sword art onlineー黒と灰ー   作:戒斗

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改訂版でございます。

令和最初の投稿が改訂版……ハァ……


第9弾:剣士、再び

もし。もしも自分がシノンの立場だったとしたら、どうなっていただろうか。

 

精密な重心操作によって巧みにレンタルバギーを制御しながら俺はそんな事を思う。もし同じ様な事態になれば、と考えずにはいられない。

 

もし明日奈を失ったなら、全てを(なげう)ってでも救いたかった者を失った喪失感。自覚した瞬間に全てがどうでもよくなり、灰色に染まった世界。

 

仇は目の前に、仇を討つ武器は手の中にある。

そして仄暗い感情のまま引き金を引くだろう。

 

それを今シノンは味わっている。それに気付いた瞬間、シノンを止める事は出来なくなった。

 

でもどんな卑怯な手を使われてもアイツは負けない。負けるはずがない。アイツに勝っていいのは俺だ。アイツを倒して良いのは俺だけなんだ。

 

そう糺したところで、あの銃口が俺に向くだけだ。

 

「っ......」

 

ただ無言でバギーを駆り、黒い金属馬からこちらを付け狙う死神の射線を振り切るべくハンドルを切る。

 

「揺れるぞっ!」

 

「くっ!」

 

前方にある窪みを見切ると、背後の少女に告げてハンドルを大きく右に切る。凄まじい遠心力がかかり、咄嗟に俺の胴に回されたシノンの手に力が込められる。障害物をギリギリで旋回するようにして回避し、冷や汗をかきながら懸命に死銃を振り切るべく、全く速度を落とさず遺跡地帯を駆け抜ける。

 

砕けるアスファルト。巻き上げられる砂埃。乾燥した大気は砂漠地帯が近いことを示し、同時に遮蔽物のない砂漠地帯では、後方から放たれる弾丸の回避のしようがないことを悟って、喉の奥で唸った。

 

「......ちっ」

 

同時にシノンの舌打ちが聞こえる。

死銃に対して何の攻撃も出来ていないのが現状だ。

攻撃しないのではなく、出来ない。《ヘカート》の性質、そして彼女の状況的に不可能だというだけのこと。

 

不安定な状況であの恐ろしい程の反動を誇る対戦車ライフルを撃てば、ただではすまない。それが理解できる程度には冷静だった。

 

「............無様ね」 

 

苦々しげに吐き捨てられる。下手に反撃すればそのままバギーの転倒に繋がるのは自明の理。しかもそれで当たるのならばまだしも、このような不安定な体勢と猛烈な揺れではこの近距離でも外す可能性は非常に高い。

 

当たれば、いや掠めただけでも死銃は真っ二つに引き裂かれ死亡するだろう。だが外せば、対物ライフルの凶悪な反動によって、バギーが本当に引っくり返りかねない。そして地面に落下した所を蜂の巣にされ、無駄死にとなる。

 

それはアルトが身を賭して稼いだ時間を無に帰すことに他ならない。

その事実だけが、シノンに無謀な狙撃を躊躇わせていた。

 

「抑えろ、シノン。今は奴を撒くことが優先だ」

 

「無理よ。こっちは二人乗り、あっちは一人......どう足掻いても速度差がある。このままじゃ、追い付かれて終わりよ」

 

彼我の距離は着実に埋められていた。現に死銃との距離は100メートルもない。

 

「っ!」

 

と、そこまで考えていたところで、シノンは慌てて首を傾けた。

 

直後に先程まで彼女の頭部があった場所を弾丸が貫き、空気との摩擦音が衝撃波となって髪を揺らす。100メートルを切ったことを察知した死銃が、本格的に黒星(ヘイシン)を用いて攻撃を始めたのだろう。黒い骸骨の面を睨み、シノンはぎり、と歯軋りする。

 

「なんとかして、撃てないかしら」

 

「そう、だな。どうすれば撃てる?」

 

「揺れを無くすしかないわね。これじゃ狙撃どころか照準も合わせられない」

 

「簡単に言ってくれるなぁ......!」

 

不可能だと匂わせながら言葉を返す。シノンとてそれは理解してるはず、だからこそどうにかする他に活路はない。このままでは、バギーの後輪に穴を空けられるのも時間の問題だ。

 

