TS転生したからロールプレイを愉しむ   作:ドスコイ

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前話でも書いたようにこれが今年最後の投稿です。
それと、何時だったかあとがきで書きましたが私は元々なろうで小説書いてました。
誰も自分を知らない所で書いても読んでくれるのか、評価されるのか
それを知りたくてハーメルンに投稿しました。
皆さまのお陰でスランプは脱せました。
なので生存報告がてらなろうの方でもこの作品をマルチ投稿するかもしれません。
見つけたらお気に入り登録等、してやってくれると嬉しいです。


エピローグ

 真なる魔女ルークス・ステラエが歴史の表舞台に姿を見せてより十年の月日が流れた。

 ”魔女の楔”と称されるあの事件を境に世界は大きく形を変えた。

 

 まず真っ先に挙げられるのが最古にして最大最強の国家スペルビアの分裂。

 

 偽りの魔女を擁し国を――民を危険に晒した王の下に未来はない。

 当時の王をそう糾弾したのは良く言えば穏やか、悪く言えば気弱な第十三王女だった。

 周囲の者が王女を傀儡にし、権力を握ろうと目論んだのか……と言えばそれには首を傾げざるを得ない。

 

 王女は自領にて独立を果たしたのだが、どう贔屓目に見てもそれは行き当たりばったり。

 

 離反する家臣達こそいなかったものの、独立当初の動きはてんやわんやの一言。

 影の王となるような人間がいたのならば、もう少し計画的に動いたはずだと言うのが大方の見解だ。

 そんな状態でも荒波を乗り越え国を軌道に乗せられたのは王女のお陰だろう。

 自ら立つ事によってその王器を開花させたのだと人々は語っている。

 

 スペルビアとしては王女の独立は決して看過出来ないものだった。

 

 シンケールスでの敗戦から魔女の襲来によるフィクトスの喪失。

 好き勝手に振舞っていたツケが降り掛かって来る事は目に見えていた。

 王女への賛同が少なければ即座に鎮圧も可能だったのかもしれないが、予想以上に離反者が出てしまったのだ。

 その原因の一つは勇者ダンテ・マルティーニが王女の側へと就いたからだろう。

 それでも戦えばスペルビアが勝利するのは目に見えていたが勝っても後が続かない事もまた目に見えていた。

 

 結果、栄華を誇ったスペルビアは真っ二つに分かたれる事に。

 

 継続を選んだスペルビア王国。

 変化を望んだアケディア帝国。

 両国は同じ血をその身に宿しながらも、二度と交わる事はないだろう。

 

 だが分裂したのは何もスペルビアだけではない。

 

 離反者を許してしまったのはイラ連合国も同じ。

 弱体化したスペルビアに今こそ積年の恨みと共に刃を突き立てるべきだ!

 いいや、何が魔女の逆鱗に触れるか分からない以上、深く魔女と関わったスペルビアは放置すべきだ!

 前者の言い分については説明するまでもないだろう。

 後者の主張は魔女と言う禁忌に触れるべきではないので他所の国にやらせろと言うもの。

 ただし、一国がスペルビアの領土を独占してしまうのは望ましくないので複数の国を扇動するつもりだ。

 

 他所の国を太らせてどうする!? 貴様らは馬鹿か!

 後で回収するために大丈夫かどうか様子を見るべきだって言ってんだよダラズが!!

 

 連合の意思決定機関である評議会は荒れに荒れた。

 だが、何もこれだけで分裂が起こった訳ではない。

 この問題を機に、これまで抱えていた他の諸問題による対立が表面化し結果として複数の国が連合を離反したのだ。

 そして離反した者達による新たな国家群こそがアワリティア連邦。

 

 ならばイラと並び健在であったスペルビアに次ぐ大国であったインウィディア帝国の一人勝ちか?

