学校と怪談と人。   作:蒼書生

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※花子さん


第八夜

 ――バラバラにされた身体。見つからない頭部。それらすべてが見つかっても“彼女”にはまだ探しているものがありました。その探しものとは、何なのでしょうか。

 

 前日の全校集会での騒ぎで、少しだけ僕にも力が付いてきた。数時間の実体化と学校から半径300kmまでなら行動ができるようになっていたのだ。ただ、これにも制約はあるので、あまり何もできない。あくまで、僕は怪談の一つで、身体を持っていないから現界に干渉するには必要なモノである。

 そんな僕は現在、術を解いた姿で真に狐耳や尻尾を触られていた。これ自体は別に生まれつき生えていたモノで、見られると変な目で見られるから、普段は術で見えないように隠している。野生の狐は病原体を持っていて、触るのは危険だよ。

 

「うわー、ふわふわしてて気持ちいい……」

『それは嬉しいけど、くすぐったいよ。今の僕だと三尾までが限界かな。もうちょっと長く生きて、力を付ければもっと増えるけどね』

「気持ちよすぎて寝ちゃいそうですぅ……」

『それで、彼のことはどうするつもりなのかな。さすがに何も知らないのも、まずいからね』

 

 僕はそう言って、また術をかける。すると、狐耳や尻尾は煙に紛れて隠れた。

 

「あっ! ……四ッ谷先輩、怪談……創らないんですか?」

「俺に怪談を創ってほしいなんて、珍しいな」

「だって長谷川花子さんの事、何も解決はしてないじゃないですか」

「――バラバラの死体、見つからない頭部、被害者の名前は“花子さん” まるで……怪談を創ってくれと言わんばかりの事件……。そして体育館での頭部発見、狐狗狸さんに集中する注意を自らに向けさせるような。何もせずに首が見つかったように“何もしない事”に焦れて犯人は、行動を起こすかもしれないぞ」

 

 確かに、全てが上手く行き過ぎる。それに花子さんと聞けば、大抵は女子トイレの怪談だろう。定番の怪談で、誰もが花子さんを知っている。しかし、試すようなことをしなければ、別に危害を与えてこない。どの怪談も興味本位や肝試しで深入りをすれば、最悪死んでしまうほどに危険である。実際に起きた事件もあるが、そのほとんどは不可解な現象で何も分からずに記録されていると聞く。

 ゴミ捨て場で頭部だけが無い女性の死体が見つかった時から、僕は全てを知っていて旧校舎で待っていた。あの全校集会で、校長だけが体育館に花子さんの首を置けることを。そして、殺して首だけを切り取って捨てたことを。殺人を犯す人だけは、呪ってでも許せない。

 おっと、どうやら四ッ谷と校長が来たようだね。話を聞いているだけにしよう。

 

「……この旧校舎もいよいよ解体が決まってねェ……。実に残念だよ。――君を呼んだのは聞きたい事があったからでね。どうして、“花子さん”の怪談を創らないんだい? 材料は揃えたというのに」

「つまり――それは自白ですか? 校長先生、あなたが――長谷川花子を殺したという」

「――この間の狐狗狸さんの騒ぎを見て知ったんだよ。このところの色々な怪談の流行りぶりは君のおかげだったと言う事に。私は昔から怪談が好きでねェ、世間ではあんなにも目新しく“事件”が起きては消えて行くのに怪談は違う! 怪談は何年経っても語り継がれる!! だが、一向に!! 学校の怪談の定番とも言うべき怪談が出てこない!! “花子さん”だよっ。だからいっそ自分で創ろうと思ったんだ!」

 

 花子さん、ねぇ……。この学校に花子さんの怪談はないんだよね。だって、あの子は別の学校に移ったから。なんでも、校長先生が気持ち悪いからという理由で。

 

「――――……それが――長谷川花子さんを殺した理由――?」

 

 真と、その後ろで佇む長谷川君。その顔は理解ができないという表情をしていた。

 

「――姉ちゃんが死んだ……理由、理解できないし、したくもない。でも――1コでいいから教えてくれよ。なんで、また俺なんだ?」

「青ちゃん……?」

「なんで……いつも……生き残るのは俺なんだ……? なんでっ、また俺は生きてる!?」

『――傍観していようと思ったけど、花子さんの怪談は今後も出ないですよ』

 

 僕はその場に実体化して姿を現す。これ以上、真と長谷川君が可哀想になる。一応年上として、子どもたちの前に立つ。

 

「ほォ、君が狐狗狸さんですか。いや、ここは狗塚さんとでも言っておきましょう」

『ええ、僕は狗塚さん。呼び名は違うけど、あなたの好きな怪談である狐狗狸さんですよ。これ以上、未来のある子どもたちを虐めるのは止めてほしいね』

「あんたが“怪談を創る”……か。フヒヒッ。怪談とは“怪”を“談ずる”事。俺は“語り手”なのだ、だがアンタは違う。自ら手を下した時点でアンタは語る側ではなく“語られる側”になってしまったんだよ、校長……センセイ……」