恐るべきは敵の精度だ。100メートルという距離でハンドガンという銃身の短さ、火薬の威力で正確に狙撃するのは仮想空間でも至難の技である。ましてや金属馬の背、あの揺れの中でだ。

 

何か、何か状況を打破できるものはないか。

 

「キリト、あれ!」

 

「......いける。5秒後だ、やれるか?」

 

丁度ジャンプ台のように、斜めにアスファルトに突き刺さったスポーツカー。それを視認した瞬間、すでに相互の考えを理解していた。まさに天の采配、絶対絶命の危機ピンチは絶好の好機チャンスへと反転する。

 

「…………」

 

「シノン!どうした!?」

 

「……ダメ……引けない…………」

 

様子の一変した彼女の顔を覗いてみれば、《へカート》を構えたまま青ざめていた。

 

……確かあの時もあの銃を見て様子が変わってた。

 

「あの銃はダメ……でも、でもアイツを倒さなきゃ……」

 

あのハンドガンは彼女にとって因縁のある銃なのか。

仇を討ちたいという使命感は気丈な強さを見せる彼女を突き崩すほどの因縁が阻む。

 

アクセルを握る右手を彼女の右手に添え、手を離したアクセルを左手で握り加速を維持する。

 

「シノン!カウントを頼む!」

 

「キリト!?」

 

「引き金は俺が引く!照準はシノンに任せる!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「......3」

 

ゆっくりと刻むようなカウントダウン。

一直線にジャンプ台に似た障害物へとひた走る。

 

そして奴もこちらの意図を悟っているはず。

だからどうした。

 

「2、」

 

敵は100メートル先。視界は最悪より少しマシ、体勢はほぼ立射に近いだろう。振動こそ消えるが、とてもじゃないが安定しているとは言い難い。最低とまではいかないが、狙撃に適しているとは口が裂けても言えないシチュエーションだ。

 

口元が弧を描く。だがそれは自身を鼓舞する意味合いが強い。大丈夫、今ならば当てられる。

 

「1」

 

そして一際大きな衝撃の直後、全ての衝撃や振動が消え──

 

「ゼロ。ファイア」

 

巨大な対物弾。夕闇に螺旋の渦を穿ちながら突進するその軌道は、騎馬の死神を捉え損ね、右へと逸れていく。本来黒い死神がいるべき空間を、捻り切るように貫いた。

 

「............え」

 

思わず呆然とした。

その有り得ざる光景に体を硬直せていた。

 

「う、そ」

 

……外した。

 

衝撃にも似た驚愕に思考が停止。どのような理由だてしても千載一遇、絶好の好機を不意にしてしまったという事実は変わらない。

 

「くそ、外したか!」

 

ついに滞空時間が終わり、衝撃と共にバギーが着地する。蛇行しかけるバギーを危ういところで凌ぎ、キリトは悪態を吐きながらも思考を切り替え、次の狙撃地点......すなわちジャンプ台を探して目を走らせる。

 

都合よくそんなものが見つかるはずもなく、まさに進退極まった状況のままバギーは廃墟の隙間を縫うように走り抜けていく。

 

「......どうした、大丈夫か?」

 

「っ、え、ええ」

 

へたりこむようにしてバギーに腰を下ろす。そして何故外したのか、という混乱の極致の中、ふと後方へと視線をやって凍りついた。

 

「笑って、る?」

 

骸骨を模した、悪趣味な仮面。その奥で朧げに光を放つ紅眼が細められ、隠れた口が三日月を描く。本来見えない筈のその表情を、シノンははっきりと視認していた。そして、同時に気付かされた。

 

シノンが外したのではない。()()()()のだ。

 

「っ……」

 

背筋が凍るような感覚に襲われた。圧倒的に隔絶した実力差。これが全て死銃の掌の上だったのだとすれば、彼我の能力差は絶望的だ。

 

死銃が恐るべき敵であることはもはや疑いの余地がない。このままでは為す術もなく、あの黒星(ヘイシン)に風穴を空けられた挙げ句殺されることになる。

そう。ゲームの中だけではなく、現実でも死ぬこととなるのだ。

そう思い至ると同時に体は硬直し、今になって胸元から込み上げる恐怖にごくりと唾を飲み込む。

 

そしてここにはいない彼の背中を幻視した瞬間、全ての思考が吹き飛び怒りと羞恥に視界が赤く染まった。

 

「っ!」

 

