しかもボスよりボスしてるんですが……
咆哮。足元の水面が漣を立て、空気が痛いほど震えるのを感じる。圧倒的格上。だが逃げ場はない。
HPバー……6本!?フロアボス並みだぞ!?
開いた口が開き、白い光が収束していく。
自身の足元から縦に光が迸らせ、咄嗟に横っ飛びで回避したが足先を僅かに掠める。1拍置いて光が迸った痕をなぞる様に爆発。
爆風に煽られ不様に地面を転がる。
光線とか怪獣王かよ……。
背負った《狼騎士の大剣》の柄を握り、放たれる光条を避け、爆風に煽られ、それでも足は止めない。
一瞬でも足を止めれば待っているのは死。
上等だよクソッタレ!
尾を振り上げたのを視界の端に捉え、地面に着いた四肢に入る力具合、視線、体勢、重心からあの尾が薙ぐであろう軌道を視界に反映する。
跳んで真下を通る尾に大剣を突き刺し、そのまま背に向け一気に駆ける。この図体だ。体に取り付いた虫を振り払うのは簡単じゃねぇだろ。
ミディールは翼を広げ飛翔。
遥か上にある天井にまばたきするよりも早く自身の背中を俺ごと叩き付け、降りかぶった右の前肢を落ちる俺に降り下ろし、地面に叩きつけられ跳ね上がったところを左の前肢で薙ぎ払った。吹き飛ぶ俺に難なく追い付き、情け容赦なく尾を降り下ろす。
HPの全損こそ免れたが、残ったのは数ドット。
陥没した地面に埋められ、ヤツの口に揺らめく炎が見えた。
……強過ぎんだろ……どうやって勝てっつーんだ……。
負けイベントだと言われた方がまだ納得できる。
だが、心強い援軍は無く。秘められた力が覚醒するなんて都合のいいこともない。
誰にも看取られることもなく、虫けらのように殺される。……死ぬ時なんざこんなもんか。
炎が収束しヤツの喉が白く光を放つ。白い炎を浴びれば、リアルなら骨も残さず蒸発するだろう。
……こんな死は俺が望む最後じゃねぇ。
こんなところで死んで堪るか!悔いはねぇと笑いながら死ねるまで、俺は死ねねぇ!
ミディールの口腔から白炎が放たれ大地を穿つ。
凄まじいまでの爆炎と爆風。
確実に相手を仕留めるというミディールの意思か、それともそのようにプログラミングされた故か。
個人相手に放つには明らかな過剰火力。
勝利を確信した咆哮。
だが相手の死を確認もせずに注意を怠るのは、戦場においては命取りだ。
「ァァァァァ!」
言葉というよりは
魔竜は爆心地を見るが黒煙に阻まれ、その奥は見えない。とーー
視界がブレ、地面に頭を叩きつけられた衝撃で角が折れ、左の眼球が潰れる。辛うじて潰れなかった右目の視界も血のように紅く染まる。
その視界の中で見えたのは体を回転させ、今まさに大剣を振り上げんとする殺したはずの人間。
顎をかち上げられ、満身創痍の体から放たれたとは到底思えない力によって、あの巨躯が打ち上げられ背中から地面に叩き付けられた。
ある感情が魔竜の胸を燃やす。
それは憎悪。あるいは憤怒。
0と1の2進数で構成された魔竜。
その筈であるはずだが、あの魔竜が抱いている感情はデータを越えたものだ。
「……素晴らしい」
口を突いて出た言葉は賞賛。
干渉し、超越し、塗り替えていく。
人の可能性、そのものだ。
気紛れで設定し用意したものだったが、まさか挑む人間が現れようとは……。
ブレスを躱し、噛みつきを
荒削りではあるが、経る毎に洗練されつつある。
数少ない隙を嗅ぎ分け魔竜を追い詰めていく。
難易度はソロでは攻略できないもの。レイドを組んでも勝てるかどうかだ。
しかしーー
彼が教会で出会った人物。
彼を魔竜の棲み家に落としただけでなく、実装はしたがその攻略難易度からあの街へ通じる道をすべて閉じたにも関わらず、システム外とも言えるナニかで孔を開けた。
NPC、ではない。かと言ってプレイヤーでもない。
突如としてそこに現れた。
そうとしか表現できない。
「貴方が望むなら全てをさらけ出しても構いませんよ?殿方の欲望に答えるは女の務めでございます」
「ッ!」
ここは管理者でなければ入ることはできない。
つまり私だけが入ることの出来る統括管理エリア。
「誰かね?ここは極めて個人的なエリアなのだが」
「殿方の寝所に忍び込む
コロコロと笑っているが、踏み込んではいけない。
下手に踏み込めば骨まで
「何が望みかね?」
「私が心地よいと感じられる全てでございます。殿方に嬲られるのも、嬲るのも。虐げられるのも虐げるのも」
苦痛も快楽も同じこと。そう彼女は語る。
「この世の全ては私の為。私の悦楽を阻まぬとお約束いただけるのならば、私も貴方の夢を阻むことは致しません」
「おァァァァ!」
相手の全てから動きを読め。
《
飛び上がり地面に吐くブレスは着弾地点から輪を描いて広がる。首を振りながらなら足元に潜り込めば当たらねぇ。
だが後ろ足付近や尾の付け根近くにいれば無動作飛び上がり足元にブレスを吐く。
まさかあのクソアマに感謝することになるとはな!
