僕は屋上のフェンスに座って、空を眺めている。あの時の空も、こんなに青く広かった。だけど、僕はずっとあの時のまま変わらず中学生のままだ。心の整理をつけたつもりだったのかもしれない。いや、暗い気持ちは落ち込ませるだけ。
そういえば、最近分かったことだけど、人を生贄に捧げて敬う邪神教があるらしい。多分、僕はそれに捧げられたのかもしれない。それと、こっくりさんになったのは三匹の同情だったみたい。それを後日、教えられて僕は驚いた。まさか、学校の近所に邪神教の施設があるとは思わなかったから。そこの儀式は、生贄の髪と血があればできるらしい。だけど、失敗に終わったようだ。名状し難い生物を召喚されたけど、誰にも見えていなかったらしい。発狂したということで、駆けつけた警察が片付けた。
昔のことに更けていたら、下の階から声が聞こえた。
「首を探してもらえないかな、俺の……姉ちゃんの首」
「ーーー………なに?」
どうやら、この事件は一筋縄じゃいかないようだ。今、校内ではこっくりさんが流行っている。誰が広めているのか知っているけれど、僕は工藤先生との約束で手出しはできない。協力すると明言はしていないが、黙認はした。
誰もが個性を持っている。しかし、それに付随する変質的なモノは何かに後押しされることを待つ。それをこっくりさんは回答することで何もしない。
僕たち“こっくりさん”を実験に使って、彼ら子どもたちや教師を自己暗示で動かす。理由や意味などは後付けで、ただ自分を肯定してくれる誰かがいると思わせる。それだけで、人は面白いように安定していく。だが、それでは人の持つ可能性というモノは育たない。それに、こっくりさんは危険な遊びであり、面白半分で手を出してはいけない存在である。霊を呼ぶ召喚儀式は、精神の乗っ取りを平然とする。
だから、僕は注意を促して危険な遊びをしないように言っている。それでも聞かない人は、こっくりさんがどこまでも付いて来るという幻覚に怯えるようにしておいた。
『そろそろ、四ッ谷が動く頃かな。僕も早めに準備を済ませよう』
そう呟いて、屋上から姿を消す。僕が殺された真相も分かってきたし、そろそろ潮時なのかもしれない。どうせ転生はできないのだから、今を知っていこうと思う。これからは、学校以外にも視野を広げて、答えられる範囲を増やしていくと共に、三匹とも一緒に暮らせる場所を見つけたい。
だって、僕はこっくりさんなのだから。これからも、人々の間で語り継がれる怪談として生きていく。
それから数日が経ち、天気が荒れた日に全校集会が行われることになった。全校生徒が体育館に向かう中、僕は天井に浮かんで見下ろしている。一連の事件を、四ッ谷が治める手筈になっているけれど、それを手伝うつもりも邪魔するつもりもない。
『さあ、ここからが四ッ谷の最高潮の始まりだね。狐狗狸さんを呼び出した術者は、危険を知らずにいる。それは、誰かが教えないと分からない』
なるほど、工藤先生の話から始めるようだね。これから刷り込ませた暗示を解くつもりなのかな? 仕込まれた種が発芽して、それぞれ小さな事件を起こし、騒ぎを大きくした。人の心を操作する技術には、目を見張るモノだね。心理学を専攻すれば、こういうことは誰でも多少は出来てしまう。それ故に、ごく日常の会話でも、さりげなく相手に植え付けることは可能だ。
「――今日、皆さんにお話したい事はひとつだけです」
まずは挨拶程度に入り――
「皆さんは自分が正しいと思う事を、自信を持ってやれば良いのです。信じた道に間違いなどありません。大丈夫――狐狗狸さんの“お導き”はいつも――正しいのだから」
その言葉を合図に、悲鳴が聞こえてくる。その声のする場所には、血の流れる左腕を押さえてうずくまる男子生徒と、ナイフを持った様子のおかしい男子生徒がいた。
「復讐してもいいですか」
『したいのなら、止めないよ』
聞こえないけど、彼の耳元で囁く。次に、僕は彼らの間を通って、狐狗狸さんらしく後押ししていく。今の僕の本質は、術者の精神を削ることにある。疲労する精神に語りかけ、異常にさせる存在。
ステージに上がっている四ッ谷を確認して、僕は少し笑う。この後の展開を予想し、最後の幕引きを担うために。消滅はできないけれど、霊界に送還されるだろう。それなら、彼らの願う結果に導こうか。
「お静かに」
四ッ谷の言葉に、体育館は静まり返る。誰もが、ステージに注目していた。これから何が始まるのか。
