「オメェら、オーグマーを外せ!今すぐにだ!」
「でも颯真ーー」
「早くしろ!」
あれは存在自体が猛毒だ。少しでもあの女を美しいと感じたなら既に手遅れ。あの女の操り人形になる。
何度か相対したことがあるこいつらなら、ある程度の抵抗力はあるだろうが万全を期すならオーグマーを外してあの女を意識外に追いやるしかない。
「ーーおや?やはりいらっしゃったのですね」
ステージに出現した蓮の蕾が花開き、中からあの女が姿を顕した。相変わらず人を人として見てねぇ目をしやがって。
意識を向けられた瞬間、背筋をなぞられる感覚に襲われる。五感を刺激し、意識を漂白し、自己を塗り潰す。
気張ってねぇと俺もされるがままだな。ただでさえ一度は心を折られた。二度目はねぇ。
「テメェが何をしようが知ったことじゃねぇが、テメェの存在は認めねぇ」
「久しい邂逅だと言うのにつれない御方。大抵の殿方は咽び泣き私を求めると言うのに」
「テメェを求める?そいつらも見る目がねぇな」
前の席の背もたれを足場に奴へと向かう。
「……本当に嫌になります。私を悪と断じ斬ろうとする希少種を排斥するケダモノ達」
「なにをーーおわっ!」
突然なにかに足を掴まれ体勢を崩した所を上から押し潰された。
「キアラさまぁ……」
「キアラさまぁ……」
「こ、の……邪魔だ!退け!」
あの女に魅了された奴らが何かうわ言を呟きながら俺の上にのし掛かってくる。
がむしゃらに体を動かして上に乗っかってる奴らを振り落とし、オーグマーを毟り取れば事切れたように身動きひとつしなくなった。
そうして奴に向き直れば、幽鬼のような足取りでこちらに向かってくる観客たちの姿。
「流石、私を殺しうる英傑。ですが
「俺の限界をテメェが決めんな。邪魔なら黙らせりゃいい。道を塞ぐなら退かせばいい。行く手を阻むなら押し通ればいい」
OSを起動し、仮想現実の剣を構えーー
「止めろ!」
駆け出そうとした俺の腕を掴んで引き止めたのはキリトだった。
「邪魔すんなキリト!」
「プレイヤーのHPがゼロになれば、空を飛んでるドローンがオーグマーの出力を上げて脳内スキャンを起動させる!そうなればーー」
「ナーヴギアよろしく脳が焼き切れる、か」
重村……そこまでして娘を生き返らせたいのか!
これはもはやSAOと同じテロだ。
「クソ!開かない!」
菊岡にドーム内の異常を聞き地下駐車場から駆けつけたのは良いものの、ドームへ入るための扉全てがロックが掛かり入ることができない。
重村の娘、悠那を生き返らせるためにSAOサバイバーの記憶から悠那の断片を繋ぎ合わせることでAIとして甦らせる。
それは娘への愛であり、SAOサバイバーに対する復讐でもある。
金属の擦れる音に意識を戻せば、メタリックグレーのボディを持つ大型犬ほどの狼に似たロボットがマニピュレータ-状の尻尾を扉の緊急用メンテナンスポットに差し込んでいた。
「まさかお前……シフ、か?」
俺が見たのは剥き出しのコード類やフレームだけだったけど、サイズ感は一緒だし何となくシフの面影がある。
恐らく扉の電子ロックをシフがクラッキングしてるんだろう。自意識に目覚めたAIであるシフや今はいないユイにとって繰り返すだけのプログラムは紙切れのように突破できる。
「頼むシフ……なにか嫌な予感がする」
lockの文字がunlockへ変わる。
壊す勢いで扉を開けドーム内の様子を見てみれば、ゾンビのように揺れながら歩く観客とステージに咲いた蓮の花、その
中央に颯真の不倶戴天の敵、殺生院の姿。
それを認識した瞬間に鼻を突く甘い臭いと耳に触れる蠱惑な声に視界が揺らぎ、思わず膝を突いてしまう。
だけど今は膝を折ってる場合じゃない。
プレイヤーのHPがゼロになれば上を飛んでるドローンから電力供給を受けたオーグマーが高出力の脳内スキャンを行い脳を焼き切ってしまう。殺生院と戦うのに邪魔だと判断すればアイツは躊躇いなく剣を振るうはずだ。そうなれば【ラフコフ】の時と同じことが起きる。
そんなことはさせたくない。
二階の観客席から飛び降り、駆け出しかけたアルトの腕に飛び付いて止めた。
「……随分と不粋な真似を為さるのですね」
「どうしたよ?いつもの顔が崩れてるぞ?」
「茶々をいれるなアルト」
さて、どうしたもんかな。
「シフ、いるか?」
キリトと同じように二階の観客席から飛び降り、灰色のボディを反射させ俺の側に着地したのは実践稼働させたシフ。