足と体、背中や翼にはダメージがほぼ通らないが頭、特に顔面には通る。
それも深淵特攻のお陰で一撃でバーの3割削れる。
無強化で、だ。
突進しながらの噛み付きを跳んで躱し、すれ違い様にヤツの角を掴む。
「らァァァ!」
飛翔し、俺をふるい落とす為に滅茶苦茶な軌道で飛び回るが、大剣を逆手に持ち直しヤツの額に切っ先から鍔元まで一気に突き込んだ。
「ギャァァァァァ!!!!!」
「ぐっ!」
運良く俺が落ちた教会の床の穴に激突し《狼騎士の大剣》から手を離しすことで教会の中へと戻って来れた。
再び底に堕ちていくミディールを一瞥し、生きている実感を噛み締める。
……生きてる。俺はまだ生きてる。
Congratulations‼の文字が宙を舞いラストアタックボーナスが贈られてくる。
《暗い孔の刻印》
呪いじゃねぇか……ツッコむ気力もねぇよ。
効果は被ダメ30%軽減にデバフ耐性とSTRとAGIに補正、回復量20%増加、亡者特攻に……不死殺し?
「私の友を相手にあの健闘振り、思わず昂ってしまいました。どうです?戦いの興奮が冷めぬ内にここで獣のように
「黙れ
「つれない方。……それとも貴方にはこちら媾いがお好みでしょうか」
言うが早いか俺の懐に潜り込んだかと思えば、針の穴を通すような正確さの掌底を叩き込まれる。
地面を転がり、再び穴に落ちる寸前で
「咄嗟に後ろに飛ぶことで衝撃を最小限に抑え込むとは、流石にございます」
深いスリットの入った修道服に包まれた脚を見せつけるようにしゃがみ、縁を掴んだ俺の手を慈しむように指先で撫でる。
そして小指と床の間に滑り込ませるように動かしーー
「ですが淫婦とお呼びになったのは許しがたい屈辱です」
跳ね上げた。次は薬指に動かしーー
「こう見えて慈悲深いとーー」
「慈悲深い?違うな。テメェはテメェのことしか見てねぇ。自分だけを見て、自分だけを愛してる。究極の自己愛だ。全くヘドが出るな」
俺の言葉が琴線に触れたのか無言で薬指が縁から外される。次は中指と見せかけ人差し指に狙いを定める。
「私は貴方のような人は嫌いなのです。口が悪くやることなすこと刺々しい。素直ではない殿方は大変気に入りません」
人差し指も外され、最後の中指へとーー
「くっ……!」
「良い顔です。とても虐めがいのある良い顔です。もし貴方がそんな殿方でなければ、一夜の妻となることも吝かでもないのですが」
「ハッ!冗談!俺もテメェみたいな女はゴメンだ!人間の皮を被った
「人類とはみな未熟な獣。欲を食べ、欲に溺れ、欲に溶ける泡沫の実なのです。私はその欲を受け止める受け皿とーー」
「それも一概にテメェの為だろ!自分以外を家畜か虫けらみてぇに見てる目ぇしてるぜ、あんた!」
「精一杯の虚勢。とても愛しく思います。次に会うことがあれば、閨の中で。永遠の極楽浄土をご覧にいれて差し上げます」
中指を外され、また穴の底へと堕ちることになった。
「……生きてる。投身自殺なんざ二度とごめんだ」
体を濡らす感覚に目を覚ませば、あの魔竜がいた空洞。
地面に突き刺さった《狼騎士の大剣》を引き抜き、武器の耐久値を回復させる《修理の光粉》を使用する。
装備画面を開き、《暗い孔の刻印》を装備から外そうとするがーー
外れねぇ!?呪われた装備は外せねぇってか!
何度タップしても装備を解除できない。デメリットはねぇが、あの
……まぁいい。出口を探すしか。
結晶系のアイテムは持ってきてねぇから、自分の足でマッピングしつつ上に行ける道を探すしかない。
とはいえ、ここの空洞は広い。まずこの空洞から出るだけでもかなりを時間を食うな。
洞窟を見つけその中を歩くが、十分な光源がなく歩くスピードはお世辞にも速いとは言えない。
「松明でもありゃありがてぇんだけどな」
たられば話、無い物ねだり。不毛だな。
無数の人の腕と長い髪を生やした蜘蛛、頭が靄のようなものに包まれた亡者、泥のようなスライム、毒矢を吹き、両手剣を振り回す青い頭巾を被ったチビ亡者、宝箱に人の腕と脚を生やしたミミック。
《暗い孔の刻印》の効果でこのエリアのモンスターを狩れるようになったが、不意を突かれねぇよう慎重に動かねぇと行けねぇのは変わらねぇ。
「チッ!」
横穴から飛び出してきた2頭の犬を大剣で叩き潰し、飛び掛かってきた1頭の首根っこを掴んで壁に叩き付けてから、串刺しにする。
正直、出てくるゲームを間違えてんじゃねぇかと思うモンスターばかりだ。キリト辺りがここに来てりゃ発狂してたかもな。
岩の体を持つガーゴイルを例にしても、頭が脳ミソだったり、山羊だったり、牛だったり。
SAN値をゴリゴリ削って来る、気味悪ぃモンスターばっかりだ。
やっとの思いで洞窟を抜ければ雪の降る幻想的な世界。満点の星が見え、青白い月が昇ってる。
ォォォォォォンン!
