TS転生したからロールプレイを愉しむ   作:ドスコイ

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第七話(表)戦争の足音

「やぁっ!」

 

 雲一つ無い青空の下、幼いながらも意気に溢れた掛け声が響き渡る。

 

「速く振ろうとしなくても良い。大事なのは形だ。最初は遅くても正しく剣を振るよう意識しろ」

「は、はい……!」

 

 その日、ザインは自宅の庭でリーンの稽古をつけていた。

 と言っても彼自身も弟子の横で剣を振っているので一緒に稽古をしていると言うべきか。

 

「腕は痺れるし、身体は重くなっていく。どんどん疲れて来るよな?」

「……」

 

 返事を返す元気もなく頷きだけを返すリーン。

 昼食を摂った後から素振りを初めてもう二時間。

 ザインならばともかく五歳児のリーンにとっては疲れるなんてレベルではなかった。

 足下には零れ落ちた汗の水溜まりが出来ているし身体も鉛のように重い。

 今にも座り込んでしまいたいはずなのに剣を手放さないのは胸に抱いた決意ゆえか。

 

「だが、それでこそ良い稽古になる。疲労で余分な力が抜けた状態で振る剣をよーく覚えとけ。返事は?」

「は、はい!!」

 

 普通ならば身体の出来ていない子供にこんな鍛錬を課すべきではない。

 肉体の成長に悪影響を及ぼすかもしれないから。

 しかし、それでも稽古をやらせているのはそこらの問題を解決出来る手段をザインが持ち合わせているからだ。

 少し前まで腐っていたとは言え名うての冒険者で尚且つ浪費癖もなかったものだからその資産は莫大である。

 金にあかせて治癒系の回復アイテムを大量に買い込んであるのだ。

 アイテムの中には身体の歪みを矯正しちゃんとした方向に伸ばすと言うものもある。

 それを含めた幾つかのアイテムを併用させればリスクを解消出来、頑張れば頑張った分だけ成果を出す事が出来るのだ。

 

「(……やっぱ根性あるなコイツ)」

 

 駆け出し冒険者が見れば土下座してでも頼みたくなるような育成環境。

 元は知人の息子と言うだけのリーンにここまでの投資をしているのは彼を高く評価しているからだ。

 剣の才能を――ではない。流石のザインでも何もかもが未熟な子供の才能を看破出来る程出鱈目ではない。

 彼が買っているのは心の強さだ。

 沢山泣いた、沢山悲しんだ、それは知っている。

 だが五歳の子供があんな悲劇を乗り越えて真っ直ぐな気組みで剣を振るえるだろうか?

 

「(数年――下手すりゃ一生もんのトラウマだろうに)」

 

 心の傷はまだ存在しているのだろう。

 だが痛みを抱えて前に進もうとしている。愛する家族のために。

 どれだけ嫌われ、どれだけ憎まれていようとも純粋な愛情を胸に一つ抱いてリーンは戦っている。

 尊敬の念を抱かずには居られなかった。

 とは言え、純粋な善意だけでリーンに投資をしている訳ではない。

 彼の傍で彼を指導する事で自らもまた強くなれるだろうと期待していると言う理由も存在している。

 

 まあ、打算ありきでも十分過ぎる程の厚遇なのだが。

 

「よっしゃそこまでだ! 水飲みながらゆっくり庭を三周回って休め」

「は、はひぃ!」

 

 リーンは言われた通りに置いてあった水筒を拾い上げ、それを飲みながら亡者のような足取りで歩き出す。

 激しい運動をした後だ、急に休むのではなく段階を経て。

 正しい指導だが、ザインがその手の専門的な知識を持っている訳ではない。

 経験則でそうした方が良いと身体が知っているだけだ。

 

「(さて、こっからは俺もペースを上げるか)」

 

 ザインはこれまでペースを落としていた。

 横で剣を振っている自分のペースにリーンが釣られてしまわないために。

 その分は素振り用に誂えた鉄棒につけた重りで補っていたのだがここからは速さも追加である。

 

