ガチャッ…
「ゔぁーーー…ただいま〜…」
ギィ…バタンッ!
もう日付けも変わるような夜更けに、学園都市の第七学区に設置されたとある大学の学生寮の一室に一人の男が帰宅していた。そう、先ほどまで『アインクラッド攻略記念パーティー』に参加し、その中心にいた上条当麻である
「あ〜〜…頭痛ぇ〜…とりあえず水だ…水を…」
キュッ!ジャーー…トクトクトクッ…
「んごっ…んぐっ…んっ…っあーーーー。生き返ったーー…ついでに顔も洗っとくか…」
ピリリリリリ!!ピリリリリリ!!
「あ?電話か?」
洗面所で必死に酔いを醒まそうとする上条だったが、急にズボンのポケットに入れられたスマホが着信音を発して持ち主に電話の知らせを気づかせた
「え〜っと相手は…土御門!?」
ピッ!
『やっほー!かーみやん!今日のパーティーは楽しんでくれたかにゃー?』
「やっほー!…じゃねぇよこのバカ御門!急に打ち合わせもなしに乾杯の音頭なんかやらせやがって!」
『いやー、喜んでくれてるようで親友名利に尽きるぜよー』
「どこをどう解釈したらそうなんだよ!?」
上条がスマホの電話に応答し、話し始めた土御門の声はいつもの彼らしい軽々とした口調であり、電話が始まって早々に上条は彼のペースに巻き込まれていた
「はぁ〜…ったく…まぁとりあえずありがとな。お前らの方も色々と忙しいのにわざわざ俺たちのためにパーティーなんて開いてくれて」
『忙しい?一体なんのことぜよ?』
「え?いやだって今魔術サイドは覇権争いの真っ只中だって…」
『あーーー!はいはい!あれならもうとっくに片付いたぜよー!』
「・・・は?」
『いやー、実はどっかの魔神様が色々と動き回ってくれたせいで魔術サイド全体で和平条約が結ばれて今後一切は休戦ってことになっちまったんだぜい。おかげで俺も今は舞香と一緒にバカンスを楽しめてるぜよー』
「は、はぁ!?和平条約って!?それ一体どうやっt…!」
『それよりも上やん、多分今ごろ部屋のどこかに荷物が届いてるはずぜよー。中身は開けてのお楽しみー!それじゃばいばいだにゃ〜』
「えっ!?おいちょっ…!」
ブツッ!ツー…ツー…
「き、切りやがった…てかそれより荷物って…あるねぇ…」
一方的に電話切られ、役目を終えたスマホをズボンに突っ込んで部屋を見渡すと、上条の目にリビングの机に置かれた見慣れない小包が写った
「なんだ…これ?宅急便…なわけねぇか。家出る前はなかったし…勝手に家に上がって荷物置いてく宅急便なんているわけねぇし…」
洗い場で酔いを覚ますのを一旦やめ、リビングの机の前に座り込んだ上条は机の上に置かれた小包と睨めっこしていた
「爆弾…なんてこたぁねぇよな?」
「・・・開けてみるか」
ビリビリッ!ガサガサッ!
「ん?…ッ!?こ、こいつは…!?」
上条は恐る恐る目の前の小包に手をかけ、綺麗に中の何かを包む茶色の紙を無作法に破いていくと、その中に入っている何かを見るなり驚愕の表情を浮かべた
「これは…『ALO』のソフトか…?」
そう、彼が小包の中から手に取った「ALfheim Online」と表記されたそれは、通称「ALO」と呼ばれるVRMMO型のゲームソフトだった
「これは…俺が使ってたALOのソフトじゃないよな…」
「・・・それに加えてコイツは…」
ALOを取り出してもなお、小包の中ににはなにやら直方体の形をした箱が残されていた。「AmuSphere」と表記されているそれは、ナーヴギアの後継機であり、使用した者を仮想世界へと誘う次世代型ゲーム機の「アミュスフィア」だった
「ご丁寧にアミュスフィアまで…これが土御門の言ってた荷物か…?」
ガサッ…ピラッ…
「・・・?封筒?」
小包からアミュスフィアの箱を取り出すと、箱の下と小包の間に挟まれていた茶封筒がひらりと舞い、床に落ちた
ガサガサッ…
「これは…請求書ってことはないな…手紙か…?」
ペラッ
上条は封筒の中に入れられた一枚の白い紙を取り出すと、その紙に書かれている文に目を通した
[拝啓 上条当麻様
八月の残暑厳しき折、いかがお過ごしでしょうか?