 

 なるほど、四ッ谷が怪談を創る上で気を付けていることが分かった。けれど、自らで手を下した時点で、語られる側になるとは納得できるね。まあ、その辺は僕には関係ないけれど。

 

「――――……花子さんは――怪談を創ろうとした校長先生に殺されてしまいました。バラバラにされた身体、見つからない頭部、それら全てが見つかっても、花子さんにはまだ探しているものがありました」

「うふふ、うふふ」

「自分を殺した……校長先生です。誰もいない校舎……自分しか居ないはずなのにー―確かに誰かの視線を感じるのです……」

「いい……イイネ……」

「振り返ってはいけないと分かっていても、背後が気になって仕様がありません……。そして“何も居ない”“何も居ない”と念じながら、校長先生は背後に何が居るのか、心の奥では分かっていたのですー―“花子さん”」

 

 校長先生には何かが見えているようだ。生憎と、僕には幻覚は見ることができない。ただ、頭のおかしい老人しか見えないし気持ち悪い。

 

「あんたは怪談を語り継ぎたいわけじゃなくて、自分が怪談の中に名を残したいだけ。でも残念ながら、誰もあんたを記憶しない、思い出さない。それがあんたにとっての恐怖。皆、あんたも事件も忘れていく」

『校長先生、あなたがどんなことをしようと――怪談にはなれないし、させないよ』

「やめろォオおおオオオをお」

 

 校長先生は手錠を取り出すと、四ッ谷と壁のパイプを繋げた。

 

「君が校内で知らない者のない怪談の象徴の様な存在だ。例えばそれが“旧校舎で校長に焼殺される”というのはどうだろう? 怪談として口伝うには十分なネタじゃないかい!? さァ共に!! 怪談になろうじゃないか!!」

 

 そう言って、灯油の入ったケースをひっくり返して、火を付けたライターを床に落とす。それは灯油に引火して、旧校舎に火の手が上がった。早い速度で全体に広がっていく。

 

「ふはあはははあは」

 

「なんてこった……。俺は変態じーさんと心中する運命か。がっかりだ」

『そんなことは言わないでよ。少しだけ、火が回るのを抑えているから、今のうちになんとかして』

 

 僕はブレザーを脱いで、火を弱くしようと叩く。灯油の効果で、中々消えないでいる。まだ火の手が及んでいない通路を長谷川君が走る。真はなんとかしようと、周りを探す。

 

「中島、何してる! 早くどっか行け!!」

「いやです」

「バカ、この――言う事聞け――」

「い、や、ですっ!!!」

『言い合いしていないで、早くしてよ! ここは旧校舎だから、崩れ落ちるでしょう!』

 

 僕は火の手を抑えるのを止めた。多分、誰かが異変に気付いて、呼んでくるだろうと考えたから。

 そこに都合良く、ショベルカーのシャベルが壁を突き破って、火の手を止めた。何が起きたのか、彼らは呆然としている。

 

「アハハハハハ!!! 随分みっともないかっこうじゃないかい。一体、何のプレイ中かな、四ッ谷くん」

「工藤先生!?」

「……………………」

「どォーーしたんだい、黙っちゃって!」

「やっぱり根に持つタイプだったな、狐野郎」

 

 四ッ谷はそう呟くと、校長先生の胸ポケットから落ちたレシートを見る。その裏を見た瞬間、様子が変わった。

 そこで僕はもう大丈夫と考えて、その場から姿を消していく。人も集まってきたようだし、誰にも気付かれないように桜の下に向かう。彼女との最後の思い出に、区切りをつける為に僕は手を合わす。

 

『――僕は、君にお別れを言いに来たよ。大丈夫、これでも僕は君の先輩だからね』

 

 もう、ここには来ない。僕が殺された訳も全て分かったから。これで、先に進めるよ。

 僕は桜に背を向けて、校舎へ歩き出す。ずっと秘めていた思いは、いつまでも忘れられない。諦められないけど、言う相手はいないから。

 “私の初恋は、先輩ですよ。一緒に描いている時間は、とても大切な思い出でした。だから、もう私に縛られないでくださいね。――大好きな先輩”

 振り返ると、そこには彼女が立っていたような気がした。僕は笑って、四ッ谷のいる屋上に向かう。

 

「お前、幻覚は見せられるよなァ?」

 

 僕を見るなり、そう聞く四ッ谷。主語がなく、いきなり何を言っているかなと思う。でも、言いたいことは分かる。

 

『幻覚は見せられるけど、質量がないし何も話せないよ?』

「そこは大丈夫だ。アイツの思い出が補完するだろ」

『そう、分かったよ。じゃあ、タイミングを教えてくれたら実行するから。もって3分が限度だからね』

 