 

 いいや違う、そうはならなかった。

 インウィディアの皇帝が急死したのだ。

 それにより御家騒動が勃発し、他所と戦争をやる暇がなくなってしまったのである。

 皇帝の座を巡り対立する者らはスペルビアやイラのように国を物理的に割るつもりはないのが救いか。

 

 そして大国が乱れる事により抑え付けられて来た小国の動きも活発となった。

 

 とうの昔に滅びた国が再度興り、シンケールスと同盟を結んだりと息つく暇もなく世界は動き続けた。

 動乱の時代、それ以外に言いようがないだろう。

 魔女の楔に端を発し幕を開けた動乱の時代は十年経った今も続いている。

 むしろ激化していると言っても過言ではないだろう。

 

 そんな荒波の中、新たな門出を迎えようとしている三人の少女がいた。

 

「うーん! 今日も良い天気だなー!!」

 

 ガタガタと揺れる馬車の荷台。

 その屋根の上で胡坐をかき、大きく伸びをする少女がいた。

 綺麗に切り揃えられた深い藍色のショートボブ、髪と同色のクリクリとした瞳には隠し切れない期待が灯っている。

 一目見ただけで元気な子なのだなと分かる彼女の名はマリー・スペーロ。

 

「ちょっとマリー! あなた女の子なんだから胡坐は止めなさい! はしたないでしょ!!」

 

 ヒョコリと荷台の中から顔を出した少女がマリーを咎める。

 燃えるように赤い髪を両サイドで括り付けたツリ目の彼女を見れば誰もが理解するだろう。

 あ、この子は気が強いんだな……と。

 そんな分かり易い彼女の名はマレウス・スペーロ。

 

「だいじょぶだいじょぶ。だって……ほら!」

 

 ペロンとスカートを捲って見せるマリー、中身は下着――ではなくスパッツだ。

 だが、スパッツだからとスカートを捲って見せるのは淑女として如何なものか。

 

「そう言うとこがはしたないって言ってるの!」

「いやぁ……荷馬車の屋根に上ってる時点で十分はしたないと思うんですけど……」

 

 そう控え目に進言したのは長い栗色の髪を後ろで三つ編みにした眼鏡の少女。

 如何にも大人しそうな彼女はジャンヌ・スペーロ。

 同じ姓を名乗っているものの少女三人に血縁はない。

 とは言え同じ孤児院で赤子の頃から共に育ったので姉妹と呼んでも間違いではない間柄だ。

 

「だって中で座ってるよりこっちの方が気持ち良いじゃん」

 

 少女らは数日前、全員が十四歳を数えたところで生まれ育った孤児院を出た。

 別に追い出されたとかそう言う事ではない。

 全員が十四歳になったら孤児院を出ると以前から決めていたのだ。

 孤児院にかかる負担を軽くするため、そして何時か恩返しをするため。

 

 三人が育った孤児院は、決して裕福ではない……と言うか普通に貧乏だ。

 

 それでも院長は誰一人として子供を見捨てず愛情を以って皆に接している。

 子供達が自立する際も、働き口を紹介したり自立した後も相談に乗ったりと頭が上がらない存在だ。

 巣立って行った先輩方も無理がない程度に寄付をしているのだが経済状況が劇的に良くなる事はない。

 そんな中でも頑張っている院長の背中を見て来た三人は一念発起、一攫千金を目指し、冒険者になる事を決意したのだ。

 

 世界を知らない子供の無謀だと思うかもしれないが、少女らもそこまで馬鹿ではない。

 

 死んでしまえば元も子もない事を知っているし、それが一番大恩ある院長を悲しませると理解している。

 だが、何も考えなしに冒険者になろうとした訳ではないのだ。

 彼女達の孤児院は治安のよろしくない場所にあり、ごろつきやモンスターなどの危険が身近にあった。

 ゆえに院長は最低限の自衛手段を子供達に教え込んでいた。

 そして、中でも才ある者には特別な指導も。三人は才ある子供だった。

 

