sword art onlineー黒と灰ー   作:戒斗

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お待たせしました!


第五章:天職

甲高い音が空へと響き、森全体を揺らしてゆく。

 

「せああっ!」

 

ユージオの放った片手剣単発ソードスキル《ホリゾンタル》は仄かに赤く光るエフェクトライトを放ちながら、吸い込まれるように切れ込みへと向かっていった。

 

俺が型を見せて、それを模倣する。ユージオのセンスはなかなかのもので、俺が何度か型を教え込むと少しずつだが出来るようになっていった。

もしかしたら、俺よりも覚えが早いかもしれない。俺もうかうかしていたら、あっという間に抜かれてしまうだろう。

 

ついにその時はやって来た。

 

水平斬りを受けた巨樹が、それまでにない不気味な軋み声を発した。

 

俺達は唖然とし、次いでギガスシダーの幹を仰ぐと、驚愕で凍りついた。

 

地面の方が傾斜しているのでは、と錯覚するほどに巨樹が重力に屈して頭を垂れる光景は非現実的なものだった。

 

 

大きすぎる自重に耐えきれなくなった巨樹は、石灰のような欠片を辺りに撒き散らしながら周りの樹木を圧潰していった。

 

俺達はその光景をただ見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

赤々としたかがり火が、集う人々の顔を明るく照らし出す。楽団の陽気なワルツと、それに合わせて踊る人々の靴音や手拍子が夜空へ舞い上がる。村中が活気で満ち溢れ、喧騒が絶え間なく聞こえてくる。

 

俺達は少し落ち着いた場所でその様子を眺めていた。

 

ギガスシダーが切り倒されたことを知った人々はまたも村会議を余儀なくされた。なにやら不穏な意見も飛び交ったらしいが、最終的にはガスフト村長の鶴の一声で、祭を催し、ユージオは法の定める通りに遇することになった。

 

真実を知り、脱出するために央都へ向かう。その計画の最大の障害だったギガスシダーは切り倒した。あとは…

 

「なあ、ユージオ……お前、このあと……」

 

「あっ!いた!何やってんのよ、お祭りの主役が」

 

 

続きを口にする前に、甲高い声が頭上から降ってきた。カチューシャも飾り、赤いベストと草色のスカートを身に付けていた少女―――セルカが両手を腰にあて、胸を仰け反らせて立っていた。

 

「ダンスに参加しなさいよ貴方達」

 

「あ、いや……僕、ダンスは苦手で…」

 

「お、俺も、記憶喪失だし……」

 

「貴方達ねぇ…やればなんとかなるわよ!!」

 

 

セルカは俺達を有無を言わせず広場の真ん中まで引きずり、威勢良く突き飛ばされ踊りの輪に呑まれる。

 

最初は戸惑い、見様見真似で踊っていたが、そのうちどんどん楽しくなってきて、気がつくとステップを踏む足も軽くなっていた。

 

――そういえば、以前もこうしてダンスをしたことがある。シルフの剣士リーファ。彼女の微笑みを思い出し、胸が痛くなる。

 

俺は、早く帰らないと。SAO事件あのときも、彼女はずっと俺の帰りを待ち続けていた。俺には待ってくれる人がちゃんといるのだから。

 

俺がホームシックの切なさに浸っていると、唐突に音楽が終わった。周りを見回すと演台には、ガストフ村長が立っていた。

 

「ルーリッドの村を拓いた先祖達の大願はついに果たされた!悪魔の樹が倒されたのだ!我々はこれで、新たな畑や放牧地を手に入れるだろう!」

 

再び歓声が沸き上がる。それが収まると、村長は

 

「オリックの息子ユージオよ、ここに!」

 

すると、緊張の面持ちでユージオが壇上に上がる。隣の男性が父親だろうか。表情は誇らしげというより戸惑っているように見える。

 

「余り似ていないな」

 

なんというか、見た目も髪の色以外似ていない。恐らく精神も。

 

ユージオが村長の隣に立ち、広場に向き直ると、大きな歓声が浴びせらせる。

 

「掟に従い――ユージオには、自ら次の天職を選ぶ権利が与えられる!」

 

――――なんだって!?

