sword art onlineー黒と灰ー   作:戒斗

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番外編を書いているうちにキリがよかったので投稿です。


第八章:心意そして暗雲

《意志》の力、とサードレ氏に言われた時、密かにどきりとしていた。俺はそれを確かめるために、この地では咲かないゼフィリアという西帝国原産の花を咲かせる実験を行っていたからだ。

 

ウォロ主席修剣士との懲罰試合後、呆けた顔のユージオを連れてソルティリーナ先輩の部屋で打ち上げをした。明日見せるはずだった剣技を、前倒しでウォロ主席との戦いの中で使ってしまったからである。

そしてそこでベロベロに酔ってしまったユージオを部屋に送り届けた俺は、もう一度ゼフィリアたちの様子を見よう、と花壇に向かっていた。

 

実のところ、花の栽培を始めたのはそれだけが理由ではない。ひとつはソルティリーナ先輩がゼフィリアの花を見たがっていたから、というとんでもなく健気な後輩心からだが、暇だったから、という残念な理由もある。——だって、安息日にユージオと遊ぶにしても、ユージオは神聖術の勉強をしていからな。俺は必然的に一人ぼっちになるわけだ。

 

ぼっちゲーマーが異世界で土いじり始めました。

なんてどこぞのラノベみたいなコピーが浮かんでしまうくらい、残念で、しかし楽しい作業だった。

 

 

 

 

 

すっかり夜のとばりが降り、しんと静まり返る花壇で思い切り息を吸った時、俺はここにあるはずのない香りを嗅ぐ。上品な花の香りではなく、ベタついた下品な香水の香りだ。この香りには覚えがある、と顔を顰めた時、予想通りの粘ついた声が降ってきた。

 

「……おやおや、キリト練士。ちょうど良かった。今から貴殿を探しに行こうと思っていたところなのだよ」

 

「……何の用だ」

 

ライオス・アンティノスと、ウンベール・ジーゼック。

何かと俺達平民に突っかかってくる貴族様だ。俺の無愛想な返事にウンベールは顔を歪めるが、それをライオスが制する。

 

「無論、先程の戦いに賛辞を送ろうと思ってな。かの主席修剣士であるリーバンテイン殿と引き分けるとは……実にあっぱれ」

 

「いやまったく、まったく。あのような曲芸じみた剣技にはリーバンテイン殿も面食らったというところですかな」

 

「……あんたら、褒めるのか喧嘩を売ってるのか、どっちなんだ」

 

ちり、とこめかみが疼くような感覚に襲われ、俺は声を低くして唸る。ライオスとウンベールはひとしきり笑うと、俺の胸ポケットに何かを差した。

 

「……ははは、我々は平民に何かを売ることはしないのだよ。施すことはあっても、な。ということで、貴殿の曲芸……いやさ、健闘を讃えて、これを進呈しよう」

 

「いい気に乗るなよ、無姓の輩」

 

からからと笑うライオスに続いて、ウンベールは捨て台詞を吐く。そのまま俺を通り過ぎ、乱暴に扉を閉め、2人が寮舎に消えても俺はその場から動くことが出来なかった。

 

なぜなら、俺の胸に刺さっていたのは、この半年俺が失敗を繰り返してようやく育て上げた今にもほころびそうなゼフィリアの花だったからだ。

 

俺は吸い込まれるように白い素焼きのプランターに近づく。そして、喉の奥から嗄れた声を漏らした。

……プランターに健気に育っていた23本の花は、1本残らず引きちぎられていた。

 

迂闊、だった。

 

この世界の住人は、こんな、酷いことはしない——出来ないと思っていたのだ。

 

ルーリッドの村でユージオと話したように、禁忌目録に()()()()()()()()()()()という条文がある以上、こんな、ことは……

 

と考えたところで、歯を砕けんばかりに噛み締めた。()()ものは壊せない。だが、このプランターに入った土は、誰のものでもない央都の原野から持ってきたものだ。そこに生えた花も誰のものでもない、とあの二人が解釈したならば……。