 マリーは速さ。

 マレウスは魔法。

 ジャンヌは膂力。

 それぞれ冒険者として立派な武器になるものを備えていた。

 だからこそ院長も最初は難色を示したものの、決して無理をしないと言う約束で最後には折れたのだ。

 

「だからって毎日のように上るのはどうなんでしょうか」

「だって、見える景色は毎日違うじゃない?」

 

 これまでは孤児院がマリーの世界と言っても過言ではなかった。

 だが、駆け出しの冒険者が集まる街へ向けての旅が始まり、彼女の世界は急速に広がって行った。

 何もかもが真新しく、キラキラと輝いて見える。一分一秒でも目を閉じるのが惜しいぐらいだ。

 本当なら自分の足で歩いてみたかったが……院長が折角、旧知の隊商に頼み込んでくれたのだ。

 勝手に抜け出す訳にもいかない……三食ご飯も出してくれるし。

 

「綺麗だよ? 世界はとっても綺麗」

 

 この感動は今を逃すともう味わえないかもしれない。

 何も知らない自分達だから胸を打つのかもしれない。

 それなら今の内に楽しんでおかねば損と言うもの。

 

「二人もおいでよ」

 

 屈託のない笑顔で手を差し出すマリー。

 その手を取るべきか否か迷っているマレウスと違いジャンヌの行動は早かった。

 

「ちょ、ちょっとジャンヌ!?」

 

 マリーの手を取り急に荷台の上によじ登り始めたジャンヌに目を丸くするマレウス。

 三人の中でも優等生気質なジャンヌがこんな事をするとは予想もしていなかったのだ。

 

「マリーの言う通りかなって思ったんです。

今しか見えないものもきっとあるから……それに、悔しくないんですか? マリーだけ楽しそうにしてて」

 

 冗談めかした笑みを向けられマレウスは顔を顰めるも、

 

「うー……い、行くわよ! 私も行くから!!」

 

 結局はそうなった。

 

「……何の変哲もない、ただの街道じゃない。こんなもの、直ぐに見慣れちゃうわよ」

 

 三人が眺める景色は、ハッキリ言って何一つ特別なものではない。

 世界中のどこに行ってもありそうな光景だ。

 

「なら見慣れるまでは楽しめるよね?」

「ま、まあ……そうね」

 

 実際、マレウスの胸は躍っていた。

 荷台の中でただ座っているよりはこちらの方がよっぽど楽しい。

 

「だいじょぶだいじょぶ。私は結構見てるけど全然飽きてないからまだまだ楽しめるよ」

 

 孤児院を出て二週間、これまでの道中でも似たような街道を通った事はある。

 だが、そこではそこの感動が、ここではここの感動がそれぞれあった。

 そう語るマリーにジャンヌとマレウスは羨望を抱く。

 この子の瞳に映る世界は今自分達に見えているものよりずっとずっと美しいのだろうなと。

 

「それより、見てください二人とも! あの鳥、すっごく美味しそうです!!」

「ちょっと止めなさいよみっともない!!」

 

 決して裕福ではない家庭だ。

 三人は時折、野生動物を探しに行ってはその肉を食卓に上げていた。

 獲物の中には野鳥もいて、空を自由に泳ぐ鳥も彼女達からすればただのご馳走でしかなかった。

 

「もー、マレウスは直ぐそうやって世間体を気にするー」

「当たり前でしょ!? これからは私達だけでやってかなきゃならないのよ!?

