初めて実戦に駆り出された時の事だった。勿論まだ小さいから任されたのはスナイパーライフルを使った援護射撃だ。だけど思った以上に敵の数は多くて防衛ラインを突破された。そのことに気づかなかった僕はいつの間にか囲まれていた。
(あれ?敵が居ない。)
足音が聴こえて周りを見ると何かが隠れながら近づいて来ているのが分かった。恐ろしくて震えて標準が合わない。既に向こうはこちらが銃を構えているのが見えている。もし引き金を引くことさえ見えるのなら殺す前に殺されるだろう。必死に隠れ場所を探していると後ろに人が立っていた。
「銃を下ろせ。こっちに来い。」
男達は銃を突き付けて一人がスナイパーライフルをもぎ取ろうと腕を掴んだ。
「ひっ…!うぅ…お兄ちゃああぁん!!!」
「その子に触るなああああぁぁぁ!!」
兄が全速力で走りながらサブマシンガンを放ち駆けつけた。男達は皆頭を撃たれ内容物が溢れ出した。
「お兄ちゃん!怖かったよー!!」
「もう大丈夫だ。一緒に家に帰ろうな。」
暗闇の中敵を避けて見つからない様にするにはかなりの苦難だった。しかし兄は誰も使わないルートを熟知していて遠回りだが着実に帰還していた。
しかし敵の多かったその日はそのルートまで浸入していた。突然銃声がなった。当たらなかったがレーザーポインタが揺らめいていた。
「まずい。逃げるぞ!」
兄は僕を両手に抱えて走った。脚の長さも太さも倍近くある兄と並走出来る者は居なかった。普段通らないルートまで走った。戦車が通る様な平地まで。
「お兄ちゃん、このルート大丈ーー
突然破裂音がなって兄はバランスを崩し僕は放り出された。
「痛っ、お兄ちゃん!?」
兄は立ち上がろうとしていたが出来なかった。膝下が地雷で吹き飛んでいた。
「お兄ちゃん…!脚が…!」
「え…?」
兄は痛みに気付くと汗ばんで苦悶の表情を浮かべたが声を上げる事はなかった。地雷で場所がバレたから僕は煙幕を張って走ってきた方角に銃口を向け、感覚で撃ち殺した。
「こんな才能を持つ弟を守れて良かった。偉いぞ…よくやった。お前は優秀だ。」
「お兄ちゃん!しっかりして!今止血して助けを呼ぶから!」
「やめろ。世話をかけるな。俺はもう駄目だ。自分が生き延びる事を考えろ。」
「お兄ちゃんだって…自分の事を考えてよ。強い人が弱い人を庇うのは駄目なのに…」
「お前は弱くない…また来るぞ、早く逃げないと…」
「逃げろって何処に逃げれば良いの!?
うぅ…やだぁ!お兄ちゃん死んじゃやだ!」
「馬鹿…二人で死ぬ気か?隠れる場所まで走るんだ。そこで一晩やり過ごせば良い。」
「お兄ちゃんを置いてなんて出来ないよ!」
兄の身体を引きずろうとしたが膝下が無くなってもびくともしなかった。しかし反対した兄も腕で這って僕の気持ちに答えてくれた。
岩場に着くと急いで止血をした。速かった脚はもう戻らない。ふと岩陰に追手が見えて狙撃した。どうやら当たったらしい。周りにはまだ数人隠れているようだった。
「しつこい…」
一人二人と倒し、兄も光線銃で倒していた。突然鋭い光が兄の左腕を貫いた。
「くっ…やっぱ光線銃じゃ場所がバレるよな…」
「お兄ちゃん!もう無理しないで!」
「腕の神経がやられた。…ごめんな。俺は全然駄目だ。俺のせいでお前まで死んじまう…でも絶対にそんな事はさせない。命に代えても俺が守る。お前は生きて帰るんだ。」
「でもどうするの?」
「ちょっとお前のを借りるぞ…」
膝上と右腕を使って上体を起こすと腰を下ろして近付いてくる一人に向き直った。そして背後にスナイパーライフルを隠した。
「足を吹き飛ばされても意識があるとは…ようやく投降する気になったか?」
「…あぁ。」
「安心しろ。丁重に保護するからな。」
「保護するなら武器なんか持ってくんじゃねぇ…」
「それはお前達が抵抗するから…」
「殺さない方法なんて幾らでもある。」
「お前達は身体が強くて麻酔銃や睡眠薬も効かない。」
「御託を並べるな。」
スナイパーライフルを取り、男の顔に突き付けた。
「死ね。」
ようやく戦いは終わった。息を吐くと魂が抜ける気がする程疲れていた。そして兄は気を失った。
「お兄ちゃん…ごめんなさい…」
