TS転生したからロールプレイを愉しむ   作:ドスコイ

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最終話 Ⅴ

「……」

 

 シンの傍らに出現したルークスは――――無表情だった。

 常日頃滲ませている失望も諦観も嘲りも、何一つとして見えない。

 

「(アイツを助けに来た……? いや、ちげえ……)」

 

 目だけを動かし隣に倒れているマリーを一瞬見やるが、直ぐにそれはないと判断する。

 これはシンが認めたくないと言う訳ではない。

 癪だしその理由も分からないがルークスがマリーを特別視している事は確かだ。

 だが今この場に限ってはマリーは無関係であると断ずる事が出来た。

 マリーを含め自分や他の有象無象に対してルークスは一片足りとて意識を向けていない。

 ただただ無感情にバエルを見つめているだけ。

 

「(何だ……どうして、こんなに胸がざわつくんだ……)」

 

 この場では一番付き合いの長いシンをして今のルークスが何を考えているのかまるで分からない。

 もしもこの場で魔女が現れた理由と沈黙を貫いている理由を察せるとすればそれは、

 

「――――誰だ、お前は?」

 

 バエル以外にはあり得ないだろう。

 

「知らない……俺様はお前を知らない……見れば分かる、貴様は”奴ら”と同じだ……」

 

 間近に迫る死も、自身の目論見を防がれた事さえも気にならない。

 それ程までにバエルは唖然としていた。

 

「いや、まさか……そんな……貴様、後継者か……?」

 

 信じられないと言う驚愕、この上ない憐憫。

 バエルの表情から読み取れる感情の数々はこれまでの彼を思い返せばあまりに異質だった。

 

「馬鹿な……赦し難い継続を推し進めたばかりか……何も知らねえ人間に自らと同じ道を辿らせたのか!?」

 

 バエルは――と言うより悪魔の上位固体は皆、知っている。

 真なる魔女へと至る絶望の道筋を。

 始まりの者達についてはまだ理解が出来る。彼女らは何も知らなかったからこそ手を伸ばしたのだ。

 だが、神域に至ってしまった事で知ったはずだ。

 当事者たる女達も、その手助けをした”天使”と”悪魔”も神域へと至る過程の惨さを知ってしまった。

 

 ゆえに信じられない。

 

 目の前の女をそこに至らせてしまったのは先ず間違いなく始まりの女の誰かだ。

 あの道を通ってしまった人間が、別の人間にその道を強いる事が信じられない。

 陵辱の限りを尽くされ無残に殺される方がまだ救われる。

 

「……今の世に奴らの気配は感じなかった。自らの過ちを悟りとうに諦めこの世を去ったのだと思っていた」

「……」

 

 ルークスは未だ黙して語らず――いや、何も言えないのだ。

 

「テメェをそうしたのは……」

 

 面影? もしくは力の残滓?

 動揺から立ち直ったバエルはルークスを観察し彼女の師が誰であるかを理解した。

 

「”アンジェリーナ”か」

 

 返って来たのは沈黙、肯定だ。

 

「……ああ、確かに奴はあの中でも飛び抜けて諦めの悪い女だった。だが、ここまで愚かだとは思いもしなかったぜ」

「私自身の愚かさは甘んじて受け止めよう。だが、師への侮辱は別だ」

 

 ここで初めてルークスはその顔に感情を浮かび上がらせた。

 

「侮辱? ハハハハハ! これは事実だろうが! テメェがこうしてこの場に来てそんな顔をしている時点でなァ!!」

 

 もう全体の半ば程まで灰化しているがバエルは気にも留めていない。

 そんな事よりも目の前の醜悪極まる事実があまりにも赦し難く、あまりにも滑稽だった。

 

「今の世を見れば分かる。奴らは終ぞ、後釜に座れなかった。かと言って見切りをつける事も出来なかった。

結局は最も愚かな選択肢である灰色の継続を選びやがったのさ!

終わらせる事も出来ず、新たな始まりに踏み出す事も出来ず騙し騙しでどうにかこうにかってところだろ!?