それに、私達が恥ずかしい真似をすると私達を育ててくれた院長先生の顔にも泥を塗る事になるんだから!」

 

 見事な優等生発言だが付き合いの長い二人は知っている。

 常識人ぶってはいるが、プッツンすれば一番非常識なのがマレウスだと。

 こうと一度思い込んでしまうともう何を言っても聞かないのだ。

 

「アハハハハ! お嬢ちゃん達は本当に仲が良いねえ」

 

 下で会話を聞いていた御者の老人が堪え切れずに大笑いをし始めた。

 マレウスは顔を真っ赤にして頭を下げるも、

 

「あわわ! ご、ごめんなさい……うるさくしちゃって……」

「すいません、この子は直ぐ周りが見えなくなっちゃうんです」

「ちょっとジャンヌぅ!? 何自分は悪くないみたいな顔してんのよ! ってああまた!?」

「いやいや、良いよ良いよ。若い子は元気が有り余ってるぐらいで丁度良いのさ」

「ありがと! ねえおじさん、エデって街までまだかかるの?」

 

 エデと言うのは駆け出しの冒険者達が集まる始まりの街。

 三人の旅、その一先ずの終着点である。

 

「そうだねえ……このペースなら、今日の夜には到着するんじゃないか」

「夜かー、それなら冒険者登録は明日になるのかな?」

「でしょうね。夜でもギルドはやっているでしょうが長旅の疲れも溜まっていますしゆっくり休みましょう」

「美味しいもの食べたいなー」

「馬鹿! お金が無い訳じゃないけど生活が安定するまでは切り詰めるに決まってるじゃない!」

「無理して心が参らないようにするのも大切じゃない? ただでさえ冒険者は大変な仕事なんだし」

「正論ですね。あの、お爺さん。よろしければエデについて色々聞かせてくれませんか?」

「おうともおうとも。じゃあ先ずは――――」

 

 年齢を重ね、多くのものを見て来た商人だからだろう。

 老人の語り口は非常に上手く、気付けば三人はどっぷり話にのめり込んでいた。

 

「とまあ……こんなところかねえ」

 

 小一時間程、エデについて語ってくれたが流石に話題も尽きたらしい。

 それでもマリー達にとっては十分な内容だった。

 これからの生活、マリー以外は期待と不安が半々だったが今では他の二人も期待の比率の方が大きくなっていた。

 

「ところで、お嬢ちゃん達には荷台で寝てもらっとるが問題があったりはせん?」

「問題……ですか?」

 

 イマイチ不明瞭な問いにジャンヌが小首を傾げる。

 

「うむ……まあ、今になってこんな事を言うのもあれだが……荷台にある鎖で雁字搦めにした木箱があるだろう?」

「アレ、呪いのアイテムか何かなの?」

「いやいや、そんな事はありゃせん。流石にそんな物を載せた荷台に寝泊まりはさせんよ」

 

 とは言えまったく危険がない代物かと言うとそれも違う。

 老人は少しバツが悪そうな顔で語り始めた。

 

「ありゃあ、とある錬金術師に商いのついでに届けてくれと託された特殊なポーションでな」

「特殊なポーション?」

「うむ、何でもモンスターを誘き寄せる効果があるらしい」

「! お、お爺さん! それ、とんでもない代物じゃないの!?」

 

 モンスターの行動を薬品で誘導出来る。

 それが本当ならマレウスの言うようにとんでもない代物だ。

 誘導自体は魅了魔法や幻影などを使えば簡単に出来るが、あくまでそれは魔女・魔法使いの特権である。

 だが件のポーションがあれば誰でもそれが出来るようになるマレウスが興奮気味に詰め寄るも、

 

「いやぁ、どうだかねえ。実際に効果を発揮するかも怪しいし」

「それは……まあ、確かにそうね」

 

 マレウスが落ち着きを取り戻す。

 そうだ、よくよく考えればそのような試みがこれまでに研究されて来なかった訳がないのだ。

 なのにそんな話を聞かないと言う事は……老人の疑惑は至極尤もだった。

 

「うむ。まあ、仮に効果を発揮しても役には立ちそうにないが」

「え? どうして?」

「詳しい事は理解出来んかったが、あのポーションの効果を発揮させるにゃあ人間にぶっかけるしかないのよ」

 