 

ダンスなどしている場合では無かった。ユージオに念押しをすべきだったのだ。ここで、僕は麦を育てますなどと言われてしまえば、万事窮するのだ。

 

ユージオはなにやら迷っていたが、暫くの後、腰の《青薔薇の剣》の柄を握り宣言した。

 

「僕は―――剣士になります。ザッカリアの街で衛兵隊に入り、いつか央都に上ります」

 

静寂の後、村人にはどよめきが広がる。皆、苦々しい顔をして、なにやら話していた。

 

「ユージオ、お前はまさか……いや、理由は問うまい。よかろう、ルーリッドの長として、ユージオの新たなる天職を剣士と認める。」

 

俺はつい安堵の息を漏らしていた。これで央都に向かうことができる。

 

「待って貰おう!」

 

と、一人の若者が前に出てくる。セルカから話を聞くと、彼はこの村の衛士長らしい。

 

俺が見守っていると、なにやら話は二人が決闘をし、勝った方の意見が聞き分けられることになったようだ。

 

「ど、どうしよう……なんだか大ごとになっちゃったよ」

 

「いや、剣は使うけど寸止めだよ」

 

「ふぅん……でもその剣だとなぁ……いいか、アイツじゃなくて、剣を狙え。《ホリゾンタル》一発で終わるはずだ」

 

「本当に……?」

 

「あぁ」

 

要領を得ないユージオだが、俺の真意を伝えると納得したように頷き衛士長と向き合い、

 

ついに試合が始まった――

 

 

 

 

 

僕は《青薔薇の剣》を正眼に据え、左手左足を引いて腰を落とす。

 

「―――始め!」

 

その合図が聞こえた瞬間、相手が仕掛けてくる。

 

威勢の良い掛け声とともに、彼はそのまま上段からの斬り下ろしを―――しなかった。

 

相手の剣が、空中で大きく軌道を変える。上段斬りに見せ掛けての水平斬り。《ホリゾンタル》での迎撃は難しいだろう。

そう《ホリゾンタル》なら。

 

―――あぁ、やっぱり

 

僕はは衛士長――ジンクを知っている。彼が決して無能ではないことを。彼の努力を。だから、彼が何か仕掛けてくることは分かっていたのだ。それがただ、漠然と不安だった。それでも。僕はキリトの言葉を思いだす

 

――不安があるならそれでもいい。だけど恐怖に飲まれちゃダメだ。臆病なら臆病者なりの戦い方がある。

 

――僕は、臆病者だ。

 

整合騎士が怖かったから、アリスを救えなかった。

 

決まりを破るのが怖かったから、アリスを助けに行かず、巨樹を切り続けた。

 

また目の前で誰かを失うのが怖かったから、キリトを庇った。前と同じ過ちを犯すのが怖かったから、強くなろうとした。

 

僕はいつだって怯えながら生きてきた。でも、それでも…君を助けたい。この想いだけは、嘘になどしたくない。

 

――今更、勇敢な騎士にはなれないけれど、君を助けに行くよ。アリス。

 

後にキリトに教えられるはずの技だった斜め斬り《スラント》を放つ。それは稲妻の如く閃き、水平斬りの途上にあったジンクの剣を叩き、粉砕する。

 

 

―――その日、臆病者は、運命に抗った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アルヴヘイム南西部、シルフ領首都スイルベーンは夜の帳に包まれ、店々は固く鎧戸を下ろしている。

 

――現実時間午前四時。最もアクセス数の少なく、静寂に包まれた街並を眺めているのは水妖精族(ウンディーネ)の女性。

 

水色の長い髪を垂らし、窓を見つめるその姿は憂いを帯び、いつも透き通るように白い肌はその白味がさらに増していた。こめかみを抑え、何やら思い詰めているその姿は、まさしく疲労困憊といったところだ。

 

「大丈夫ですか、アスナさん?」

 

「二人とも、無理してたらいざというときに頭が働かないわよ」

 

気遣わしそうに訊ねるのは長い鮮やかな金髪を一つに結っている風妖精族(シルフの少女)――リーファ。

 

