「うそ……」
信じたくはない。だけど、目の前のものが現実だと訴えかけてきてる。
「食べ残しとは言え、喜んでいただけたようでなによりでございます。何も出来ず、私に食べられる瞬間のお顔を皆様にもお見せ出来れば良かったのですが……」
「ふざけるな……」
「はい?」
「ふざけるな!貴様ァ!!」
背負った両剣を引き抜くと同時に、今までで最速とも言える速さで殺生院との間合いを詰め、交差するように降り下ろした。
「己が感情を御し切れず特攻。まさに獣の如し、でございますね。それでも私には届きませんが」
見えない何かに絡め取られたかのように、降り下ろした両剣が止まる。押しても引いても固定されたようにびくともしない。
「ここでは少々手狭にございます。戦うに相応しい場所を提供させていただきましょう」
床のテクスチャが剥がれ、暗闇の中へと俺たちは落ちていった。
「……ここは?」
無数の0と1が忙しなく動く空間。
明らかに一般プレイヤーが訪れてはならない場所のような気がする。
「外装の裏側。称するならばアンダーグラウンド、と呼ぶべき場所でしょうか。ここならば存分に力を振るっても問題はないでしょう」
「なんでもありかよ……」
クラインの呟きに目の前の存在がどれだけ規格外なのか痛感させられる。
だからと言って膝を屈する理由にはならない。
逃げる?
あり得ない!アイツはアルトを、俺たちの仲間を手に掛けた。たとえ何も出来なくても背を向けることだけは絶対にしない!
「嗚呼、なんと勇ましい勇士たちなのでしょう。私を悪と断じ、討たんとするその気概。それこそが私の求めていたもの。ならば私もそれに相応しい敵として、あなた方の前に立ち塞がりましょう。生きとし生ける者、全ての苦痛を招き、十万億土の彼方を焦がし、共に浄土に参りましょうや」
殺生院の体が光ったと思えば、シスター服からより過激な服へと変わり、頭からは二本の角が緩やかな弧を描いて天を突く。背中からは蝶のような羽が生え、羽の表面は頭蓋骨のような紋様が浮かんでいる。
異形
そう形容するしかない姿がそこにはあった。
「行き着く果ては殺生院。天上解脱、なさいませ」
時は少し巻き戻る。
「ーーそいつらを任せたぞ?」
遠ざかっていく仲間の背を見送り、仇敵へと意識を戻す。
「よろしいのですか?万に一つの勝機を態々ーー」
「これは俺の、俺だけの問題だ。
「随分と仲間思いなのですね」
「勘違いすんな。
コイツはアイツらでも手に負える相手じゃねぇ。
どういうわけかSAOの時よりも存在感が増してる。
「それよりもテメェ、今まで何してやがった」
「何、とは?」
「しらばっくれんな。隠しきれると思ってんのか?」
「あらあら。あまり女性を視姦するものではありませんよ?」
頭沸いてんてのかテメェ……!
「冗談の通じない方。廃棄孔と言うのはご存知ですか?」
「……人類が存続する上で、不要と判断された悪性情報の廃棄場だな」
「博識ですね。その廃棄孔と言うのは電子の海にもあるものなのですよ。不要と判断されつつも削除し切れなかったデータの
「その孔に入り込み、片っ端から取り込んだ訳か。色欲に暴食に強欲。衆合地獄だけじゃ済まねぇな」
衆合地獄
殺人と窃盗。そして邪淫の罪を犯した人間が落ちる八大地獄の1つ。約1兆年もの間、あらゆる責め苦を味わうらしい。
「なんと仏教についてもご存知とは、敬服の念を禁じ得ません」
「茶番はよせ。テメェの目的はなんだ?」
「……貴方と初めて出会った街をお覚えになられてらっしゃいますでしょうか?私は気が付けば、あの街に存在していました。誰も訪れず、ただ時間だけが流れるなか、あの街で起きてる事柄に心惹かれました。それはモンスター同士の殺し合い。嗚呼、なんと気持ち良さそうなのだと。ですが、残念なことに私は死ぬことができません。不死の刻印。それが身に刻まれているが故に。しかし何度か死を経験している内に私は気が付いたのです。幾度でも死ねると言うことは幾度でも殺されることができるのだと」