この上を電力供給用のドローンが飛び回ってっからなバッテリー切れの心配もない。
「邪魔する奴らのオーグマーを外してくれ」
「お前は?」
「決まってんだろ。あの女を殺す」
「私を殺す……臆面もなく吐き捨てられるのも貴方ぐらいのものです。ですが、ほらこの通り」
奴が両手を広げれば各階層のSAOボスモンスターが出現した。
「大悟も解脱も指先ひとつで随喜自在。それでは戯れといたしましょう?」
「何故だ!貴女は娘を生き返らせてくれると、そう言った筈だ!」
「これは異なことを仰りますね?確かに私は生き返らせると口にしましたが、貴方の娘が、とは一言も申しておりませんよ?」
「なんだと……」
「希望を与えられ、それを取り上げられたとき、ヒトはとても良い
「ならばなぜ‥」
「この世の命すべては私のために行使されるべき。私の体を取り戻すために、そして永劫の命を得るために貴方を利用したに過ぎません。ではごきげんよう、貴女は最後に味わい尽くすといたしましょう」
「……なぜ……私はただ娘を……」
「私はそんなこと望んでない。大丈夫、私はお父さんの中で生き続けるから」
「お……らぁ!!」
「このぉ!!」
何匹斬った?まだ十も殺ってねぇと思うが……。
「動きが鈍ってきてるんじゃないか?良かったら手を貸そうか?」
「馬鹿言え、まだまだ余裕だっつーの。そういうお前だって息があがってんじゃねぇか」
とはいえこのままじゃジリ貧だ。
《フェイタルサイス》の代名詞とも言える大鎌が視界の端に映る。とはいえ俺もキリトも他のボスの攻撃を受け止めていて対応できない。
殺られる!
そう覚悟したとき白い影が俺たちの間に割って入り、結界のようなものでその鎌を受け止めた。
俺たちが知ってるユナの対照色と表現すれば良いのか、雪のように白いユナが俺とキリトを救った。
「SAOサバイバーの記憶からの自己補完が終われば、あの人は誰にも倒せない」
「どうすればいい!?」
「今はSAO第百層ボスのリソースに依存してる。それを倒すことができればもしかしたら……お願い!【黒の剣士】!【双刃】!」
「アミスフィアなんか持ってきてーー」
「大丈夫!オーグマーでもフルダイブできる!オーグマーはナーヴギアの機能限定版だから!」
オーグマーにフルダイブ機能が……しかも機能限定版って……。
「……分かった」
「私たちもやるわ」
リズ、シリカ、シノン、ユウキ、エギル……
「……キリト、そっちは任せた」
「お前は?」
「あの尼僧が隙だらけの俺たちを見逃すとでも?」
それにまともに相手取れるのは俺だけだし、フルダイブ中ならアイツの影響も受けねぇだろ。
SAO百層ボスがどれだけ強ぇか分からねぇが、アイツの影響力で手下紛いになられても俺が困る。
「みんな、怖くないの?」
アスナ……。
「そりゃ怖ぇさ。でもな誰だって恐怖と戦って生きてんだ。怖くて挫けそうでも立って前を見据える。戦えなくてもそれができりゃ上出来だ」
「アスナ、ここで待っててくれ。必ず君の隣に帰ってくるから」
真面目な顔してよくそんな臭い台詞を吐けるな。
「アルト……」
「兄ちゃん……」
「そんな顔すんな。あんな奴に二度も負けねぇよ」
観客席の最後列にユナの援護を受けながらSAOへとダイブしていく面々を見届け、俺は安全地帯から足を踏み出した。
『アルト約束してくれ。必ず倒して戻ってくるから、
……ホント単純で助かる。何でお前達だけ行かせたのか。アイツとまともに戦えるだけじゃねぇ、アイツを殺しうるのも俺だけで
「良い機会です。ひとつ尋ねても良いでしょうか?」
「なんだ?」
「なぜ貴方は私の前に立ち塞がるのです?」
なにを言うかと思えばーー
「簡単なことだ。テメェを見逃せばこいつらも被害に遭う。それだけは見過ごせねぇ」
かけがえのない大事な仲間だからだ。
代替の利かない心を許せる戦友だからだ。
命張る理由はそれだけで十分だろ。
目の前に広がるのは魑魅魍魎、百鬼夜行……表現なんざどうでもいい。観客はシフが何とかしてくれる。それ以外の全ては殺すべき敵だ。
「覚悟を決めろよ?魔性菩薩。テメェの存在悉くを殺し尽くしてやる」
「目には色を、耳には言葉を、口には蜜を、鼻には香を、そして肌には荒ぶる熱を……万色悠滞、蓮の華に御還りなさい」
後半の流れの酷さよ……
知性体の時点で人間に勝ち目はありませんからね。
もはや存在自体が災厄。