 人間に付着する事によってポーションが特殊な反応を起こし、その人間にモンスターが群がり始めるのだ。

 マレウスが考えているような安心安全にモンスターを狩るのに役立てると言う事は不可能なのだと老人は語る。

 

「…………あの、それってかなり危険じゃないですか?」

 

 悪用の方法を思い付いたのかジャンヌが青い顔をしている。

 

「ああ。だがまあ、個人が作っとるもんで世に出回っとる訳じゃあない。

荷台に積んであるのも、信頼の置ける個人に向けてのものさね。それで、どうかね? 何か問題はなかったかい?」

 

 勿論、衝撃で容器が壊れても外に漏れださないようしっかり保管してある。

 それでも物が物だ。半信半疑とは言え老人も気になるのだろう。

 今になって聞いて来たのは……言い出し難かったのだろう、しょうがない。

 

「問題はなかったよ? ちょっと狭いかなってぐらいで」

「それにしたって孤児院で雑魚寝していた時よりは随分快適でしたけどね」

「って言うか、私ら割と危険な代物の横で寝泊まりしてたんだ。いや、タダでお世話になってるから文句はないんだけど」

「いやいや! 君らは古い友人からの預かり物だからね?」

 

 一番安全で一番快適な場所を割り当てたのだ。

 ただ、一番安全と言う事は件のポーションを保管しておくにも打ってつけでもある。

 老人は無理のない範囲で融通を利かせてくれたのだ。

 

「まあでも、問題がなかったのなら何よりだよ」

「って言うか積んであるポーション、一体何の用途で使うのかしら?」

「さあ? わしも届けてくれとしか言われてないからなあ」

 

 ポーションについての話題はそこで流れ、その後はポツポツと取り留めのない話をしていたのだが……。

 

「わわ!?」

 

 突如、馬車が急停止した。

 幸い、三人は咄嗟にしがみついたお陰で振り落とされる事はなかった。

 

「……まずいな、お嬢ちゃんら。荷台の中に戻りな」

 

 遠く前方で赤い狼煙が上がっている、それを視界に入れた老人の顔が苦いものに変わった。

 あの狼煙は進路の安全を確認するため先行していた冒険者達から上げられたものだ。

 有事の際に使う事になっていて、幾つかの色があるのだが……赤は最上級の警戒を知らせるものだった。

 

「わ、分かったわ! マリー、ジャンヌ!!」

 

 三人が荷台の中に転がり込んでから程なくして怒号が轟き始めた。

 それなりの規模の隊商で、安全を買う金もケチっていない。

 なので質の良い冒険者が護衛に就いているのだが、どうにも雲行きがよろしくない。

 

「糞! サイクロプスにグレンデルだと!? 何だってこんな奴らがいやがる!?」

「噂になってる”異変”でしょうよ……! チッ、ついてないわね!!」

「少数なら何とでも出来るが、この数は……まだ増えるのか!?」

 

 外の様子は窺えない。

 しかし、漏れ聞こえる会話が加速度的に少女達の不安を煽っていく。

 三人は震える身体を寄せ合って、嵐が過ぎ去るのを待った。

 しかし、嵐は過ぎ去るどころか勢いを増すばかり。

 

「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」

 

 あちこちで悲鳴が上がり始める。

 

「……私達、ここで終わっちゃうんでしょうか」

 

 今にも泣きそうな顔でジャンヌがそう漏らした。

 

「馬鹿! 弱気にならないの! こ、こんな時こそ気をしっかり持たなきゃ……いけ、ないんだから……」

 

 ジャンヌを叱咤するマレウスも恐怖に顔が歪んでいた。

 何時もの気の強さを感じさせる声も、今は見る影もない。

 

「……」

 

 マリーは何も言わなかった。

 恐怖がない訳ではないし理不尽への怒りと嘆き、もう駄目なのかと言う諦めだってある。

 それでも、それでもだ。

 

「(私は……私は、ジャンヌが好き)」

 

