剣道部の練習が終わり帰路に着く。
今日はお兄ちゃんも学校は午前中だけって言ってたし、もう家に着いてるかな?
買い物に付き合ってくれるって言ってたし忘れてなければいいなぁ、なんて。
新生ALOの誕生と共にお兄ちゃんはデータを一新。
アイテムや武器を揃えるためにあちこち飛び回ってる。
そんなお兄ちゃんに悪態を吐きながら付き合っているアルトさん。
お兄ちゃんに言わせれば『ツンデレバーサーカー』なんだそうだ。
『勝ち負けは二の次。戦うことが好きで剣を振るうことを楽しんでる。口が悪くてデリカシーもない』
散々な言い様だと思いながら聞いてたけど、最初に出会ったときを思い出して合意した。
だけど、と眉間に寄せた皺を和らげて
『アイツはどうしようもないお人好しなんだ。言葉を信じるんじゃない、言葉の持つ意味と想いを信じればアイツの人となりが分かるよ』
額面上の言動を信じない。
それがあの人と付き合うミソなんだってお兄ちゃんは笑った。
玄関で靴を脱ごうとしたとき、知らない靴が置いてあるのに気付いた。
紺色のメンズブーツ。
お兄ちゃんの物じゃない。
それじゃ誰の靴なんだろうとリビングを覗いてみれば、お兄ちゃんと楽しそうにお話ししている三神さんがいた。
「あ、スグお帰り」
「邪魔してるぞ、キリト妹」
「あ、はい……じゃなくて直葉です」
「そうだったな、和人妹」
「おい、颯真」
窘めるようにお兄ちゃんが名前を呼んでも肩を竦めるだけで、堪えた様子はない。
「和人の奴がバイクのエンジンが掛からねぇって連絡が来たから、わざわざ見に来てみればバッテリーが上がっててな。今はスターター持ってきて充電中」
そういえば、お兄ちゃんのバイクの隣に見たことがないバイクが停まってたような?
あれって三神さんのバイクだったんだ。
「颯真が充電器を持ってて助かったよ」
「スマホも充電できるジャンプスターターも売ってんだから予備として買っとけ。バッテリーが上がる度に俺を呼ぶつもりか?」
「本当にすまないと思ってる」
「微塵も思ってねぇわ、こいつ」
「でも頼られて悪い気はしないだろ?」
「言ってろ」
言葉の端々に感じる信頼感。
悪友に近い距離感。
「そう言うわけでスグ、買い物はバッテリーの充電が終わるまで待っててくれ」
「俺のバイクと繋げてエンジンを掛けても良いんだが、エンジンに負荷掛けちまうからやりたくねぇ。だから、わざわざ往復までしてスターターを持って来てやったって訳だ」
「そうゆうこと。形あるものは壊れるにしても長く使えるようにするのは持ち主の役目だからな」
「偉そうに言うな。俺の受け売りだろうが」
「そうだったか?」
「そうだよ。てか今日言ったことも忘れるとか、痴呆には早ぇんじゃねぇか?」
「うるさいバーサーカー」
「口が過ぎるな黒ボッチ」
「ボッチはお前もだろ」
「「………………やるか?」」
二人とも仲が良いのか悪いのか。
「スグ、道場使わせてくれ」
「木刀があれば尚良し」
「流血沙汰だよ!?」
「勝利!」
打ちのめされたお兄ちゃんを踏みつけ、高らかに竹刀を突き上げる三神さん。
剣道には程遠い剣撃の応酬。
「竹刀握るなんざ何年振りだ?案外まだ手に馴染むもんだ」
「え?三神さんって剣道やってたんですか?」
「親父の影響でな。つっても一年もやってねぇけど」
竹刀を肩に預ける胴着姿の三神さんは確かに板に付いてる。
「辞めちゃったんですか?」
「中学の時、上級生を打ちのめしたら出禁になった。先輩面するもんだから、どんだけ強いのか気になってやった結果だ。後悔も反省もしてない」
えぇ……。
お兄ちゃんを足で蹴りながら壁際まで寄せた後、いきなり手首を掴まれ手のひらを指でなぞり始める。
「いいいい、いきなりなにを!?」
「ふーん……全国優勝ってのは見栄でも虚勢でもねぇみてぇだな」
「え?」
「親父と同じ箇所に同じようなマメができてる。女子としては複雑だろうけどな」
「え、と。三神さんのお父さんも剣道を?」
「ん、剣道六段。一応、警察の剣道大会でも受賞されてる。お袋は四段だったな……そう言や、親父にもお袋にも一本取れなかったな」
そう言ってどこか遠くを見るような目をする三神さんはどこか寂しそうだった。
「不躾に悪いな。お詫びに一本やろうか」
「三神さんがやりたいだけなんじゃ……」
「それもある」
そう言って悪戯が成功した子供のような顔で笑った。
防具を付け直して、互いに向き合う。
……威圧感が凄い。まるで餓えたライオンを目の当たりにしているような……。
「スグ!呑まれるな!」
お兄ちゃんの声に我に帰れば、三神さんの竹刀は私の喉へ躊躇うことなく伸びていた。
間一髪、横から叩き落として伸びきった手首目掛け竹刀を振り下ろす。
でもこれは柄で防がれ、押し返された。
「思い切りも判断力も悪くない」
今の一合だけで分かってしまった。
この人……強い。
「ALOでの戦い方を見た時から思ってたが、型に嵌まり過ぎだ。教本通りの戦い方だから、次の手が丸分かりだぞ?」
突きを出そうとした竹刀は下から打ち上げられ、咄嗟に面打ちに切り替える。
けどそれは同じく面を打つ三神さんの竹刀で止められる。
弾かれそうな竹刀を必死に握り耐える。
竹刀が軋み、折れんばかりに歪む。
「木の葉落とし……」
「お?結構マイナーな技なんだが知ってたか」
別名、面打ち落とし面。
相手が面を打つと同時に自らも面を打つ。
必然的に竹刀同士が真っ正面からぶつかり、そのまま相手の竹刀を弾き返して面を打つというもの。
「やっぱ久しぶりだと上手くいかねぇな」
手首を返し、三神さんの後ろへと流される。
振り返った時には三神さんは片手で胴を放っていた。
完全な意識外。
剣道においてもっとも一本が取りにくい左側。
即ち逆胴。
引き延ばされた時間の中すべての思考が抜け落ち、まるで体が自分のものではないよう動く。
構えた竹刀を立てて柄で防ごうとするけど、受け止める筈だった柄は折れ勢いを殺すことなく折れた柄ごと私の胴を捉えた。
「まさかあれに反応されるとは思わなかった」
「片手打ちで竹刀の柄を折るとか、どんな腕力してるんですか……いてて」
「腕力というか全体重掛けただけなんだが……」
「竹刀と防具越しに打たれたのに赤くなってる……」
試合的には一本とは言い難い。
けど私が体勢を崩し倒れてしまって、なし崩し的に終了となった。
「颯真!お前、人の妹に手を出すとは何事だ!」
「傷物にしたわけじゃねぇんだから、人聞きの悪いこと言うな!」
お兄ちゃんと三神さんはあの調子だし。
「「はっ倒す!」」
どうしてそうなるの!?
三神さんは竹刀を右手に二刀流用の短い竹刀を左逆手に持って、竹刀二刀流のお兄ちゃんを迎え討つ。
結局、買い物には行けず二人には後日スイーツを奢って貰うことになった。
剣禅一致
剣道の究極の境地は禅の無念無想の境地と同じ
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剣禅一如とも書きますね