そしてーー
「なぁ親父、どうしてもスーツで行かなきゃダメか?」
『ドレスコードがないとはいえ最低限の礼儀はある。それにお前の私服にはセンスがない』
「実の息子に言うことか?」
『胸にバスターだとかアーツだとか書いてるシャツが格好いいと思っている内はな』
「いや、あれ部屋着なんだけど」
テレビ電話で久々の親父と顔を会わせた。
遅れ馳せながら親父が予約したレストランで大学入学祝をすることに。
「あ、お袋から聞いたけど昇進したんだって?おめでとう」
『……直接会って話そうと思ってたんだが……母さんめ口の軽い』
「親父が固すぎるだけだって……あぁネクタイが絡まった」
『普段から練習をしておけば苦労はしない』
「それもそうなんだけどっと……ゆくゆくは警視正?」
『いや、人の上に立たなければ見えないものもあるが、同時に見えなくなるものもある。私は、その見えなくなるものを大事にしたい』
「見えなくなるもの?現場の状況とか?」
『それもあるが大事なのは人の心だ。人が何に苦悩し犯罪に手を染めてしまうのか。私たち警察官は犯人を捕まえることだけが仕事じゃない、その苦悩から解放する手助けすることも仕事だ』
「つまり犯人の心を救う?」
『私は人の善性を信じる。例え悪の道へ逸れてしまったとしても、その心を救うことが出来たのなら必ず真っ当に生きてくれるはずだと』
「……ふふ」
『どうした?』
「いや、親父の息子で良かったって再確認しただけだよ」
髪もワックスでセットしようとも思ったけど、なかなか決まらず結局オールバックに。
『……堅気に見えないな』
「おい、親」
四苦八苦しながらネクタイを締め直し、スーツの袖に腕を通してみるが着せられてる感が半端ない。
『馬子にも衣装だな』
「誉め言葉じゃないから」
『そういえば大学の方だどうだ?上手くやっていけそうか?』
「入学してまだ1ヶ月しか経ってないんだけど……まぁ上手くはどうかは別にしてやっていけそうだよ」
『……警察官にはならないか』
「親のコネで警察官になったとか言われたくないし……俺はさ、世界を見たい。そのあとは
『……お前は私たちの想像を飛び越えて行くな』
「今までは親父たちの期待に応えるのが楽しみだったからら。これからは、その期待を越えられるようにって心を入れ換えたわけですよ」
果てのない
そのステージに立てれば、人類は新しい歴史を刻むことができる。
そう考えただけでも胸が踊る。
『そうか……なら、盛大に祝おう』
「了解……にしてもよく予約取れたね。あのレストラン、前にも一緒に行ったけど結構な人気のある場所だった記憶があるんだけど」
『言ってなかったか?あそこのオーナーは高校時代の後輩だ』
「うわ、思いっきりコネじゃん」
『伝手はあって困るような物じゃない。颯真も誰かとの繋がりは大事にすることだ』
「なぁ親父……いや、直接会った時に話すよ」
『浮わついた話か?』
「なわけない」
『私に似て顔は整ってるんだ。真摯に向き合えば結果は後からついてくる』
「息子をダシにした自画自賛ですか」
『私と母さんの出会いをーー』
「物心ついた頃から聞かされてるよ」
結婚して何年も経ってるのに新婚のように距離が近い。
それを見てるこっちの身にもなってほしい。
『そろそろ母さんも帰ってくる。今日はなにがなんでも定時で上がるって言ってたからな。全く親バカだ』
「前日から休み取ってる親父が言える立場じゃないだろ?」
『息子の大事な祝い事だからな。私も無理を言って休みを取ったんだ』
「親バカは親父も一緒……っと準備完了」
『そうか。なら母さんを迎えに行ってくる。待ち合わせ場所は駅前だ』
「分かった。運転には気を付けて」
『勿論だ』
少し早く来すぎたかな。
約束の時間まで二十分近くある。
着慣れないスーツを気にしながら両親を乗せた車を待つ。