あの時とまるで変わっちゃいねえ! 挙句の果てがテメェだよ! アンジェリーナは極まった阿呆だ!!」

「訂正しろ……!」

「訂正? 何を訂正しろってんだ? 事実だろうが!!」

 

 師を侮辱され今にも爆ぜそうになりながら、しかし理性を以って踏みとどまるルークス。

 バエルはこの後、後悔する事になるだろう。黙って死んでおけば良かったと。

 

「ああ、ああ! 認めよう。お前は”最強”だよアンジェリーナの弟子。

アンジェリーナを含む全員が束になってかかってようやく戦いの体を取れると言う程に圧倒的な力を持っている」

 

 アンジェリーナら始原の魔女らも正しく神の領域に居た。

 だが、その中でもルークスは別格だ。

 全能がスタートラインにしかならない連中の中でもその力は飛び抜けている。

 およそ不可能な事などありはしまい、望めば大抵の事は叶えてしまえる――そう、望みさえすれば。

 

「俺様達の総軍を以ってしてもアンジェリーナ一人にすら傷一つつけられねえ。

テメェを相手取れるなんて天地が引っ繰り返っても不可能だ。戦いにすらならず藁のように死ぬだけだ」

 

 今この世界に、いやさ恐らくはこの先もそうだ。

 ルークスを止められるような者は現れないだろう。

 

「だが、死んでない。俺様も、俺様の同胞も。生きている。

生かされたまま眠りに就いた。万が一を考えれば奴らにとって俺様達の存在は都合が悪いはずなのになぁ。

それが何を意味しているか分かるか? 分かるよなぁ!? ”信じ切れなかったからだ”!!」

 

 自らの望み、その正しさを信じ切れなかった。

 これで良いのか? 本当は間違っているんじゃないか?

 始原の魔女らは常に葛藤を抱えていた。

 進む事も戻る事も出来ぬまま、ただただ苦しみ続けていた。

 そしてそれは、

 

「テメェもそうさ! アンジェリーナの後継者になった以上、奴らと同じ望みを抱いてんだろ?

だってのに俺様達を見逃してる。テメェが何時そこに至ったかは知らねえが昨日今日の話じゃない。

殺る機会は幾らもあったはずだ! まさか”悪魔”を知らなかったとは言わねえよなぁ!?

そうなった時点で望む望まざるとも総てを識っちまうんだからよォ!! なあ、何故殺さなかった!?」

「……」

 

 ルークスは、答えられない。

 

「俺様が目覚めた時点で何故ここへ来なかった!? なのに何故今になってやって来た!?

何故、同胞を目覚めさせる邪魔をした!? わざわざそんな事しなくてもテメェならどうにでも出来たはずだ!!」

 

 これまでも殺す機会は幾らもあった。

 そして目覚めてからでも世界に影響を及ぼす前に速やかに排除する事も出来た。

 だがルークスはそれをしなかった。

 中途半端にバエルの目論見を挫いただけ。いや、中途半端な行動しか取れなかったのだ。

 

「分かる、分かるぜ。テメェが何を考えてるかなんざお見通しだ!

人類が滅びてしまう、だから止めなきゃと咄嗟に動いた。だが、これで良かったのかと答えを出せずにいる。

進む事も戻る事も出来ずおろおろと舞台に立ち続けるしかない道化、それがテメェらの正体だ!!

アンジェリーナ達もそれを自覚していたはずだ。だってのに新たな道化を生み出すとは……最早弁解の余地もねえ」

 

 始原の魔女らは大人しく死ぬべきだったのだ。

 どうする事も出来ぬまま死ぬべきだったのだ。

 後継者なんてものを、自らと同じ轍を誰かに踏ませるべきではなかった。

 

「”望み合い、応え合って人間(わたしたち)は未来を描いていく”――アンジェリーナの言葉だ。

馬鹿が! 何が”希望の螺旋”だ!? 何処にそんなものがある!? 何処にもありゃしねえだろうが!!