彼女の声もまた、元気そうに聴こえるものではなかった。

 

そんな二人に忠言アドバイスを告げたのはアイスブルーの髪に三角の耳を伸ばした猫妖精族(ケットシー)の少女――シノン。

 

アスナは二人に目を向けると、こくりと頷いた。

 

「うん…あとでベッドを借りるわ。本当、睡眠魔法がプレイヤーにも効けばいいのに」

 

「揺り椅子で寝てるお兄ちゃんは、なかなかに眠気を誘うんですけどね…」

 

リーファの呟きにアスナとシノンは口許を力なく綻ばせる。

 

「それじゃ、改めて……結論から言うと、お兄ちゃんが所沢の防衛医大病院に運ばれた証拠は見つかりませんでした。完全面会謝絶、ユイちゃんが病院の防犯カメラに侵入してもお兄ちゃんは映っていなかった。つまり、防衛医大病院には居ない可能性が高いです」

 

「「………」」

 

三人の間に重い沈黙がはしる。

 

――事の始まりはSAO…《ソードアート・オンライン》時代のとある出来事まで遡る。

 

仮想世界での死が現実世界での死に繋がるというデスゲームの中でも、自分たちから進んでPK…《プレイヤーキル》を行う人々がいた。《レッドプレイヤー》を名乗る彼らは一人のプレイヤー《PoH(プー)》によって組織された。そのギルド名は【笑う棺桶 (ラフィン・コフィン)】。

 

彼らは悪逆非道な殺戮を繰り返し、多くの人々が犠牲となった。

 

そして結成から八ヶ月後、アインクラッド攻略組による討伐部隊の手によって壊滅させられた。

 

死闘の末、ラフィン・コフィンで生き残り、牢獄に送られたのは十二人。そのなかにも、死者の中にも《PoH》の名は見つからなかった。

 

そして時は流れ、SAOから生還。アスナたちが須郷の手によって仮想世界に囚われた事件も、キリトやリーファを中心に多くの人々の力で解決。何とか現実世界に戻り、平和な日々を送っていたある日、GGOで銃で撃たれた人間が現実世界でも死亡しているという不可解な事件…《死銃(デス・ガン)》事件が発生する。

 

キリトとアルトがシノン達と協力して突きとめた犯人は、《ラフィン・コフィン》の生き残りである《赤眼のザザ》そしてその弟。さらに彼らにはあと二人、仲間がいた。それが《クラディール》と《ジョニー・ブラック》。

 

ザザと弟が逮捕されクラディールは自殺。しかし、ザザのSAO時代の相棒で、《死銃》事件の犠牲者のうち二名を殺害した実行犯でもある《ジョニー・ブラック》だけは行方を眩ましていた。

 

――そしてほんの二日前、事件は起こった。

 

行方不明だった《ジョニー・ブラック》による襲撃を受けたのだ。結果、桐ヶ谷和人は《死銃》事件で殺害に使われた薬品――サクシニルコリンを注射され、意識不明の重体となった。

 

その場に居合わせたアスナは、すぐさま救急車を呼ぶもキリトは心停止状態に陥ってしまう。

 

――それを何も出来ずにただ見ていることしか出来ない自分が、何よりも悔しかった。

 

その後、奇跡的に心拍が戻りなんとか一命を取り留めたと聞いたアスナは、安堵のあまり失神しそうになったが次いで告げられた、脳にダメージが発生した可能性があり、最悪の場合はこのまま意識が戻らないだろうという言葉で再び不安感に襲われる。

 

直葉に連絡をとり、その日は駆けつけた直葉とキリトの母と共に一夜を過ごした。

 

その後、一旦家に帰ったアスナ。するとキリトの母から連絡があり、自宅近くの病院へ転院することになったはずなのだが……………

 

キリトはどうやら、病院に転院せず何者かによって拉致されたという。この状況でぐっすり寝ろというのは無理な話だろう。

 

「犯人は、キリト君が入院した途端その情報を入手できて、本物の救急車を自分の目的の為に出動させられる人間……そいつのことはもう敵と呼ばせてもらうけど、敵の力はかなり強大なものね」

 

「いっそ、警察に届けるのは?」

 