お袋と親父に直接顔を会わせるのは大学へ入学したとき以来になる。
お袋からは毎日のようにテレビ電話が掛かってくるし、親父からも同じようにメールが届く。
よくもまぁ話題が尽きないものだと呆れながら、嬉しくもあったりする。
マザコンファザコンと揶揄されるかもしれない。
元々、排他的なきらいのある性格が起因していると自覚しているが、あの人たちの存在はそれだけ大きい。
自らの正義を貫く両親の背中を見て育ち、いつかあの背中を越えられるように教養を深め、体を鍛えた。
自分の夢を貫けた時、あの背中を越えられるだろう。
東都大学入学もその足掛かりにすぎない。
より多くの知識、技術を身につけて世界を回る。
いずれは
それが俺の夢。
「あ……来た」
遠目に見えた一台の乗用車。
少しずつ乗っている両親の顔が見え、駅前の駐車スペースへ入ろうとしてーー
その横からトラックが突っ込んだ。
トラックに押されるままビルへ叩き付けられ、その勢いのまま押し潰される。
ひしゃげる車体、砕け飛ぶ破片、行き交う人々の悲鳴と衝突音が酷く遅く感じる。
俺の全てはその日、なんの前触れもなく失われた。
事故の原因はトラック運転手の
コントロールを失ったトラックは不運にも俺の両親が乗った車へ突っ込み、重症軽傷合わせ二十名、トラック運転手及び俺の両親合わせ三名死亡。そして両親の遺体は原型を留めないほど損壊していた。
「ーーそれで遺産の分配なんだがーー」
「ーーあなたたちは十分に稼げてるんだからーー」
「ーーあの子を引き取った方が手っ取り早いーー」
ピシリ、と何かがひび割れる音が聞こえる。
「ーー随分稼いでたみたいだなーー」
「ーー優秀な人間だけが稼げるのよーー」
「ーー死んでありがたがられるのも珍しいーー」
バキリ、と何かが外れる音が聞こえる。
「ーーこれで清々するなーー」
「ーーああ。自分の考えを押し付けてーー」
「ーー馬鹿な正義感を振りかざしてーー」
ガラリ、と何かが崩れる音が聞こえる。
両親の葬儀に参列した親戚一同の声に何かが抜け落ちていく。聞こえていないとでも思ってるのだろうか。
「なぁ颯真くん」
掛けられた声に顔を上げれば、嫌な笑顔を張り付けた
「君さえ良かったらウチの子にならないか」
「おい、あいつ抜け駆けしてーー」
ああ、そうか。こいつらはーー
ヒトの形をしたケダモノだ。
拳が顔面に突き刺さり、前歯を折る感触が伝わる。
「颯真くん!落ち着いて!」
聞き慣れた声と共に羽交い締めにされるが知ったことか。
「何しやがる!」
「へぇ……前歯がなくても喋れんのか。安心しろ、前歯なんざなくても物は食える」
突然の凶行に葬儀所は静まり返り、親戚を名乗る
「警察官の息子が市民に暴力を振るって良いのか!?」
「市民?笑わせんな!糞に
俺を引き取ると言い出したのも、俺に相続される遺産目当てなのは考えなくてもわかる。
薄っぺらい善意を振りかざし、欲望の赴くがままに搾取し
それが罷り通る正義なら、そんなもの俺はいらない。
「金が欲しいんだろ!?ならこれを持ってさっさと失せやがれ!あの人たちが遺した物には指一本も触らせねぇ!」
参列者たちから手渡された水引を床に叩き付けてやれば、非難がましい目をしたまま親戚を名乗る乞食共はそそくさと会場から出ていった。
しっかりと水引は持ち去りながら。
結局残ったのは仕事関係者とーー
「紺野さん……」
「……颯真くん、気持ちは確かに分かる。けれどね、手を出してしまえば彼らと変わらない。暴力じゃ何も解決しない」
「……始めましょう。お騒がせしてしまい申し訳ない」
葬儀は淀みなく終了。
火葬も終わり、あとは骨壺を持って帰るだけ。
だというのに体が鉛のように重く動かない。
火葬場から動けず、ベンチに座ってからどれだけ経っただろう?