「……ザインさんは凄いなぁ」

 

 上半身裸で馬鹿デケエ重りをつけた鉄棒を振るうザイン。

 服を着ていれば分かり難いが、脱いだら分かる。

 無駄なく絞り込まれた高密度の筋肉とそこに刻まれた無数の修羅場を想起させる沢山の傷。

 歴戦の戦士! と言う形容がぴったりの威容だ。

 

「僕はこれ……うーん……」

 

 ザインに引き取られてからそれなりの時間が経った。

 休みの日を入れながらもハードな鍛錬をこなしていると言う自負がある。

 しかし、自分の肉体を見てもイマイチ筋肉がついているようには見えない。

 その指導を疑う訳ではないが、自分の身体が戦いに向いていないのではと不安になるリーンであった。

 

「安心しろ! 見た目の変化はまだあんまねえが、内側は随分と変わってる!」

 

 師匠はそんな弟子の悩みを正確に見通していた。

 

「内側、ですか?」

「おう。内臓器官がそうだな。お前、俺のところに来るまでそんなになるまで剣を振れたか?」

 

 激しい運動をした後で大量のご飯を食べられたか?

 答えは否だ。

 

「それは……無理です」

 

 数十回木剣を振るうだけでも限界だっただろう。

 ご飯なんて少しも食べられない、無理矢理押し込んでも吐き出していただろう。

 

「な? お前はちゃんと成長してる、だからそうしょげるなよ」

 

 とは言え気持ちが分からない訳でもない。

 若い時程自分の成長が実感出来難いものだ。

 それに加えてリーンには姉の事もある。焦りが生じてしまっても無理はない。

 

「焦るな、遠回りに見えるようでこれが一番近道なんだ」

 

 回り道が一番の近道。

 リーンを弟子にした事でザインは一つの答えを得た。

 ザイン自身、元は錆落としを終え基礎の確認が終わったら実戦で上を目指すつもりだった。

 リーンを引き取ってからも同じだ。指導をしつつも、空いた時間で実戦を繰り返す。

 それが初期の方針だったがリーンを見ている内に認識が改められた。

 

「(俺はまだ基礎を積み切っちゃいねえ)」

 

 基礎を積めば積む程、器は広く深く大きくなっていく。

 基礎を疎かにして小さな器のまま高等な技術を身に着けたところで受け止めきれない。

 それでは何の意味も無いだろう。

 ザインは世間一般では十分過ぎる程に基礎を積み終わっている。

 だが、まだまだ基礎を――器を拡張出来るだけの余地は残っていた。

 

「(あの規格外に追い付くのは無理だとしても……振り向かせてやりてえのなら……)」

 

 自身の器を完全なものにするのは最低条件だ。

 時間はかかるかもしれないが、その時間は決して自分を裏切らない。

 基礎をしっかりと積み上げる、それは当たり前の事だが強くなればなる程に忘れがちになってしまう事でもある。

 だがひたむきに頑張るリーンを見てそれを思い出せた。

 

「今頑張れば頑張った分だけ後々お前は大きく羽ばたける。

逆に急いて目先の成果を追い求めるようになっちまったら最初は上手く行っても後から泥沼だ」

 

 どんどん姉は遠ざかって行く。

 そして、何時しか追い付く事すら出来なくなってしまうかもしれない。

 そう指摘されたリーンは顔を青くして黙り込んでしまう。

 

「……」

「実際、俺もそうだったからな」

 

 それまでが順風満帆だっただけにレオン・ハートを封印してからの日々で躓いてしまった。

 強くなった自分の相手になるような奴が何処にも居ない。

 居なければ高みには昇れない。

 つまらない、何と戦ってもどうにか出来てしまう。

 

 今考えれば何とおこがましい事か。

 

 相手が居ないなら原点に立ち返れば良いだろう。

 いや、そもそもの話更なる高みを目指すのであれば封印したその日から基礎のやり直しをするべきだった。

 だがザインはその後悔も決して無駄ではなかったと考えている。

 だって、こうして先達として道を示す事が出来るのだから。

 

