カチャッ…
「ふぅ、疲れた…」
そう言いながら電源の切られたアミュスフィアを頭から外し、自室のベッドから起き上がる彼女。ALOではリーファと名乗る現実のその本人、桐ヶ谷直葉は外したアミュスフィアをベッドの脇に置くと、部屋の電気をつけることなく、真っ直ぐに部屋を出た
ガチャ!ガチャ!
「あ、お兄ちゃん」
「やぁスグ、お疲れさま」
そんな彼女のことを親しげにスグと呼ぶ少年。彼こそは桐ヶ谷直葉の兄であり、ALOの世界をキリトとして闊歩する桐ヶ谷和人である
「いやぁ……本当に今日一日色々あったねぇ…ALO始めてからこんなに濃い一日を送ったのは初めてだよ…」
「そうだなぁ…その辺も含めて色々話しながら夕飯にしないか?俺もう腹ペコでさ…ほら」
ぐうううううううう……
そう言いつつ和人が自分の腹部を指差すと、彼の腹の虫が一際大きな音で鳴いた
「もうお兄ちゃんってば…じゃああたしが適当に夕飯作っとくから、先にお風呂入っといて?」
「りょーかい」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「スグ〜、上がったぞー?」
「おっけー、こっちも丁度今出来たところだから」
風呂で洗った頭部をタオルで入念に拭きながら和人がドアを開けリビングに入ると、テーブルにはスープとサラダとハンバーグ、白米と彩りよくバランスの取れた夕食が並べられていた
「おお、今夜は随分と豪華だな。昨日のハンバーガーだけとは大違いで」
「まぁ今夜のハンバーグもそのハンバーガー作った挽き肉の残りなんだけどね。それに、あれだけ記念すべきことがあったんだからちゃんとお祝いしないと」
「お祝い?」
「アスナさんとの再会、本当におめでとう。お兄ちゃん」
「スグ……」
「さ、食べよ食べよ!」
「・・・ああ、ありがとう」
そう言って和人と直葉はテーブルを挟んでお互いに向かい合って置かれたイスに座ると、それぞれ箸を持ち、夕食を食べ始めた
「・・・うん、美味い!」
「そりゃ良かった…ズズズッ」
「それで、スグは上やんのどこが好きなんだ?」
「ブフーーーーーッ!!!」
和人から唐突にそんなことを聞かれた直葉は、口に含んだスープを高校生の少女とは思えぬほど豪快に吹き出した
「ごほっごほっ!は、はあぁっ!?///きゅ、急に一体なに!?///」
「いやぁ、そりゃあ兄としては妹の好きな人が身近にいるかもしれないと分かれば考え方も色々変わってくるからさ」
「べ、別にあたしは上やん君のことなんか…!上やん君…なんか…」
(「俺がリーファを守る」)
「〜〜〜〜〜〜ッ!!!//////」
ボンッ!!!///
「あー、こりゃ確定だな…てかスグ隠すの下手すぎ…」
「う〜〜〜…///悪いのは上やん君の方だもん…あんなカッコいいこと言われたりされたりしたら誰だって…///」
「・・・でも、いいのか?」
「えっ?なにが?」
「上やんは…遠い…俺たちとは違う別の世界の存在かもしれないんだぞ?」
「・・・・・」
真剣な面持ちで和人からそう告げられた直葉は、口を閉じて俯いて少し考えこむと、その口を開いた
「確かに、あたしたちの現実は離れ離れかもしれない…でも今は、ちゃんと繋がってる。もう一つの現実…仮想世界で繋がってるなら…あたしはちゃんと自分の気持ちと向き合える」
「・・・そうか」
「で、お兄ちゃんも本当のとこはどう思ってるの?」
「え?」
「お兄ちゃんの方こそ、隠すの下手くそすぎ。本当は別の世界の存在『かも』なんて思ってないんでしょ?」
「あ、あはは…バレてたか」
「そりゃ兄妹だからね」
「・・・まず結論から言うなら、俺もそういうSF的なことにめちゃくちゃ知識がある訳じゃない。だけどそれでも俺は上やんと俺たちが住んでる世界は別のものだと思ってる」
「それはどうして?」
「一番の要因は上やんが口にしたアイツの名前と…あの人物だな」
「えっと…それは一体…」
「これを見てくれ」