何を言ってんだコイツは……。
「その為に私は行動を起こしました。手始めにあの街のデータを取り込み私の一部とすることから。そうしている内に知りました。多くの人々が戦い、上へ上へと目指していることに。あの方々をここに招き、終わりのない
SAOの終焉。ゲームクリアによるSAO世界の消去か。
「残念なことに取り込んだデータも消えてしまいましたが、嘆くことはありませんでした。何故なら目の前には無限に広がる電子の海。須郷様から頂いたカーディナルなるコピーデータを手に再び行動を起こしたのです。……話が逸れましたね。私には貴殿方のように現実に肉体があるかどうかすら定かではないですので、全てのネットワークの消滅と引き換えに快楽を得ることで生きていると実感したいのです。その過程で私を悪と断じ、討たんとする勇士が現れるなら善し。もしそうでないのならーー」
「元の目論見通り、全ネットワーク消滅と引き換えに絶頂しようって?狂ってんな。ネットワークが消滅すればテメェも消える」
「もしかすれば、現実にいるかもしれない私が目を覚ますかもしれないでしょう?」
「知るかよ。現実じゃ殆どの物がコンピュータ制御だ。下手すりゃ全世界の原子力がメルトダウン起こして、地球が死の星に変わるぞ?只でさえ全ての電子機器が使えなくなりゃ、人類は石器時代に逆戻りだ。三年も経たねぇ内に人類滅亡、仮にテメェにリアルの肉体があったとしてもテメェも死ぬ」
「おかしな事を。貴方は仰りましたね?人とは私1人だと。ならばそれ以外の命は私の為に使われるべきではないでしょうか?その果てに私が死ぬとしても。今や私の手は電子の海全てに届いています。止める術は最早ありませんよ?」
これ以上の問答は無用。
そう言わんばかりに破戒僧に向け、大剣を降り下ろす。
かつて感じた不可視の壁を切り裂きながらーー
「なに!?」
ヤツの体がブレたかと思えばその姿が変わり、その頭を切り裂かんばかりに迫った大剣が右腕ごと宙に固定された。
「あなた様ならば、とも思いましたが未だこの程度なのですね。その力には代償が必要。自らの命を惜しみましたか?」
「人を殺した以上、行き着く先は地獄だけだ!惜しむ命でもねぇよ!」
「成る程。既に覚悟は出来ている、と。ご安心ください。例え地獄へと行き着く命だとしても選り好みは致しません」
ヤツの体から黒い泥の様な物が吹き出す。
本能で分かる。アレは容易く命を奪うものだ。
「恐れることはありません。脳を焼き切ることなどせず、私の中でゆっくりと溶かして差し上げます。永劫の苦楽をご堪能下さいませ」
「願い下げ、だ!」
右腕を掴まれる感触を頼りに短剣を振るい、これもまた不可視の手の様なものを切り裂きながら後退。襲い掛かる泥から逃れることに成功した。
「おおおォォぉぉ!」
咆哮からの突貫。
あれこれと考えてる暇はねぇ。既に視界の左半分が見え辛くなってきてる。
力を行使する為の代償。
この力がどこまで俺を貪り食うのかは分からねぇ。
それでもーー
「テメェは殺す!俺が!この手でな!」
どんな犠牲を払うことになろうが、コイツだけは認めるわけにはいかねぇ!
「素晴らしい程の激情……私、思わず昂ってしまいます」
艶っぽい声と共に右腕を突き出したかと思えば、なんの前触れもなく青白い無数の腕が伸びてくる。
切り開く……のは無謀。
「なら!」
床を踏み砕かんばかりに踏み締め跳躍。
腕の大群を飛び越え、尼僧に肉薄するがーー
「えぇ、
読まれてた……!
目の前の空間が歪んだと思えば一際大きな手のひらが現れる。俺はその手に捉えられ、そのまま天井に叩き付けられた。
「がぁ!」
……なんだ……VRの中じゃ痛みは感じねぇはずなのに……!
