ダークポケモンヲツカイナサイ……サン&ムーン 作:ヌオー来訪者
「……えっと、何です?」
突然のラッパーにアルトは眼が点になっていた。七分丈の黒いズボンに黒いタンクトップ、髑髏の帽子にマスクの男二人組。何だろうか、現地のパフォーマーさんだろうか。
「お前のポケモン、俺たちにくれないッすか?」
それは――いかにもと言うべきか。物言いはカツアゲのそれだった。
もしかしたらこれはパフォーマンスかもしれない。ここはまず相手のアプローチに返事をしてみる事が異文化コミュニケーションの基本である。
そう思い至ったアルトはチェケラと両手指三本立てて、拒否の意を示した。
「それは、出来ないYO!」
「な、な、な、なんで、なんで、なんで、出来ないんだ?」
「そっ、そっ、それは、俺がポケモン、持って、ないんだZE!」
勿論嘘だ。
リーフィア、グレイシア他自衛用のポケモンを持っている。今も小型化したモンスターボールを腰のポーチに収めている。このまま諦めてくれれば良いかな、とタカをくくったアルトであったが現実はそうそう甘くは無かった。
「嘘吐き、泥棒の始まりだ! お前昼間でポケモンに、そっぽ向かれてた、ジャン!」
……ばれていた。まさかグレイシアに拒否された顛末を見られていたとはトレーナーとしてなんだか恥ずかしい限りである。もうそろそろ即興のエセラップを辞めたいものの、乗ってしまった以上中々降りられない。
――というか周囲の視線が地味に痛いんですが……
DJもビートもない即興のエセラップをやっている内に通行人がこの見苦しい対決を遠巻きに見ていた。2人組に合わせてアルトも踊っているがどう見てもデタラメな身振り手振りの盆踊りで、一方二人組は慣れているのかキレのあるラップの仕草を見せつけていた。
後でラップの勉強をした方が良いなと内心思う始末だ。
「悪いね、でもね、お前にね、やるポケモンが、ないんだぜ! 人のポケモンを、取ったら泥棒YO!」
疲れて来た。
デタラメな盆踊りなだけあって無駄に体力を使う。なお対する二人組はぴんぴんしていた。
――くっ、これが本場のアローラップ……!
根を上げたアルトは身体をくの字に曲げてはぁっ、と溜息を吐いた。
負けた……完敗だ。アローラップの真髄を叩き込まれた気分だ。敗北感と同時にこの世は広いと痛感した。まさかカツアゲネタで絡んでくるラッパーが居ようとは。
「お前のものは俺のもの、俺のものは――」
「負けだッ! この勝負……俺の負けだ……!」
地面に膝を付き、敗北宣言を口にする。全身からこれまで抑えていたのであろう疲れがドッと出る。精神的にかなり体力を使った気分だ。
素人が安易に真似をするものではないと心底後悔した。
「ラップって難しいんだな……所でポケモン寄越せってマジ?」
ふと冷静になって旅行者にカツアゲめいた物言いで絡みに来るラッパーなど居たものかと思い至る。常識的に考えて居ない。……という事は本気なのか?
そう考えに漸く至った所で男は肯定した。
「俺は何時だって本気だ一本気? お前のポケモンいただくぜ!」
男二人組はポケットからモンスターボールを取り出し臨戦態勢を取る。
これまでラップに付き合って来た自分が馬鹿みたいだ、というか馬鹿だ。先ほどのエセラップで単に赤っ恥かいただけではないか。
――俺は何をやってんだ……
地に手をつきがっくりとして暫く自己嫌悪モードに入ったもののハッ、と我に返り即座に立ち上がった。
「ポケモンは駄目。流石に駄目。ラップは凄いなとは思ったけどさぁこれはこれそれはそれよ」
と、カツアゲを拒否しつつ線引きしつつ褒めた所、二人組突然沈黙した。妙な沈黙の後、2人組は顔を見合わせ――
「初めてラップ褒められた……!」
「俺は人生産まれて初めて褒められた……ぜ」
――この人らどんだけ屈折した人生送ってんだ!?
