッ谷の言う通り、埋められたわけではない。

 

「――”こっちを見て”。君と同じ絵が好きだった彼女は何を、見てほしかったのか。君なら、解る、はずですよね」

「まさか、そんな、自分で――!?」

「そう彼女は……自ら命を絶ったのです。完璧な構図を創るために」

「そんなバカな事が――」

「でも、せっかくの”完璧な構図”も、それを理解できる”誰か”に見てもらわなければ意味がない。そう例えば、君のような。だから”見て”なのですよ」

「そんな事するヤツ、いるワケないっ」

「でも、君だって考え方は彼女と同じじゃあないですか」

「ウルサイ! 早乙女頼子の死んだ理由なんてどうでもいいっ。どうせ、大昔の話なんだから」

 

 風に吹かれ、ロープの擦れる音が聞こえる。ぎい、ぎいと。

 

「そうでしょうか。ほら、このロープの軋む音……やけに大きい気がしませんか。まるで、重いモノでも吊るしている様に」

「そんなワケあるかっ、黙れよっ」

「今更、耳を塞いだところでもう、遅いのですよ。聞いてはならないと、思えば思う程に、君の耳は僕の言葉に傾いてゆく、聞かぬとするは、耳を澄ますも同じ事」

 

 同じタイミングで、上から靴が落ちる。根本の近くに転がり、何かを訴えているかのように。

 

「早乙女頼子が呼んでいます――」

 

 ――見て、見て

 

「ホラ……、君がヒトを死に追いやってまで見たいと言った、完璧な構図ですよ」

 

 ーーこっちをみて

 

 僕は後ろに立って、血まみれの状態で絵を抱えている。あの子の幻影と一緒に、彼が求めていた完璧な構図を見せた。誰かに見せることを主体に置いた作品。

 

『ほら、あの子が見てほしがって、君が見たいと言った完璧な構図だよ。じっくりと見てあげてね。この絵はあの子と僕の共作でね、もう一つの完璧な構図なんだ』

「!? ううわあぁああぁああ」

 

 悲鳴を挙げて、その場から逃げるように走り去っていく早乙女くん。これに懲りたら、残りの学校生活を大人しく過ごすんだよ。いつだって、僕は見ているから。あの子の甥だからと、許していないのだからね。

 

「”呼子桜” これにてお了い」

 

 四ッ谷はそう言うと、桜に背中を向けて帰っていく。僕も絵を持って、姿を消す。この絵は美術室の隣の準備室にしまっておく。もう、僕にはどうすることも出来ない。そう考えていたら、部屋の隅に布で覆われたキャンバスが見えた。布を移動させると、そこには――血溜まりの中で倒れている僕の絵が描かれている。どうして、こんなモノがここにあるのか。この絵も完璧な構図で描かれたモノで、いいのか分からない。ということは、口封じのために殺されたとしか思えない。詳しいことは田中先生が知っているはず。

 僕はその場を離れると、桜に向かう。おそらく、田中先生に殺されたあと、誰かにこっくりさんにされて、怪談の一つとして広めたのだろう。そこまでしか推測は出来ず、まだ情報が少ない。仕方ないから、眠ることにした。

 

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