 真面目な優等生のように見えて、その実イイ性格をしていてノリも良い。

 孤児院の弟達と共に悪戯を企てて、それに巻き込まれて説教を受けた事がある。

 沢山叱られたけど、沢山笑った。

 

「(私は、マレウスが好き)」

 

 ツンツンしているように見えて、その実とっても優しい。

 妹達が町で孤児だと馬鹿にされた時は一緒に仕返しに行ったものだ。

 孤児だからと俯く必要はない、私達は血は繋がらないけれど立派なお父さんに愛情を注いでもらっている。

 だから胸を張れ! と気丈に妹達を叱咤する姿に自分も勇気を貰った。

 

「(色んな話をしてくれたお爺さんが好き)」

 

 道中で冒険者のイロハを教えてくれたちょっとスケベなおじさんが好き。

 年頃の女の子なのだからと自分達にお洒落を教えてくれたお姉さんが好き。

 一つ一つ、マリーは大好きな誰かを指折り数えていく。

 恐怖、怒り、嘆き、諦め、それは胸の中からどうやっても消えてくれやしない。

 足が竦む、身体の震えが止まらない、口の中は痛いぐらいカラカラだ。

 

「(それでも……それでも……!)」

 

 ”それでも”と何度も何度も繰り返す。

 失いたくないものがある、失われてはならないものがある。

 だから、灯すのだ。勇気と言う光を、その胸に。

 

「っし!」

 

 両頬を勢い良く叩きつけ、後ろ向きな自分を追い出す。

 

「ま、マリー……?」

「ちょ、ちょっと! あんた、何やってんのよ!?」

 

 しっかり保管されているとは言え雁字搦めにされている訳ではない。

 例のポーションが仕舞われている木箱の一つを開け中身の詰まった瓶を数本取り出す。

 

「ジャンヌ、マレウス――――大好きだよ」

 

 制止の声を振り切り屋根の上に飛び上がる。

 外は正に乱戦と言った有様で、自分の事なんか誰も見てやしない。

 血と臓物の香りで今にも吐き出しそうだが、気合で持ち堪える。

 間に合う、これならまだ間に合う。

 

「ッッ!!」

 

 折れそうになる心を無理矢理繋ぎ止め、マリーはポーションの中身を自分にぶち撒けた。

 変化は劇的だった、戦場が止まったのだ。

 

「私はここに居るぞぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」

 

 叫ぶと同時に唯一使える加速魔法を自分に付与し駆け出す。

 屋根を蹴って一番近場にいたモンスターの頭部を踏み付けて、もうひとっ飛び。

 それを繰り返して包囲を抜け地面に着地した瞬間、

 

「「「「「「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!!!!」」」」」」

 

 総てのモンスターが雄叫びを上げ、マリーの背中を追い始めた。

 

「(走れ、走れ、走れ、走れェ! 兎に角遠くまで……走れ私ィ!!)」

 

 後ろは振り返らない。

 何十もの殺意が背中を刺しているのが分かるから振り返る必要は無い。

 

「うぅぅううう……!!」

 

 幸いな事に飛び道具を持つ敵はいないようで、そちらに警戒を割かずに済んだ。

 しかし、大の大人の心さえ容易に圧し折ってしまうような殺意を一身に受けてタダでは済まない。

 吐き気、眩暈、恐怖、心身を苛むそれに足を取られてしまえばその瞬間に終わってしまう。

 死神の足音を振り切るように前へ前へ。転がるように前へ前へ。

 

「(嘘……まだ増えるの……?)」

 

 背中に圧し掛かる殺意がどんどん増していく。

 だがそれも当然、今のマリーはそう言う”臭い”を放っているのだから。

 彼女も、別の場所にいたモンスターを誘ってしまう事は想定していたが、予想以上の数だ。

 

「(後ろからだけじゃなく、左や右からも……!?)」

 