感動したらしい2人組は「どうしよう」とあわあわし始める。女子かこの人らは。
なんだか可哀想に思えてきたもののこれはこれ、手持ちのポケモンは絶対に渡せない。こればかりは譲れないのである。
アルトから注意が逸れている内にさっさと退散しようと、背を向けそそくさとこの場を去ろうとしたその時だった――
「ちょっと待った! 褒めてくれたって逃さないぜ!」
ぎくり。逃げきれず。気付かれてしまった。
びくっ、と足を止め油のないロボットの如くカクカクとした首の動きで振り向く。二人組は完全に臨戦態勢で既にポケモンを出していた。
片方はどくトカゲポケモンのヤトウモリ、もう片方はゴミぶくろポケモンのヤブクロンだ。
「えっと……やっぱり駄目?」
試しにダメ元で聞いてみる。
「「駄目」」
やっぱり駄目だった。アルトは渋々ポーチから手持ちポケモンが収納されたモンスターボールを取り出す。
「本当にカツアゲだってんなら正当防衛だよな……!」
こうなれば全力で手出しできないようにするまでだ。2つのモンスターボールを高く投げるとボールが開き、アルトのポケモンが姿を見せた。
はどうポケモン、ルカリオ。いろへんげポケモン、カクレオン。
雄叫びを上げながらルカリオは、手に青い骨型のエネルギー体を出現させる。十八番のボーンラッシュを何時でも撃てるように即座にスタンバっていた。一方カクレオンは暗くなったこの夜道に紛れるように体色を景色に同化した。
「やっちまえヤトウモリ!」
「ヤブクロン!」
「ルカリオ、ボーンラッシュ。カクレオン、不意打ち」
一気に襲い掛かる2匹のポケモンたち。しかし――ルカリオたちの方が速かった。
ヤトウモリの背後に回り込んでいたカクレオンはその拳をヤトウモリの背中に叩き込み、道路を転がり気絶。
ヤブクロンはルカリオのボーンラッシュをもろに喰らい15m近くまでバットで打たれた野球ボールの如く吹っ飛んだ。
「――へっ」
何が起こったのか瞬時に理解しかねた二人組はしばらくの間、フリーズしたパソコンの如く口をポカンと開けていた。そして既に勝負に敗北していた事に二人組は数テンポ遅れて気が付いた。
そんな馬鹿なと言いたげな顔をしてから、二人は再び顔を見合わせる。
「おいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおい……」
「何なんだこいつマジ何なんだコイツ」
「おい相棒! 無かった事にしてズラかるぜ! ケッ!」
「敗者は大人しく退散解散、ランナウェイ!」
などとラップ調で逃走の算段を即座に立てた後、アルトたちに一瞬で伸されたポケモンをボールに収めて、コソクムシもかくやと、眼にも止まらぬ速さで逃げ出した。その様はまるでマンガのようだ。
……先ほどの出来事のようにポケモンを強奪する為に襲い掛かる手合いは悲しいながら存在している。それは個人に留まらず組織単位で強奪行為を行う連中も居るので要警戒だ。
「ルカリオ、カクレオン。お疲れさん」
労いの言葉を受けたルカリオは無言で頷き、カクレオンは表情一つ変えず舌をピュッと出して直ぐ引っ込めた。
モンスターボールに仕舞い、買い物序でに買ったのど飴を自分の口の中に放り込んだ。少し舐めてから吸い込んだぬるい空気がほんのちょっとだけ冷たかった。
「にしても変なチンピラだったなぁ……」
しばらくは忘れられなさそうな気がした。何せラップで絡んできてカツアゲかますチンピラなぞ前代未聞だ。すると先ほどのバトルを見ていた住民らしい小太り中年の男が安全を確認してからこちらに寄って来た。