 

なんて、狡猾なんだ! いや、違う。アンダーワールドにはユージオたちのような善良なフラクトライトだけでなく、《禁じられていないなら何をしてもいい》と平気で宣う輩も存在するのだ。現に俺も、《それは禁止されていないだろ?》という論理で、ここまで旅をしてきたというのに。

 

「……ごめんよ……」

 

ほとんど声にならない声でそう言い、散らばった蕾をかき集める。鮮やかな青緑色の蕾は、手のひらに集めるたびにその色を褪せさせ、ついに——光の粒となって消えた。天命が全損したのだ。

 

その瞬間、両の瞳から涙が滴るのを感じた。

 

「はは、なんだよ俺……花千切られて、泣く、とか……っ」

 

ここでようやく、俺はこの花たちに込めていた第3の思いを自覚した。見知らぬ土地に知り合いもなく放り出されたことの孤独を、同じく過酷な地で懸命に咲こうとしている花たちと分かち合おうとしていたのだ。

 

——信じなさい。異国の地で育った花たちの力、そして、それをここまで育てたあなたの力を。

 

 

その時、不思議な声が聞こえた。どこかで聞いたことのある声だ。ルーリッドを出て以降、何度となく俺たちを助けてくれた、暖かい声。

 

「……でももう、みんな、死んでしまった」

 

でも、今度ばかりはもう無理だ。花たちは既に光となって消えてしまったのだから。だが、俺が掠れた声で呟くと、声は力強さを増した。

 

——大丈夫。土に張った根はまだ生きようとしているわ。それに、感じるでしょう。ここに咲く花たちが……小さい仲間を助けようとしているのを……。あなたなら、その願いをゼフィリアに届けられる。

 

——それに……あなたにはそんな弱々しい言葉は似合わない。忘れてしまった?あの城での日々を。あなたはいつだって、剣2本を持って困難を乗り越えてきた。

 

「——っ!?」

 

俺は目を見開いた。

なぜ、それを知っている?というかそもそも、この声の主は——

 

だが、声はその疑問に答えることは無かった。

 

——さあ、涙をふいて、立ち上がりなさい。あなたのイメージ……《意志》の力を、《シンイ》の力を……花に届けて。

 

とん、と見えない手に背中を押された気がした。俺は制服の袖で涙を拭うと、顔を上げる。そこには、花壇の聖花たちが溢れんばかりの神聖力を湛える姿があった。導かれるように両手を差し伸べて、願った。

 

「頼む。命を、少しだけ分けてくれ……」

 

すると、花から伸びる緑の線が一斉に1箇所に集まり、撚られ、大きな光のリボンとなった。震える指を動かすと、それはゼフィリアのプランターに一直線に伸びていく。リボンは丁寧にゼフィリアたちを包み込んで——土に消えた。

 

「——あ」

 

そして、ゆっくりと、しかし着実に、ゼフィリアたちは再びその茎を伸ばし始めた。瑞々しい葉が茎から分かれる。丸めた頭が慎ましげに顔を覗かせ、丸く膨らんでいく。

 

それを見た途端、再び暖かい涙が頬を伝うのを感じた。

なんて、美しい力なのだろう。この世界はただの仮想世界じゃない。現実をも超える美しさを、生命力を、《意志》を備えている。

 

「……ありがとう」

 

それをすっかり見届けてから、俺は一言呟いく。このプランターは俺の領地だ、と宣言するが如く、校章のピンを外して土に刺した。

 

1ヶ月後、ゼフィリアたちは無事に満開となり……俺はソルティリーナ先輩の満面の笑みと、そして涙を見ることが出来た。

 

 

 

そしてさらに1ヶ月後、奴が姿を現した。

 

夜が明ける前、悲鳴にも似た喧騒に目を覚ませば寮の中も慌ただしい様相を見せていた。

 