「随分と無駄な時間を過ごした。俺ァ、弟子にはそんな思いをさせたくねえ」

「ザインさん……はい、分かりました」

「おう、それで良い。そら、そろそろ座ってゆっくりしな。何なら家の中で昼寝してても構わないぜ」

「いえ、見る事も鍛錬の一つですから」

「そうかい? ま、無理はするなよ」

 

 ちなみに話をしながらもザインの剣筋には微塵の緩みもなかった。

 その事実が、未だ止まらぬ彼の成長を証明していると言えよう。

 

「……それにしてもザインさん」

「ん?」

「ザインさんって毎日陽が昇り始めた頃から鍛錬を始めてるんですよね?」

「おう」

 

 朝早くに起きて夕方までのエネルギーとなる大量の食事を摂取。

 テーブルの上にリーンが起きてからの指示を書いたメモを残し鍛錬を開始。

 これがザインのライフワークだった。

 

「…………体力、どうなってるんです?」

 

 大人だと言う事を差し引いても異常だと言わざるを得ない。

 よくもまあ、ここまでハードな日々を送れるものだと呆れ半分感心半分のリーンであった。

 

「キツクないんですか?」

「いや、そんなこたぁねえけど……一番キツイ時期と比べると大した事ないかなって」

 

 辛い時、しんどい時、もう嫌だと思いたくなるような瞬間は誰にでもあるだろう。

 ザインにも当然、覚えがある。

 だがその度にかつて味わったどん底を思い出すとどうでも良くなってしまうのだ。

 

「一番キツイ時期、ですか?」

 

 興味がある、リーンは子供特有の好奇心で目を輝かせていた。

 

「聞くか?」

「是非」

「あれは駆け出しの頃の話だ。俺は強くなりたくて依頼もソロでこなしてたんだがな」

 

 ある時受けた依頼でその運命が一変した。

 内容はダンジョンに住むとあるモンスターの肝を持って来て欲しいと言うもの。

 

「そういや調達系の依頼はやった事なかったなと依頼を受けダンジョンに潜った。

初めてだったから少しばかり不安ではあったが、言うても初心者向けの探索され尽くしたダンジョンだ。

事前に情報をしっかり集めて行けば問題無いと思っていたんだが……なあ?」

「何かあったんですか?」

「運の悪い事に俺は暴かれ尽くしたそのダンジョンで新たな発見をしちまった」

「運の悪い事って……凄い事の間違いなんじゃないですか?」

 

 もうとっくに新たな発見は無いと思われていたダンジョン。

 そこで新たな何かを見つけたとなればそれは立派な功績だろう。

 

「そうでもない。俺が見つけたのは未知の領域でな、しかもそこは初心者向けなんて難易度じゃなかった。

駆け出しの冒険者が踏み入れば十分と経たずにくたばっちまうようなデンジャラスゾーン。

しかも行き道は一方通行でな、いきなりポンと地獄に放り出されちまったのさ」

「ええー……何で生きてるんですかザインさん」

「幾つもの幸運が重なった結果って感じだな。それでも人生で一番ハードな数ヶ月を過ごす羽目になったよ」

 

 太陽が差さない場所に閉じ込められると言うだけでも人間にとってはかなりキツイ。

 その上、飲食や睡眠もままならず常に気を張っていなければ死んでしまう。

 安全な場所、安心出来る場所なんてどこにもありはしない。

 帰り道を見つけるまではひしめく凶悪なモンスターと戦い続けるしかなかった。

 

「喉が乾いても飲めるのは殺したモンスターの血ぐらい。

腹が減っても食えるのはモンスターの生肉ぐらい。

魔法が使えれば火を熾せたし水も調達出来て少しはマシになったかもしれないが俺は生粋の剣士だ」

 

 それでも持って来ていた荷物があればまだマシだった。

 保存食と最低限の飲料水があったし味気ない保存食に使う塩や胡椒などの調味料、火を熾すための道具もあったのだから。

 