「あんた、観光かい? 災難だったな。まぁポチエナに噛まれたと思ってくれ……あいつら基本そんなに強くないし見る限りあんたなら大丈夫だとは思うけど」
「あれ、ここじゃよくあるんですか」
「昔からね。まぁ、ここ島巡り経験者多いから巧く退けられるんだけどな」
じゃぁ助けてくれよ。と毒を吐きたくなったものの要らない恨みを自ら買いに行こうとはそうそう自分でも思わないので吐き出す前に呑み込んだ。
「……まぁあいつらはドロップアウトしてから立ち直れないような脆い奴らだ。大したことないさ」
男の侮蔑の篭った最後の一言が、アルトの喉の奥で魚の小骨の如く引っ掛かった。
◆◆◆
翌日。余分な荷物をホテルに残し、最低限の荷物だけで出発した。野生ポケモンの襲撃を喰らった時に対する対策の煙玉、餌、携帯食料と簡易サバイバルキット、仕事道具の望遠鏡とカメラ、メモ帳、研究員用のポケモン図鑑、ククイ博士から貰った研究員用通行証をリュックに詰め込み、スクーターに乗ってハウオリシティを出発した。
スクーターに跨ってカッスカスのヘタクソな口笛を吹きつつ、沿岸の道路を走る。
昨日の暑さは鳴りを潜め、比較的過ごしやすい空気になっていた。ぬるくも冷たくもない潮風を浴びながら目標の2番道路まで走った。長い斜面が続き、徒歩ならそれなりに時間を食ってしまいそうな程だ。スクーターを貸してくれたククイ博士に改めて感謝した。
さて。
このアローラの地で特筆すべき点は木の実が大量に手に入るという点である。
このアローラでは木の実のなる木というかなり特殊な品種の木が至る所に生えており、かなりの量の木の実を手に入れる事が出来る。しかもたった一本の木に複数の品種の木の実をもぎ取る事が出来るという冷静に考えれば恐ろしいシロモノだ。
恐らくホウエンやシンオウより木の実は楽に手に入りやすいと思われる。
1日に片っ端取って行くなどといったルール違反レベルの乱獲をしなければ困る事はない筈だ。
それほどの木がある以上ポケモンたちも自ずと寄って来る。特にここ2番道路ではあのチコリータやフシギダネが居ると専らの噂だ。初心者トレーナーが博士から貰う3匹のうち1体であり、そうそう新しく手に入らない種類のポケモンが平然とこの地方には居るのだ。
自然豊かでかつ、かなり特殊な立地ゆえ課題のネタに関しては困る事は無さそうである。
オダマキ博士から与えられた課題はアローラ地方の生態について纏めろというものだ。謎の凶暴化についての理由も出来ればついでに掴んでおきたい所だ。
スクーターを降り物陰にポジションを取ってから、手持ちポケモンの一匹であるとっしんポケモンのマッスグマを出してから、望遠鏡を覗きこむ。
広大な草むらにニャースが一匹。それもただのニャースなどではない。
それもリージョンフォームと呼ばれるアローラ地方限定のもので体色が灰色だ。
文献によると、元々この地方には居なかったらしいが当時の権力者への献上品として、他の地方から持ち込まれ当時の権力者により甘やかされて育ち、当時の権力者が衰退し消滅したのち野生化、繁殖したという。
現在問題視されている外来種による生態系の変容の一例とも言えるそれは中々興味深いものだ。
ちなみに、通常の野生ニャースがこの地に居る事はほぼ無いらしい。
「ほかに居るのはヤングース、ニャース、ケーシィ……マクノシタも。噂が本当ならチコリータやフシギダネも居るって事か。アローラ地方からトレーナー始める奴恵まれてんな……その分自然が厳し気なぶん相ッ当大変そうだけど。なぁマッスグマ君、カクレオン君」
手持ちのマッスグマとカクレオンはアルトの唐突な振りにギョッとしてから首を傾げた。突然話を振られたら困惑するし当然の反応だった。