アンジェリーナも、他の連中も度し難い塵だ! 屑だ! 塵屑だ!! あんな阿婆擦れども――――」

 

 ヒートアップする悪罵。

 それがルークスだけに向けられたものであれば彼女は甘んじて受け止めていただろう。

 言われてもしょうのないだけの無様さは晒しているから。

 だが師を――母たるアンジェリーナへの侮辱は別だ。

 

 もう、我慢などできるはずもなかった。

 

「――――用済みの廃棄物(ガラクタ)風情が囀るなよ……!!」

 

 大空洞内部を――いやさ、世界を漆黒の風が吹き抜けた。

 そして総ての命が一切の例外なく死に絶えた。

 死に絶え、逆巻く時に押し流されて蘇った。

 刹那の事ゆえバエルやポチですら自らが死した事実を認識出来てはいないだろう。

 

 とは言えルークスが何か特別な事をした訳でもない。

 

 怒りによって忘我し剥き出しの魔力を発露してしまっただけ。

 ハッキリ言ってしまうと呼吸と大差ない行い……いや、行いと言うのもおこがましい生理現象だ。

 だが、ただそれだけの事で終末を顕現させてしまえるのが最強の魔女ルークス・ステラエなのだ。

 

「何だその顔は? 俺様を痛め付けて殺す気か?

それで溜飲を下げようって? ッハハハハハハ! 何処までも馬鹿だなテメェはよォ!!」

 

 気付けばバエルは五体満足となっていた。

 灰化どころか傷一つない。万全の状態にまで回帰してしまっている。

 こんな事が出来るのはルークス以外にはあり得ない。

 そして動機を推察するのなら今バエルが口にした報復目的以外にはあり得ないだろう。

 

「俺様達にそんな機微があるとでも!? 無駄無駄無駄無駄ァ!!」

「無いのならば作ってやれば良いだけの話だ」

 

 トン、と白く細い指先がバエルの胸に触れる。

 

「あ゛? テメェ何を言って――ッ!!」

 

 異変は直ぐに訪れた。

 震えだす身体、覚束ない呼吸、絶え間なく流れ落ちる冷や汗、喉元からこみ上げて来るものは何だ?

 

「おま……なに、を……な……にを……したぁ……! これは、何だ……!?」

 

 歯がガチガチとぶつかり合って上手く言葉を発せない。

 そんなバエルを見てルークスはますます冷笑を深めた。

 

「頭の巡りが悪いな。言っただろう? 無ければ作ってやれば良いとな」

 

 バエル――と言うより”悪魔”に心や感情はない。

 あるのは使命感のみ。

 本来はそこで完結するのだが、今の彼らは例外なく壊れている。

 それゆえ使命感に付随して人間への憎悪や憤怒が生まれたのだが……それでも完全ではない。

 如何な拷問を受けたとてルークスが望む反応は返って来ないだろう。

 

 ――――だがその程度で魔女を阻めるものかよ。

 

 恐怖を感じる心が無いのならば恐怖を感じる心を作れば良いだけの話だろう。

 今、バエルの心身は見かけ上では気付き難いが本質は幼子のそれに変わっている。

 それはつまりどう言う事か”痛苦に耐えられる土壌”が皆無なのだ。

 

「フフ」

 

 艶然とした微笑をたたえバエルに歩み寄ったルークスは恋人にそうするかのように彼の首に両腕を回し抱き締めた。

 柔らかく、壊れ物を扱うかのように繊細な抱擁。

 だが忘れるなかれ、その抱擁が悪意を孕んだものである事を。

 

「あ゛ァああああああああああああああああああああああああああああし9dfhくぃぽえへfくぇ8ふぇjhdhf@!!!!!」

 

 バエルの”悲鳴”が響き渡る。

 これに驚いたのは実際に彼と相対していたシンとマリーだ。

 この悪魔は四肢を引き千切ろうが肉体をどれだけ斬られようが痛みに対して大きなリアクションを返さなかった。

 物理的に欠損した時は流石に動きが鈍ったものの痛みによる硬直などで隙を晒した事は一度もない。

 

 だと言うのにこの光景は何だ?

 

 ぐしゃぐしゃに歪んだ顔。

 ボロボロと零れ落ちる涙はともかく、鼻水まで垂れ流している様はいっそ哀れみを覚える程だ。

 

「(い、いったい何が起こってやがる……ルークス様は攻撃なんぞしてねえぞ……?)」

 

 傍目から見ればルークスはバエルを抱き締めただけだし実際その通りである。

 シンが混乱するのも当然だ。

 ゆえにここで悪辣な魔女の仕掛けを明かすとしよう。

 ルークスがやった事は至極単純、バエルの痛覚を極限にまで強化しただけ。

 それこそ、肌が外気に触れただけでも刃物で切り裂かれたのと遜色ない程に。

 

「おいおい、こんな良い女に抱き締められてその反応はないだろう?」

 