「私の言葉だけを聞くのです」
人を惹き付けるような言葉に、誰もが黙り込む。これで聴衆への注目は成功した。後は雰囲気ができれば、ここから四ッ谷の出番となる。
事前に真の精神分析はしておいたので、そろそろ始めてくれるだろう。あの子はちょっと馬鹿だけど、直向きに全力でやってくれる。だからこそ、僕は手助けをしてあげたくなる存在だ。
すると、体育館の照明が一斉に落ちて、暗くなった。それにより、辺りは騒がしくなる。次に窓ガラスが割れて、皆は混乱して思考はまともに動かない。その混乱に紛れて、僕も怪奇現象を起こす。窓を揺らし、冷気を流し、少し触る。すると――
「それは皆サン!!! 怪談を始めましょうか」
――四ッ谷の語りが始まった。
「――舞台は整ったワケだ。じゃあ、僕も聞かせてもらおうかな。――でも、怪談で事態がどうにかなるのかな?」
「……その学校では、とある占いアソビが蔓延していました……。“狐狗狸さん”身近に存在する狐、狸、犬――そして、一人の人間の霊を呼び出し、術者の質問に「はい」又は「いいえ」で答えてもらう。占いアソビ。でも、本当に“それだけ”なのでしょうか?」
タイミングよく雷が落ちて、より一層と雰囲気を作りだす。皆が不思議に思うと同時に、何かが足元で動き、何かが臭う。
「ほら……ケモノの匂いが、するでしょう……? 来ているのです……。あなた達の呼んだ――狐狗狸さんが」
混乱は強まり、誰もが不気味に思い始める。狐狗狸さんが足元から来ている、と。しかし、姿は見えない。でも、何かがいる。
「――狐狗狸さんがなぜ、ヒトの下へ降りてくるのか。ただ、親切に質問に答える為なのでしょうか? 何の代償も無しに?? ……狐狗狸さんの降りてくる理由、それは――術者の精神の“乗っ取り”」
そう語りながら、どんどん目的の場所へと近づいていく。一歩、一歩と。
「“狐狗狸さん”を呼び出す度に、少しずつ、その精神を乗っ取っていくのです……。気付いた時には、もう遅い」
僕はその間も、全校生徒の間を通り抜けては驚かし続ける。呼び出された狐狗狸さんとして、帰る為の言葉を言われるまで居続け、どんどん精神を蝕んていく。それが役目だから。
術者の思考を誘導して、それが自分の意思だと思わせ、行動を導いてきた。ある種の催眠術のようなモノで、誰も自覚できない。
四ッ谷の語りが、皆の心を挫いていく。恐怖に怯えるほど、その効果は強くなる。それと同時に、天気は荒れて雷が落ちた。
「――術者はどこに行ってしまうのでしょうか。その先を誰も知りません。だって誰も帰って来ませんからね……」
そう言って、一人、二人と数えていく。それは、連れて行かれる人数を表しているのだろうか。誰もが恐怖に慄いで、まともな思考をできずにいる。泣き叫ぶ生徒の声が響く。
「本当に狐狗狸さんから逃れたいと思うなら、怪談をおしまいまで聞く事です」
その言葉を合図に、狐が姿を現し、犬が足元を走り回り、狸が触れていく。そして、僕は近くの人の耳元に囁いていく。
“僕を呼んでくれてありがとう。お礼に連れて行こう”
その声が聞こえた生徒たちは恐怖に混乱して、体育館は阿鼻叫喚となった。怯える悲鳴は、止むことなくずっと続いている。もはや誰にも止められない。
「さァ、皆サン! 乗っ取られるのを拒むなら! “最後の言葉”を唱えるのです!! 狐狗狸さんに! “帰ってもらう為の言葉”を!!!」
すると、誰が最初に言い始めたのだろうか。それは次第に大きくなり、誰もが唱え始めた。
“狐狗狸さん、狐狗狸さん、お帰りください”
その言葉を聞いて、僕たちは霊界に帰っていく。もう、彼らには必要のない存在だから。これからは、自分で考えて行動するようになるだろう。誰かに全てを委ねるような、そういう行為は必要ないから。
「――“こっくりさん” これにてお了い」
四ッ谷はそう言って、段幕に紛れるように隠れた。これにで、学校中を騒がせていたこっくりさんは終幕と相成る。多くの生徒に恐怖を植え付けた形で。
演出と語りが終わり、ようやく静けさを取り戻したはずの体育館は、照明が点いた瞬間に悲鳴が上がる。扉の前に女性の頭が入ったダンボールが置かれていたから。
ただ一人の少年の大切な人の首。その顔はどんな表情だったのだろう。そして、少年はどんな思いで見ていたのだろうか。
それを後日、こっくりさんで呼ばれて聞かされた。