狐狗狸さん。明治17年に伝来した占いで、簡単なやり方で出来る。しかし、降霊術の一種とされ、様々な危険が付き纏う。
決まりはあり、軽い気持ちで呼ばない、遊び感覚で呼ぶない、三人以下で呼ばない。鳥居は霊の通り道であり、来るのも帰るのも”そこ”である。狐狗狸さんに用いられる鳥居は、霊界と現界の繋ぐ扉とされ、霊が行き来する道だ。
『この学校には、三つのこっくりさんがあるね。普通のこっくりさん、狗塚さん、児躯履さん。術者を乗っ取る、術者の精神を削る、術者を連れていく』
「ケケケッ。お前、ヒトの精神を削るなんざ、普通に怖いだろ」
『普通の霊は、こんなことを出来ないよ。けれど、僕は怪談という曖昧な存在だから、恐怖を分からせるためにしばらく色々と干渉するよ』
「神の領域を侵すつもりか?」
四ッ谷の言うことは、分かっている。幽霊には出来る範囲があり、怪談である僕にも出来る範囲というモノはある。手順に則って召喚されないと、僕は何も出来ない。でもね、代償もなしに呼べるわけではないのだからギリギリ生きていられる程度まで削らせてもらう。それに質問して、答えてもらえるだけなんて随分と優しいじゃないか。下手したら、身体を乗っ取られてその後の人生を好き勝手されることだってあるんだよ。
『ん、この足音は真だね。どんな話を持ってきたんだろうか』
階段を駆け上がる音がして、すぐに扉が開いた。真は息を切らしながら、話始めた。
「――と、いう事を小町先生に言われたんですが。何故だが、突然の大流行で……??」
「こっくりさんを……なめてんの、カーーッ」
「ぎゃあぁぁあぁ!!?」
「あれは歴とした降霊術だ。遊び半分で実行し、呼び方を少しでも間違えれば――”違うの”が来るぞ」
「ち……”違うの”……?」
「お前、”こっくりさん”てどういう字を書くか知ってるか?」
「狐! 狗! 狸!!」
「隣のこいつも同じだぞ」
『前にも名乗ったけど、僕の名前は狗塚コウリ。下の名前は片仮名だけど、漢字に当てはめるとすれば、狐于狸になるんだ。まあ、子どもに付ける名前じゃないと市役所で止められたみたいだね』
僕はそう言って、紙に自分の名前を書いた。
「あっ!!? 狐狗狸さんだ! そっか、狗塚さんてのもこっくりさんなんだ!?」
「分かったか。こいつも危ねえが、まだマシな部類だぞ。だが”もう一つの方”のだよ……」
「?? もうひとつって?」
『ああ、そっちの方ね。確かに僕たち狐狗狸さんよりも、遊び半分で呼んじゃ駄目だよ』
”児躯履さん” それは 学校に 潜んでいる――
「――始まりは『こっくりさん』という儀式を、きちんと終わらせなかった生徒。こっくりさんの怒りを買い”向こう側”へ連れて行かれてしまった。ひとり、またひとり、ルールを守らなかった生徒が消えていく……。連れて行かれた生徒達は群れを成して、今も同法を求めて彷徨っている……」
”こっくりさん、こっくりさん、いらっしゃいましたら、お出で下さい”
「その言葉に呼ばれて、彼らはやってくる……。あしもとからやってくる……」
”それはこっくりさんに囚われた、児子の躯の集合体……“
「そして、質問に答えるためにやってくる狐狗狸さんと違い、児躯履さんは帰らない。術者を連れて行くまでは」
『ちなみに、こっくりさんは機嫌を損なわせなければ帰るよ。もちろん、術者に外傷は無いけど、精神は無事では済まさない。他のこっくりさんは精神を乗っ取って、狂わせる。僕は倒れるまで疲れさせて精神を削っていくよ』
僕はそう言って、他のこっくりさんに話を聞きに行く。仲間だから、結構親交はある。特に名前と血筋もあってか、あっさりと仲良くなれた。
『すみません、狗塚です。はい、学校でこっくりさんが流行っているみたいで遊ぶのはいいけど、危険なことは止めてほしいんだ。そうそう、児躯履さんって知ってる?』
《わふ》