 拗ねたように唇を尖らせたかと思えばルークスはバエルの首筋に顔を埋めた。

 そしてつれない恋人へ抗議するかのように、その首筋へ犬歯を突き立てた。

 皮膚を貫きぷちゅ、っと血が流れ出る。

 掠り傷だ、こんなものは掠り傷でしかない――痛覚を強化されていなければ。

 

「辞めろやめtろいうあいつあhfぢうくるしあぁあぁあああ!?」

「女の扱いを知らぬ粗忽な男には教育を施してやらねばな」

 

 抱擁のために回していた手を使い今度は指先で頚動脈を抉り出す。

 

「~~~~~~!!!?!??」

 

 どこからそんな声を? と問いたくなるような絶叫であった。

 そんなバエルを見て嗜虐的な笑みを浮かべたルークスはドン、と彼の身体を突き飛ばす。

 指一本さえ自由に動かす事の出来ないその肉体は重力に従い地面に倒れる――そしてまた悲鳴が大きくなった。

 

「狂わせはせぬ」

 

 心が狂してしまえば痛みを認識出来なくなってしまう。

 ゆえに正気で居てもらわねばならない。

 

「壊させはせぬ」

 

 肉体が崩壊してしまえばそれ以上苦しみを味わう事もないだろう。

 ゆえに死からは遠ざかってもらう。

 

「――――私は貴様を赦さない」

 

 絶対零度、そんな表現すら生温く思えてしまう程に冷たい宣告だった。

 

「最早訂正は求めんよ。よきにしろあしきにしろ貴様が師を語る事に耐えられぬ」

 

 ぞわりと闇を閉じ込めた御髪が蠢く。

 長く豊かな髪から幾つもの影が飛び出す、それは犬だ。

 不吉の兆し、絶望の走狗、狼と見紛う程に雄雄しく恐ろしいそれらは創造主の意思そのままにバエルを喰らい始めた。

 

「い゛や゛だァ嗚亜! 矢メお゛! やめ手ぐれ゛! い゛だい゛い゛だい゛い゛だい゛食べナい出えぇ得ええええええ江えええええええ!!!」

 

 バエルの意思に反し喰らわれた瞬間から再生していく肉体。

 喰らっても喰らっても尽きぬ肉に黒犬達は大喜びだ。

 

「何だどうした、犬は嫌いか?」

 

 パチン! と魔女が指を鳴らすや嘘のように犬が消え去った。

 同時に自由を奪われていたバエルに肉体の制御権を明け渡す。

 

「は……は、ひぃ……!」

 

 立ち上がり、背を向けて走り出すバエル。

 それだけでも想像を絶する激痛が走るだろうによくやるものだ。

 

「なら、これならどうだ?」

 

 バエルの決死の逃走は五メートル程で阻まれてしまう。

 阻んだのはぞわりぞわりと蠢く黒い影。

 

「!?」

 

 よーく見れば分かるだろう。

 黒い影が何なのか。

 それは蟲だ。何百何千万の生理的嫌悪を催す害虫の群れがバエルに集っているのだ。

 足を貪り喰らわれてしまえば逃げる事など出来ようはずもない。

 

「気に入ってくれると嬉しいのだが」

 

 肉体の制御権を取り戻したバエルは必死に蟲を振り払おうとする。

 幼子程度の性能しか持たぬ身体ではこの物量をどうにかするのは不可能だ。

 だが悲しいかな、それでも足掻かずにはいられないのだ。

 完全な心を得てしまった悪魔にこの蟲地獄は耐えられない。

 

 嗚呼、嗚呼、嗚呼!

 

 心が砕け散ってしまえば何を感じる事もなくなるのに。

 身体が壊れてしまえば終わる事が出来るのに。

 そうさせてくれない、赦してくれない、魔女の逆鱗に触れた報いはあまりにも残酷だった。

 

「何だ? 蟲も厭なのか。我が儘な男だな貴様は」

 

 ルークスの目には最早、バエルしか見えていなかった。

 如何にしてこの赦し難き悪魔に地獄の責め苦を味あわせるか。ただそれのみに腐心していた。

 ゆえに気付くのが遅れた。

 

「ならば――――」

 

 嗜虐に耽溺していたルークスの顔が歪む。

 その原因は、

 

