第1弾:銃の世界
実弾銃の発砲音が木霊し、用済みとなった薬莢が吐き出され地面に落ちる。吐き出された弾丸は目標を捉えることなく壁を穿つ。
銃声からして敵は少なくても3、あるいはそれ以上。
銃声に掻き消される地面を蹴る音。
紅い軌跡が宙に描かれ、銃声がひとつ消える。
再び吐き出される弾丸は壁を穿つか紅い軌跡に弾かれ、斬り落とされる。
銃声が全て消え、足音が近づいてくる。
《グロック18C》をホルスターから引き抜き、近づいてくる足音の主へ向けーー
「おいおい、銃は相手を選んで構えろよ」
《グロック18C》を上から抑え込まれ、声の主を見据えため息をひとつ。
「遅かったじゃない」
「待たせたな」
私の相棒たる刀剣使いは皮肉げな笑みを溢した。
「それにしても、よく隠しダンジョンなんて見つけられたわね」
「発見されたダンジョンの位置を統計、配置の傾向から洗い出しただけだ。とはいえ、しらみ潰しに歩き回る必要はあったけどな」
彼の先導のもとダンジョンを練り歩く。
「お前が罠なんかに引っ掛からなきゃ、とっくにボス部屋まで辿り着いてた筈なんだけどな」
「うっ……」
落とし穴なんて古典的な罠に引っ掛かり、即死こそ免れたもののダンジョンの最奥、しかも最高難易度の所まで落ちてしまった。
合流に時間を取られた上、誰も到達した事のない未踏エリアでありマップ情報も無い。おまけにうろつく敵は真正面からやりあうには厳しい相手。
それに残弾に限りのある私はその全てを相手をできるわけもなく、残弾を気にする必要のない彼が奇襲撃破しているわけだ。
「けどこれじゃあ、迂闊に探索も出来ねぇな……」
隠れて行動するから移動にも時間が掛かる。
かと言って真っ正面から切り込むにしてもリスクがある。
よって敵の気配を感じるという訳の分からない感覚を持つ彼が先行・偵察し可能であれば撃破して道を開き、そうでなければ息を潜め敵をやり過ごす。
どこぞの段ボールを被る蛇にでもなった気分だ。
鼻歌混じりに進んでいく彼の背中を見て思う。
この状況でもいつもの調子を崩していない。
大胆不敵。不撓不屈。泰然自若。
そして戦闘になると弾丸の雨の中を散歩にでも行くような気軽さで駆け抜ける。
私もいつか彼のような強さを手に入れられるのだろうか?
やがて円形のスタジアムの上に行き着くと、下を覗けば見たことのない大型モンスターがうろついているのを発見する。
「なんだあの牛豚擬き……」
「学名みたいになってるわね」
「ゴミムシダマシ的な?」
「後から見つかって付けられた名前がダマシなんて酷い話よね」
恐らくこのダンジョンのボス。
ということは倒せばレアアイテムを落とすかもしれない。
大変魅力的な話だが、たった2人で初見の大型ボスを倒すのはかなり無謀だ。
強さにしてもこのエリアの難易度を考えれば、相当なもののはずだし、仮に倒せたとしても帰り道に遭遇した敵と戦うときにどれだけ弾薬が残っているのか……。
「アルト……本当にやるの?」
「まぁな。元々それが目的だったわけだし」
後ろ腰に回していた太刀の柄に手を掛け引き抜く。
彼が振るう高周波ブレード《ムラサマ》は、昔のゲームとコラボしたときのものらしく、高周波を流すことで金属、コンクリートすら膾斬りにすることが出来る。
それだけではなく、《M16》アサルトライフルの機構を鞘に取り入れ、鯉口近くの引き金を引くことで、火薬の爆発力を用いてスパイクを打ち出し、そのスパイクに押し出される形で太刀が飛び出し、高速の抜刀を可能にする機構を備えている。
とはいえ、銃がメインのGGOにおいてリーチの差は勝敗を別ける重要なファクターだ。
有名な銃である《ベレッタM92F》を例に挙げると有効射程50m前後。実際の交戦距離を考えれば更に短いが、それでもリーチの短い剣よりもずっと長い。
だというのに彼はそんなハンデをものともせず、距離を詰め斬り捨てる。
どこぞのアニメの剣豪のように銃弾を刀で弾くという荒業までやってのける始末だ。
「来やがれ、牛豚擬き」
彼が下の階層へ飛び降り、戦いの火蓋は切って落とされた。
「すぅー…はぁー……」
緊張に支配された身体を解すために大きく深呼吸した。
スコープ越しの世界ではアルトが大型ボスモンスターを相手に大立ち回りを演じている。
ボスの踏み付けや噛みつき、あるいは尻尾の先端から発射される高出力レーザーを前にしても怯まず、逸らし、いなし、避ける。
