ルーリッドの村を飛び出してから、早くも2年が経過していた。
ザッカリアの剣術大会では東ブロックと西ブロックに分かれ、それぞれユージオと俺が優勝した。その優勝者2名だけがザッカリアの衛兵隊への入隊が決まるというもの。
そして、その半年後には無事に帝立修剣学院への推薦状を手にし、央都セントリアに上った。そこでの入学試験で無事上位12人に入った俺たちは《傍付き練士》となり——同じく2年生の席次トップ12である《上級修剣士》から直接指導を受ける立場となっていた。
それから1年。そろそろ先輩が卒業し、俺たちが上級生となる番がやってくるのである。2年生の終わりに行われる卒業検定試験で勝ち抜き、帝国修剣大会をも勝ち抜いて俺たちの属するノーランガルス北帝国の代表になり、四帝国統一神前大会で優勝すれば、ユージオは《整合騎士》になれる。俺はその次の年にでもなれればいい、さらに言えば別に禁忌目録を犯すとかでもいいだろう。そうすればセントリアの中央にそびえる《セントラル・カセドラル》の中へと足を踏み入れ、俺たちは各々の目的を果たすことになる。
とにかく、俺たちの旅にもようやく終わりというものが目に見えてきたのだ。
俺はムクリと起き上がり、気の抜けた欠伸をして何故安息日であるにもかかわらず、俺は早起きをしたのかを考えた。まだユージオは寝ている。今日は3の月の7日……
「あ、そうか。今日はとうとう、《あれ》が出来上がる日か……」
俺は湧き上がる興奮を抑えようともせず、いつもなら俺を起こすユージオを起こしに向かった。
「見ろぃ、この有様を!」
目の前でバラバラと広げられる黒い砥石を見て、俺たちは顔をひきつらせた。
「この《黒煉岩》の砥石は1つで3年は使えるはずが、この1年で!この化け物枝を削ったら6つも消費してしまったわい!」
「い、いやあ、ほんと、すんません……」
ルーリッドを出る時にガリッタ爺に餞別として貰ったギガスシダーの枝。俺たちはセントリアに来るなり、言いつけ通りサードレという細工師を頼り、剣として成形してもらうよう頼んでいたのだ。
どうやらガリッタ爺の知り合いだったらしいサードレは俺たちの持つ枝をたっぷり3分絶句して眺め、5分間検分したあと、1年時間をくれと言ったのである。そして、今日がその約束の日であった。
「そ、それで、剣は出来たんですか……?」
がみがみと文句を垂れ流すサードレを遮ってユージオが言うと、サードレはふんと鼻を鳴らして麻布に包まれたそれを机の上に置いた。ゴトリ、といかにも重そうな音が響き、それがちょっとどころではない優先度プライオリティを持つことを予感させた。ごくりと喉を鳴らす俺を見て、サードレは口を開く。
「おい、若いの。まだ研ぎ代の話をしていなかったな」
「うっ!」
「大丈夫だよキリト。念の為に、僕、お金全部もってきたから」
ユージオに肩にぽんと手を置かれ、冷や汗が吹き出る。1つで3年は使える砥石を6つも消費してしまったのなら、この剣を鍛えるのには通常の何十倍もの費用がかかっていることになる——
「————タダにしてやらんこともない」
と思ったのだが、思いがけぬ温情を見せるサードレに俺たちは安堵のため息をつく。しかし、話はそれで終わりという訳にはいかないようだった。
「ただし、お前さんがこれを振ることができたら、の話じゃ。このクソ重い枝を北の果てから持ってきたのだから見込みはあろうが、こいつ剣になった途端、一層重くなりよった。鍛冶師や細工師はテラリア神の加護でどんな剣でも運ぶことなら出来るはずなのじゃが、この剣は儂でも1メル運ぶので限界じゃった」
化け物——という言葉が脳裏に浮かんだ。
改めて剣を見てみると、麻布越しにも関わらず空間を歪めるような存在感を感じる。ソルスの光を300年吸収し続けた《ギガスシダー》としての圧倒的な格を、まざまざと見せつけてくるようだ。
麻布をそっと解くと、直ぐに漆黒の剣の姿が顕になる。ギガスシダー時代と変わらぬ、ほんの少し透明感のある質感を残したまま、シンプル且つ精緻な装飾が随所に施されていた。俺はそれに手を伸ばしかける一方で、とある相反する感情を抱いてもいた。
これで、俺たち2人の剣が揃ってしまった。2年前の旅立ちの時に予感した、あの理由のない不安。
それがじんわりと体の芯を冷やしていく。俺はそれをぐっと堪えて、腹に力を入れると鞘から剣を抜いた。《青薔薇の剣》とそう変わらないずしりとした重みが腕に加わる。
「おお……」
剣を掲げた時、俺は何度となく感じてきた感動のようなものを覚えた。第1層で《アニールブレード》を握った時、そして、50層で《エリュシデータ》をドロップした瞬間、リズに《ダークリパルサー》を打ってもらった後、そしてアイツの意思と共に託された《アルトリウス》を握った時、
