sword art onlineー黒と灰ー   作:戒斗

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クリスマス前夜、イヴのお話


時系列的にはファントムバレット後


聖夜の過ごし方

「くぁ……」

 

「大きい欠伸ね」

 

「仕方ねぇだろ。朝までぶっ通しでキリトと戦ってたんだからよ」

 

「仕方なくないわよ。今日学校でしょ?」

 

「高校でやる範囲は全部頭に入ってる」

 

「それとこれは別。しっかり寝なさい」

 

「お前は俺のお袋か」

 

「それも良いわね。ずっとあなたを見てられるし」

 

「冗談だから真に受けるな」

 

……完全に墓穴掘ったな。

 

あの事件(死銃事件)後、朝田の距離が近い。

物理的に。

 

「朝食は軽めの物にするから、シャワーでも浴びてスッキリしたら?」

 

「そうする」

 

つっても男のシャワーなんざ30分もあれば余裕で終わる。目を覚ます為に一度冷水を浴び、それから全身を洗えば終了。

 

「きゃっ!」

 

「ん?」

 

「ふ、服を着て!」

 

「ズボンはーー」

 

「上もよ!」

 

「今取りに行くんだよ」

 

「浴びる前に持っていきなさいよ!」

 

別に見られて減るもんでもねぇんだけどな。

それに間取りはお前の部屋と変わらねぇんだから、着替えを取りに部屋に行くはキッチンを通らねぇといけないのは知ってんだろ。

 

「着たぞ」

 

「……まったく」

 

「別に全裸でもねぇんだから、そんな目くじら立てんなよ」

 

「そういう問題じゃない!」

 

 

 

 

 

 

 

「んだってんだよ……」

 

まるで拗ねた子供のような口調でお味噌汁に口を付ける颯真。

 

妙なところで常識がずれてるというか、配慮が足りないというか、まぁデリカシーがないのは前から知っているけれど異性の半裸を見たら誰だって声を荒らげると思う。

それも意中の相手なら尚更だ。

 

それにしても、と思う。

 

幼い頃に見た父と違い、筋骨隆々とまではいかなくとも十分に鍛えられ引き締まってーー

 

「鼻の下伸びてんぞ」

 

「っっ!?」

 

そんなことはないと思いつつ、さっきまで考えていた事が事だけに意識せず口元を抑えてしまう。

 

「ククク……」

 

「だ、騙したわね!」

 

「騙したなんて人聞きの悪い。カマ掛けただけだ」

 

ほっっんとうに口の減らない……!

 

「あぁそうだ。明日、予定空けとけよ」

 

「へ?あ、明日?」

 

今日は12月23日。明日はーー

 

クリスマスイブだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そわそわと落ち着かない。

授業も頭に入ってこない。

 

颯真があんなこと言うから。

 

GGOなんて灰色なゲームをやってはいるけれど、女を捨てた訳じゃない。

恋バナだって好きだし、恋愛にも興味はある。

 

というよりも今まさに恋をしてーー

 

そこまで考えて頭を振る。

 

BoBでは勢い余ってあんなことをしてしまったけれど、この想いを伝えてはいないし、この颯真との距離感をを楽しんでいたいと思っている自分がいる。

 

答えがYESでもNOでも、きっとこの距離感が変わってしまうから。

 

「朝田さん、少し変わったよね」

 

「え?」

 

「うんうん。意中の相手でもいるのかなぁ~?」

 

「え、いや、私はーー」

 

クラスメイトの言葉に狼狽えながら否と返そうと試みたものの思い出すのは朝に見たシャワー上がりの颯真の姿。

 

一瞬で顔が茹で上がり、その反応をクラスメイトたちが見逃すはずもなく。

 

「あ!もしかして先週校門前にいた人?」

 

「え?あのバイクの人?」

 

「ねぇねぇ!片思い?それともーー」

 

恋バナに飢えたクラスメイトたちに質問攻めに遭うのは想像に難くない。

 

颯真のばか。

 

 

 

 

 

 

 

 

「シノのん疲れてる?」

 

「え?え、ええ。学校で少し、ね」

 

「もしかしなくてもアルト絡みでしょ?デートにでも誘われた?」

 

「ぅ……」

 

放課後、早々に帰宅し逃げるようにALOへとダイブしたのだけどリアルでの疲れが顔に出ていたのかもしれない。リズにズバリ言い当てられ押し黙る事しかできなかった。

 

「え?本当に?」

 

「デート、とは言われなかったけど明日予定空けておいてくれって」

 

「あの戦闘馬鹿でデリカシーの欠片もないバーサーカーが?」

 

「リズ?……アルトくんは回りくどいのは好きじゃないから、ストレートに言ってくれるのは助かるけど明日はイブだし好きな相手からそう言われたら意識するなって言う方が無理だよね」

 

「でもまぁ期待はしない方がいいんじゃない?相手はあのアルトでしょ?大方、バトルに付き合わされるわよ」

 

確かに誰かのご機嫌取りなんて軟派な姿は想像できない。

 