「ユージオ何かあったのか?」

 

「《メガロス》だよ」

 

《メガロス》

 

その単語に寝起きの頭が一気に冴えた。

 

「大丈夫だよ。整合騎士が央都の外で迎え撃ってるから」

 

「……なぁユージオ、少し見に行かないか?」

 

「え?」

 

 

寮を抜け出し、なんとか央都の外に出て物影に身を潜める。そしてその光景に目を奪われたんだ。

 

それはまるで神話の再現のようだった。

 

圧倒的な暴力の化身に対し、飛竜に跨がり攻め立てる騎士たち。

だがーー

 

「なんだよ……あれ……」

 

騎士たちの攻撃は《メガロス》に対して毛ほどの傷も負わせることなく弾かれる。

 

石斧剣が振り下ろされれば、地面が割れ衝撃波が物影に隠れた俺たちにまで届いてきた。

 

無数の火矢に曝されそちらに気を取られた瞬間、《メガロス》の後ろから別の整合騎士が7本に分裂した鞭で拘束し、レーザーのような光に貫かれた。

 

さすがの《メガロス》でもと思ったのもつかの間、貫かれた胸に空いた穴は瞬く間に塞がり、その咆哮が空気を震わせる。

 

傍にいた騎士を左手で持ち上げて握り潰し、上空を飛んでいた整合騎士をあろうことか跳躍だけで接近し、飛竜ごと右手の石斧剣で両断する。

 

「怯むな!攻め立てよ!」

 

「夜明けまで何としてでも守り抜け!」

 

整合騎士だけでなく央都に駐在してる騎士たちも果敢に《メガロス》へと挑んでいくが量を磨り潰す質、とでも言えばいいのか石斧剣のたった一振りで先頭を走っていた騎士たちが宙を舞った。

 

まさに暴虐の化身。以前にユージオが災害のひとつと言っていた意味がようやく理解できた。

人が嵐に敵わないように過ぎ去るのを待つしかない災害だ。

 

やがて太陽が顔を覗かせ始めるにつれ《メガロス》の動きが鈍り始め、やがて完全に動きを止めた。

そうしているうちに無数の鎖で拘束し、飛竜で懸架して何処かへと運んでいった。

 

それは勝利ではなく、一時的に災害を遠ざけただけ。生々しい災害の爪痕と疲弊して座り込んだ騎士たちが最後に残された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……しかし菊岡二等陸佐の進める《アリス・プロジェクト》とこちらで進めている《メガロス・プロジェクト》を同時に人界で進めて宜しいんでしょうか?暗黒界でも同じ成果は見込めるでしょうし、下手をすれば鉢合わせになる可能性も……」

 

「それはあっちも了承済みだよ。鉢合わせたら鉢合わせたで、お互いにとって有益であることに違いはないからね」

 

「しかし……」

 

「君もしつこいよ。《プロジェクト・アリシゼーション》は我々にとって最重要項目。より効率的に進められるのなら使えるものは使う、それが《メガロス・プロジェクト》だったはずだ。君もそれに賛同したからこっちに参加したんだろう?」

 

「それはそうですが……」

 

「それとも重村元教授に感化されたのかな?民間人を巻き込むのは気が引けるって?」

 

「そうです!意識のない民間人を拉致してーー」

 

「それがなにか問題?」

 

「なっ……」

 

「君、なにか勘違いしてないかい?これは治療の一環だよ。桐ヶ谷……なんだったかな?《アリス・プロジェクト》に協力してる彼が菊岡二等陸佐と交わしたSTLを使用した治療。事実、彼は夢見心地でこちらの思惑通りにことを進めてくれている。win―winの関係さ。まぁもっとも、彼が目覚めるかどうかは別問題だけどね」

 

 




補足としてこの作品ではアンダーワールド内で二つの計画が進行中です。
菊岡の進めるアリス・プロジェクト
今話に出てきたメガロス・プロジェクト

我ながらラースが大変なことに……
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