「痛みますか?ですがご心配なく。痛みとは快楽へ通ずるもの。共にどこまでも昇りましょうや」
天井に叩き付けた手に捕らえられ、1本の腕が俺の左腕を掴み明後日の方向に捻り上げてくる。
「アアアアアァァァァ!!?!?!!」
形容しがたい音と共に左腕の感覚が消失する。
残されたのは気絶すら出来ない激痛だけ。
「アハハハハ!!随分と脆い!少し捩っただけで、もげてしまいました」
「……ァ……ッァ…………」
「果てるにはまだ早いのでしょう?」
地面に叩き付けられ、天井に打ち上げられ、壁に擦り付けられる。どれも気絶も出来ないほど絶妙な力加減で行われ、最後には残った手足を虫のように引き千切られた。
「ぐぅ!……ァ……」
「さて、心は折れましたか?希望は潰えましたか?意思は消え去りましたか?ならば結構。全て私に委ねなさい。永劫の快楽の中で死を迎えることができるのです。これほど慈悲深い最後はありませんよ?」
ゆっくりと泥の中へと沈んでいく。
体も意志も。アイツらの顔さえ歪み消えていく。
そして今へと至る
「なんなんだよ……こいつ……!」
どれほど攻撃を浴びせても見えない壁に阻まれる。
なのにこっちは攻撃されたわけでもないのに一人また一人と脱落していく。
「なに、これ……」
「気持ち、悪い……」
「クソ……!」
「折れねぇ……折れるわけにゃ……!」
アスナ!リズ!エギル!クライン!
「うっ……!」
「アルトさんの為にも、負けるわけには……!」
シリカ!スグ!
「兄、ちゃん……」
「アル坊……」
「アルト……」
ユウキ!アルゴ!シノン!
「……この程度ですか?やはり羽虫がいくら集まったところで虫は虫ですね」
「虫……?」
「ええ。虫が人に敵いますか?ほら、このように」
「ぐっ!」
突然頭上に現れた巨大な手を交差させた両剣で受け止める。
「私の気のままに潰せる虫です。あなた方がアルトと呼ぶ虫も擦り切れた布のようになりましたよ?心が折れ、絶望したあの時の顔。あなた方にも見せて差し上げたかったです」
ふざ、けるな!アイツはお前みたいな奴に負けない!負けるはずがない!
「ふざけないで……たとえ微かに見えた希望が絶望だったとしても、歩き続けることに意味がある。私はアルトにそう教わった。この程度で諦める理由にはならない!」
満身創痍のシノンが放った一矢。
今までのように見えない壁に阻まれる、かと思ったが吸い込まれるように殺生院の腹部に突き刺さった。
「ぐっ……ですが、たかが一矢。それを放つだけで精一杯でしょう?」
「……そうね。もう立つことも出来ないわ。でもそれで十分」
「何をーー」
「さぁ、彼が目を覚ますわよ?」
「ッ!アアァァアアァァァァ!!!!!」
突然、殺生院の体が燃え上がった。
目を凝らして見れば、シノンの一矢が突き刺さった場所から見覚えのある刀身が内側から突き出ていた。
「あれは……あの剣は……!」
殺生院から吹き出した炎が、俺たちの前に集まり人型を成していく。
「よう、お前ら。待たせたな」
「アルト!」
失った左腕を炎で形作り、身体中至るところを燻らせているもののその姿は間違いなくアルトだった。
「美味しいとこ持ってくようで悪いが、あとは任せろ」
体の中を蠢く感覚に意識が覚醒していくのが分かる。
「おや?目が覚めたかね?」
「あ、んた……は」
「随分と手酷く痛め付けられたようだね。余程、君という存在が気に入らないと見える」
「か、やば……」
どうして茅場がここに?……ここはどこだ?