しかも額にある弱点であろう刺青のようなマークを私が狙撃しやすい正面に位置取りし続けてくれている。
「……………」
呼吸を整え、ボスの弱点に狙いを定めてトリガーを引く。
額を寸分違わず撃ち抜くきボスが怯んだ隙を狙いアルトが更に追撃を仕掛けた。
『シノン!レーザー来るぞ!』
アルトが叫び、柱の陰に隠れる。モンスターの尻尾の先端が開き、赤いレンズ状の物体が露になるとそれから高出力のレーザーを発射した。
私の所までレーザーは届かないが、白兵戦を行うアルトは射程圏内だ。対光弾防護フィールドがあっても距離があれだけ近ければ効果は薄れる。
すかさず私がボスの弱点を狙撃。
弱点を撃ち抜かれてモンスターは怯み、レーザー照射が止んだ直後、目にも止まらない早業で両足に斬撃の雨を浴びせる。
これにはさすがのボスも大ダメージによるスタン状態になり、この隙を逃さず私は額の弱点を連続で狙撃する。アルトも見事な剣舞でモンスターを切り裂いていく。
スタンから回復したモンスターが起き上がろうとし、すかさずアルトは両足の膝裏をモンスターの巨躯を潜り抜けながら一閃。
いくら重装甲でも関節までは守れない。
前のめりに倒れ、私に土下座をするように頭を晒していた。
悲鳴を上げ、めちゃくちゃに動き回るモンスターに慌てることなく動きを見切って太刀で斬り付けて行く。
――その口元は笑みを浮かべていた。
単純なステータス上の強さじゃない。彼は戦場で笑えるだけの強さを持っている。
その強さの理由が知りたかった。倒せばその理由が分かるかもしれなかったけど……いつの間にか私は肩を並べていた。
聞いてみてもはぐらかされて、それならと彼の強さを知るためにその背中を追いかけて、今も追い続けて……。
『シノン、残り1割切った。畳み掛ける!』
「……了解」
インカムから聞こえるアルトの言葉に返し、私は狙撃に集中する。
――氷。私は冷たい氷でできた機械。
頭の中で唱え、トリガーを引き絞る。
愛用の狙撃銃《FR-F2》の銃口から弾丸が打ち出され、額を射抜く。
ボルトアクションゆえに速射は出来ないが、それをカバーしてくれるのがアルトだった。
仰け反ったモンスターへ跳躍、《ムラサマ》の引き金を引き、鞘に納められた太刀が音速を越えて打ち出される。
頭上を飛び越え、音を置き去りにする斬撃で地面に頭を叩き付けられた。
ボルトを引いて薬莢を弾き出し、押し込んで新たな薬莢を装填して、銃口の位置を修正してトリガーを引いた。
アルトが着地したと同時に弾丸がモンスターの額を正確に射抜き、やっと倒れて動かなくなるとガラスが砕ける音と良く似た音を立ててポリゴンを砕け散らせた。
「……はぁ」
ようやく倒れた……倒すのに2時間も掛かったけど。
ラストアタックを決めた私にボーナスが贈られてくる。
それをオブジェクト化すると、《FR-F2》よりも大型のライフルが出現し、受け止めようとしたら思った以上にずっしりと重みがあって驚いた。
《ウルティマラティオ・ヘカートⅡ》
GGOサーバーでも10挺しかないと言われるアンチマテリアルライフルの1挺だ。
「お疲れシノン。何が出た?」
「《ヘカート》よ。私も実物を見るのは初めて」
「《ヘカート》!?マジかよ!」
子供みたいにはしゃいでいる彼に思わず笑みがこぼれる。
あんなアバター――細身の体躯にポニーテールのように結わえた黒髪。歴戦を思わせる傷跡を湛えた相貌――をしてる癖にたまに子供っぽい一面が覗く。
「ロープとか持ってないよな?」
「お生憎。持ってないわ」
「しゃーない。そっち行くから動き回るなよ?」
「人を子供扱いしないでくれる?」
「落とし穴なんて見え透いた罠に引っ掛かった奴が言うことじゃねぇな」
口は悪いけど、頭に来る程ではなく彼なりのコミュニケーションなんだろう。
それを知らない人たちからすれば、喧嘩を売られてるように感じるかもしれないけど。
「こいつが《ヘカート》か……実物は初めて見るな。どうする?売り払えばかなりの金になるぞ」
「そうね。オークションにかければ相場以上になるとは思うけど……」
あのあと十分近く使ってようやく合流できたアルトに《ヘカート》を見せる。
けど、アルト?博識なのは知ってるけど、《ヘカート》の由来がギリシャ神話の女神《ヘカテー》から来てるとかどこで知ったの?
頭の出来と趣味嗜好は別?