「う、うわぁ……うわぁ……」

「時々、毒にもあたって糞尿撒き散らしたりもしたっけか」

 

 鍛錬の傍ら思い出話に花を咲かせつつ数時間。

 日が沈み王都のあちこちに明かりが灯り始めた頃、ようやっとその日の鍛錬が終わった。

 途中で鍛錬に復帰したリーンはもうヘトヘトになっていたが、歩けない程ではない。

 

「(……頑張ってるし、今日はちょっと外食でもするか)」

 

 と親心を見せザインは弟子を伴って街へと繰り出した。

 

「いやぁ、シンケールス様様よね」

「ああ、特需だ。こりゃあしばらくは稼ぎ時になるだろうぜ」

「新しい領土、新たな利権、大量の奴隷、これだから戦争は止められません」

「むしろ遅過ぎるぐらいだと思うけどね。何だってあんな小国をこれまで放置して来たのか」

「家畜は肥えさせてから食うものさ。骨ばっかりじゃ食べた気にならないだろ?」

 

 ここ数日、王都は祭事があった訳でもないのに浮かれ気分が蔓延していた。

 それは何故か、道行く人々の話に耳を傾ければ直ぐに分かるだろう。

 戦争だ、戦争と言う名の蹂躙による得られるものに夢中になっているのだ。

 

「僕はこれまで自分の家の近くしか知りませんでしたけど……」

「まあ、言いたい事は分かる」

 

 直接従軍しなければ恩恵が少ない底辺の人間ばかりが住まう下層地区では戦争が起きても盛り上がる事はあまりない。

 そこで育ったリーンにとってこの空気は初めて味わうもので、異様且つ不愉快なものであった。

 

「スペルビアってのはこう言う国なのさ。

自分とこの国が最強で最高、他の国、他の人間は自分達の餌だと当然のように考えてる。

戦争に負けるなんて思いつきもしない。自分達は生まれながらの勝者だと疑ってすらいない。

他所からこっちに移り住んだ人間もそう。気付けばこの国の傲慢さに染まっちまう」

 

 ザインが腐っていたのもそう。

 この国に流れる空気に影響を受けたからと言うのも原因の一つだろう。

 まあ、悪いのは影響を受けて流されてしまった自分であり他に責任を求めるつもりはないのだが。

 

「全員が全員、そうと言う訳でもないぜ? 中には真っ当な連中も居る」

 

 リーンも知る人間で言えばギャビーなどがそうだ。

 善良と言う訳でもないが、傲慢さに痴れている訳でもない。

 離れた場所からつまらなさそうに浄不浄を見つめている傍観者、それが彼女だろう。

 

「お姉ちゃんは……」

 

 この国の悪い部分を煮詰めたような場所にいたのだろうか。

 これでもかと汚いものを見せつけられ続けていたのだろうか。

 掃き溜めのような場所で傲慢な悪意に心身を苛まれていたのだろうか。

 

 そうなのだろう、きっとそうなのだ。でなくばあんな目をするはずがない。

 

「リーン?」

「(僕も……そうだ……お姉ちゃんはどう思ったんだろう……)」

 

 事情を聞かされた知った風な口を利き両親を庇った自分。

 無神経で傲慢な発言――殺されなかったのが不思議なぐらいだ。

 

「……ザインさん」

「どうした?」

「僕、頑張ります。だから、これからもどうかよろしくお願いします!!」

「(……スペルビアを離れる事も視野に入れておくべきかもな)」

 

 勢い良く頭を下げるリーンを見てザインはそう思った。

 世界の広さ、美しさを知る事でこの子はもっと強くもっと優しくなるだろう。

 行方知れずの姉の情報を探すためにも他所へ行くのは間違いではない。

 

「ああ、よろしくな。さ、気持ちを切り替えようぜ。今日は肉だ肉。男は肉を食って強くなるもんだ!!」

「はい!!」

 

 再会の時は、もう直ぐそこまで近付いていた。


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