『え、実在しているの? 術者を連れて行って、自分の仲間にして更に集めたい……それじゃ、あれが悪さしないように止めた方がいいかな?』
《(ぽんぽん)》
『僕一人じゃ、抑えるのが限界かな』
《きゅーん》
『え、手伝ってくれるの? まだ数十年だから、僕じゃ力量不足で不安でね……』
そう言えば、三匹は僕の頭に前足を置いて、ポンポンと叩く。自分より幼い、まだ未熟なこっくりさんが可愛いみたいで、よく会うたびに可愛がりたいらしい。でも、少し不安は治まった。人から妖怪になって、右も左も分からなかった僕の側に居てくれて、色々と教えてくれたからこそ、こうして力を貸してくれる。いわば、子どもみたいな存在かもしれない。もちろん、僕には親みたいな存在に近い。
放課後、僕はある準備室に現れた。どこの学校にもあるけれど、入り口に成りうるモノが多くある。鳥居は神聖なモチーフだと言ったが、実はそれを表す形は探せばどこにもあり、学校の机もある意味では鳥居の形をしている。しかし、普段は入り口としては繋がっていない。
そう、こっくりさんを呼ぶ儀式の時に、鳥居は入り口の役割を果たすのだ。十円玉を目印にして、霊は降りてくる。これで、紙に書かれた鳥居も机も、入り口になった。そこから、次々と霊は身体を求めて降りてくるのだ。しかし、一つの身体に魂が二つあっても、大抵は拒絶反応でおかしくなる。これが俗にいう、取り憑かれたということ。
僕がここに来たのも、こっくりさんが行われると知っていたから。どうやって知っているのか、それを聞かれても何故か知っていたとしかいえない。
そうこうしている内に、真と様子のおかしい少女が入ってきた。どうやら、こっくりさんに心酔しているようだ。何から何まで、全部をこっくりさんに聞いて従っているようで、これは危なくなっている。
信者とは言い得て妙であり、ここまで神経が衰弱しているとは思わなかった。けれど、僕にはどうすることも出来ない。なら、ここは彼に任せようか。
「……”児躯履さん”」
音もなく現れた四ッ谷。棚に寄り掛かり、話し始める。
「”変な怪談”なんて、失礼ですね。それに中島を恨むのは筋違い。噂の元はこの僕ですよ」
「誰っ!!?」
「さあ!! 語ってあげましょう!!! アナタのための!! 怪談を!!!」
はっきりと言って、机に近づいていく。
「……君はそうやって――行動の全てを”こっくりさん”に肯定してもらう事で、自信を保ってきた。そして、こっくりさんを否定される事は、自分を否定されるという事」
「そうよ。こっくりさんは居るの。私を導いてくれるの!!」
「こっくりさんのお導きねェ……。確かにこっくりさんは居ます。でもそれは、君の考えているモノではない」
ーー彼らは同胞を探してあしもとからやってくる――
「アハハ!! ちがう! 怪談に出てくる偽物じゃない!! 真達が呼びっぱなしにしたホンモノのこっくりさんよ!! ルールを守らなかった連中には罰を」
彼女の言葉に、僕たちは腸が煮えくり返るような感情を抱く。偽物だと? 僕だけならまだしも、親のような存在である三匹を愚弄とは、ちょっと痛い目に遭わないと分からないようだね。ギリギリまで助けてやらない。
「罰? そんなものは必要ない。だって端から”こっくりさん”など来ていないのだから。 君は自分の求める答えを、自分自身で答えたのではないですか?」
「ちがう!! あれはこっくりさん……こっくりさんが」
「その少女は繰り返す”こっくりさん”は幻でした。が、確かに少女は呼んだのでした。”児躯履さん”を。なぜなら、その少女は”児躯履さんに最も近い場所その入口の正面”で呼び出しの言葉を唱えたからです」
「入…口? 入口は鳥居でしょ!? ここは学校……鳥居なんて」
「そう! ここは学校! 児躯履さんの”入口”は! 最も学校に多いのです!!!」
「そんなの……知らない! 私はちゃんと描いた!」