病室で横になった兄の義手と義足を見ていた。
「お前のせいじゃない。俺のせいだ。」
「何であんな事を?」
「…俺はお前を助ける前に何人も弟が死ぬ所を見た。皆「もっとお兄ちゃんと遊びたかった。」って言うんだ。…死にたくなったんだ。命を懸けて助けたんじゃない。命を捨ててお前を守って、死ぬ事を正当化したかった。」
「…何言ってるの?」
「死んだら天国の兄弟に会えるんじゃないかと思ってさ。守れなかった事を謝りたい。弟達と遊んでやりたい。」
「生きてる僕らはどうなるの!?せっかく生き延びたのに死んじゃうの?また守ってよ!」
「もう俺は手も足も無くなった。自信が無いんだ。皆死んで天国に行けば良い。もう誰にも脅かされないし、何も恐れなくて良いんだ。ははは…」
「天国なんかあるもんか!」
全然話が通じなくなっていた。
「ねえ先生!なんとかしてよ!」
「もう記憶処理をするしかないだろうな。」
「大丈夫だよ。お兄ちゃん。お兄ちゃんはちょっと疲れただけ…記憶処理をして休んだら直るから。」
「記憶処理か…弟達と遊んだ記憶まで消えるのか…それは残念だ…」
兄は幻肢痛とフラッシュバックに悩まされて精神がすり減っていった。精神病になり弟達が面倒を看ていた。そしてついに完全に戦えなくなり記憶を消された。
「お兄ちゃんはどこ?お兄ちゃんどうしたの?」
訊いても何も教えて貰えない。
遠い窓に手術された兄がいた。
「お兄ちゃん!お兄ちゃん!」
接触しようとすればするほど遠ざけられた。僕達は寂しがっていた。
兄が懐中電灯を持って階段を駆け上がって来た。
「お兄ちゃん。こんな遅くに何してるの?どうして帰ってこれたの?」
「お前達は?」
「おトイレ…怖いからみんなで来たの。」
「俺は付き添い。」
「何でここで暮らしてる?」
「何でって…ここがお家だもん。」
「俺の記憶じゃこんな家は…おい、俺の部屋に連れて行け。」
「いいよ。」
部屋に着くと寝ている兄弟なんか御構い無しに部屋を漁った。
「何してるの?」
「ねえお兄ちゃん!その資料見て自分が何か思い出したでしょ?この日記も見てよ!これを読めば記憶を消されても元に戻れるってお兄ちゃんが…」
「うるさい!放っておいてくれ!精神病になって戦えなくなったからこうなったんだろ?何度もそれを読んだからこうなったんじゃないのか?戻ってたまるか!」
日記に書いてあるのは弟達と遊んだ記憶だった。そしていくつもの「また守れなかった」の文字と死んだ弟の人数が書かれていた。戻ってきたお兄ちゃんはいつも「ごめんね。」って、「今度こそ守るから。」って言ってくれたのに…
「うぅ…おにい…うわあああああん!!」
「やばい…見つかる!」
「お兄ちゃん…お兄ちゃーーーん!!」
「黙れ!」
「ひっ…!」
彼は早口で事情を説明した。
「俺は外から来た。恋人がいる。そう思ってた。でも違うかもしれない。だから確かめに行く。」
「何言ってるの?お兄ちゃんはそんなんじゃないよ。」
「ゲノム兵?臓器提供者か?実験材料か?お前等そんな生き方で良いのか?異常な空間だって気付かないのか?」
「普通の事だよ?嫌でもそういう生き方しか出来ないよ。」
「逃げられないから普通と思い込んでるのか。そんなの洗脳じゃないか。クソッ、少しでも助けてやりたいのに…そうだ。記憶を消された直後なら…」
日記をぶんどると白いページを引き裂いて走り書きでメモを書いた。
「あっ…」
「これを記憶処理を受けた奴に渡せ。そいつはきっと酷い目に遭う。このメモを渡せば助けてやれるはずだ。」
「よく分かんないけど…分かった。」
やっぱりお兄ちゃんは兄弟の事を考えてくれているみたいだ。もしかしたらこれは正しい行動なのかもしれない。
「ねーお兄ちゃん、一緒に寝よー」
小さな弟達がわらわら群がった。
「無理だ。急いでるんだ。俺はここを出て行く。じゃあな。」
「行かないでよ、お兄ちゃん!」
「うわあああん!お兄ちゃーーん!!」
元通りになった俊足の脚で去っていった。
「何度記憶を消されても、俺の心は変わらない。また元通りになれる。守ってやれる。」
直される前、言ってくれた言葉も嘘になってしまった。
あの時のお兄ちゃんはもう居ない。