ポイッ (/・・)/ ⌒
|彡サッ!
微睡みの夢
朝5時。まだ日の光も微睡みを残す時間帯。
私──朝田詩乃は自室をあとにし、隣に住む彼の部屋を訪れる。慣れた手付きで電子錠にスマホを翳し、ロックが解除されたことを確認して扉を開ける。
シン、と静まった部屋に微かに聞こえる寝息。
部屋の中を覗いてみれば床に敷かれた布団の中で彼は静かに寝息を立てて、彼に抱きつくように彼の親戚である木綿季が顔を緩ませて眠っていた。
ベッドの方は毛布がはね除けられてもぬけの殻、恐らく寝相の悪い木綿季が寝惚けたまま彼の布団に忍び込んだのだろう。
彼はというと眉間に皺を寄せ寝苦しそうではあるが木綿季をはね除けることなく眠ってる。
──本当に身内には甘いわよね。
初めて朝御飯を用意するために彼の部屋にお邪魔した時は、私の気配を感じ取ったらしく既に起きていた。
少し経った頃には、部屋にお邪魔しても起きていることはなかったけれど、寝顔を見ようと彼の顔を覗き込もうとした瞬間、うつ伏せに組み敷かれた。すぐに私だと分かり『悪い』と一言だけ言って私の上から退いた彼はバツが悪そうな顔をしてたっけ。
きっと彼の根底にあるのは他者に対する不信感。
アルゴの話ではSAO事件の際、基本的に誰かがいる、若しくは誰かが安易に入れる場所では眠る事はしなかったと。人間が一番に無防備になる瞬間を嫌っての事だそう。
過去に何があったのか問い詰めることは憚れる。きっと私にはまだ聞く権利はないだろう。
私は信用されていないのか、と少しだけ傷付いたけれど普段の彼を見ていれば努力はしているのだろうと思う。実際、日が経つ毎に私が部屋に入っても目を覚ましている事が少なくなってる。
──寝ているのに気配で目を覚ますなんてホント野生の獣みたいよね。
まだ人に慣れていない犬や猫が物音や足音に敏感な反応をするのと一緒だ。明日奈も彼の第一印象を野生の狼のようだと言っていたっけ?
言い得て妙である。
人一倍警戒心が強く、自身の縄張りを踏み込ませず、許可なく立ち入れば容赦なく牙を剥く。
明日奈の話によれば、これでも随分マシになった方なのだとか。『アルトくん矯正計画』なる話は聞かなかったことにする。
──さて、そろそろ朝御飯の支度を始めないと。
初めて彼のキッチンで料理を作り始めた頃に比べ、随分と調味料も調理器具も増えた。彼自身あまり料理をする方ではなく、有ったのは砂糖と塩、醤油に味噌ぐらいだった。
普段何を食べてるのか聞いても『腹が膨れれば十分』という返答。栄養の偏りもサプリメントで解決だそう。
それこそ中学校に通ってた頃までは健康に気を使っていたらしいけれど、今では食事に使う時間を頭を使う時間に回した方が有意義だと言っていた。
それでは駄目だと私が食事を用意することを強硬、渋る彼も料理を並べられては食べる他なかった。
口では文句を言っても、残さずに完食し『美味かった』と感想も言ってくれた。
私の作戦勝ちだ。
《オーグマー》を装着し、もう一度彼と木綿季が眠る部屋を見る。木綿季が寝ていたベッドの上で丸くなっているシフの姿があった。
私と視線が合うと挨拶なのか2回ほど尻尾を振る。
拡張現実における仮想体であるシフは彼の家族であり、幾重もの死線を共に越えてきた戦友。その目はどこまでも優しく、今だ眠る二人を守護するが如く見守っている。
誰に似たのだろうか、なんて答えの分かりきってる問題は早々に頭の片隅へと追いやる。
言うまでもないく彼あるいは彼女は彼に似たのだ。敵には容赦なく身内にはどこまでも甘い、そんな彼に。
水を張った鍋に乾燥昆布と鰹節を沈めて沸騰する前に取り出したあと、味噌を溶かす。
──朝は軽めに、かつ栄養の取れるもの。
朝食はその日1日の原動力。昼食までの間、体と頭を動かす為に必要なエネルギーを摂ってもらわなくちゃいけない。
「──────」
「おはよう、よく眠れた?」
後ろからかけられた声に振り向けば、彼がリビングからキッチンへと出てくるところだった。
「──────」
「甲斐甲斐しいなんてそんな事ないわよ。あなたの食生活は偏りがちだし、なにより木綿季に同じ食事をさせる訳にもいかないじゃない」
「──────」
彼の軽口に私は同じように軽口で返す。
木綿季はまだ成長期。なら栄養を考えて献立を考えないと。
「──────」
「はいはい。まだ時間がかかるからシャワーでも浴びてきたら?あ、着替えはちゃんと持っていきなさいよ?また半裸のまま歩き回ったら通報するから」
「──────」
憎まれ口を叩きながらリビングへ戻った彼は布団の中で未だ夢の中にいる木綿季をベッドへと移動させて、敷いていた布団を干し、畳んでいたテーブルを敷き、着替えを持って脱衣所へと消えた。
少しの間が空いて水の流れる音が聞こえてくる。
彼もシャワーを浴び始めたことだし、私も早く終わらせないと。
ご飯にお味噌汁、焼き魚にお漬物。
あとは…ほうれん草のお浸しかな?
「──────」
「え?シャンプーの替えなら…っっっっ!!!」
腰にタオルだけ巻いて出てきた彼に手に持っていたお玉を思いっきり投げつけてやった。
私は悪くない。
「どうしたの兄ちゃん、その顔……」
「木綿季、気にしなくてもいいわよ。学習しない颯真が悪いんだもの」
木綿季も起きてテーブルを囲い朝食を取り始めた矢先、木綿季は颯真の顔に赤く丸い跡が付いてることを追求する。
お味噌汁を混ぜるために使い高温だったそれは見事に颯真の顔へと命中してその爪痕を残した。
今なら投げナイフでヘッドショットも出来るかもしれない。
「──────」
「ハァ……悪かったわよ。咄嗟だったからついね」
「?????」
ご機嫌斜めな彼。
頭の上にハテナを浮かべる木綿季。
小さく笑みを零す私。
ささやかで儚い、それでも確かにそこにある小さな幸せ。ずっと続けばと思い願った日常。
そこで私は目を覚ます。
懐かしい夢を見てた。まだ彼がいつ目覚めるとも分からない眠りにつく前の夢を。
まだそれほど日が経っていないのに彼の声だけが酷く不鮮明だったような気もする。なのに夢の内容は酷く鮮明だった。
『君もアルトくんと同じ力を使ったようだが、金輪際その力を使わないことを奨めるよ』
思い出すのは茅場昌彦の言葉。
プログラムを超越する力とその代償。
もし私が彼と同じ力を行使した代償が記憶であるなら、彼はどれだけの代償を払いあの力を行使したのか。
あの一瞬だけ使った力の代価が記憶であるなら、あの女を消すために彼の支払った代価は?
分からない。分からないけれど……
「また声を聞かせてよ……また軽口を叩いてよ……」
ガラスで隔たれた向こう側。
機械に繋がれた彼は何も答えない。
前に書き溜めていたひとつです