□二〇四四三月某日 佐藤義正
今、俺の目の前にある一つのゲームのパッケージが置かれている。
その名前は〈Infinite Dendrogram〉といい、去年の夏、俺がうだるような暑さでダウンしていた時に発売されたゲームだ。
世界中で一大ムーブメントとなっているダイブ型VRMMOゲームであり、大企業達がダイブ型VRゲーム分野への進出に手間取っている中、電撃的に発売されプレイヤー達の注目を集めた。
その人気は凄まじく、現在進行形で品切れが続いておりデンドロを買えない人、通称、デンドロ難民が多発している。
俺もその一人だった。半年以上も入手できず、購入者の喜びをネット上で見て、歯噛みする日々であった。
最近ネットオークションで競り落とすことが出来、ようやくプレイできる目途がついた。
もっと早く入手できれば、大学一年生の夏からプレイできて最高の夏休みだっただろうに……。
「評判見てから買うのを決めてしまった俺が悪いけれど、ここまで時間がかかるなんてなぁ……」
実際、俺みたいに勇気が出せず発売当初に買うのをためらった人はたくさんいるだろう。それほどまでにこのゲームは衝撃的だったのだ。
全世界が震撼した(Infinite Dendrogram)の衝撃的な要素は三つある。
一つめは、現実と寸分違わぬ五感の再現。
二つめは、ゲーム内では現実の三倍の速度の時間が流れるということ。
そして三つめがこのゲーム最大の売りである〈エンブリオ〉だ。
〈エンブリオ〉とは、個々人のパーソナルや行動によって独自の能力へと進化するシステム。
見た目やスキルが他の人と被ることのない、まさに自分だけの力なのだ。
皆オンリーワンという、他のゲーム会社では到底出来っこない所業は一体どうやったら可能なんだろうか……。
……ああ、そういや価格も衝撃的な要素の一つだった。このゲームは一万円で売られている。ゲームハードでこの価格は狂気の沙汰だ。
昔のスラングに「物売るってレベルじゃねぇぞ!」というのがあるが、その言葉がぴったりだ。
本当、何でこんな採算度外視した価格設定にしたんだろうかデンドロのメーカーは、と常々思う。
……まぁそんな事を考えても無駄か。
「よし」
踏ん切りをつけるように俺は自分の頬を軽く叩き、さっきまでの思考を中断させる。
さて、待ちに待ったデンドロの時間だ。
パッケージを開けると、中からヘルメット型のハードと説明書が入っていた。
説明書を流し読みしたが、特に目新しい情報は無い。適当に説明書を投げ捨て、ヘルメットを手に取る。
つるりとした質感であり、ゲームの技術力の異常さと相まってまるで未来の技術を使った物のように感じてしまう。
そんな印象を持ちつつ、俺はヘルメットを被り、推奨されていたようにベッドに横たわる。
そしてスイッチを押し、いざ起動――というところで、ふと、ある二つの思い出が浮かんだ。
それはまだ俺が幼い頃、こんなヘルメットを装着し戦うヒーロー番組を見て目を輝かせていた光景。
……そして、九年前の夏のある出来事。
何でこれが想起されたんだろうか。今は関係ないはずなのに。
……まぁいいか。結局あれでわかったのは、俺に
「じゃあ、始めよう」
そして俺はスイッチを押し、
瞬間的に視界は暗転され、
俺の意識は沈む。
◇
「ようこそ〈Infinite Dendrogram〉へ。では、君のチュートリアルを始めよう」
「気合い入れて頑張ろ~」
気がつけば俺は、謎の部屋――常識から判断するなら洋風の応接間のような所にいた。
目の前には何だか堅そうな印象の少年と、どことなく朗らかな雰囲気の少女が高級そうな革製のソファに座っている。
対になるようにしているのだろうか、少年はカッチリとした口調で、少女は明るい口調で俺に言葉を投げかけていた。
……えっ、もうゲームの中なのか?だとしたら、この子達は一体誰?
