七十五層が解放され少し経った頃、俺とアスナは何故か七十四層にあるコロシアムで対峙していた。
「見世物小屋に放り込まれた気分だ」
「目立つのは苦手?」
「むしろ逆。目立ってっから余計な注目を浴びたくねぇだけだ」
「悪名という意味じゃ確かに目立ってるもんね」
「まぁな」
キリトとヒースクリフほとてはないが、コロシアムには多くのプレイヤーがいた。
コロシアム中に響き渡るのはアスナに対する歓声と俺に対するブーイング。
ずいぶんな嫌われようだ。
「それじゃルールの確認。デュエル方式は初撃決着、私が勝ったら私の言うことに従うこと、貴方が勝ったらーー」
「これまで通り好き勝手にやらせてもらう。みんな仲良く右向け右は性に合わねぇしな」
方向性が違うからこそ人は面白い。
デュエル通知にOKをタップ60秒間のカウントが始まり、お互いの得物を構える。
「言い訳も手加減もなしだよ?」
「ハッ相手見て物言えよ。この手に関しちゃ手も抜かねぇし、ただ全力でぶつかるだけだ。それぐらいお前だって分かってるだろ?」
「それもそうだね。それじゃ……いくよ!」
アルトくんの防御の堅さはよく知っている。
なのにーー
開幕と同時に放ったトップスピードからの突きは、苦もなく短剣で逸らされ、続く二撃三撃も軌道をずらされ彼を捉えることなく空を突く。
崩せない……!
彼は冷静に自身に迫る切っ先を叩き落としていく。
フェイントを入れても、死角からの攻撃も、意味を為さないと言わんばかりに。
「確かにお前の突きは俺でも目で追えない。けどな、お前の視線がどこを狙ってるか教えてくれる。腕の力み具合でタイミングを教えてくれる。すべての動きは本人の体が前もって教えてくれんだよ」
異常なまでの動体視力、情報処理能力。
その二つが未来予知染みた先読みの正体。
そう頭で理解できていても攻めなければ勝てない。
攻めるには動かなくてはならない。
だけど動くほどに行動を先読みされる。
キリトくんは並外れた反応速度で対処できているけど、私にはキリトくんほどの反応速度もアルトくんのような正確な先読みもない。
なら一歩でも早く、アルトくんの動体視力を超える速度で動くしかない。
「速すぎんだろ……」
まばたきよりも速く大剣の間合いの内側へ、それを見たアルトくんが思わず口にしたと思える言葉に僅かに喜色が滲んでいた。
対戦相手ではなく倒す相手だと認識を改めた証左。
「舐めんな!」
振るわれた大剣を潜り抜け、突き出した《ランベントライト》は手首を返した大剣の柄で弾かれる。
続けて振るわれた短剣を飛び退いて躱し、独楽のように回転して断頭台のように上から襲い掛かってきた大剣を横に身を投げて避ける。
地面が割れるかと思うほどの衝撃と轟音。
STR極振りのステータスから放たれる渾身の一撃はまさに必殺。反撃されることを考えず、防御も回避も捨て去った捨て身の一撃。
いや違う。考えが甘かった。
戦うことに関して彼に妥協はない。
どこに隙があるのか、どうすれば隙を突かれないか自分の戦い方を研究し尽くしてる。
現に反撃を想定して左の短剣を構えてる。
強い……。
力任せの攻撃と堅実な守り。僅かに見える隙はそこを突く敵を仕留めるための罠。
生半可な攻めでは崩せず、対してこちらは迂闊に防げばその上から叩き潰される。
「どうしたよ?足が止まってんぞ」
「どうすればその守りを突破して、一撃を入れれるか考えてるだけだよ」
「捨て身で来てみろよ。案外簡単に懐に潜れるかもだぞ?」
「罠だって判ってて潜る人なんていないよ」
「違いねぇ」
意表を突いて視覚外から一撃を入れる。
突破口としては間違ってはいないはず。
火花が散り、甲高い金属音が響き渡る。
周りの声も自分の呼吸音も遠退き、アルトくんへと自分の感覚が研ぎ澄まされていくのがわかる。
これがキリトくんが見てる風景。
まるで世界に二人だけになったかのような感覚。
男の子ってずるいなぁ……。こうして剣をぶつけ合うだけで、相手の心を独り占めにしちゃうんだもん。
「らぁ!!」
「はぁぁ!」
お互い一歩も引かず、アルトくんの《ファラン》と私の《ランベントライト》がぶつかり合う。
反撃を許さず、システムアシストのない突きをひたすらに繰り返す。
ダックインと呼ばれる斜めに沈み込みながら喉元目掛け、最速の突き。当然の如く弾かれるけどその時、僅かにアルトくんの体勢が崩れた。
ここで決める!