そう言うと和人はポケットから自分のスマホを取り出し、ある画面を表示したまま直葉に差し出した
「なにこれ?Webぺージ…?なになにえーっと……!?!?」
「イギリスのオカルティスト、本名『アレイスター・クロウリー』。俺たちの世界の正史では、既に彼は1947年にイギリスの片田舎で亡くなっているんだ」
「アレイスターさんが…私たちの世界にも…」
「ああ、俺もかなり前に小耳程度に聞いた名前だったんだよ。ぼんやりとしか覚えてなかったんだけど、上やんにその名前を聞いてもしかしてと思って試しに調べてみたら、彼は俺たちの世界じゃとっくに過去の人間だったことが分かった」
「同姓同名の別人とかってことはないの?茅場さんみたいに一部の人は上やんさんの世界にも…」
「そう、それもだよスグ」
「え?」
「俺たちの世界の歴史には、SAOを作りあげた茅場晶彦なんて人物は1人しかいないだろ?」
「・・・・・」
「上やんの話の通りなら、茅場とアレイスターは同じ時代に同じ場所にいたことになる。でも俺たちの世界の歴史はそうじゃない。じゃあ1947年に茅場が仮に生きてたとして、そんな大昔…とまでいかなくてもそんな今ほど科学技術が発展していない時代にSAOやナーヴギアが開発できたのか?って疑問がどうしても残る」
「SAOを実際にプレイして、ヤツと…茅場と直接剣を交えたからこそ分かる。多少の違いはあれど、あのアインクラッドは…アイツにしか作れないものだ。でもそれは今日までの技術の発展が土台にあるからこそだ」
「・・・・・」
「だから、上やんのいる世界が俺たちと同じ世界なんてことはまずあり得ないはずだ。俺たちの世界ではアレイスターと茅場は何がどうなっても同じ時間に地球に存在した事実はない。どうやったって時間軸に辻褄が合わなくなるんだ」
「・・・そうだね。あたしもなんとなくだけど、そんな感じはしてた。並行世界かもしれないって言い出したのはあたし自身だし、何より過去の事象や出来事に矛盾や謎が多すぎたから…」
「SAOを生き抜いたはずなのに目を覚まさない約6000人に…現実に戻った2人…そしてその人達を救う鍵があるかもしれないというALOの世界樹…そして学園都市という学生の街…正直どれをどう考えても繋がらない」
「SAOに囚われた人達を助ける術がなんでわざわざ別のゲームであるALOにあるの?もし仮にそれがあったとして、本当にあたしたちの世界のALOにあるの?だとしたらなぜ、上やん君の世界の人達を救う術がなんであたしたちの世界に流れ込んで来たのか…」
「考察するにはあまりにも状況が混沌としすぎている。上やんに至っても俺たちは上やんという『人物』は分かっていても、彼という人間の『正体』ははっきりと分かっていないからな…いずれにしても問題は山積みのままだ」
「そうだね、今日のサラマンダーの一件もあったし…」
「・・・?いや多分アレはこの件とは何も関係ないと思うぞ?」
「え?ど、どうしてそう思うの?」
「だってサラマンダー達が狙ってたのはあくまで『俺たち』であって、『上やん』には何も言及していなかったじゃないか」
「・・・待ってよ…それじゃあ…」
ピリリリッ!ピリリリッ!
直葉の頭の中では、予想し得る最悪の事態が予感されていた。すると、まるでそんな彼女の不穏な予感を煽るようにテーブルに置かれた彼女のスマホが着信を知らせた
「長田くん…レコンからだわ…!」
ピッ!
「もしもし!長田くん!?」
『あ、もしもし!直葉ちゃん!?大変なんだ!シグルドの野郎、僕たちシルフのことを売りやがったんだよ!』
「その売った相手はサラマンダーで間違いない!?」
『え?う、うん…でもなんで直葉ちゃんがそれを…』
「そこはいいから!それで連中は一体何をするつもりなの!?」
『襲撃だよ!直葉ちゃんも知ってるでしょ!?明日行われるシルフとケットシーの間で結ばれる同盟条約の会談場をサラマンダーの軍隊が襲撃するつもりなんだ!!」
「・・・・・えっ?」