あぁ、そう。
「……けど、これを使おうと思うの」
「使うってそれをか?確かにシノンのステータス的に使えると思うが……」
私の意向が意外だったのか、アルトは首をかしげる。
確かにお金にすれば当分、弾薬費などに困る事はないだろう。《FR-F2》も悪い銃じゃないし。
でも……私が潜っている理由は強くなるため。それに、なんとなくだけど《ヘカート》に何かを感じたから。
「……ま、個人の戦闘スタイルなんざ自由だからな。俺も人のこと言えねぇし」
それ以上理由を問いたださず、おどけるようにしながらも納得してくれた。
性格はあれだけど、人の心情に機微な所もあって気持ちを汲んでくれるのは有り難い。
「……ありがとう」
「別に礼を言われるような事はしてねぇし、礼を言うにはまだ早ぇだろ。次はここから脱出しなきゃいけねぇんだから」
「あ……」
そうだった。
改めて思い出すと、私たちは今地下ダンジョンの最奥部分に取り残されている。
ここで死んで、せっかく手に入れた《ヘカート》を失ってしまったら当分立ち直れない。
「シノン残弾は?」
「《FR-F2》が残り20、《グロック18C》が30ね。あなたは……って聞く必要ないか」
「正真正銘こいつ一本だ。こいつのでいいならやるけど?」
太刀の柄に乗せた左手で《ムラサマ》を叩く。
というか、それに使ってる弾丸は火薬だけだから!
「交戦は可能な限り避けて……万が一戦闘になった時は逃走優先しかないな」
「どうにか出来そう?」
「どうにかするさ」
「やっぱりシャバの空気はうめぇな」
「…………」
ピンピンしているアルトとは対照的に私はぐったりしていた。
「……私、金輪際アンタの背中に乗らないから」
「なんでだ?」
「なんでって……」
思わず《グロック18C》をホルスターから引き抜きかけるけど、鋼鉄の理性でなんとか納める。
アルトがやったことは単純明快。私だって信じたくないけど、壁だけじゃなくて天井までも使い走って逃げた。途中遭遇した敵は全部無視。
STR優先でステータスを上げている私と違い、AGI優先だが、STRもそれなりに上げている。
だから、《グロック18C》以外を全てストレージに収納した私を背負って、地下を駆け抜けた。
もうひとつやっている方のゲームはSTR極振りらしく、彼曰く『1から始めんだから、
そんな理由でこの世界GGOでトッププレイヤーの一人に名を連ねているのだから、世の中不公平というか。
「ほんっと疲れた。人を背負って全力疾走は重くて疲れ……イエ、ナンデモアリマセン」
「……よろしい」
私が《グロック18C》をアルトの脇腹に押し当てると、すぐ大人しくなった。
重くない。私は重くないわよ、絶対に。と言うか女の子に向かって失礼でしょうが!
「かがみんも居ねぇし、このままグロッケンに帰るか?それとも、辻斬りといくか?」
アルトがかがみんと呼ぶのは私をこの世界GGOに誘ってくれた新川くんことシュピゲール。
シュピゲールとはドイツ語で鏡という意味からアルトがつけた渾名だ。
……ギリシャ神話といい、ドイツ語といい彼の知識量には舌を巻く。昔とった杵柄とか言っていたけど、あとで詳しく聞いてみようかな。
「もちろん後者よ。使った分の弾薬費を稼がないといけないんだから」
精神的な疲れはあるけど、それで狙撃を外すほど私は甘くない。
狩られる人たちには、御愁傷様と言っておこう。
「ところで」
「ん?」
「《へカート》をドロップするって知っててあそこに付き合わせたの?」
「まさか。まぁLAはお前だし、それはお前のモンだ」
嘘だ。最後の一太刀、あれは僅かに弱点から外れてた。あのタイミングでアルトが外すなんて考えにくい。
そう。わざと外しでもしない限りは。
「……ありがとう」
「なんか言ったか?」
「なにも」
「そうか……まぁ俺も《ムラサマ》手に入れるのに付き合わせたしな」
「なにか言った?」
「いや、なにも……っと来たな。《M4》が二人、《FA-MAS》が一人……あれは《SR-25》か?」
「良い銃ね。高く売れそう」
「おお怖っ」
双眼鏡を覗くアルトの脇腹に肘打ち。
対弾皮膜に覆われたパワーアシストスーツに阻まれるが、別に危害を加えようとしたわけじゃない。
「大方、mob狩り専門のスコードロンを襲撃したあとでしょうね」
「だな。足跡の深さが左右バラバラ。装備の重量が偏ってるせいだな」
「いける?」
「当たり前だ」
アンデスに吹き付ける冷たい南風の如く、容赦なく襲い掛かった。
多少の加筆と修正。
最初から書き直した方が早い気がする……。