バキィィィィィィッッッ!!!!!
繰り出された上条当麻の右拳は、まるで吸い込まれるかのようにオティヌスの顔面へと突き刺さった
「・・・・・」
殴られた左頬がじわりと痛み、ぐらりとオティヌスの視界が揺れる。変わり映えのない黒一面に塗りつぶされた世界がスローモーションのように流れていく。オティヌスは自分の華奢な身体が宙を舞い、仰向けになりながら飛ばされているのだと理解した
(・・・ああ、私は…負けるのか…)
・・・ドサッ………
飛ばされたオティヌスの身体が徐々に落下を始め、HPバーは0になる直前で止まった。そして魔神の身体は闇の世界へと静かに落ちた
「・・・本当に……ひどい一撃だな」
ザッ…ザッ…ザッ…
オティヌスは仰向けのまま天を仰ぐと、少しだけその頬を緩ませた。そして仰向けに倒れるオティヌスの元へ上条が歩み寄った
「・・・どうする?まだやるか?」
「何をバカな……今さら『弩』なぞ使う気にもなれんさ…元より『槍』が破壊された時点でSAOプレイヤーは全員救われ、貴様の悲願は達成されていたというのに……」
「・・・弩?」
「なに、気にするな。今のお前からすればあんなのはただの飛んでくる輪ゴムぐらいにしか感じないだろうさ」
「・・・お前は間違った。だけど、それはやり方を間違っただけだ。さっきも言ったが、お前の気持ちは間違いじゃない。元の世界に戻りたいのは当たり前だ」
「・・・もういいよ上条当麻。全部分かっている…何もかもが終わったんだ…私が引き返していい道など…もはやどこにも存在しない」
「オティヌス…」
「やり直すことにするよ。もう遅すぎるかもしれないがな。だが、私は魔神だ。時間など腐るほどある。少しずつ、少しずつ様々な世界を見ていく」
「・・・・・」
「一体自分がなにを欲するのか、なにを求めているのかを見つけに行くことにするかな…」
「そうか…見つかるといいな」
「・・・ここは素直に礼を言おう上条当麻。私にとってなによりも忌々しかったはずの貴様の右拳は…間違いなく私を根本から変えた」
「気にすんな。変わったって思うなら、いつかお前も心の底からちゃんと笑えよな。オティヌス」
「ふっ…神である私を人と同じ目線で見るとは…なんと嘆かわしいことか…だが、貴様は私と似ている。元の世界を取り戻すために抗い続け…元の世界をもう一度始めて、その地を踏みしめる為に自分のあるがままに進んだ…そうだな…きっと私は…」
(お前のような…『理解者』が欲しかったんだろうな…)
「・・・?私はなんだよ?」
「はっ…気の迷いだ、気にするな。それよりも、貴様も自分の言ったことに責任ぐらい持ってもらうぞ?」
「責任?」
「何度だって…救ってくれるんだろ?私が道を間違えそうになったら。叶うなら…私はいつか、お前と同じように世界を見てみたい。その日までに、私が道を踏み違えそうになったら…よろしく頼む」
スッ…
「・・・ああ、任せとけ」
ギュッ…
オティヌスは上条に向けて右手を伸ばした。上条は自分に向けて伸ばされた手をしっかりとその右手で掴んだ。そして、隻眼の少女は彼の手を借りながらゆっくりと立ち上がった
・・・シャアアアァァァァァ……
「ん?のわっ!?か、身体が透けて…!?」
オティヌスを立ち上がらせた上条がその右手を離すと、その身体が光の粒子になりながら段々と消失していた
「慌てるな。ただ元の世界に返すだけだ。もう貴様はこの世界ではログアウトすることすら容易ではないからな」
「え?いやでもここは世界樹の上でALOの世界の一部なんだろ?だったらログアウト出来ないはずが…」
「そういうことではない。先に私が『槍』を用いて発動した術式は『世界ごと相手を消し飛ばす』という術式だ。つまり、もうALOなんて世界はもうこの世のどこにも存在しない。つまり今私たちが立っているここは完全なる無の空間だ。ログアウトなんて概念はそもそも存在しない」
「は、はあっ!?ちょ、ちょっと待てよ!じゃあこの世界にいたキリト達や他のみんなは…!?」
「なに、命に別状はない。強制ログアウト…という表現が適切だろうな。今頃はこの世界にログインしていた奴らも現実で目を覚ましているだろう。まぁもっとも、再ログインを試みたところで延々とエラーを繰り返すだけだろうがな」
「よ、よかった…でもなんだ、このゲームを命懸けでやってたやつもいただろうに…こんなあっさり世界ごとなくなっちまったら発狂するなんてどころじゃないだろうな…」
「いや、そこに関しては私が自分で責任を取るさ。完全に元と同じ…とは行かないまでも、もう一度ALOという仮想世界を作り直して娯楽の場を提供しよう」
「そっか…流石は神様だな」
「その神を右手一つで救ったのは貴様だがな」
「いや…俺だけじゃない。SAOで…このALOで戦ったみんなで、お前を救ったんだよ」
「ふっ…人間に救われる神…か…存外悪くはない。ならば貴様の世界の住民には私からの謝罪の意を伝えておいてくれ。SAOに囚われた後、ALOに幽閉してしまったのはもちろんだが、『主神の槍』の術式の発動にいくらかの寝たきりの人間を巻き込んでしまった」
「ったく…とことんはた迷惑な神様だな…まぁ分かったよ。みんないいヤツばっかりだからさ…色んな世界を見つめて、自分の罪を償ったら…今度はちゃんと自分で謝りに来い」
「はっ…手厳しいな…まぁ仕方ない。その条件は神として甘んじて受け入れよう」
「ああ。待ってるぜ」
サアアアアアァァァァァ…
「おっと、もう本格的に消えそうだな…キリトやリーファ達にちゃんとお別れ言えてねぇけど…まぁ仕方ねぇよな」
「何をいう。貴様らに別れの挨拶など不要ではないか」
「え?」
「再開すると約束したのだろう?ならば別れの挨拶など逆に不躾ではないのか?そんな礼節も弁えていないのか人間というのは」
「・・・そうだな。それもそうだ」
「ではしばし訣別の刻だ。何か運命の悪戯があれば、もう一度世界のどこかで会おう」
「ああ…じゃあな」
サアアアアアァァァァァ!!
上条を包む光がより一層強くなり、ついに別れの瞬間が来たのだと告げる。視界が段々と不鮮明になっていき、黒一面の世界が汚れのない白へと変わっていく。そうして移りゆく世界の中で上条当麻はゆっくりと目を閉じていき、来るべき時を待った。しかし、完全に目を閉じる寸前で隻眼の少女が近寄ってきたかと思うと、お互いの身体がぶつかり合う直前で立ち止まった
「・・・?オティヌス?」
「上条当麻…」
スッ…
「・・・?…!?なっ!?!?///」
「ありがとう」
シャアアアアアァァァァァ…
隻眼の少女の柔らかな唇が上条の頬に口付けをした瞬間、上条当麻の身体は跡形もなく光の粒子となって消え去った。光は少しずつ天に昇っていき、やがて完全に見えなくなった
「・・・悪戯…か。これでは『悪戯好きの神』にとやかく言えたものではないな…だが悪くはない」
「さて、まずはこの世界の再生からだな…どちらにせよ泣き言は言っていられないな…これから少しばかり忙しくなりそうだ…」
そう呟くとオティヌスは漆黒のマントを翻し、どこへともなく歩み始めた。果てしなく続く闇の世界を歩く彼女の表情はどこか少しだけ、笑っているような気がした