つきましては、暑中見舞いと言ってはなんですがアミュスフィアとALOを同封させていただきました。どうぞ有意義にご利用下さい。
なお、もしこれらを使用しないに至った暁には、あなたの身にさらなる不幸が訪れることを、くれぐれもお忘れなきようお気をつけ下さいませ。
では、私はこの辺で失敬致します。いつの日かあなたと出会えることを楽しみにしております。
敬具 ]
「・・・上等だ」
ビリィッ!!!
「さらなる不幸?知るかそんなもん!テメエがどんなツラしてるからなんて知らねえけどなぁ…待ってろ!今からテメエのその下らねえ幻想をぶち殺してやる!」
上条は手紙の内容に目を通し終わるなり、手紙を真っ二つに破った。そしてアミュスフィアの箱に手をかけ、梱包された銀色のゴーグルのような機械を乱雑に取り出し、ベットの近くのコンセントにそのプラグを差し込み、ALOのソフトをセットした
「よし、後はこれを…」
カチャンッ!ドサッ!
そして上条はおもむろに銀色のゴーグルをその頭部に装着すると、そのままベットに寝転んだ
「・・・一体何が待ち受けてるのかなんて知らねえが…待ってろよ。曲がりなりにもこっちは一度同じゲームをクリアしてんだ。怖い物なんてもうねぇよ…」
そして上条はオレンジ色のグラス越しにゆっくりと目を閉じると、次なる冒険の舞台へと意識を落とした
「リンクスタート!!」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「・・・ここは…どこだ?」
仮想世界へと意識をダイブした上条はその目をゆっくり開け、辺りを見回した。ALOの中であろうその世界は既に月夜に照らされており、上条は見知らぬ丘の上に立っていた
「どうなってんだ…?普通はALOに限らずVRMMOを始める時はアバター設定とかチュートリアルがあるはずなんだけど…近くに街があるな…とりあえず行ってみるか…」
「おや、随分と早かったな。『幻想殺し』」
「ッ!?誰だ!?……なっ!?」
「私の記憶が正しければ先ほど荷物を届けたばかりのはずなんだが…貴様はそれほどまでにゲーマーなのか?」
「お、オティヌス!?」
街に向かって飛ぼうと翅を出そうとした上条が背後から何者かに呼びかけられた。その声に上条は咄嗟に振り返ると、そこには隻眼の少女『魔神オティヌス』が立っていた
「・・・ああ、なるほどなるほど…お前の顔見たら全部納得がいったよ…家に置いてあったアミュスフィアもALOも全部お前の仕業ってことか。それにどうせ魔術サイドの和平条約ってのも大方お前がやったんだろ?」
「そういうことだ。気に入ってくれたかな?私からのプレゼントは」
「まぁそりゃ上条さんの懐事情じゃこのゲームはどんなことがあっても買えねぇだろうから嬉しいっちゃ嬉しいんだけどよ…だからって別にあんな物騒な手紙書くこたぁねぇだろうがよ…」
「なに、あの陰陽師に唆されながら書いたほんの愛情表現だ。気にすることはない」
「あっ!愛情表現といえば!お前あの時最後に俺の頬にキスしただろ!ありゃ一体どういう了見だ!?」
「何を言う。キスなど諸外国では挨拶代りではないか。まぁそんなことは一先ず脇に置いてといてだな…」
「そんなことて!?モテない上条さんにとって女の子とのキスなんてそんなことで済ませられるイベントではありませんのことよ!?」
「それよりもどうだ?このALOの感覚は?」
「あぁ…まぁそうだな…よくここまで戻したなとは思うよ」
「戻した?ははっ、それは違うな人間」
「え?」
「このALOは貴様がログインしていたALOを元に戻した訳ではない。そもそもおかしいとは思わないか?」
「おかしいったってな…あ!確かに何でだ…?お前はキリト達の世界の方のALOを元に戻してたハズだろ?俺はもうあの世界のALOには行けないハズなのに…」
「その通りだ。あの時とは違いタネも仕掛けもないのに自分が住む世界とは違う『並行世界のALO』にログイン出来ている…それはなぜか?ということだが」
「あぁ」
「見当違いも甚だしい」
「・・・へ?」
やれやれといった具合に首を横に振って呆れるオティヌス。そんな彼女の態度に上条は思わず素っ頓狂な声をあげた
「私は魔神だぞ?成功50%失敗50%の枷こそあれど、その程度の器に収まると思っているのか?」
「それに忘れたか?貴様が自宅で手にとってログインしたALOは正真正銘、『お前達の世界のALOだぞ?』」
「・・・?・・・はあっ!?!?」
「ふふふっ、その間抜け面。どうやらおおよその察しはついたようだな?」