どこまでも広がる空間を繋ぎ止めるように、無数の目が付いた柱のような物が無数に見える。
自分の体を見れば、ゆっくりとだが少しずつ柱に取り込まれているようだ。
「ここはあの女の腹の中、というのが正確な答えだ。私も君も殺生院に取り込まれてしまった」
「あん、た……も」
「ふむ。意識が戻ったが消え掛かってしまっているようだ。如何に鋼の意思とはいえ、折れてしまえば脆いか。その影響か随分と侵食も進んでいる。君もこのまま柱の一部となってしまうだろう」
侵食……?…駄目だ。頭が……。
「私も気になることがあり廃棄孔へと赴いたはいいが、突然あの女性が現れてね。何もかもを取り込んでしまった。その場に居合わせた私にも目もくれず、私すらも取り込んでね」
「どう、して?」
「私が侵食されずに存在できているか?簡単なことだ。私のことなど指先ほども覚えていないからだ。それほどまでに多くのデータを取り込んできたのだろう」
つまりこの空間こそが、あの女が取り込んできたデータの集合体。だとすればALOどころじゃない。下手をすれば現ネットワークに匹敵する程の膨大なデータが集積していることになる。
「頭は回ってきたかね?ならば確固たる意思を保つことを薦めよう。僅かでも隙を見せれば、あの女性は君を食らい尽くすだろう。随分と君を毛嫌いしているようだ。それとも体が痛むかね?ナーヴギアよりもセキュリティ面を強化したアミュスフィアとは言え所詮はプログラム。脳から痛覚を切り出し、アバターに反映させるなど今の彼女なら造作もない」
つまりアミュスフィアであってもあの女なら、仮想からでも人を殺せるってことかよ……。
「あんたは……ここでなにを」
「することがないと暇でね。これほどまでの量のデータを消去するにはどうするべきかと、思案していたところだ」
一番手っ取り早いのは核となっているあの女を消すこと。
……そうだ。それよりもーー
「あの女、須郷からカーディナルのコピーデータを……」
「ふむ。やはりか。君も薄々気付いていたのではないかね?須郷君が起こしたSAOサバイバー誘拐事件。言っては悪いが、須郷君だけでは到底思い至らないことだ」
つまりあの女が須郷を
自分で考えたような事を言っていたが、結局は与えられたモンではしゃいでただけかよ。
「ならば答えは早い。この空間の核となっているカーディナルとあの女性を消すことができれば、このデータ群も霧散するだろう。霧散する衝撃でどれ程のダメージをネットワークに及ぼすか、検討もつかないがね」
「世界がどうなろうが、知ったことじゃねぇ……」
「成る程?だが、今の君では彼女の足元にも及ばないと身を以て知った筈だが?」
「だからなんだ。俺には何もない。失うものなんざーー」
「どうやら、侵食が脳にまで達してしまっているようだ」
何を言って……。
「キリトくんにアスナくん」
……?誰だ?そいつら……?
「君の相棒とも呼べるキリトくん。君と彼はお互いに譲れないものの為に何度も剣を交えた筈だ」
『おい、アルト!』
『なぁ?アルト』
『生きてるか?相棒』
親しげに俺に声を掛ける黒衣に身を包んだ少年。
「そのキリトくんの半身とも言えるアスナくん。時に諌め時には諌められ、時にはキリトくんと共に叱咤されていた」
『あ!アルトくん』
『ちょっと!アルトくん!?』
『こら!2人とも!!』
怒った顔は恐ぇけど笑った顔は好感の持てる白衣の少女。
「思い出したまえ。君には決して、消えることのない絆で結ばれている仲間がいる筈だ」
『あ!アルトさん』
『アルトじゃない』
『アル坊』
『よぅアルト』
『アルトじゃねぇか』
『アルトさん?』
『ねぇアルト』
『兄ちゃん!』
シリカ、リズ、アルゴ、エギル、クライン、リーファ、シノン、ユウキ……あぁそうだ。俺には忘れられねぇ、忘れちゃならねぇことがある。
「息を吹き返したか。ならばその程度の拘束はないも同然だ。君はどうする?どうしたい?」
俺がしたいこと……すべきこと……!
そんなもん決まってんだろ!
