「・・・嘘だろ」
ギオオオオオオオオオオッッッ!!!
唸る、程度の形容では失礼極まりないだろう。雷神の持つ極上の溶断ブレードをいとも簡単に散らした『見えない何か』はおぞましくも勇猛に吼えた。ビリビリと空気を震動させるような雄叫びと、張り詰めた重圧が辺りを包む。その空気に触れたトールは、細胞が一瞬で凍りつくような感覚に思わず身震いした
「・・・いいね…ソレだよ…これ以上ない経験値だ…ソレを超えれば俺は…」
語り継がれし北欧神話。その神話に存在する神々の中でも名高き「雷神 トール」。しかし、今でこそ雷神と称される本来のトール神とは、農耕、製造、気象、災害というありとあらゆる全てを司る「全能の神」
「上出来だ上条当麻!!こんなに後腐れなく『全能』を解放できんのは初めてだぜ!!」
屈託のない笑みを浮かべたトールは、かの神話で『全能』と称されたトール神の能力を再現するが如く組み上げた術式を発動する。それは「必ず勝てる位置に移動する」術式。トールを事象の中心に置き、彼が動くのではなく、相手を含めた世界全体が動くという全能の名に恥じぬ反則じみた術式
「おおおおおおおおおっっっ!!!」
ドウンッッッッ!!!!!
妖精の世界そのものが神の啓示によって挙動し、瞬く間にトールと上条の間合いは無くなっていた。上条の眼前に迫る全能神の右手。その指先には投擲の槌からの魔力のバックアップを得た全てを焼き裂く五本の雷光の刃が噴出する。正真正銘『神の一撃』が上条の首を切り落とそうとしたまさにその瞬間……
「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッッ!!!!!!」
ビキビキビキビキビキッ!!!!!
「・・・・・は?」
『何か』が吼えた、程度にしか全能となったトールでさえも認識出来なかった。その咆哮が響いた瞬間に、彼の右腕は肩から先が無くなっていた。痛みなど感じる暇もなかった。そして、彼が全能でいられる世界が『何か』に侵食されるように音を立てて崩れ始めた
グシャグシャグシャグシャグシャグシャグシャグシャグシャグシャグシャグシャグシャグシャッ!!!!!
(食い散らかしている…のか…?俺の右腕だけじゃなく…俺が動かした世界を…その術式を含めてまるごと…世界を侵食している……!!)
「「「ギャオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッッ!!!!!」」」
ガシャアアアアァァァァン!!!!
それはおそらく三つの頭。その鋭すぎる牙と強靭な顎がトールによって動かされた世界を噛み砕いた。その瞬間、世界が、空間が、まるでガラスに幾つものヒビが入ったように割れた。そしてストロボ写真のように動いた世界が逆流していき、世界の破片がなくなる頃には二人の間合いはトールが術式が発動する前まで戻っていた
「・・・あは、ははは…まさか俺の術式ごと動いた世界を食い潰して世界の位置を元に戻すとはな…あ〜痛ってーなちくしょう…」
自分の術式が完全に破壊されたと理解したトールは呆れたように渇きながら笑っていた。そして右腕が消し飛んだ痛みを誤魔化すように肩口に自身の左手を当てた
「どうする?まだやるか?」
「ははは、やるならやれよ。やるっつーか『殺る』だけどな…全く何が経験値だ…経験値にすらならねーよ…こんな完膚なきまでに圧倒されちゃよぉ…ほら早く殺れよ。自分が救いたい人達を奪っていった連中の首だぜ?」
「・・・行けよ」
「・・・は?」
そう言うと上条は呆気に取られるトールを他所に、自分の右手から出た透明で見えない「何か」を自分の内側に戻した
「別にお前を倒したところでみんなが戻ってくる訳じゃねぇだろ。それ、さっきのが正真正銘お前の本気なんだろ?だったらこの先どこでお前が立ちはだかろうと俺には関係ねぇよ」
「・・・あっはっは!相変わらず甘いな上条ちゃんは…だがいいねぇ、ここまで完敗させられた上で情けをかけられたっつーのに、今は逆にこれ以上ないぐらい清々しいぜ…負けを認めるってのも存外悪くない」
「だけど覚えとけ。今度俺の前に現れてみんなを救う邪魔をするなら、次は容赦しない」
「あいよ…まぁそうならないように、次会う時までにはもちょい経験値積んで強くなっておかねーとな…」
『減らず口はその辺にしておけよ雷神』
どこからともなく声が聞こえたかと思えば、まるで亡霊のような何かが2人の間に何かが割って入るように現れた
「ッ!?誰だっ!?」
「・・・ちっ、なんだ来ちまったのかよ『オティヌス』」
魔神オティヌス。御伽噺にいる魔女のような尖った三角の帽子に、片目を隠す眼帯。革の装束の上からさらに羽織ったマント。そして露出の度がすぎるまるで下着のような服。そんな見た目14歳程度の少女が一瞬にして目の前に現れた。その少女は、片方しかない瞳を動かして雷神トールと上条を見た
「ッ!!?」
その視線に上条は気圧されていた。常軌を逸したその佇まいは北欧神話の最高神の名に恥じぬ迫力だった。アレイスターを目の前にした時とはまた違った感触だった。彼の時は強さの中にどこか不気味さが混じっていたが、彼女は違う。微塵の不気味さもない純粋な戦える次元の違いだった。ただただその雰囲気に圧倒されていた
「まだ槍の製造途中だってのにこんな場所まで来てよかったのか?」
「誰のせいだと思っている」
上条はその出で立ちを見るなり、これならトールの言っていた魔術を極めた神であり、世界を創造し、作り変えるほどの力があると納得できた
「だよな…まぁ失敗したよ。俺じゃ無理だ」
「私は幻想殺しを消せと命令したはずだが?オマケにこちらの内情を幻想殺しはいくらか既に理解していると見えるな」
「やるならやれ」
雷神トールはつまらなそうにそう言って魔神を司る少女の瞳を真っ直ぐに見据えた
「・・・そうか」
ズドンッ!!!!!