実力差を認識するのは良い。だが奴を、仇を目前にして怖じ気付き、あまつさえ"敵わない"などと思考したのは断じて赦せない。私自身が赦さない。

 

彼はいつだって不敵に笑ってた。相手が強ければ強いほどその戦意は目に見えて昂っていた。

 

相手の強さを越える強さ。

 

それは彼が持ちうる強さであり、『いずれ私も』と目標にしていたもの。

 

確かに死銃は強い。

ならばそれを越える力でねじ伏せればいい。

 

ーーそう彼のように。

 

「............キリト。このバギーって()()なら、死銃を引き離せるわよね?」

 

「え、まぁ。ってシノン、まさか!」

 

驚愕に彩られた顔が振り向き、無駄に綺麗なそれを一瞥して苦笑する。既に背負うようにして《ヘカート》担ぎ、不安定なバギーの上にしゃがむようにして膝を曲げる。

 

「私は彼の様に強くならなきゃいけないの。死銃が彼より強いなら、アイツを殺して彼を越える」

 

「馬鹿、待てシノン!」

 

制止の声を振り払り、躊躇いなくバギー後部から跳躍。13キロ以上ある《ヘカート》を担いで跳躍するなど、本来なら無理もいいところだ。

だが鍛えられたSTRは難なくそれに耐え、それどころか五メートルを越える跳躍を可能にする。

 

跳躍のほぼ直後、弧を描くようにして最高点に達したその瞬間に、すでに銃口を死銃へと向けていた。

 

「死ね」

 

放たれるは対物弾。第一次世界大戦前であれば、それ単体で戦車の装甲を抜くほどの威力をもつ脅威の弾丸。

 

だがやはりと言うべきか、予測でもしていたかのように至極あっさりと回避される。衝撃波がぼろマントを纏うアバターをぐらりと揺らすが、それだけだ。

 

全く、憎たらしい彼のように未来でも見えているのだろうか。

 

そう愚痴るように心中で溢すと、仮想重力に引かれ落下し始める。

この高さと重量で地面に叩きつけられればただでは済まないに違いない。元よりそれは予想していたことだが、こうも歯が立たないとなると苦笑しか浮かばない。

 

地面に叩き付けられ、万が一に即死を免れたとしても身動きのとれない私を死銃はあの因縁のある黒星(ヘイシン)で撃ち抜くだろう。

 

それで私は終わる。

 

唯一未練があるとすれば、それは母親くらいだけど......まぁそれも今まで通り親族が面倒を見てくれるだろう。

母の瞳に私が写ることはあの日からなく、そしてこれからもその機会は無い。

 

......デートとか、してみたかったんだけどなぁ。 

 

静かに瞼を下ろす。

 

さようなら。三神さん……。アルト……今逝くから。

 

そして、私の体は容赦なく大地に衝突しーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「落ちものヒロイン(物理)ってか?」

 

そんな幻聴と共に私と死銃の間を裂くようにビルが倒壊。

 

傾くビルの窓を突き破り、死銃とは違う金属馬に跨がった人影が私を受け止める。

 

「間一髪、間に合ったみてぇだな……ってどうしたよ、いつもの余裕が消えてるぞ?」

 

有り得ない。これは幻聴だ。今になって未練がましい自分の心が産み出したものに違いない。

 

「........................アル、ト?」

 

「おうよ。お迎えに来たぜ?お姫様」

 

結わえた黒髪が風に靡き、多少煤けた顔に浮かべるのは皮肉げな笑み。茫然とする私はただ、それを見上げるしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「落とされたくねぇならしっかり掴まってろ」

 

「え……う、うん」

 

ふと視界の端でマズルフラッシュが瞬いた。

 

「ひゃ!?」

 

「残弾とか気にしねぇのかよ!」

 

《ムラサマ》を引き抜き、銃弾を弾く。金属同士がぶつかるを甲高い音にシノンが身を竦ませる。数十メートル先で嗤う赤い目を睨み返すと、小さく舌打ちした。

 

俺の得物に飛び道具はない。こんなことならハンドガンの一挺でも売り払わずに手元に置いておけばよかった。

 

「............重い」

 

「今なんか言った?」

 

「イエ、ナニモ」

 

ぎろりと睨み上げてくる空色の瞳から逃れるように視線を死銃に固定する。

 

「……ばーか」

 