「…………貴様ら、何のつもりだ?」

 

 腰に抱き付くシンとマリーだった。

 二人は息も絶え絶えと言った様子で必死にルークスに縋り付いていた。

 

「答えろ」

 

 シンはかつて己の死すらも許容してのけた。

 ルークスの意に逆らうなどあってはならない事だから。

 ゆえにこれは初めての”反抗”だ。

 

「いか、ないで……!」

 

 涙声で懇願するシン。

 どうしてかは分からない。

 だけど、このまま放って置けば大好きなその背中が二度と見えなくなると思ったのだ。

 だから頭で考えるよりも先に心の命ずるがままルークスを引き止めていた。

 

「もう、良いんです……これ、以上は……」

 

 一方のマリーだが、彼女はバエルに同情したから引き止めた――訳ではない。

 その惨状に思うところがないと言えば嘘になるが悪いのはバエルだ。

 安全圏から誰かの大切な人を馬鹿にして何もされないなんて虫の良い話はないだろう。

 と言うかそもそもバエルは自分を殺そうとしていた敵だ。

 この先、多くの経験を積めばどうなるかは分からないが少なくとも今この段階でバエルを赦せる度量は持ち合わせていない。

 

「ルークスさんが、辛いだけ……だから……ッ」

 

 どうしてかは分からない。

 だが、マリーの目にはルークスの行いが自傷行為に見えた。

 バエルを甚振ってはいるがその実、己の心身を掻き毟り血を流し続けているようにしか見えなかった。

 そしてそれがあまりにも悲しかったから、痛む身体に鞭を打ち手を伸ばしたのだ。

 

「――――……」

 

 ルークスは依然としてバエルを見つめたままだが明らかに空気が変わっていた。

 その表情からは何を考えているかは読み取れないが二人の言葉が届いた事は確かだろう。

 そうして幾許かの沈黙の後、

 

「……フン、興が醒めたわ」

 

 これまでの残虐さが嘘であるかのように凪いだ声であった。

 ルークスは気怠げに指を鳴らしバエルを完全に消し去った。

 一瞬の出来事で恐怖を感じる暇すらなかったはずだ。

 あまりにも呆気ない幕切れだが痛覚を異常強化されて拷問されるよりはマシだろう。

 

「「ほっ」」

 

 危険な状態が終わった事に二人は安堵した。

 

「…………おい貴様ら、何時までそうしているつもりだ?」

「え……あ……も、ももも申し訳ありませんルークス……様ァ!?」

 

 手を放すシンだが彼女は自分がどんな状態であったかをすっかり忘れていた。

 咄嗟にスカー・ハートを具現化し杖代わりに地面に突き刺さなければ顔面からビターン! していた事だろう。

 一方のマリーは後ろに倒れ込むように手を放したので尻餅を突くだけで済んだ。

 

「何をやっているんだか」

「あう」

 

 呆れたようなルークスにシンの顔が真っ赤に染まる。

 こうして見るとこのバーサーカーもまるで乙女のようだ。

 

「(割って入るのは何だか気が引けるけど……)」

 

 この機会を逃せば次はないかもしれない。

 マリーは意を決して口を開いた。

 

「あ、あの!!」

「あ゛?」

 

 当然の如くシンがチンピラムーブで噛み付いたがルークスに手で制されチンピラは一瞬でチワワに変わった。

 

「それの事か?」

「え?」

 

 転がっていた心剣に視線をやるルークスだが、正直マリーはそっちについては忘れていた。

 と言うかルークス由来の物であるとすら気付いていなかった。

 

「確かに何時だったか私が創ったアーティファクトだが自らの意思で飛び出して行ったに過ぎん」

 

 だから礼は不要だ。

 気になるのならば迷惑料だと思えば良い。

 邪魔なら処分しろとルークスは言うが……違う、そうではないのだ。

 

「あの……暗夜……じゃない、今は黎明? この子のお礼もしなきゃとは思ってましたけど……」

 

 ルークスに恥をかかせまいとしているのだろう。

 自分が気付いていなかった事は伏せているようだ。

 

「…………違うのか」

 

 ばつが悪いのかふい、と顔を背ける姿が不思議と愛らしい。

 

「では何だ? 更に前の事か?」

「いや、それも違うくて……」

 