 そうだ、後で長谷川君の親戚も調べてみよう。なんか、よくある展開だと天涯孤独で引き取られた先で疎まれる場合があると聞いた。ただ一人の家族も殺されて、大変だろうね。義務教育の最中である中学生に、一人暮らしはまずいし誰かが引き取るしかない。

 僕が今できる技術は、思考操作しかない。これ自体は別に、大した力は使わなくていいけど、ただ相手に話しかけなければいけないのが難点である。一応、これも心理学で習うと思う。これで、思考を操作すれば多少は良くなるはず。

 今思えば、段々と怪談寄りになっているなぁと思った。人から妖怪になったとはいえ、大部分は人だったから今までもお節介はしている。けれど、親戚というモノには嫌な経験がある。だから、なんとかしようと思う。

 日の上がる昼の頃、四ッ谷たちに付いて行く形で、僕はその後ろを飛びながら追う。年季の入ったアパートの一室、チャイムを押せば中から驚いた顔の長谷川君がいる。

 

「手伝いに来たよ!」

「!?」

「私、台所やるね!」

「えっ、あっ、うん……」

「じゃあ、あたしはこっちを――先輩! 来て早々、何寛いでるんでスか!!」

 

 ヒナノと真が片付けをしている中、本を呼んでいた四ッ谷は頃合いを見て、立ち上がる。

 

「さァ、語ってあげましょう、あなたの為の怪談を」

「え……?」

「――バラバラにされた身体、見つからなかった頭部……。それら全てが見つかっても、花子さんにはまだ探しているものがありました」

「それは“校長”だって、この間――」

「彼女が探しているもの……それは弟への最期の言葉」

「……?」

 

 そこで、僕は四ッ谷が見ていたレシートの意味が分かった。なるほど、そういうことですか。最期の言葉を言いたかったが、聞いた話では仲が悪かったと。

 

「――コレも幻覚ですか?」

 

 四ッ谷が渡したレシート。それを訝しげに長谷川君は受け取る。

 

「……レシート? 近所のお菓子屋ー―これが何――!! ――――……」

 

 “青太へ、初めて青太に手紙を書きます。そして、たぶん最後です。私はこれから殺されるみたい。不思議です。実感がないわけじゃないのに、すごく落ち着いてこれを書いています。このレシートが、どういうカタチでも青太に届けばいいと思っています。ママが死んで、青太が生まれて、確かにあたしはあんたを憎んでいたと思う。寂しさとか心細さに耐えられなくて、あんたに当たっていたんだ。今更言っても遅いけど、ごめん。それと――”

 

 ドアが急に開き、花子さんの部屋から音楽が流れる。それはまるで、買い物から帰ってきて、音楽を流しながら何かをしようとするような感じだ。

 

「――校長が見たものが“幻覚”であると、どうして言い切れるのですか? ――さァ、花子さんの服装はどんな風でしたか? 癖は、声は、笑った、顔は」

「! これは――!?」

 

 その時、味噌汁の匂いが漂う。記憶の中に残る、大切な思い出。家族が作る料理の匂い。

 

 “――――青太、誕生日ありがとう。一緒に生きててくれて、ありがとう”

 

 暖簾の向こうに見えた、大切な姉の笑った顔。そして、聞こえた声はとても暖かった。

 

「姉ちゃんの笑った顔も声も、もうどんなだったか忘れたと思ってた。ありがとう、俺……、もう大丈夫。大丈夫な気がする」

 

 そう言って、笑いながら泣く長谷川君。姉の残した言葉と気持ちが、忘れていた姉の全てを思い出させる。これで、前に進めるだろう。

 僕は四ッ谷の隣で、彼らを見つめる。もう、心配することはなくなった。これで良かったと思う。

 

「ー―“花子さん”これにてお了い」

 

 その場を離れると、僕は最後の準備を済ませようと思った。もう彼らに、僕の存在は必要ないだろう。なんでもできるし、手助けしなくても大丈夫だろうから。

 だって、僕は狐狗狸さんであり、生きている人に干渉するのはいけないことである。これからの人生は、彼らが決めること。僕が答えるのはお門違いと言わざるをえない。だから、僕は彼らから離れることに決めた。色々と楽しかったけれど、子どもを見守るのも役目だろうね。妖怪だけど。

 僕はずっと、このままの姿だけど彼らは生きているから大人になっていく。それまで見ていられたらと思ったけれど、ここが潮時なのかもしれない。霊界に帰ろうと考える。

 

『――僕はここまでのようだね。この先からは、君たちの力で頑張って欲しい。どうか、僕が生きられなかった分も楽しんでね』

 

 そう呟いて、僕は夕焼けに溶けて消えて行く。

 ちなみに、長谷川君の親戚は突然様子が変わったらしい。どうなったかは、言わないでおこう。ただ、優しくなったとだけ言っておこうと思う。

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