なぜか罵倒され、猫のようにぐりぐりと額を押し付けてくる。その感触にくすぐったさを覚えながら、俺は左手に握った手綱を制御してアスファルトの上に散らばる大小様々な障害物を回避していく。

 

その髪の色と同じ猫耳と尻尾を幻視するなぁ。

などと考えながら。

 

……というか。よく考えなくてもこの状況って色々と不味いのではなかろうか。

 

馬上とはいえ、シノンが真正面から俺に抱きついているに近い体勢だ。

 

シノンはこの見た目とプレイヤースキルの高さから恐ろしく人気が高い。

 

GGO以外ならばまだいい。いや、良くはないがALOじゃキリトが言い触らさない限り、仲間内だけで弄られるだけで済む……って自分でもテンパってるな。貧相な体してる癖にちゃんと女してるというかーー

 

「もう二度と私を置いて何処かに行かないでよ……」

 

そう押し殺したような声で呟き、再び猫のように額を擦りつける。

 

「あぁ悪かった。もうどこにも行かねぇよ」

 

だから、腕の力を緩めてくれねぇかな?

鯖折りよろしく背骨をへし折られそうなんだが。

 

……まぁいい。今は死銃を撒くことが先決だ。

 

音を頼りに先回りしてビルの支柱を全部ぶった斬り、倒壊させたはいいが、ビルが完全に地面とキスする僅かな合間を駆け抜けやがった。

 

「アルト、やっぱり無事だったか!」

 

「やっぱりってどういうことだ、この野郎!このまま北に進めば砂漠地帯に繋がってる!奴を撒いてからそこに行くぞ!」

 

バギーのエンジン音に負けじと大声を張り合う。

 

「どうする!?」

 

「100m先を右に曲がれ!タンクローリーを爆発させる!」

 

音を頼りに先回りして役に立ちそうなものを下見しておいて正解だったな……まぁそのせいで合流するのに遅れたわけなんだが。

 

ザザの野郎も射撃は効果ないと判断したのか、射撃の頻度が下がった。それはそれで好都合だ。

 

「シノン、《ヘカート》の射撃準備」

 

「え、と……」

 

「奴に当てる必要はない。あんな奴よりも当てやすいデカイ的があるからな」

 

「でも……」

 

馬上かつこんなに揺れてちゃ撃つどころか照準すら難しい。それはシノンも理解しているからこそ煮え切らず、尻込みしてしまってる。

 

とはいえ、やらなければこっちがやられるだけだ。

 

「けど俺は知ってるし信用もしてる。GGO屈指のスナイパーであるお前の腕を。俺とお前のコンビで負けたことがあったか?」

 

「……少しだけ力を貸して」

 

顔を(うず)めたシノンの頭に手綱を腕に巻き付けた左手を回す。

 

俺のような人間に誰かを手助けできるような力があるなどと自惚れるつもりはない。

それでもーー

 

「シノン、10秒後だ。やれるな?」

 

「……誰に言ってるのよ。私はアンタの相棒。アンタと私がいて勝てない相手はいないわ」

 

誰かの背中を押せるのなら。

 

「5……」

 

交差点を曲がり、路肩に停められたタンクローリーが視界に入る。

 

「……4」

 

俺たちに続きザザも交差点を曲がってくる。

 

「3」

 

タンクローリーを通り過ぎ、俺の右脇から覗き込む形でシノンが《ヘカート》を構える。

 

「2」

 

恐らくスコープを覗き込んだ世界は絶え間なく上下に揺れ、射撃アシストによるバレットサークルも激しく拡大と縮小を繰り返しているはず。

 

「1」

 

ミスは許されない。ミスはそのまま俺たちの敗北に繋がる。その重圧はこの小さな背中にのし掛かっている。

 

それでと俺は信じている。シノンの腕を。彼女と共に歩んだ時間を。

 

「「0」」

 

銃口から放たれた対物徹甲弾は再び《黒星》を構えたザザではなく、今まさにザザが通り過ぎかけたタンクローリーへと着弾。

 

タンク内の気化したガソリンが対物徹甲弾の熱量を受け爆発的な燃焼を起こし、厚さ数ミリの鉄板を引き裂いて周囲へとその暴威を振るう。

 

凄まじい爆音と共に吐き出された炎に奴の姿が掻き消えたことを確認し、キリトと視線を交わして砂漠地帯へ向け進路を変えた。




最近イメージが湧いても文字に起こせないです。
お待たせさせて重々承知しているのですが……
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