消毒液臭い・・・・・。
最初の感覚は嗅覚だった。微かに200年経った家屋の埃っぽい匂いの他に消毒液に似た匂いが周囲に立ち込める。次に布団やシーツの感触、そして瞼越しにもはっきりと感じる外の光。ゆっくりと目を開けると、そこには見知らぬ天井があった。
「目覚めたか、気分は?」
「・・・頭が痛い、あと少し怠い」
彼はいつものように身体を動かそうとすると、眩暈を覚え、ゆっくりと体を起こす。
「おいおい!焦るんじゃない、数日間意識不明だったんだ。」
「・・・・数日間?俺は一体・・・・」
彼は口元を押さえ、考える仕草をする。周囲にあるのは長年使用した、若しくはサルベージした医療用品の類が置かれ、目の前のモハビでは標準的な服装である壮年の男はチラチラと彼の指先に付けたバイタルセンサーから読み取るバイタルサインをチェックしていた。
「君は撃たれた、通りすがりに助けられてここに運び込まれた。・・・・っと!それには触るなよ。スティムパックが使えなかったから傷口を縫合しておいた」
「・・・・俺は頭を撃たれたのか・・・」
彼は頭に巻かれた包帯を触ろうとしたが、医者らしき男はそれを止める。スティムパックはナノマシンによる治癒力を上げ、傷口を治す先人の遺物である。ただ、脳細胞を修復することはできないため、頭蓋骨まで至る外傷に使用はできない。下手すれば、頭蓋骨の内側の細胞が再生され、脳を圧迫する危険があった。
「治り具合を確かめてみよう。名前は言えるか?」
「俺の名前・・・?」
彼は答えられなかった。自分の事を思い出そうにも、何一つ出てこなかったのだ。
「もしかすると、撃たれたショックで記憶が飛んでいるのかもしれん。一時的な記憶障害だろう。脳自体は大した影響はない。今の状態を例えるなら記憶のキャビネットの鍵を無くした状態だろう。何か思い出せないか?」
彼は思い出す。あの夜、拘束されて荷物を奪われた時の事を。
「ああ、撃たれた記憶なら」
「・・・・そうか、何かの拍子で思い出したり、時間が経つにつれて思い出すことがあるだろう。・・・・ところで君はなんて呼んでほしい?まさか傷の男とは呼ばれたくなかろう?」
自分は何をしていたのか。奪われた荷物のことを思い出し、彼は答えた。
「運び屋・・・・今はそう呼んでくれ」
「そうか・・・・私ならそうは名付けんがな」
「ほっといてくれ、今はこれしか言えないのは分かるだろ」
真っ当な意見に不機嫌な顔をする運び屋。自身の仕事しかわからない彼に新しい名前を思いついて自分の名にするのも、かなり変な話だった。
「そうだな、私はDr.ミッチェル。グッドスプリングスへようこそ」