歴代の愛剣たちを手に入れた時と同等の痺れのようなものを脳の奥に感じたのだ。直感的に、この剣は間違いなく俺のものだという確信を得る。
黒い刃に見とれる俺を見て、サードレが低い声を発した。
「……お前さんに、そいつが振れるか?」
俺は答える代わりに店内に客がいないことを確認すると、空いたスペースに向かって剣を構える。狙うは向かいの壁にかかるバックラーだ。俺はこれから、この剣と共にこの世界を駆ける。その《意志》をサードレの前で見せる、絶好の機会だ。
「……シっ!」
剣を振り下ろすとともに、空気が裂ける重い音が響く。剣先は地面に当たる寸前で止めたものの、床板がみしりと鳴った。
末恐ろしいほどの力だ。俺は心強すぎる新たな相棒に体を震わせた。
「……ふん、学院のひよっこ剣士が、その剣を振りおったか……」
サードレはにやりと笑う。俺たちが砥石代がチャラになったと喜んだ——その瞬間、壁にかかっていた盾が床に落ちるのを目撃した。かなり重厚そうな音を立てた盾はしかし、無残にも真っ二つに割れている。
「……な」
「キリト……」
「——お主……」
疑いようもなく、俺が斬ってしまったのだろう。盾までの空間は5メートル程はあり、俺がどう頑張っても《ソードスキル》なしで刃を届かせられる距離ではないが、この場でそれが出来たのもまた俺だけなのだ。腹に響くような声を出したサードレに錆びたブリキの玩具のように顔を向けると、そりゃあまあ怖い顔をしていらした。
が、そのまま雷が俺に落ちることはなかった。
「その黒いひよっこが盾を壊したのは、どういうわけだと思う?」
「え……?」
「答えは《意志》の力じゃ。何事も信念を持てば実現する。願ったことは叶うのじゃ。儂も『生きているあいだにあの黒い大樹を剣にしてみたい』とこの数十年願い続けてきたのじゃからな……」
ふっと遠い目をするサードレを見て、俺は納得した。ガリッタ爺は俺たちへの餞別としてだけではなく、きっとかつて知り合ったサードレのためにこの枝を切り出すよう勧めたのだろう。
「
それを聞き、俺たちは飛び上がった。
「——本当に、ありがとうございます!」
その後、アズリカ女史の元で剣の持ち込み申請を終えた俺は、安息日ではあったが学院敷地の端っこで剣を振っていた。
「……せいっ!」
理由は1つだ。
明日、俺が《傍付き》として1年師事してきたソルティリーナ先輩に、《アインクラッド流》の奥義——すなわち、これまでほとんど使ってこなかった連続技を見せる、と約束してしまったからである。
練習用の木剣では、連撃数の多いソードスキルを使うことが出来なかった。故にユージオから《青薔薇の剣》を借りようかと思っていたところに、ちょうどこの剣が出来上がったのだ。明日のために、どれほどの技が使えるのかを確認しておかねばならなかった。
2連撃技《バーチカル・アーク》。3連撃技《サベージ・フルクラム》。4連撃技《バーチカル・スクエア》……
それらを一切の淀みなく成功させ、ひとまず息を吐いた。これで、コイツが《青薔薇の剣》と同程度の優先度を持っていることが物理的に証明されたわけだ。《窓》を見た時にはクラス46とあり、《青薔薇の剣》よりも高い数字だったのが半信半疑だったのだが、それは嘘でも何でもなかったようだ。
しかしこうなると、この先もやってみたくなる。《青薔薇の剣》では5連撃以上の技を使うことが出来なかった。ならば、この剣ならば——
俺は左肩に剣を構えると、力を溜めていくイメージを持つ。剣はチカチカとオレンジの光を散らすが——これまでの技とは違う、不安定なものだった。
やはり、5連撃は無理か。いや、やって見ないとわからない。
「……うおっ……!」
口から気合いを迸らせ、スキルが発動するギリギリの淵を超える。エネルギーが俺の体を通して刃に宿り、左上から袈裟斬りに振り下ろされた剣は地面につく前に跳ね返る——筈だったが、システムによるアシストを得られずに地面に突き刺さった。
俺の右手首にえげつない反動がかかり、堪らずそのまま剣を振り抜いてしまった。思いのほか湿った音を響かせて、黒い剣が学院の土を掘り返す。
「あ……」
その行く先を目で追うべく、くるりと振り返った時。そこに人影があるのが見えた。金の髪を坊主にまとめ、上級修剣士だけに許されたカスタムされた制服——首席上級修練士、ウォロ・リーバンテインが俺のことをじっと見つめていたのだ。そこに土塊がまっすぐ飛んでいき……べちゃり、と嫌な音を立てて真珠色の制服に泥ジミがついた。俺の顔色がさっと青くなる中、俺の気のせいでなければ、ウォロは微かに目を光らせた。
「——確か、セルルト修剣士の傍付きの、キリト初等練士……だったな?」
これから投稿は月1になりそうです。
読者様には申し訳無いですがしばらくお待ちください。
番外編は執筆してますので、読んでみたい等のリクエストがありましたら活動報告の伝言板にお書きください。