「えっ…?いやでも…ええっ!?んな馬鹿な!?」
「そう。話は実に至極簡単だ。詰まる所この世界…引いてはALOは…」
「『貴様らの世界のALO』と『並行世界のALO』。その二つのALOが1つとなった『新生ALO』だ」
上条当麻の目の前の魔神は、とても簡単なことを言っているような口調で、到底あり得ない事実を告げた
「・・・はあああああぁぁぁぁぁ!?」
「どうだ?驚いたか?これが魔神の器というものだよ人間」
「えっ!?いやでも!一体どうやって…!?キリト達のALOを元に戻すだけならまだしも…どうやって違う世界線の仮想世界を繋げたんだよ!?」
「なに、元々向こうの世界のALOは私が自分で作ったものだからな。作り直すのはそこまで手間ではなかったさ」
「確かに完全に元に戻すのは無理だと言った通り、以前とほぼ同じALOを再構築することしか私には出来なかった」
「しかしなんだ、色々な世界を見て回りたいと言った手前、前回と同じような仮想世界を作ってみても退屈だろうと思ってな。貴様らの世界のALOの管理者にも許可をとって二つのALOの垣根を失くしただけだ」
「・・・おい、許可取ってって脅したわけじゃないだろうな…?」
「まさか。確か…『須郷信之』と言ったかな?彼はALOを運営する『レクト・プログレス』という企業の新社長でな。かなりの若造だったが、私の『弩』をちらつかせて交渉したところ快く私にALOの運営権を譲ってくれたよ」
「それを脅したって言うんだよバカなの!?」
「はははっ。まぁそうした後で大型アップデートだと言って時間をもらって二つのALOをくっつけた訳だ」
「・・・いやもう笑えねぇよ…」
「なに、そう言うな。なにせ私のプロデュースするゲームだ。きっと元々のALOよりも格段に面白いぞ?何より二つの世界の人間達が交わるのだ。この世界はわんさか人で溢れるぞ」
「面白くなったって…例えばなんだよ?」
「グランドクエストは廃止にした。基本的には純粋に冒険を楽しむゲームだ。詳しく説明すれば、この世界のベースをより北欧神話に近づけた。プレイヤーは妖精となって北欧神話の世界を冒険する…というコンセプトだろうな」
「・・・まさかとは思うけどよ…」
「もちろん。事実上のラスボスは北欧神話の最高神である私本人だ」
「・・・ああそぉ…」
上条はオティヌスの無茶苦茶ぶりに呆れを通り越してもはや何も感じなくなっていた
「それに、とっておきのオマケ付きだ。そろそろ来るぞ…」
「オマケ?オマケって……」
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ…………
「・・・え?ええええええええええええええ!?!?!?!?!?」
ブオオオオオオオン!!!!!
オティヌスがそう言いながら新たなALOの夜空を感慨深く見上げた。その視線を追うように上条もまた夜空を見上げると、夜空に浮かぶ雲の隙間から巨大な鋼鉄の城が悠然とその全貌を現した
「見ての通り、アレがオマケだ。私が貴様らの記憶から一度再現した物だがな。貴様らがかつて歩いたSAOの象徴…『浮遊城アインクラッド』だ」
「・・・まさかまたアレを登れと?」
「いやいや、今回はちゃんとログアウト出来るのだから気楽に登ればいいだろうさ。それにさっきも言ったように同じ物を登ってもつまらんからな、内情も少し弄ってみた。差し詰め『新アインクラッド』とでも呼ぼうか」
「流石に一つのゲームタイトルに色々詰め込みすぎだろ…これ両方とも完全にクリアするのに何時間いるんだよ…二年間ダイブしっぱなしとかいう次元でも無理だぞ…」
「なに、そう悲観的になるな。貴様のステータスも右手を含めて元通りだ。何も心配することなく今まで出会った仲間と新しい冒険に出られるんだ。存外悪くないだろう?」
「そりゃあまぁ…え?今まで出会った仲間って…」
「そら、そんなことを言っている間に迎えが来たぞ人間。上を見てみろ」
「はぁ?迎えって…おおおっ!?」
オティヌスが頭上を指差し、上条がその指の先の夜空を見上げると、夜空一面を覆い尽くさんばかりの妖精達が空を泳いでいた
「うわぁ…すっげぇ…」
「よう!久しぶりだな上やん!」
「キリト!?キリトじゃねぇか!」
夜空を覆う妖精たちに見惚れていた上条を呼ぶ声が聞こえ、声の方向に振り返るとそこには自分のいる丘に向かって飛んでくるキリトの姿があった
「ははは!本当に上やんだったか!遠目から見た時は幻覚かと思ったけど、またこうして会えるなんて思いもしなかったよ!一体どうやってこっちに来たんだ!?」