「ッ!?!?!?」
「・・・へっ…あばよ、上条ちy…」
ゴオオオオオォォォォォ……
「トーーーーーールゥゥゥーーーーーーーーー!!!!!」
鈍い音と共に、いきなり雷神トールの首が切断された。その生首が宙を舞いながら燃えていき、頭が燃え終わったのと同時に残された身体も燃え上がった。しかしそこには、このゲームの死者の魂であるリメンライトは残っていなかった。つまり、雷神トールは正真正銘この世を去ったのだ
「なに、そう心配そうな顔をするな幻想殺し。雷神トールという『存在』そのものをなかったことにしただけだ。痛みなど感じる暇もなく楽に逝っただろうさ」
「テンメエエエエエエエェェェェェェェェ!!!!!」
「フッ…悪いがその右手は私には届かんよ」
シュンッ!!ブンッ!
「クソッ!!逃げるのか!?オティヌス!!」
激昂して少女に右拳を振るった上条だったが、オティヌスは転移結晶を使ったかのように姿形が消え、上条の右手が空を殴った。姿の見えなくなった魔神に向かって叫ぶと、どこからともなく少女の声が聞こえて来た
『なにも別に逃げる訳ではない…君を葬ることなど造作もないことだ。だが不幸な貴様なら分かるはずだ、私の身体は今も「無限の可能性に含まれる負の50%」などという歯痒い枷に悩まされている。槍の完成の手前まで来ているというのに、こんなところで表か裏かのコイントスに興じるほどバカじゃない』
「槍が完成するならSAOから幽閉したみんなはもう無関係のはずだ!槍が完成したらみんなを解放しろ!そうすりゃ自分の元いた世界を戻すなり作るなり自由にすればいい!」
『雷神め…余計なことをベラベラと…残念だが槍は完成しても彼らを解放することは出来ない。彼らはそもそも槍を構成するアインクラッドそのものを再現する為のピースだ。槍が完成した後もそのピースとしての役割を果たしてもらわねば槍が崩れてしまう』
「だったら俺が力づくでも取り戻すぞ!世界樹の上で首を洗って待ってやがれ!」
『それは好都合。私も少々「世界の基準点」である貴様の右手を疎ましく思えていてな。槍の完成の後わざわざこちらから出向く手間が省けるよ。まぁ、君がグランドクエストをクリアして世界樹の上まで登れるかどうかは知らんがな』
「んなもん知るかよ…グランドクエストだろうがなんだろうが…テメエのその身勝手な幻想は必ずぶち殺して俺はみんなを助け出す!そして絶対に元の世界に帰るからな!!」
『そうか、ならば健闘を祈るよ。精々足掻けよ、幻想殺し』
そう最後に告げると、少女の声が消え、代わりにルグルーを行き交う妖精達の喧騒が聞こえて来た
「人払いが解けたのか…トールはああ言ってたが、ここのオブジェクトが戻るにはまだ時間がかかるだろうな…変に目立つ前に宿屋に戻るか…」
そう思い広場から離れようと一歩踏み出したその瞬間、後ろから自分を呼ぶ声が聞こえた
「あっ!やっと見つけた!上やん君!」
「え、リーファ!?なんだお前ログアウトしたんじゃないのか!?ていうかここオブジェクトがいくつも壊れてて危険だからとりあえずここを離れた方が…」
「そんなことどうでもいいの!とにかく大変なの!このままじゃ種族同士の戦争が起きるかもしれない!そうなったらとても世界樹攻略なんて出来る暇がないの!」
「・・・おう?」