「果してソレは、鳥居だったのでしょうか? 少女はなかなか気付きません。一番身近にあるもの、そのカタチに」
四ッ谷はそう語ると、彼女の前に机を置いて見せた。その机はよく鳥居に似ている形をしている。それに気付いたのだろう。
「!!」
「そしてその少女は有ろうことか、今一人で儀式を行っているのです」
「それが何!? 人数なんて関係ない!! ちゃんと手順通り終わらせれば問題なんてない!!」
「なぜ、こっくりさんが4人以上で行うのか。その本当の理由は”児躯履さんの通り道を塞ぐため”……なのです。でも、その少女はだった一人。入口の正面で呼び出してしまったのでした。そして”思い違い”がもう一つ。手順通り儀式を行って、ちゃんと帰ってくれるのは”狐狗狸さん”の方である……という事」
児躯履さんは帰らない、術者を連れて行くまでは。
”それ”はいつも――
あしもとからやってくる――
「自分の死角は怖いでしょう?」
そう言う四ッ谷の言葉に、彼女は身体を震わせて机の下、自分の死角を気にしていた。何かが、いるかもしれない。
「そう、見ない方が良い。見てはいけない。そして、その少女は思いました」
その言葉に、彼女の中は『何もいない』という概念が次々と浮かんでくる。
「だが残念な事に――心は”逆”に作用する。そしてまた――心の中で繰り返す」
”何も、いない”
もう、彼女は冷静な状態ではいられなくなっていた。四ッ谷の怪談話が、どんどん離れなくなっていく。この机の下には、何かがいるのだろうか。児躯履さん、なのか。
彼女は恐る恐る、机の下を覗く。そこには人のような形をした異形が、彼女を連れて行こうとしている。そこで漸く、僕は動いた。
『児躯履さん、そこまでだよ。この子は連れて行かせない。人に危害を加えないように、送還させていただく』
「っ!!!」
彼女は机の下の児躯履さんと、それを抑え込んでいる三匹の動物と一緒にいる僕を見ていた。彼女が椅子から転げ落ちた時に一緒に落ちた紙と十円玉は、五十音の上をぐるぐると回っている。
”児躯履さん、児躯履さん。鳥居の位置までお戻りください”
そうすると、暗い穴が出現して児躯履さんを引きずり込んでいく。どこまでも深い穴は、じめじめした空気が流れていて、底まで見えない。最後の一つが消えると穴は閉じていった。十円玉はまだ、回っている。
”これに懲りたら、危ないことはしないようにね。さあ、彼の言葉を聞いてお友達の元に行くんだよ”
そして、鳥居に戻ると動かなくなった。
「は、華ちゃん!?」
「つよいつよい自己暗示。自分以外のダレカに決断してもらいたい、導いてもらいたい、誰かに道を示してもらえば楽だからな、……だが、自分の都合の良い答えをくれるのは自分以外にいない」
「!!」
「アンタが何をしたのか、その考えも行動も全部自分が決めた事。つまり、アンタが”理想の自分”になれたのは、アンタ自身がそう思い行動したからだ。こっくりさんの”お導き”なんて関係なくな」
四ッ谷の言葉と共に、彼女は怪我を追わせた友人の入院する病院に向かう。後悔の顔をして、一目散に。それを見届けて、僕はその場から消えた。
学校の裏、桜の木の下で僕は三匹に囲まれて、慰められている。
『……あの子が……偽物だって言った……』
あの時は怒りが湧いたけれど、後になって親みたいな存在である三匹を偽物扱いされたことに傷ついた。確かに、怪談の怪異は見えないことがあるし、見えたとしても誰にも信じてもらえない。それに、そもそも見せようと思わないからだ。見えない存在に恐怖した方が、楽しいし力が増していく。故に、驚かされた人がどんどん噂を流してくれるから、存在していられる。
僕は膝を抱えて、頭を埋めると落ち込む。前足で頭をポンポンと叩いて、気にしていないと言うように優しく鳴く三匹。やっぱり、僕は可愛がられているんだなぁ。