薄暗い空間に光が差し、その出所を探せば見覚えのある矢じりが空間を割り、突き出ていた。
「助かったシノン。お前のお陰で出口が見えた」
「ううん。アルトが無事なら、それでいいわ」
「どうして!?なぜ貴方は!?あのまま身を任せていれば!永遠の快楽と共に終焉を迎えられたというのに!」
「言ったろ?そんなモン願い下げだってな」
「それよりもどうやって!?どうやってあの無間地獄を抜け出したというのです!?」
「あの程度が地獄?だとしたら生温いにも程がある」
まぁ、元より俺は地獄行きの身だ。下見できたと前向きに考えておこう。
「行くぞ魔性菩薩。テメェの存在の悉く俺が否定してやる」
打ち出される無数の腕を炎を纏った大剣のひと薙ぎで消し飛ばす。
「なっ!」
失った左腕を再現した炎の左腕の感触を確かめ、殺生院へ向け歩を進めていく。
「まさか!?貴方は自身の命すら燃やし尽くすおつもりですか!?」
「簡単なことだ。足りねぇモンがあんなら、命を燃やしてでも届かせるだけ。命自体に価値はねぇ。だからこそ、そいつ自身の生き様で命に価値を付ける。俺の命でテメェを殺せるなら、俺は満足だ」
だからだろうな。確実に死に向かってるっつーのに恐れが全くない。いや、そんな感情すら燃やし尽くしちまったからか?まぁいいか。
「後から卑怯だなんだと言われたくねぇ。今からお前の左腕を切り飛ばす。いいな?理解したな?」
「ッ!」
瞬間にも満たない刹那に殺生院の左腕が宙を舞った。
「貴方ごときの命1つで、ここまで……!」
「テメェは俺だけじゃなく、あいつらにまで手ぇ出しやがった。楽に逝けると思うな!」
大剣を振るい、ゼロ距離から左腕を炸裂させる。
刻一刻と俺と言う存在が燃え上がり欠落していく。
左腕を炎で形作ったはいいが、感覚までは戻らなかった。それどころか左腕全体も、大剣を振るう右手にも感覚がない。
左目も見えなくなり、音も聞こえない。
だが、その程度で止まる理由にはならない。
「地獄へ墜ちろ!魔性菩薩!」
「おいキリト……今アルトの奴何をしたんだ?」
「分からない。なにも見えなかった」
クラインの言葉に呆然と返すことしか出来なかった。
俺だって自分の目を疑ってる。目の前で殺生院と戦ってるのは本当にアルトなのか?
「なんででしょう?とても綺麗なのに……」
「見てるだけで体が冷たくなっていく感じ……」
振るった大剣の軌跡をなぞる様に炎が舞い、左腕を振るえば火の花が咲く。
「これって……!」
「どうしたの?ユイちゃん」
「アルトさんのアバターが内包するデータ量が、加速度的に減少しています!これじゃ本当に……」
本当に?
「アアアアアァァァァ!!?!?!!」
悲鳴に視線を戻せば、殺生院の右腕を炎で模した左手で抑え、炎が煌めく大剣をその腹部へと突き立てていた。
「行け……行けぇ!アルトォ!!」
「そのまま押し切れぇ!」
「「アルトさん!」」
「アルトくん!」
「アル坊!」
「「アルト!」」
「兄ちゃん!」
「オオオオォォォァァァァ!!」
「嫌です!まだ!まだ終わりたくない!!だって!
「いい断末魔だ!俺も!溜飲が下がる!」
俺たちの声が届いているのかは分からない。
周囲の物を巻き込まんばかりの爆炎がアルトと殺生院を飲み込んだ。
「アルト……?」
煙が徐々に晴れ、微かに見える人影。
あのシルエットで女はあり得ない。つまりーー
「やりやがった……アルトの奴、やりやがったんだ!」
クラインが喜びの声を上げてるけど、胸騒ぎが止まらない。どうしてだ?殺生院はもうーー
ようやく煙が晴れアルトの姿が見えたけど、力なく体が揺れたかと思えば、そのまま背中から地面に倒れた。
慌てて駆け寄ってアルトを抱き起こしたけど、まるで氷のように冷たくなってる。
「おい!アルト!目を覚ませ!」
「パパ、そのまま寝かせてあげてください……」
「ユイ?」
「そこからは私が説明しよう」
「茅場、晶彦……」
「やぁ、久しぶりだね。キリトくん」