「ああえっと…多分それはここの…アレ?」
丘に降り立ったキリトにそう聞かれ、自分の隣にいる魔神を紹介しようとした上条だったが、もうそこに隻眼の魔神の姿は影も形もなくなっていた
「ははっ…ったく…オティヌスのヤツ…言いたい放題やりたい放題やって帰りやがって…」
「・・・?どうした?そこに誰かいたのか?」
「いや、何でもない。色々あったんだよ。色々な」
「???…まぁいいか。こうして互いに元気に会えただけでもお釣りが来るってもんだ」
「へへっ、そうだな」
「おらー!遅っせぇぞ上やん!」
「ん?あぁっ!?クライン!?」
「酔いが覚めなかったなんて言い訳は受け付けねーからなー!」
そう言ってクラインは上条とキリトの頭上を飛んで行き、夜空に浮かぶ新アインクラッドへと向かって翅を打ち鳴らした
「今のは上やんの方の世界の仲間か?何か不思議な感じがするな…アイツとは仲良くやっていけそうな気がする」
「いやそれよりなんで違う世界の人が俺以外にも来てることに疑問を感じないんでせうか…?」
「え?いやだってホラ。向こう」
「は?・・・マジかよ」
キリトが指差した方角に視線を向けると、そこには上条のよく知る仲間たちが夜空に輝く星のように、妖精の双翼の鱗粉を広げながら飛んで来ていた
「おらー!置いてくわよー上やん!」
「一緒に行きましょう!上やんさん!」
「お先!」
「全く…いつまでたっても世話が焼けるナ。上やんは」
リズベット、シリカ、エギル、アルゴと口々に上条に声をかけるとその横を飛び去って妖精の世界の街を目指して夜空へと飛び出した
「あ、アイツらまで…一体いつの間に…」
ドンッ!グイグイ!
「ほーら!アンタもモタモタしてんじゃないわよ!」
「はあっ!?み、美琴まで!?ちょ、そんなに押すなよ!?押すなって!俺まだ翅出してねーんだから!」
次々に飛んでいく仲間を見送った上条の背中をグイグイと押すのは、水妖精であるウンディーネに姿を変えた美琴だった
「こちとらアンタよりも長く寝てたせいで身体鈍っててウズウズしてんの…よっ!」
ドンッ!
「どわあっ!?…ッ!!」
ブワッ!
「ほっ…はは、飛ぶのも久々だな…」
「おーい!上やんくーん!キリトくーん!」
「上やんさーん!パパー!」
「上やんくーん!お兄ちゃーん!」
「アスナ!ユイ!リーファ!」
すると今度は向かい側からアスナとユイとリーファの三人が上条達のいる丘に手を振りながら向かって来ていた
「ったくアンタってヤツは…なんでそうやってすぐに他の女と仲良くなってんだゴラァァァァァ!!!」
バチバチバチバチバチバチ!!!
「あっぶな!?いきなり電撃はなしだろ!?」
「・・・ありがと、当麻」
「!!!!!」
「それじゃ!モタモタしてたら私があっという間にクリアしちゃうわよ!」
ギュンッ!
「・・・はは…これじゃ美琴には敵いそうにないな…」
そう言って上条は美琴が放った電撃を打ち消した感触を馴染ませるように、ゆっくりとその右手を握り、口元を綻ばさせ、飛び立っていく美琴の背中を見つめていた
「さぁ!みなさん行きましょう!」
「行こう!キリト君!上やん君!」
「ほら!お兄ちゃんも上やん君も置いてっちゃうよー!」
「ほらお呼びだ!行こうぜ上やん!」
「・・・・・あぁ!みんな行こう!」
こうして上条やキリト、その仲間達の大冒険はまた始まっていく。その翅で、脚で、まだ見ぬ世界へと旅立っていく。世界の垣根をも超えた彼らを隔てる物など、何もないのだからーーー
とある魔術の仮想世界 Fin.
どうもみなさんこんにちは、作者です。
紆余曲折はございましたが、前作より続けさせていただきました「とある魔術の仮想世界」は今回をもって完結になります。ここまで書いてこられたのは読者の皆様のお付き合いがあったからこそです。本当にありがとうございました!
つきましては作者の今後の身の振り方ですが、正直なところを申し上げますとまだ詳しくは決めておりません…汗
可能性のあるところとしては、このまま同シリーズのファントム・バレット編を執筆を始める。あるいは新たな題材で他のSSを書く…というところです。しかしどちらにせよしばらく構想のためにお時間を置くと思います。なので次に何か活動を始める時は作者のホームで活動報告を打つか、こちらのSSで何か宣伝を打つと思います。作者の今後にも付き合っていただけるのであれば嬉しい限りでございます。
では、名残惜しいところではございますがまたどこかで読者の皆様とお会いできることを祈っております!では!本当にありがとうございました!