「え、ええと。君たちは誰ですか?」
「ん?ああ、すまない。申し遅れた。僕は管理AI11号のトゥイードルダムだ」
「同じく管理AI11号のトゥイードルディーだよ~」
管理AIってことは人ではないらしい。
確か、管理AIとはスパコンを母体としたAIの事だったか?この子達が十一号ということは最低でもAIは十一体もいるのか。
いささかゲーム一つに対して、AIの数が過剰な気もするが、こんなゲームを円滑に管理するために必要と言われるのなら丁度いいのかも知れない。
というか、最近のAIは凄いんだな……ぶっちゃけ会話が普通の人と遜色ないほど滑らかだ。
「今回、僕たちが君のチュートリアルを担当することになった。始めてもいいかね?」
「あっはい。よろしくお願いします」
「じゃあまずは描画選択から行ってみよ~。サンプル映像流すから選んでね~」
そう言いながら少女……トゥイードルディーが手を叩くと周囲の光景が塗り替わっていった。
応接間から、教科書に出てきそうな中世ヨーロッパ風の街並みになっている。
その風景はリアル、CG、アニメの順に見え方が変わっていく。
この中から選べということなのだろうか?……結構迷うな。このままリアルでも大丈夫なのだけれども、CGはCGで気になるし、アニメに至っては視界が全てアニメと化すという未知の感覚が味わえる。
……ううむ。悩むけれどもここはやっぱり、
「このままにします」
まずは慣れしたしんだ感覚で過ごすのが一番な気がしたのでそう答えた。
そうすると、いつの間にか風景はさっきまでの応接間に戻っていた。
「了解した。では次にプレイヤーネームを決めてもらおう。ゲーム中の名前は何にするかね?」
「ザトーでお願いします」
名前に凝る趣味はないので、適当に苗字をもじってみることにした。
……格闘ゲームに同じ名前のキャラがいたりするけれど、気にしないでおくか。
「分かったよ~。じゃあ今度は、容姿を設定してね~」
トゥイードルディーがそう言い終わると俺の目の前にマネキンとメイキング画面が浮かび上がってきた。画面には体形などを調整するスライダーがあったり、目鼻などのパーツが納まったりしている。
……これを使ってアバターを作れということか、。
「ちなみに、人間以外にも動物型のアバターなどがある。なった後のことは保証しないがね」
「そういえばスライムになったマスターは歩く感覚だけでも苦労してたね~」
動物型、そういうのもあるのか!……けど、今の話を聞くに動物になると動くことですら難しいようだ。うん、やっぱり人間にしておこう。
メイキングを始めてから30分後、俺のアバター作りは難航していた。
一から人を作り上げなければいけないのに調整が細かすぎて、下手をするとかなり悲惨な出来栄えになりそうなのだ。丁度いい塩梅がわからない。
なにかサンプルは無いんだろうか?とりあえず、双子に聞いてみるか。
「あの、なにか基本の顔ってありませんか?」
「ふむ、それならこうすればいい」
トゥイードルダムが指を鳴らすとのっぺらぼうだったマネキンが人へ変化していく。
……ってこれは、
「俺なのか!?」
「何故驚く。これなら君も弄りやすいだろう?」
そこには、俺そっくりにされたマネキンが立っていた。
確かに、これなら色々と調整案は思いつくけれども……。いきなり自分そっくりのマネキンが出てきたら誰でもビックリするだろ。
……でもまぁいいか。人の全部位を作り上げるよりかは遥かにマシだ。
そして、髪や目の色を変えたりベースの人種を変えたりすること十五分。ついに俺のアバターが完成した。
「終わりました!」
「よ~し、じゃあ今度は一般配布アイテムを支給するよ~」
先ほどと同じように、トゥイードルディーが空中に向けて手を叩くと、俺の手元に小さなカバンと五枚の銀貨が落ちてきた。
「その収納カバンは君のアイテムボックスだ。その中に君が収集したアイテムを入れることが出来る。容積は見た目に反してかなり大きいから安心したまえ」
「その銀貨はこの世界の通貨なんだよ~。銀貨一枚で千リルするんだ~。ちなみに一リルで十円ぐらいだからね~」
最初から五万円を持っているようなものか。初期費用としてはかなり多いんだな……
「こんなに多くていいんですか?」
「問題はない。理由としてはチュートリアル後に運営がリルを支給することは」
「一切ないから多めにしているというだけだよ~」
「だから、この後は自分でリルを稼ぎたまえ」
「頑張ってね~」
ご利用は計画的にということなのだろう。素寒貧になる前に何とか稼ぎ口を探さなければ。
「次は初心者用装備だ」
「この中から好きに選んでね~」
トゥイードルダムが何処からか取り出したカタログを俺に見せる。
紙面を見ると、装備の画像がバリエーション豊かにずらりと並べられている。
和風や洋風など基本的な物はもちろん、ピエロみたいなネタ装備まで揃っている。
「では、この装備で」
選んだのは、全体的に白色で統一された西洋風の布装備。パッと見で小綺麗な印象だったのでこれにすることにした。
「じゃあ今度は初期武器ね~」
カタログの別項目を開くと、そこには装備と同じように様々な武器が載っていた。こだわりはないので適当に決めよう。
「木刀で」
「了解した。では装備と武器を変更する」
トゥイードルダムが言うと共に、俺の姿が一変していく。
さっき選んだ装備が装着され、木刀はケースに入れられた状態で背中に架けられている。ついでに、俺の体もメイキングしたアバターと同じになっていた。
「すごいなこの技術力……」