茅場の口から聞かされたのは、データを超越したアルトの力。そしてその力を使って全ネットワークに延びた殺生院のプログラム全てを消去した。だが対価として自身の命を燃やし尽くしたということ。
殺生院についても教えてくれた。全ネットワークの消滅と引き換えに生きている実感を得ようとしていたこと。そしてその衝撃で現実にあるかもしれない殺生院が目を覚ますかもしれないということ。けどアルトによってどちらも阻まれた、と。
「それじゃ……アルトは……もう……」
「2度と目を覚ますことはないだろう。彼はそれを選び、そして実行した。殺生院によるネットワーク消失を自身の命と引き換えに防いだとも言える。尤も彼自身、そんな気は毛頭ないだろうがね。燃え尽きたあとに残るのは灰のみ。つまり、彼のアバターが残っているのは彼の意識の残滓、つまり彼が燃え尽き残った灰と言えるだろう」
「馬鹿野郎が……死んじまったら、なんの意味もねぇじゃねぇか!」
「でも、どうしてそんなことが……」
「アルトくんにできるのかと?その兆しは以前からあった。キリトくんはよく知っている筈じゃないかね?思い当たる節はある筈だ」
俺が?……まさか。
「思い出したようだね。推論になるが人前で初めて行使したのはSAOで最後に君とアルトくんが戦ったときのことだ」
ソードスキル発動中にその軌道を無理矢理ねじ曲げたあの一撃……。本来あり得る筈のない挙動だったからよく憶えてる。
「……さて、私はそろそろ行くよ。あぁそうだ。君は……シノンくん、だったね?君もアルトくんと同じ力を使ったようだが、金輪際その力を使わないことを奨めるよ。尤も使うことは、もうないだろうがね」
そう言って茅場は姿を消した。
残されたのは静寂だけ。
「アルト……嘘、だよね?だって約束したじゃない。私を置いてどこかに行かないでって……約束、破るつもりなの?」
「やだよ……兄ちゃんともっといっぱいお話とかしたかったのに……姉ちゃんだって年明けに兄ちゃんを驚かそうって色々準備してるんだよ?こんなのってあんまりだよ……」
「アルト、オイラ……ううん私だって色々料理とか勉強して、今度のバレンタインはアルトに美味しいって言って貰おうと思って頑張ったんだよ?不義理はアルトの流儀に反するんじゃないの?」
シノンもユウキもアルゴも。
アルトに声を掛けるが反応はない。
誰がこんな結末を望んだって言うんだ……。
お前はいつもそうだ。なんだかんだ偉そうなこと言っておいきながら、自分のことは棚に上げして勝手にしたいことをやる。周りの事なんて気にもしないで、自分の道をただ進んでいく。
今回だってそうだ。でも誰一人アイツに敵わなかった。だからアルトに全てを背負わせてしまった。言ってしまえば、アルトを死地に追いやったのは俺たちとも言える。
ォォォォォォンンンン……
……今のって……。
いつか聞いた遠吠え。
周囲を見渡せば、見上げるほどの巨駆を誇る灰色の狼がこちらを見ていた。
ーーまさか、あれって……。
「もしかして……シフちゃん?」
そうだ間違いない。灰色の毛並みに金色の眼。
でもなんで……?
「ゥゥゥ……」
横たわったアルトの匂いを嗅ぎ、周りをぐるぐると回り始めた。自身の主が目覚めないことを感じ取ったのか、煤けた鎧を咥え体を起こそうとしてる。
「シフ……アルトは、もう……」
ピクリとアルトの指先が動いた様な気がする。
「……ったくテメェら……勝手に人を殺すな……」
「アルト……?」
「おう……言っただろ,負けねぇってよ……」
言ってないだろ……。
「「「「「「「アルト!!」」」」」」」
「どわっ!」
この大馬鹿野郎!驚かすなよ!
茅場は命を燃やし尽くしたと言っていた。でもアルトはこうして生きてる。生きててくれた。
「どけテメェら!重いんだよ!つか、どさくさ紛れて呼び捨てにした奴いたな!?」
細かいこと気にするなよ。
揉みくちゃにされたアルトを解放し、アルトの眼前には好意を寄せる3人の少女が立っている。散々心配させたんだ。覚悟を決めろよ?