「シノのんはクリスマスになにかあげるの?」

 

「一応用意はしてるけど」

 

「甲斐甲斐しいわねぇ。あのバーサーカーには勿体ないわ」

 

「アスナとリズはキリトになにか渡すの?」

 

「あの唐変木に?用意してるけどここALOで使えるアイテムよ。リアルじゃアスナが独占するだろうし、邪魔しちゃ悪いしね」

 

「もうリズったら……でも珍しいよね?アルトくんが内容を伝えないで予定を空けといて、だなんて」

 

「肝心なことは言わないで、さっさと行動するタイプだからねぇ。アルトと付き合うなら置いていかれないように追い掛ける覚悟が必要だわ」

 

追い掛ける覚悟……。

彼の背中を支えられるように強くなると決めたけど、本当にそんな日が来るんだろうか?

 

我が強くてデリカシーがなくて、ぶっきらぼうだけど自分の認めた相手には甘い。

そんな彼を。

 

 

 

 

 

 

 

「来たな。ほら乗れ」

 

約束した時間の少し前に部屋の外に出てみれば、バイクのエンジンに火を入れている彼にヘルメットを投げ渡された。

 

ALOで女子会をしたあと眠れないまま朝を迎えてしまった。

 

「眠れなかったのか?」

 

「目が冴えちゃってね」

 

「遠足前の小学生かよ」

 

「うるさい」

 

せめてもの抵抗と彼の脛を蹴ってみるけど、少しも堪えた様子はなく喉を鳴らして笑ってる。

 

「てっきりALOで戦うのに付き合わされるかと思ってたわ」

 

「分別は付けるさ。今日はイブだしな」

 

『記念日を祝うなんてキャラじゃねぇが』そう付け加えてさっさとヘルメットを被ってしまう。

 

それってやっぱりーー

 

「惚けてないでさっさと乗れ」

 

 

 

 

 

 

 

「予約した三神だ」

 

「三神様ですね。お席へご案内します」

 

連れてこられたのは高級そうなレストラン。

ドレスコードはないものの、店内を見渡して見ても裕福そうな人たちしかいない。

 

「あんまキョロキョロすんな。格式張ってはねぇが、最低限のマナーはある」

 

「ご、ごめんなさい」

 

案内された席へ座り、颯真が手慣れた様子で次々と注文していく。

 

「ここに来たことあるの?」

 

「両親とな。ここのオーナーと顔見知りなんだ。伝手はあって困るようなもんじゃねぇし、なにかと融通も利くからな」

 

「ご来店ありがとうございます。三神様」

 

「お久しぶりです。オーナー」

 

テーブルに来たのは老年の男性。

 

「あの日以来ですね。またお越し頂き、重ねてありがとうございます」

 

「あの日は突然のキャンセル申し訳ありません」

 

「いえ、わたくしもお通夜に顔を出せず申し訳ありませんでした」

 

……?あの日?お通夜?

そういえば颯真のご両親って……。

 

「えぇっと……」

 

「ああ悪い。オーナー、今日は世話になったこいつに礼を含めて食事をしようと」

 

「成る程。畏まりました。ごゆっくり当店のお食事をお楽しみください」

 

オーナーの背中を見送り、向き直った颯真は気恥ずかしそうに視線を逸らす。

 

「まぁ聞いた通りだ。GGOで死銃を捕まえることができたのは、お前の尽力があったお陰だ。その礼……ってのもおかしな話だが、それ以外でも世話になったからな。全部含めての礼ってことで」

 

「………………」

 

「自慢じゃねぇけど、この手のことは自信もねぇから俺の知る限りで一番良い店で食事でも、と」

 

「………………」

 

「礼を以て礼を尽くすってな。恩はきっちり返しておかねぇと俺の気も済まねぇ」

 

「………………」

 

「……いい加減、なんか言えよ」

 

「え?あ、ごめんなさい……なんだか、ね」

 

「柄にもねぇって?」

 

「そういうことじゃなくて、颯真は言葉は悪いけどこういったことに興味が無さそうに見えてたから」

 

「朝田がどういう目で俺を見てんのか何となく分かった」

 

いつか言った言葉に小さく吹き出してしまう。

 

「口に合えば良いけどな」

 

「颯真が言う立場じゃないでしょ?」

 

「ごもっとも」

 

運ばれてきた料理に颯真が軽口を叩き、私が素早く切り返す。

 

料理はとても美味しかった。

 

 

 

 

 

 

「颯真これ」

 

「ん?」

 

「開けてみて」

 

食事を終え、オーナーに挨拶を済ませ、いざ帰ろうとバイクに跨がる颯真へ紺色の包装紙でラッピングされた小包を渡す。

 

訝しげながら包装紙を破らないよう開け、中身を取り出して見れば灰色のマフラーが顔を出した。

 

「メリークリスマス、颯真」

 

「別に物を貰うようなことはしてねぇんだけどな」

 

「あなたが私にお世話になったように私もあなたに救われたのよ。末長く宜しくね颯真」

 




メリークリスマス!
売れ残りのケーキで1人祝っております。

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