もっともなシノンの提案だが、アスナはかぶりを振る。

 

「データ上ではキリトくんはあそこに存在する事になってる。恐らく警察は動いてくれないわ」

 

「……でも、どうすれば…というかそもそも敵は何でこんなことをしたのかな?お金……はないとして、恨みはありうるけど」

 

「いや、確かにキリト君に恨みを抱く人はいるだろうけど、こんな強大な権力を持つ人物となると……」

 

考え込むリーファとアスナ。そこに、シノンが少し自信なさげに呟く。

 

「あのさ……根拠はないけど、敵はキリトのVRMMOでの能力を求めてたんじゃない?……魂に直接アクセスできるなら、意識不明でもフルダイブは可能でしょ?」

 

「!まさか、ラースが!?」

 

「え?あの、お兄ちゃんがバイトしてたとかいうあそこですか!?」

 

二人が驚き、ラースについて考えていたところ、ユイがやって来てさらに衝撃の事実を伝える。

 

「――キリト君が、ヘリで何処かへ連れていかれた!?」

 

「はい、恐らくは日本の何処かだと考えられます」

 

「なにそれ、ラースってもしかして国と繋がってたりするわけ?……キリトにもっとちゃんと聞いておくんだった。あの時は……確か、アリスが何とかって」

 

「ラースっていうのは不思議のアリスに出てくる豚だか亀だかって奴のことね。それにしてもアリスか……キリト君、聞き覚えがあるとかなんとか」

 

「もしかしたら、ラースの研究所で聞いたのかもですね。何かの頭字語かな?」

 

「あっ!それなら確かキリト君が前に……確かアーティフィシャル、レイビル…インテリジェンスみたいな…」

 

「恐らくArtificial Labile Intelligence……《高適応性人工知能》です。これが、私のようなトップダウン型でなく、ボトムアップ型を示しているとすれば、その人工知能は人間と真に同じレベルに達しうる存在のことですね。」

 

「………そんな、じゃあラースの目的は、真の人工知能を創ること?」

 

「やっぱり、国と繋がってるのかな。バイトを紹介したのって総務省の菊岡さんだし…」

 

「でも、国絡みなら隠蔽されてて何も分からない…」

 

「いえ、分かるわ」

 

手段はないというリーファの言葉を遮ったのはシノン。

 

「予算よ。そんな莫大な資金、流石にちょろまかすことは出来ない筈。国会の予算を見たら、何かの名目で予算に計上されてるんじゃないかしら」

 

「えっと………該当するものは見当たりませんでしたが、一つ。海底の油田やレアメタル鉱床を探すためのAIの予算が。優先度に対して額が大きいので、検索フィルターに残ったようです。プロジェクトは《オーシャン・タートル》に置かれていますね」

 

「あ、それ知ってます。確か海に浮くピラミッドみたいな……」

 

「待って。ユイちゃん、その画像出せる?」

 

「はい」

 

そうして目の前に現れたのは、確かに黒いピラミッドのような代物。四方の角からは突起が突き出し、カメの様に見える。

 

「でもこの頭のところ、ちょっと平らに突き出してて他の動物にも見えない?」

 

 

「あー、そうですね。ちょっとブタにも見えますね。泳ぐカメブタだぁ」 

 

と、無邪気な声でリーファが言う。直後、自分の言葉に打たれたように両目を見開く。

 

「カメでもあり……ブタでもある…」

 

三人は互いに見つめ合い、声を揃えて叫んだ。

 

「―――《ラース》!」

 

「息ぴったり合わせたところ悪いナ。悪いお知らせダ」

 

答えに行き着いたところで姿を表したのはSAOでもお世話になっていた情報屋【鼠】アルゴ。

 

「悪い……お知らせ?」

 

「アルトが病室から運び出されて行方知らずになっタ。運び出されたのはキー坊が襲われた少し前になル。入院してた病院も転院する話をそのまま鵜呑みにしたみたいダ」

 

多分アルトくんを拉致したのもラースかもしれない。

 

でも一体何のために?

一体何が起きてるの?

 

言い知れぬ不安に胸の奥がざわついた。




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