二つの人影に顔を上げれば、妹分の双子が大粒の涙を流したまま立ち尽くしていた。
「お前ら、いつまで泣いてんだよ」
「兄ちゃ、んが、泣かな、いからだよ……」
「……泣いてるさ」
「泣いて、ない、です」
「兄ちゃんずっと怖い顔してるもん」
そう言われ窓ガラスに写る自分の顔を見る。
目は射殺さんばかりにつり上がり、全てが敵であるかのように睨みを利かせている。
明らかに堅気の顔じゃない。
「悪い。今は一人にさせてくれ」
「兄ちゃん……」
「兄さん……」
裏路地に鈍い音が響き、うめき声と共に人影が崩れ落ちる。
「も、もうやめてくれ……」
「おいおい、先に喧嘩吹っ掛けてきたのはそっちだろうが」
左腕で無理矢理立たせ、顔面に右の拳が刺さる。
最後の一人も先に転がってる三人同様、地面に沈む。
あの日以来、全てが灰色だ。
あの日以来、喧嘩に明け暮れてる。
「足りない……」
あの葬儀の日、顔も知らない誰かを殴ったあの瞬間に俺の中でなにかが目覚めた。
喧嘩の度に感じる高揚感。
相手を打ちのめした時に感じる達成感。
与えられる痛みが、誰かを殴った感触が俺に生きてる実感をくれる。
受信を知らせるスマホの振動に相手も見ず電話に出る。
「はい、三神です」
『颯真くん、少し話がある』
「話はなんですか、紺野さん」
呼び出されたのは紺野さんの自宅。
都内から横浜まで電車を乗り継ぐことになったが、別にどうでもいいな。
「……随分
「俺の体調なんて貴方には関係のないことだ。この程度で死ぬなら俺はその程度だった、それだけでしょう」
「君はーー」
「
命を軽んじるつもりはない。
だが結局は早いか遅いかだけの話だ。
「颯真くん!」
頬に走る鋭い痛み。
熱心なクリスチャンであり、誰よりも暴力を嫌う紺野さんの平手打ちに脳がフリーズする。
「君は!投げ出すつもりかい!?今まで積み上げてきたもの全て!」
「俺にとって!あの人たちが指針だった!俺が思い描いた夢もあの人たちを越えるためにーー」
「自分が進むべき道は自分で決めなさい。確かに君の理想と思想は立派だ。しかし進むべき道も生きる理由もご両親に依存し過ぎた。これは試練だ。君自身の足で立てるかどうか」
「…………夢に見るんですよ。潰れていく車の中、親父たちの顔が」
その夢を見る度に声をあげて飛び起きた。
そうしていく内に眠ることができなくなっていた。
灰色の世界の中、生きている実感を得るために喧嘩に明け暮れた。
「大学から電話があってね。無断欠席に暴力沙汰、私も耳を疑ったよ。確かに君の心の傷は私にも計り知れない。でもね、それを理由に投げ出しちゃいけない。逃げないで向き合いなさい」
「はい……ひとつ聞いてもいいですか?」
「……そうだね。きっと誰かの正しさは誰かの理解を遠ざけるものなのかもしれない。でもあの人たちは誰かに強いられたものではなく、誰かに共感したものでもなく、ただ真っ直ぐに自分たちの正しさを貫いた。その事実は君がよく知っているはずだ」
理解も共感も必要ない。ただひた向きに己の信じるもの、信じたものを最後まで貫き通す。
それが、親父たちの正義……。
「兄ちゃん……」
「兄さん……」
「藍子……木綿季……」
「兄ちゃんはまだ生きてるよ?だから……だからぁ……」
「叔父さん、叔母さんの分も立って歩いてください。辛いときは何時だって支えますから」
涙で顔をぐしゃぐしゃに濡らす双子を抱き寄せ、声をあげて泣いた。
堰を切ったように溢れ出す涙を止める術を知らず、ただ感情のまま赤ん坊のように泣いた。
その後、親父たちの家は紺野さんが管理してくれることになった。
いずれ俺が帰るべき場所となるように。
けど、俺はまだあの家に帰るつもりはない。
両親が俺を自慢の息子だと誇れるようになるまで。
俺が俺の意思を貫けるようになるまで。
それまでは少しお別れだ。
それから数ヶ月後
「何はともあれ恩人、になるのか?俺はアルトだ」
「逃げた先が一緒だっただけだよ。俺はキリト」
俺にはない強さを持った奴と出会ったのだ。
おまけ
東都大学内 とある研究室
「ああ!電源が落ちた!?どうして…………パソコンのコードが抜けてるんスけど!?誰かの知らないッスか!?」
「あ、悪ぃ。足、引っ掛けた。わざとじゃない、許せ」
「なにしてんスか!三神颯真!」
「何故にフルネーム?」
「データが全部吹っ飛んだんスけど!どうしてくれるんスか!?」
「前提を間違えた研究データなんて、没に決まってんだろ」
「つまりこういうことかしら?前提を間違えたデータを指摘するのが面倒だったから電源コードを抜いた」
「まぁな、
「やっぱり、わざとじゃないスか!」
「いちいち騒ぐな、
「変な呼び名を付けないで欲しいッス!」
葬儀場での一悶着が戦闘狂としての一面を引き出してしまった。
そんな風に表現したかったんですけどね……