「兄さん、おはようございます」
「藍子か、おはよう」
「兄ちゃんおはよう!」
「朝から元気だな木綿季、おはよう」
中学へ登校するため身支度を整えて朝食に舌鼓を打ち、食後の特製スムージーを飲んでいた所へ、ランドセルを背負った藍子と木綿季がリビングに顔を覗かせた。
そういや、昨日は泊まったんだったか。
「あんまりゆっくりしてると遅刻するよ?」
「中学校まで自転車で10分、私たちよりも近いから大丈夫」
「そういうこった。ほらさっさと行け」
「はーい!行ってきまーす!」
「兄さん、行ってきます」
天真爛漫な木綿季と落ち着いた雰囲気の藍子。
二卵性とはいえ双子でここまで性格に差が出るもんなのかね?
「颯真」
「んー?」
次に顔を覗かせたのはお袋だった。
艶やかな黒髪を後ろで結いパンツスーツを着こなし、少し慌てた様子。
「今日は非番だったけど、本庁に行かないといけなくなってしまったの」
「親父も?」
「ええ。帰ってこれるのは夜遅くになりそうだから、藍子ちゃんたちの夜ご飯お願いね」
「あいあい了解。気ぃ付けて」
「颯真もね。それじゃ行ってきます」
ってことは帰りはスーパーだな。
まったく、非番だっつーのに警察官は多忙だな。
下校中スーパーの入り口で藍子と遭遇。
そのまま二人で買い物を済ませることになった。
「木綿季はどうした?」
「公園で学校の友達と遊んでます」
「了解。晩飯のリクエストはあるか?」
「ハンバーグなんてどうでしょう?あの子も喜ぶと思いますし」
「お前は?」
「兄さんが作ってくれるなら、どんな料理でも完食します。例えダークマターでも」
「んなもん作らねぇよ。これでも煮る焼く炒めるはできんだ」
「男の料理ですね。分かります」
この……。
「兄さん、挽き肉は赤身が多くて色味が鮮やかなものを選んでください。玉ねぎは表面の皮に傷がないもの、硬く締まって重みのあるものを」
「へいへい」
どっからそんな知識を仕入れてんだか。
「花嫁修行です」
ナチュラルに思考を読むな。それにまだそんな歳じゃねぇだろ。
「玉子はまだあったな」
「それならパン粉と牛乳です。牛乳に浸したパン粉を使えば柔らかいハンバーグが作れます」
固い方が肉を食ってる感があって好きなんだけど……まぁ子供受けする方が木綿季も藍子も喜ぶか。
そんなこんなで買い物を済ませ藍子と共にキッチンで調理開始。
「ハンバーグは形を整える前にちゃんと空気を抜いてください。割れる原因になります」
「へぇへぇ」
何でお前の方が手際がいいんだ。
妬んでる訳じゃない。絶対。
「新婚さんみたいですね」
「ブッ!」
「唾が飛びます」
「お前が変なこと口走るからだ!」
「私にもっと身長があったらそう見えるだろうな、と思っただけです」
「初めからそう言え!いや、だとしても新婚はない!」
お互いそんな歳じゃねぇ!
「たっだいまー!」
「おう、お帰り……って泥まみれじゃねぇか。藍子は続きを頼む。木綿季は玄関で待ってろ。タオルに乗せて風呂場まで運んでやる」
タオルの上に座らせ脱衣所まで引っ張って運ぶ。木綿季の服は別で洗濯だな。まったく。
夕飯を食って洗い物も済ませ宿題も終わらせた。
あとは自由時間。二人はテレビなりゲームなりで時間を潰させて俺は読書だ。
《
ちなみにニーベルンゲンの歌は前半がジークフリートの英雄譚で後編が殺されたジークフリートの嫁であるクリームヒルトの復讐譚だ。
「兄さん、木綿季も寝たので私も寝ますね」
「……おう」
ぺらり
「そろそろ兄さんも部屋に戻った方が」
「そうだな」
ぺらり
「兄さん」
「聞いてる」
「はぁ……」
ふと左肩に重みを感じ視線を向ければ藍子の頭が乗っかってた。
「なにしてんだ」
「いえ、どんな内容なのか気になったので」
「英雄譚だしな。お前には難しいぞ」
漢字だらけだし、女子供には難しいだろ。
その前に肩に頭を乗せるな。
「兄さん、どうしてタブレットで読まないんですか?」
「本ってのは文字を読むだけじゃねぇ、紙の臭いやら肌触り、ページをめくる音だったりを楽しむもんなんだよ」
スマホで文字を読むより紙の方が頭に入ってくるのは、そういうのが理由だったりするらしい。
文字の情報だけじゃなくページをめくる指の感触だとか、覚えようとする情報に他の情報が紐付けされるから、らしい。
まぁ親父の受け売りだけど。
「どうしてジークフリートは死んでしまったんですか?」
「義兄と嫁が対立して、戦争を防ぐためにはジークフリートが死ぬしかない状況に追い込まれ、そして暗殺された。簡単に言えばこんなところだな。人々の願いを叶えてきたジークフリートが最後に願われたのは自身の死とはなんとも皮肉だな」
英雄は怪物を殺すが、英雄を殺すのは人であり、その人を殺すのは怪物である。
大抵の英雄譚は最後には守ってきた人々に殺されている。よほど人望がなかったのか、その力を恐れられたか、もしくは女絡みだったりする。
「人は身勝手ですね」
「まぁな。とはいえ小学生が読むようなもんじゃねぇし気にすることでもねぇ。さっさと寝ろ」
「それではお休みなさい」
「おう、お休み」
「あ……そうだ兄さん」
「ん?」
「なにがあろうと私は兄さんの味方です」
「そういうフラグを建てるな」
というか俺がしでかすこと前提かよ。
「兄さんは何かと勘違いされやすいですから」
「うるせぇよ、ガキが要らねぇ心配すんな」
悪戯が成功した子供のような顔でリビングから出ていく藍子を見送り、ため息を溢す。
ったく、子供は子供らしく自分のことを考えてりゃいい。それを見守るのが年長者の務めだからな。
「なにせ俺は、お前らの兄貴だしな」
あいつらが真っ当な道を進めるように俺が道を踏み外す訳にはいかねぇだろ。仮にも警察官の息子が。
さて、親父たちがいつ帰ってきてもいいように夜食でも作っておきますかね。
いかがでしょうか?
アルトが中学生だった頃のお話でした。