元々の俺の体ではなく、別の体なのに自分の意志で動くことが出来るのがとても新鮮だ。
「では、次に(エンブリオ)の移植を始める。準備はいいかね?」
「おお、遂にですか」
「説明は~」
「いるかね?」
「あっ、概要は事前にある程度知っていたので大丈夫です」
〈エンブリオ〉に関する知識を掘り起こしてみる。エンブリオには基本的に五つのカテゴリーがあったはずだ。
確か、武器のアームズ、モンスターのガードナー、乗り物のチャリオッツ、建物のキャッスル、結界のテリトリーだったか?他にもレアなカテゴリーがあったはずだが忘れてしまった。
俺のエンブリオは何になるんだろうか。能力は俺のパーソナルを参考にするらしいから、あまり強い能力は期待しない方が良さそうだ。
「ほ~い、〈エンブリオ〉の移植が完了したよ~。左手を見てみて~」
「えっ?」
言われるがままに左手を見てみると、いつの間にか手の甲に淡い輝きを放つ宝石が埋め込まれていた。
「それが〈エンブリオ〉だ」
「今はまだ第ゼロ形態だけど~」
「時間が経つと第一形態に進化するようになっている」
「進化後は手の甲に刺青みたいな紋章がつくけど~」
「気にすることはない」
これが、エンブリオ。様々な物へ進化すると聞いたけれど、最初はこんなに小さいのか。
「では、次が最後だ。君が所属する国家を選んでもらう」
トゥイードルダムは応接間にあったテーブルにスクロール状の地図を広げていく。
地図上には一つの大陸が描かれており、七つの国が光柱で示されている。
西方に位置するは、西洋ファンタジー風のアルター王国と、煙と黒鉄が印象的なドライフ皇国と、幻想的な生物たちが暮らすレジェンダリア。
中央の砂漠に位置するは、バザールが集まり活気にあふれた、商業国家であるカルディナ。
東方に位置するは、どこか中国に似た雰囲気を持つ黄河と、同じように日本に似ている天地。
そして大海原には、国土を持たず世界を回遊する巨大船上国家のグランバロア。
どれもこれも特徴的で魅力的だ。多分どこを選んでも同じくらい未知があってワクワクするだろう。俺が七人に分裂して同時にログインできないのが悔やまれる……。
そうして、かれこれ五分間悩んで俺が選んだのは、
「アルター王国で」
選択した理由としては、やっぱり最初はファンタジーの王道を楽しんでみたいという気持ちが強かったからだ。まぁ、機会があったら全部の国を旅してみたいけれど。
「了解した。では、これでチュートリアルは終了する。何か質問はあるかね?無いのなら、君をここから王都アルテアまで転送するが」
質問かぁ。……うん、全く出てこない。
「何もありません」
「本当に何もないのか。ふむ、だったら」
「こっちから質問するよ~」
双子は俺をすぐさま転送しようとはせず、逆に質問してきた。
一体どんな質問何だろうか。
「君はこの世界に」
「何か願望があるか教えてくれないかな~?」
二人が俺に聞いてきたのは、ごく単純な質問だった。
「えっと、なんでそれを?」
「計算のためだ」
「人の感情はね~。とても曖昧で私達の計算がたまに狂うんだ~」
「だから、この世界に来る者の感情を」
「アンケートみたいにとることで~」
「少しでも計算の精度を高めようと思っている」
なるほど。AIの成長のためということなんだろう。
だがしかし、デンドロに何を願うかという質問か……
俺の頭の中に、このとてつもなく凄いゲームで楽しみたいという理由が第一に浮かび上がってくる。……でも、この回答はちょっと単純すぎるか。
考えを深めてみよう。俺がデンドロに求めているモノは何だ?
そう自問すると頭の中に、ある一つのフレーズが浮かび上がってきた。
――<Infinite Dedrogram>は新世界とあなただけの
それは、デンドロが発売された時に謳われた宣伝文句。俺がネットサーフィンをしている時に、デンドロを知ったきっかけだった。
それを思い出すと同時に「可能性」という言葉に連鎖して、また九年前の夏の出来事が脳内で再生されていく。
……ああ、なるほど。だからログイン前にふと思い出したのか。
惹かれたのだ、この言葉に。九年前の
……馬鹿馬鹿しい。可能性なんて俺にあるわけないだろう。
俺の頭に浮かんだ考えを否定する。……言葉はまとまった。
「俺は――ただ楽しく遊びたい。それだけですよ」
これが、俺が求める願い。きっと、そのはずだ。
「それが君の願いか」
「ありがとね~。では別れの言葉といこ~」
そういうと、双子はソファから立ち上がり、まっすぐに俺を見てきた。
「ザトー、君はここから先、全てが自由だ」
「さっき願った内容を叶えようとしてもいいし~、別の道を模索してもいいんだよ~」
語るような口調で俺に告げる。
「君がこの世界で生き続けるのも」
「この世界に絶望して去るのも自由~」
「ここから始まるは無限の可能性の物語」
「「〈Infinite Dendrogram〉へようこそ。“我々”は君の来訪を歓迎する」」
双子が語り終えた直後、応接間が消滅していく。
ソファやテーブル、双子さえも無くなり、後に残るは俺だけとなった。
「えっ何これは……。って!?」
気が付くと俺は見慣れない場所にいた。
周りには白くふわふわとした雲。
下に広がるは、さっき地図で見た大陸。
……あっ、俺もしかして上空にいる?そう思った時にはもう遅かった。
俺の体は重力に従って王都へと自由落下を始めていった。
「ぬおおおおおおおお!?」
高速で落下していく身で俺は思う。
……これこのままだと死ぬよなぁ。