「あ、そうだ。偵察頼む」
その言葉を訊くや否や身体にカメラを付けたマッスグマは「この瞬間を待ってたんだぜ」と言わんばかりに嬉々として草むらに突撃して行く。同じくカメラを持ったカクレオンは少し間を置いてから体色を周辺の景色に溶け込んでいく。流石にカメラまで隠しきれないが草むらの中でならカモフラージュ性能は抜群だ。
案外人間もポケモンも気づかないものである。
二体の持ったカメラが映した光景をノートパソコンが映す光景から記録する。
特に警戒心のあるポケモンはカクレオンをもってしても困難だ。ケーシィとか過去何度気付かれて観測失敗した事か。
黒い眼差しや影縫いでも使えば足止めこそ出来るが、それは捕獲する行動前提の行動なので観測には全く向かない。
「さてと……」
勝負はこれからだ。これから長丁場になるのだから。
◆◆◆
数時間後、マッスグマが帰って来た。
ポケモンにだって体力はあるし、ずっと偵察出来る訳ではないのだ。なお、カクレオンは依然として黙々と偵察中。奴の忍耐力は尋常ではない。勿論倒れるまでやる事はなく帰って来るし、無茶な命令は拒否するだけの自己判断能力は持ち合わせている。
先に根を上げたマッスグマはお腹が空いたと足をちょこちょことつついてくる。
「はいはい……マサラダ食うか。所で何拾ったんだお前?」
出発前ハウオリでテイクアウトで買って来たアローラ名物の揚げパン、マサラダを差し出しマッスグマが持ち帰って来た球体状のナニカと交換する形で受け取る。マッスグマの特性『ものひろい』が発動したらしい。
それは外気に晒されて何週間も経っている程に泥や砂埃が所々についていた。
「……ボールかこれ?」
汚れを布で擦ると、それは灰色と黒い装飾が施された凸凹のあるモンスターボールだった。
試しに開けてみると中身はカラッポだ。
見た事の無いタイプだ。恐らく市販されているような代物ではない事は確かだ。
オーダーメイドだろうか。よくトレーナーが個性を表現する為にボールに細工をしたり独自のカスタマイズを行うらしい。帰りに交番に届けるべきだろう。
謎のボールをリュックに仕舞うと、ノートパソコンから正確に聞き取れない男の怒声が聴こえた。
「いっ!?」
何か拙いものでも見てしまったのか。最悪の事態を想像して鳥肌が立ち、慌ててカクレオンのカメラが映しているウィンドウを見るも、実際のところは違ったようで白服の女性が何かから逃げている。
女性が画面外に消えた直後、見覚えのある風貌の男が何人も走っていた。
――あいつら昨日の!
昨日、アルトに絡んで来たカツアゲ二人組に似た風貌の男たちが白服の女性を追うようにカクレオンの映した画面を横切っていく。ざっと数えて5人。
「……まさか」
また自分にやった
あの住人らしき男曰く彼らは大した事はないとの事だが、穏やかじゃない。これを放置しようにも心の何処かが咎めるのだ。確認するだけでいい。何事もないのなら大人しく戻ってフィールドワークを再開すればいい。ちょっとの手間だ。
アルトは慌ててリュックに荷物を詰め込み、カクレオンのもとへと走り出した。
ダークポケモンの出番は次回で。
アルトの腕前は一応ジムは普通に制覇出来る程度の腕前(チャンピオンになれるとは言っていない)
一応オダマキ博士の教え子なので結構アグレッシブに外に出ますが見習いという事もあって、経験は浅め。
手持ち
ルカリオ♂
カクレオン♂
リーフィア♂
グレイシア♀
マッスグマ♀
次回『熊見ても死んだふりはするな』18時投稿予定です
それはそうと……エーテル財団の女職員可愛い……可愛くない?