 唯一の救いは前方からは敵が来ていないと言う事か。

 前からも来られたら完全に囲まれてしまう。

 どうにかこうにか潜り抜けられても、決して小さくはないダメージを負うだろう。

 そうすれば足が止まってしまう、もう、走れなくなる。

 

「――――ッッ!!」

 

 息が苦しい。

 空気が足りない。

 手足が鉛のように重い。

 胸が痛い。

 心臓が今にも張り裂けてしまいそうだ。

 

 もう、何もかも投げ出してしまえと心のどこかで誰かが囁いた。

 

 加速魔法をかけているので速度は出ているが、あくまで強化されているのは速度だけ。

 心肺機能までカバーされている訳ではない。

 だと言うのに無数の殺意に心を削られながら全力疾走しているのだ。

 その消耗は尋常ではない。

 

「(でもまだ、まだ……! まだ、駄目……!!)」

 

 屋根の上で戦場の状況を確認した時、酷い有様だった。

 ギリギリで持ち堪えているように見えてその実、今にも崩れてしまいそうだった。

 怪我人を全員回収して、その場から離れるにはそれなりの時間が必要のはず。

 どれだけ走ったかを考える余裕なんてマリーにはなかった。

 

「(それでも、本当に動けなくなるまでは……走らな……きゃ!)」

 

 命が燃え尽きるまで足を止めない。

 そう決意したその時である。

 

「え」

 

 前方に女が立っていた。

 疲労も、悲壮なまでの決意も、何もかもを忘却の彼方に追いやってしまう程に美しい女が。

 心奪われた状態であっても足は止まらずそのまますれ違ってしまうが、

 

「って駄目ぇ!!」

 

 無理矢理立ち止まる。

 ぶちぶちと筋肉が断裂する嫌な音が耳に響く。

 マリーの目的を考えるなら愚かな行為だ。

 感情に身を任せた失敗と断じられてもしょうがないが、当人にそんな事を気にする余裕はなかった。

 急停止の勢いを殺し切れず大地を削りながらも振りかえるマリーであったが、

 

「――――」

 

 言葉を失い、その場にへたり込む。

 女がモンスターの津波に接触した瞬間、総てが弾け飛んだのだ。

 何十……いや、既に百を優に超えていたモンスターが一匹残らず弾け飛んだのだ。

 

「……」

 

 血の雨が降りしきる中を、女は悠然と歩を進める。

 そしてマリーの下で立ち止まり、口を開いた。

 

「呆れた小娘だ。身の程も弁えられんらしい」

 

 尊大な物言いに滲む、これでもかと言う嘲り。

 だがマリーはまるで気にならなかった。

 遠くから馬に乗り、自分の名を叫びながら近付いて来る親友二人の存在すらも今はどうでも良かった。

 それよりも何よりも、気にかかる事があったのだ。

 

「(何で、この人は今にも――――)」

 

 疑問が心の中で形を成すよりも先に、女は背を向けた。

 ふわりと靡く濡れ羽の御髪から漂う甘い香りがマリーを現実に引き戻す。

 

「あ! ま、待って……私、マリー! マリー・スペーロ! 貴女の名前を教えてくれますか!?」

 

 感謝を告げたいのか。

 それとも他に何かを伝えたいのか、聞きたいのか。

 自分でも分からない。それでも今は兎に角、その名前が知りたかった。

 

「……ルークス、ルークス・ステラエ」

 

 絶望の縦糸、希望の横糸、交差する二つの糸が綴れ織る物語が今――――始まった。




最初はジャンヌがヨナ、マリーをイザベルにしようと考えてましたが
前二人に倣った場合の三人目が思い付かず……流石にワルコはねえなって思いまして
それで何となしに見てたFGOのフランス編の動画から取る事にしました。
二人はそのままダイレクトに、三人目のマレウスはオルタの二つ名竜の魔女から
ちょっと捻って魔女→魔女狩り→マレウス・マレフィカルムからマレウスにしました。

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