細剣の上位連擊ソードスキル《フラッシング・ペネトレイター》
9連擊からなる高速突き。体勢が崩れた今なら……!
1擊目、短剣で防がれる。
2擊目、同様。
3、4擊目、軌道をずらされた。
5、6、7擊目、大剣に阻まれる。
8擊目、防御が間に合わない回避される。
「……チッ、お前の勝ちだ。アスナ」
ラスト9擊目はアルトくんの左肩を貫いた。
宙に舞うWINNERの文字が踊っているけど、正直喜ぶことができない。
理由は決まってる。
「アルトくん、どうしてパリィをしてから攻撃をしなかったの?手を抜かないって言ったのに」
そう全力を出すと言っていて《特双剣》のメリットであるパリィからの反撃をしてこなかった。
初見殺しとも言えるあれを使っていたら間違いなく勝っていたのはアルトくんだ。
「まだ分からねぇか?《特双剣》のメリットであるパリィからの初擊にはダメージブーストが掛かる。俺のSTRとダメージブースト、お前のHPと
一撃でHPを全て減らす可能性があった。
初擊決着であってもHPが全損した場合どうなるか。
下手をすれば私はここで死んでいたかもしれない。
「お前を殺しちまえば全プレイヤーから袋叩きだし、なにより真っ先にキリトに殺されるだろうしな」
最初からハンデを負って戦ってたんだ。自分が不利なのを理解しながら……。
「言っとくがハンデだとか考えてねぇからな?元は対人向けのスキルなんだが、このデスゲームの中じゃそんな簡単に使えるもんじゃねぇ。下手打ちゃ一撃だ」
……やっぱり、口ではなんだかんだ言って周りの人のことを考えてるんだ。
「んだよその目」
「ううん、何でもないよ」
「嘘臭ぇ。まぁいい、お前が勝ったらなんでも言うことに従うだったよな?どうする?首輪でも着けるか?」
「アルトくんが着けたいならどうぞ。私は一切看過しません」
「ヒデェ」
酷くない。人をなんだと思ってるの。
「えっとね、笑わないで欲しいんだけど……」
「滅多なことじゃ笑わねぇよ」
「友達になってほしいの」
「は?」
気の抜けたような声で呆けるアルトくん。
「二階層の一件以来仲直りもしてないし、こういうのはちゃんと区切りをつけるべきだと思って……」
「そのためだけに、こんな大舞台を用意したのか?」
「だってアルトくんは何かにつけて煙に巻くし、逃げ場がない状態なら言い逃れもしないでしょ?」
「そりゃまぁこんな大人数の前で負かされちゃあな」
ちゃんと仲直りもしてないの一緒にいて、肩を並べて戦ってた。
アルトくん風に言うなら『なぁなぁで済ませた』だ。やっぱりこういうのはちゃんとしておかないと。
「ぷっ……ハハハハ!」
「笑わないって言ったじゃない!」
「いや悪い悪い。てっきり俺が好き勝手出来ないよう飼い殺すもんだとばっかり思っててな。それに俺にしてみればあの日から……そのなんだ……友達だと思ってたしな」
尻すぼみに声が小さくなり、そっぽを向いた態度からいつもの飄々とした雰囲気はない。
「あの日?」
「初めてお前が俺に噛みついてきた……まぁいい、なんでもねぇ」
……そっか、こっちが素のアルトくんなんだ。
「んだよその目」
「ううん、なんでもないよ」
これからもよろしくアルトくん。でも密かに計画した性格矯正計画はそのまま進めるつもりだから覚悟してね。
お待たせしました。なかなかに難産でしたがなんとか書けました。もうひとつのリクエストも執筆してますので暫しお待ちください。