今の声!シフ!?
後ろを仰ぎ見れば、こちらを見下ろす灰の大狼。
青白い月をバックに俺を見るその姿は、雪が降っているのも相まって幻想的だ。
「シフ!良かった……無事だったか」
安堵の声を漏らすが、シフの目は暗く澱んでいる。
「ガァァァァァ!!」
飛び退き、俺がいた場所が踏み砕かれる。
シフの口元に青い光が集まり、それが霧散すれば歪な大剣が咥えられていた。
「シフ!俺だ!分からないのか!」
《Great gray wolf》
HPバーは1本。カーソルは…………赤。
どうしてだ!敵対フラグなんざーー
『白湯と共にこの粉末を』
……ッ!あのクソアマァ!
足を払う一閃を跳んで躱し、続けて振るわれた一閃を大剣を盾に防ぐ。地面に膝と手を着き、滑る体を止めて視線を上げれば空中で回転し遠心力を乗せた縦の一閃を横に掲げた大剣で受け止める。
「思い出せシフ!俺はアルトだ!」
「グルァァ!」
シフの剣撃を凌ぎ、声を掛けるが止まる気配はない。
……何をムキになってんだ。どんだけ大事に思っても
「誰がお前に剣を教えたと思ってる」
こいつの真に注意すべきなのはその
並大抵の防具なら、それごと噛み砕かれるだろう。
咥えた大剣を叩き折り、左前足を切り裂く。踏みつけを避け、斬り上げる。
傷付き倒れることが多くなってきたが、戦意は折れない。限界は訪れない。
正気を失ってんのか、自分の意思で俺と戦ってんのかは知らねぇが、せめての手向けだ。俺の手で終わらせてやる。
「グゥゥゥ」
「赦しは請わねぇ怨めよ」
左肩に噛み付かれ、大剣を腹から突き上げた。
内側から切っ先が背中を突き破り、肩を噛み砕かんとばかりに力が込められる。
俺かお前。どっちが先に力尽きるか根比べだ!
加速度的に減っていくお互いのHP。
レッドゾーンに落ちても振り払うこともしない。
頬を舐める感触にシフの顔を見れば、暗く澱んでいた目に光が戻っている。
「シーー」
フ、と続けるよりも早く青い破片となり宙に舞う。
「……くっ、ぅあああァァァァ!」
膝から崩れ、込み上げる感状のまま哭く。
それから先はよく覚えていない。
気が付けば五十層のボス部屋に戻っていて、足元にシフの形見《大狼の大牙》が落ちていた。
「アルト!」
「アルトくん!」
俺を呼ぶ声に意識を戻せば、キリトとアスナが駆け寄って来ていた。
血相変えてるがどうしたってんだよ……。
「良かった……無事だったんだな」
「メッセージ送っても返事がないし、本当に心配してたんだよ?私たちも後を追おうとしたんだけど……」
アスナの視線を辿れば大穴の影も形もない。後を追おうとして穴が塞がってて立ち往生してたってところか。
「……シフちゃんは?」
「シフは死んだ。俺が殺した」
キリトの肩を借りて六十二層の宿屋に戻り、ありのままを話した。地の底にある街のこと、その街で会ったクソアマのこと……そしてシフのこと。
「そんな……」
「なぁアルト……その、なんて言えばいいか分からないけどーー」
「……うし!ウジウジすんのはこれで終わり!ウダウダすんのは性に合わねぇからな!」
んだよ。キョトンとした顔しやがって。
「だってシフちゃんが……」
「他の誰でもねぇ俺のこの手で殺したんだ。後悔は勿論あるが、だからってウダウダ考えてんのは違うだろ」
シフを連れ孔を降りなければ良かった、あのアマの言葉を鵜呑みにして、シフに白湯と亡者の骨粉を飲ませなければ良かった。今となってそう思うが全ては後の祭り。重要なのはその経験をどう活かすか。
《大狼の大牙》をペンダントに加工して首からぶら下げる。あいつは今もここにいる。失ったことは悔いるが、それを理由に止まることだけはしねぇ。
だがーー
あのクソアマだけは必ずこの手で殺してやる
ヤツは存在自体が18禁
灰の大狼戦の再現。
本当に戦わないといけなかったんですかね?
アカギさん、レッドさん
誤字報告ありがとうございます!
作者は1週目なのにミディールを倒すのに一時間以上掛かりました。硬すぎる!
死んだ回数?
…………サテ,ナンノコトヤラ