 初対面の時の事を言っているのだろう。

 だがそれも違う、無論そのお礼も改めて告げたいとは思っていたが違う。

 とは言えそれは聞いて良い事なのか。

 知らなければいけないとは思うが、内容が内容だ。気分を害する、或いは辛い想いをさせてしまうかもしれない。

 そう考えると中々言い出せずに言い淀むマリーであった。

 

「ハッキリせん奴だ。言いたくないのであれば私は帰るぞ」

「ッ……! い、言います! 聞きます!」

「ああ、さっさと言え」

「あの、ルークスさんはどうして……」

 

 何が出来るかは分からない。

 だけど放って置けない。

 ひょっとしたら勘違いだと言う可能性もある。

 そうじゃないかもしれない。

 だから、

 

「――――今にも泣き出しそうな顔をしているんですか?」

 

 圧倒的な力、隔絶した美貌、深い失望、重い諦観。

 それらはルークス・ステラエを構成する要素の一つ一つだが、あくまで枝葉である。

 あまりにも規格外のそれゆえ誰もが枝葉に目を奪われるが決して本質ではない。

 枝葉の向こうにいる剥き出しのルークス・ステラエを捉えられた者は過去にたった一人しか居なかった。

 師であるアンジェリーナだ。本人よりも深くルークスを理解していたと言っても過言ではないだろう。

 だが今、

 

「初めて会った時から気になってたんです。どうしてそんな顔をしてるのかなって」

 

 二人目が現れた。

 

「本当は泣いてしまいたいのに、泣いちゃダメだって必死に我慢してるような……」

 

 接した時間の差ゆえかアンジェリーナ程深く理解している訳ではない。

 それでも夜空と同じ色をした瞳は本質を覆い隠す枝葉に惑わされる事もなく真っ直ぐルークスだけを見つめていた。

 

「――――」

「ルークス、様……?」

 

 きょとんとした顔、形容するのであればそれがピッタリだろう。

 見た目と年齢にそぐわぬ幼さを感じさせる表情でルークスは完全に固まってしまっている。

 諦観も、失望も、嘲りも、怒りも、今は何一つとして存在しない。

 シンは主のこんな顔、一度も見た事がなかった。

 

「その、私に何が出来るかは分からないけど、でも放って置けなくて……だから……」

 

 マリー自身、こんなリアクションが返って来る事は予想していなかったらしい。

 しどろもどろで言葉を続けようとするも段々尻すぼみになっていく。

 そんな彼女を見て我に返ったのだろう。

 

「ハッ! 小娘、貴様は随分と物を知らぬらしいな」

「え? いやまあ、確かによく馬鹿って言われますけど……」

「そうだな、貴様は馬鹿だ。阿呆だ。私が泣きそうな顔をしているだと? 見当違いも甚だしいわ」

 

 小馬鹿にした物言い、だけどマリーの目にはやっぱり……。

 

「無知な小娘に一つ、教えてやろう」

 

 ルークスの視線はマリーに注がれている。

 だけどああ、何故だろうか。

 その黄金の瞳は今この場に居る彼女ではなく何時かの誰かを映しているように思えた。

 

「”魔女は涙を流さないものさ”」

「そんなの嘘――――!」

 

 反射的に噛み付くマリーであったが、その言葉が最後まで続く事はなかった。

 言葉を遮るようにルークスに全員が外へ退去させられたからだ。

 

「……」

 

 一人になったルークスはそっと地面に咲いていた花に手を伸ばした。

 優しく手折られた白い花を胸に抱き、誰に聞かせるともなく呟く。

 

「どうして泣きそうな顔をしているの……か」

 

 何かを堪えるように閉じられた瞳。

 思い巡らせるは在りし日の語らい。

 青く幼い何も知らなかった自分の言葉をあの人はどんな気持ちで聞いていたのだろうか?

 

《どうして師匠は何時も泣きそうな顔をしてるんです?》

《――――……》

《師匠?》

《やれやれ、千年経っても呆れる程に馬鹿な子だねえ》

《はぁ!? 私せんさいなんですけど!? ふくし? の大学に通ってるんですけど!》

《良いかえルークス? ――――魔女は涙を流さないものなのさ》

 

 涙が枯れてしまったのか。

 それとも涙を流す権利を失ってしまったのか。

 

「……まさか千年越しで自分に返って来るとはな」


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