「言い訳はある?」
「私ーーオイラたちを不安にさせといテ、なにも何もないのは道理が通らないよナ?」
「兄ちゃんの馬鹿」
「何もねぇよ。罵倒だろうが平手だろうが足蹴だろうが、抵抗はしねぇ。好きにしろ」
「「「この、馬鹿ぁ!!」」」
「おぉう」
流石のアルトも泣く女の子には勝てないか。
抱きつかれたまま泣かれされるがまま。
「……悪かった。心配かけたな、お前ら」
「ガウ!」
「シフ……よう、また会えたな」
アルトが右手を伸ばせば、甘えるように自分から頭を擦り付ける。喉を鳴らし心地良さそうに目を細めてる。
「……よう相棒、まだ生きてるか?」
アインクラッド第七十四層でアルトに言われた言葉。
何を言われたのか頭が追い付かなかったのか、一瞬ポカンとして目を伏せて鼻で笑った。
「……当たり前だ。相棒」
結局、なぜ俺が生き残ったのか理由は分からないまま。
自分と言う存在が欠落していく感覚はまだ覚えている。命が削れていく感覚も。そしてあの女に引導を渡したあと、まるでテレビの電源を切ったように意識が途切れたのも覚えているが、こうして生きている。
「ほら、兄ちゃん!」
「あぁ、分かったから引っ張んな」
あの女に引き千切られた左腕は、リアルに戻った今も軽く感覚が麻痺してる。これは一時的なものなのか、そうじゃないのか。俺には判断できねぇけど命あっての物種だ。それに日常生活には問題ねぇし。
あの女を消した方法は至って簡単。全ネットワークに広がったデータ群の中からあの女と核になってるカーディナルを切り離し、消し飛ばしただけ。とは言え、何万何億というデータの海の中からたった2つのデータを探すのは並大抵のことではなく、腹をかっさばき修復させることで目的のものを見つけれる確率を上げる必要があった。例えるならボックスガチャだな。
右手に持ったスマホを見れば、画面の中でシフが丸くなっている。ユイの協力もあり、シフをスマホに転送することができるようになった。流石にデータ丸々ではなく思考と言語、デフォルメされた姿だけだが。
「シフ……まさかお前が?」
『ゥ?』
「……いや、なんでもねぇよ」
もしかしたらシフが俺の命を繋いだのかとも思ったが……いや、そう思うことにしよう。
人は自分に都合の良いように考える生き物だ。
シフが燃え尽きるはずだった俺を救った。それでいい。
何度目かになるエギルの店を貸し切っての打ち上げ。
金払ってんだし、楽しまなきゃ損だ。
「にしてもなんで《エクスキャリバー》なのかしらね?普通は《エクスカリバー》でしょ?」
「《エクスキャリバー》のキャリバーは銃の口径にも使われてるわ。牽いては人の器という意味もあるそうよ」
「へ~。それじゃ、もっと詳しい解説を颯真先生お願いします」
「人を辞書代わりに使うんじゃねぇ。……元々はアーサー王伝説に出てくる黄金の剣エクスカリバーが正解だ。キャリバーと呼ばれるようになった由縁は諸説あるが、アメリカがイギリスから独立した時と言うのが有力だな。綴りは同じでも読み方が違うってのはよくある話だ。実際、カリバーもキャリバーも同じ綴りは同じ。つまりキャリバーはアメリカ、カリバーはイギリスってことになる。ま、どっちの読みでも問題ねぇ。ちなみにエクスカリバーは選定の剣カリバーンを元に打ち直された剣って説もある」
「颯真さん詳しいですね」
「アーサー王伝説はよく読んでたしな」
著者が違えば、物語も違う。
大元の物語の流れは同じだが、人の解釈によって物事の観点が違うから余計にのめり込んだんだよな。
「アルトって名前もアーサー王伝説から来てたり?」
「正確にはそのモデルになった人間だ。ルキウス・アルトリウス・カストゥスってな。ミドルネームのアルトリウスから取ってアルトだ」
「ふ~ん」
「んだよ和人」
「やっぱり颯真は厨二んぐぅ!」
言わせねぇからな?
自由の効く右手で和人の口を塞ぐように鷲掴みにする。
「おいエギル。裏口は何処だ?」
「なるべく穏便にな。飲食店で暴力沙汰なんか起こされれば、商売あがったりだ」
「心配すんな。フルコースだ」
「まったく安心できない!?」
なんとか口を自由にした和人が突っ込めば、店の中が笑いに包まれた。
「それじゃ宴もたけなわと言うことで二次会はALOに集合!」
「なんで里香が仕切ってんだよ」
「いーじゃないのよ。ここに来れなくて寂しい思いをしてる人もいんの。長々とあたしたちだけで盛り上がったってしょうがないじゃない」
アルゴのことか。いやユイとシフもだな。
「新生アインクラッドはどこまで攻略されてたっけ?」
「痴呆になるにはまだ早ぇだろ」
「表出ろこの野郎」
「上等だコラ」
「はいはい。和人くんも颯真さんも仲良し仲良し」
「「仲良く
二次会の勢いのまま突破された六十八層のボスにはご愁傷さまと言っておこう。
いつかはそれぞれの道を歩むことになるだろう。
それまではこいつらと共に行こう。
数少ない心から信頼できる仲間、だからな。
打ち切り漫画感。
キャリバー編終了でございます。
あとで加筆修正するかもしれません。
カリバーとキャリバーの違いは作者の考えです。
あまり突っ込まないでくれるとありがたいです。
殺生院の終わりが呆気ない?
それは……まぁ……(メソラシ